(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月14日11時30分
北海道追直漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十一萬漁丸 |
総トン数 |
145トン |
全長 |
34.92メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
3 事実の経過
第十一萬漁丸(以下「萬漁丸」という。)は、昭和54年1月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する船首船橋全通二層甲板型鋼製漁船で、上甲板の下方が第二甲板となり、上甲板には、船首から順に、船首甲板、操舵室、トロールウインチ、漁労甲板及びスリップウエイを配列し、漁労甲板の後部両舷にインナーブルワークで囲われた作業甲板を設け、第二甲板には、甲板長倉庫、居住区、漁獲物処理場、機関室囲壁、食堂、賄室及び漁具庫を配列し、機関室囲壁の左舷側に通路、バッテリー庫、電気溶接機置場及び階段室を設け、第二甲板下には、船首タンク、魚倉、機関室、居住区及び燃料タンクをそれぞれ配列していた。
作業甲板は、船体のほぼ中央部から船尾端にかけての両舷側沿いに設けられ、いずれも長さ15.5メートル幅2.3メートルで、船首寄りの舷側沿いにコンパニオンが各1個設置されていた。
左舷コンパニオン(以下「コンパニオン」という。)は、長さ5.2メートル幅1.0メートル高さ約1.9メートルで、前部に便所、後部に第二甲板に通じる階段室を配し、階段が後部下方に傾斜して設置され、上部踊場の出入口扉が右舷側に設けられていた。また、右舷コンパニオンは、前部に煙突室、後部に通風機室を配していた。
コンパニオン内の階段は、高低差が1.8メートルあり、下部踊場の出入口が右舷側に向けて設けられ、第二甲板の漁獲物処理場と食堂とを結ぶ通路に通じていた。また、コンパニオン内には、天井に20ワット直管式蛍光灯と白熱灯各1個、便所に白熱灯1個、上段に連絡合図用押しボタン、ベル及び上甲板作業灯スイッチ、中段に陸電接続箱、ホイスト始動器箱及びレセプタクルがそれぞれ設置され、陸電接続箱には電圧220ボルトのノーヒューズブレーカーと陸電ケーブル用コネクタ、ホイスト始動器箱にはマグネットコンタクタとコントローラ用コネクタが装備されていた。
萬漁丸は、アセチレンガス切断設備として、前示階段室の下部踊場の左舷壁に沿って、アセチレン容器1個を船首側、酸素容器1個を船尾側にして立てかけて並べ置き、各容器に接続しホースバンドで固定された長さ30メートルのゴムホースが、2本束ねて輪状に巻かれ、切断器とともに容器上方のフックに掛けられていた。
アセチレン容器は、容積が41.0リットルあり、高さ940ミリメートル(以下「ミリ」という。)外径259ミリの円筒状をなし、頂部に容器弁及び保護キャップ、本体肩部に105度(摂氏、以下同じ。)で溶融する穴径4ミリの可溶栓を備え、容器内のアセチレンは、充填初期で重量が7.0キログラム、圧力が約15キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)あり、多孔物質に浸潤した溶剤に溶け込んでいて、容器弁に接続する圧力調整器で減圧されたうえ、切断器からの火炎の逆流を防ぐための逆火防止器を通過し、ゴムホースに至るようになっていた。
圧力調整器は、減圧弁、一次圧力計及び二次圧力計を備え、入口側に接続金具を、出口側に逆火防止器をそれぞれ組み込み、逆火防止器の出口側にゴムホースを接続し、これらが一体となっていた。
圧力調整器の接続金具は、楕円形の輪状をなし、短辺の一方の内側に同器の入口口金が、他辺にハンドル付き締付けボルトが組み込まれており、同金具を容器弁に取り付けるに当たっては、同口金を容器弁出口穴に、同ボルト先端を保護キャップにそれぞれ軽く当て、容器弁を中に挟むようにして同ボルトを手で締め付け、同口金を容器弁出口穴に引き寄せて密着させる仕組みとなっていた。また、容器弁出口穴にはゴムパッキンが挿入されていた。
ところで、アセチレンの特性は、比重0.91の可燃性ガスで、爆発範囲が2.5ないし100パーセントと広範囲にわたり、比較的希薄な状態であっても爆発する危険性を有し、静電気のような着火エネルギーが低い火源であっても着火するおそれがあって、その取扱いには慎重を要し、アセチレン容器の取替えなど、配管接続部の開放を伴う作業を行ったときは、作業完了後に石鹸水を塗って接続部の漏洩検査を行う必要があった。また、アセチレンは、純粋状態で無色無臭であるが、アセチレン容器内の溶剤の臭いを有していた。
A受審人は、昭和46年9月に乙種二等機関士の免許を取得し、同63年4月に一等機関士として萬漁丸に乗り組み、平成5年9月に機関長に昇職したもので、ガス切断装置の管理責任者でもあり、アセチレン容器の取替え作業を年間2回ばかり行っていた。
萬漁丸は、操業を終えて平成14年9月14日03時30分北海道追直漁港に左舷付けで着岸し、陸電に切り替えて水揚げを終了後、機関室内の海水サービスポンプと雑用兼消防ポンプを運転した状態で、08時ごろからA受審人が岸壁倉庫でドラム缶入り作動油の小分け作業に、賄員が船内で食事の準備にそれぞれ従事し、他の乗組員11人全員が岸壁上で網の修理作業に掛かったところ、網を連結しているシャックルが固着していたため、08時40分甲板長がガス切断作業に取り掛かり、その後甲板員と交代して同作業が行われたが、10時ごろアセチレン及び酸素の両容器が空になったので、ガス切断作業を中断した。
10時40分A受審人は、業者に注文して配送されたアセチレン容器と岸壁倉庫内に保管していた予備酸素容器を船内に搬入し、圧力調整器の接続金具を新しいアセチレン容器に付け替えて、容器弁を開弁した際、締付けボルトが締め付け不足であったか容器弁パッキンに異物を噛み込んだかして、容器弁接続部から異臭を感じるまでには至らない程の少量のアセチレンが漏れる状況であったが、漏れがあれば臭いで分かるだろうと思い、石鹸水を塗るなどして、容器弁接続部の漏洩検査を行わなかったので、このことに気付かないまま、二次圧力をアセチレン0.3キロ、酸素1.0キロに調整して、11時ごろ容器の取替えが完了したことを甲板長に伝えた。
そこで、甲板長は、切断器に着火させようとしたところ、アセチレンが出てこないことを認めたが、これが火口と称するガス出口ノズルの詰まりによるものとは思わず、容器取替えに伴う不具合によるものと早合点し、A受審人にアセチレンが出てこないことを報告し、同人が二次圧力をアセチレン0.5キロ、酸素1.2キロに調整したものの、依然として切断器からアセチレンが出てこなかった。
こうして、萬漁丸は、アセチレン容器から漏洩が続く状況下、A受審人と賄員1人が在船し、船首2.1メートル船尾4.0メートルの喫水をもって係留中、11時30分追直港島堤灯台から真方位059度360メートルの地点において、コンパニオン天井の蛍光灯の接点から発した火花が階段室に滞留したアセチレンに引火し、ボーンという音を発してコンパニオン内が火災となった。
当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
折から、A受審人は、切断器を点検しようとタラップを降り始めたところであり、賄員は、食堂から漁獲物処理場に逃れ、いずれも無事で、萬漁丸は、アセチレン容器の可溶栓などから勢いよく噴き出たアセチレンが燃え続けたが、駆け付けた消防車の放水により、12時02分鎮火したものの、可溶栓から放出される小さな炎が消えず、20時ごろアセチレンが燃え尽きてようやく消火した。
火災の結果、萬漁丸は、コンパニオン内の構造物及び電気機器、コンパニオン出入口付近に置かれていた漁網、コンパニオン上方のデリックブームなどが焼損したほか、バッテリー及び電気溶接機などを濡損したが、のち修理された。
(原因の考察)
本件火災は、アセチレン容器を空のものから新しいものに取り替えて間もなく、ボーンという音を発しながら瞬間的に燃え上がる現象を呈して火災となったもので、アセチレンの漏洩箇所及び着火源について考察する。