(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月8日15時30分
京浜港横浜区
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船プライマリー1 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
17.30メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル4シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
191キロワット |
回転数 |
毎分2,900 |
3 事実の経過
プライマリー1は、平成3年4月に初年度登録され、同10年からC社が運航して京浜港内での遊覧に従事するFRP製旅客船で、二層甲板の上層には操舵室と遊歩甲板を、また、下層の中央部に客室を、後部甲板下に機関スペースをそれぞれ配置し、主機としてD社が製造したD380KUH型と呼称するディーゼル機関を、船外ドライブと組み合わせて2機2軸配置で装備していた。
主機は、船尾側にE社が製造したMGN20Zと呼称する増速機を取り付け、増速出力を中間軸で船外ドライブに入力していた。
増速機は、前進及び後進の各歯車列に、それぞれ湿式油圧クラッチを組み込んだもので、前後進切替弁を通して送られる作動油圧によって前進または後進の各クラッチを嵌合し、プロペラを前進回転または逆転させるようになっていた。
増速機の潤滑油は、標準量2.8リットルがケーシングに溜められ(ためられ)、潤滑油ポンプで2.4ないし2.7メガパスカルに加圧され、作動油として低速弁及び前後進切替弁を通って油圧ピストンを押し、クラッチを嵌合させるほか、減圧されたものが軸受及び歯車列を潤滑しながら循環するようになっていた。
機関スペースは、両舷主機を左右に配置し、中央に交流発電機、空調用室外機、鉛蓄電池などを置き、中央から右舷側と左舷側に分けて、船首側を蝶番(ちょうつがい)で取り付けたハッチをかぶせ、左舷側については、階段によって全面開放ができないので、主機及び船外ドライブ付近に部分ハッチを取り付けていた。また、通風装置として、上層甲板の両舷に取り付けられた電動通風機によって外気を同スペースの船首側に押し込み、船体後部の両舷から排気させるようになっていた。更に、消火装置として、ハッチ及び部分ハッチの天井面に、自動拡散型液体消火器を各舷にそれぞれ2個ずつ取り付けていた。
C社は、プライマリー1を含む合計3隻の旅客船を運航して京浜港横浜区及び東京区内の遊覧及びクルーズの不定期航路事業を行っており、B指定海難関係人が平成11年から社長を引き継ぎ、自ら船長として運航の実務に携わるほか、同人が運航管理者を兼任していた。
B指定海難関係人は、2名の運航管理補助者を選任して、不在のときの管理を委ねる体制をとり、各船の船長にはチェックリストによる出港前点検及び帰港後点検を行わせ、異状の認められた内容を報告させるようにしていた。
ところで、主機の増速機は、潤滑油ポンプから低速弁に送り込む作動油配管が、外形8ミリメートル(以下「ミリ」という。)肉厚1ミリの高圧配管用炭素鋼管製のもので、長さ約200ミリのU字形状でケーシング上部に取り付けられ、両端をくい込み継手で締め付けるようになっており、普段の点検や開放整備などで取外作業を経るうち、いつしかくい込み金具が管を締め付ける部分に亀裂を生じ、潤滑油ポンプから送られる油圧の変動が加わって徐々に亀裂が進行し、平成14年8月ごろ潤滑油がわずかに漏れ始め、同管周辺から漏れ落ちた潤滑油が、機関スペース底部の油吸着マットに吸着されるようになった。
主機は、同月10日ごろ、左舷機のクラッチが摩耗して滑りを生じ、両舷機を前後進させて回頭する操船に困難をきたすようになり、23日に整備業者によって増速機の前進及び後進両歯車列が陸揚げされた。その後、両歯車列のクラッチ摩擦板が取り替えられ、再び増速機に組み込まれ、27日から運転を開始し、30日には摩擦板の摩耗粉が循環して潤滑油こし器に付着していたので、同こし器の掃除と潤滑油の取替えが行われた。
A受審人は、9月6日朝、プライマリー1の出港前点検を行ううち左舷増速機の潤滑油量が減少していたので、標準量より少し多めの3リットルになるよう0.7リットル補給し、チェックリストに補給量を記入して出港し、港内遊覧を行ったのち、帰港後のチェックリストを作成したが、増速機の潤滑油量を点検しなかったので、なおも減少が続いていることに気付かなかった。
B指定海難関係人は、A受審人から出港前の点検の結果、増速機の潤滑油量が減少するとの報告を受けたが、再度業者に依頼して整備措置をとることなく、A受審人に潤滑油量の点検と補給を重ねて指示した。
翌々8日朝、A受審人は、プライマリー1の出港前点検において、左舷増速機の潤滑油量が1リットルまで減少していることを認め、2リットルを補給してチェックリストの記録に×印を付したうえ、漏れている可能性大と記入したが、補給したので問題ないと思い、主機を始動して油圧のかかる状態にするなどして、作動油配管に漏えいが生じていないか点検することなく、B指定海難関係人が不在だったので、運航管理補助者に潤滑油を補給した旨を報告して出港することとした。
こうして、プライマリー1は、A受審人ほか2人が乗り組み、船首0.8メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、同月8日13時00分京浜港横浜区第3区の定係地を発し、同港横浜区第1区のみなとみらい桟橋に寄せて旅客25人を乗せ、同時57分同桟橋を離れ、間もなくランドマークタワー東側の海域に至って投錨し、乗客の昼食時間をとった。
A受審人は、操船を甲板員に任せていたが、桟橋を離れる際の回頭操船に際して左舷機の効き方が弱いと感じたので、投錨後に左舷機を停止し、船尾甲板の部分ハッチを開いて左舷増速機の潤滑油こし器を開放し、異物付着の有無を点検したが、なおも作動油配管に漏えいが生じていないか、十分に点検しなかった。
プライマリー1は、15時ごろ再び主機を始動して抜錨し、主機を毎分回転数2,000にかけて港内遊覧を開始し、6ノットで進行していたところ、左舷増速機の作動油配管の亀裂が進展して高圧の作動油が噴出し、過給機タービンの高温部に降りかかって発火し、15時30分横浜港北水堤灯台から真方位240度1,200メートルの地点で、船体後部左舷側の機関スペース換気口から黒煙が吹き出した。
当時、天候は晴で風力3の東風が吹き、海上は穏やかであった。
プライマリー1は、火災の結果、発生した煙を吸い込んだ左舷主機が停止し、続いて右舷主機と発電機も停止したが、左舷主機の近くに装備された自動拡散型消火器が破裂・作動した。
A受審人は、船橋脇から船尾を見回していたところ、黒煙が吹き出しているのを発見し、間もなく主機と発電機が停止したので、前進行きあしのまま投錨して錨鎖を延ばしながら、プライマリー1を新港埠頭(ふとう)の赤煉瓦(あかれんが)前の岸壁に着岸させた。
プライマリー1は、横浜海上保安部及び横浜市消防局の職員による機関スペース内の消火作業中、乗客を誘導下船させ、その後定係地に回航されて精査の結果、左舷機周辺の計装配線、空調装置、ビルジポンプ、鉛蓄電池、同リレーなどの焼損が分かり、のち損傷部が取り替えられ、主機過給機の高温部に厳重な防熱措置が施された。
(主張に対する判断)
本件火災は、左舷増速機の潤滑油量の減少が続いていた中、遊覧航海中に作動油配管が破損し、噴出した潤滑油が過給機の高温部に降りかかって発火したものである。補佐人から、A受審人の点検については、予見可能性が低い、また原因と結果との間に相当な因果関係がなく、B指定海難関係人も結果回避の努力をしたとの主張がなされたので、以下、これらの点について検討する。
作動油管の破損面には、スリーブがくい込んだ箇所に接触傷が見られ、同箇所を起点として破面が進展していることが示されている。疲労破面の進展の痕(あと)に、酸化による色の変化が見られることから、長時間の経過がうかがえる。継手の締付けや、整備時の外力など、何らかの外力で亀裂が生じたあと、それを起点として同管内の圧力変動によって繰返し応力を受けて破面が進展したと考えるのが、妥当である。
さて、潤滑油の補給量は、9月6日には0.7リットルであったのに対して、8日には2リットルと大幅に増やさなければならなかった。1回の遊覧航海後の潤滑油減少量としては異常なものであり、潤滑油の漏えいを予測すべき経過があったものと認められる。機関スペース底部には、油吸着マットが敷いてあるなど、漏えいの有無を容易に点検できる状況であった。そして、主機をいったん始動して、作動油圧が配管に加わった状態で見たり、運転後に漏えいの可能性のある箇所を拭き取りながら見るなど、様々な角度で点検することができる。したがって、A受審人が、左舷増速機の潤滑油量の減少を認めた際に、作動油配管を十分に点検しなかったことは、本件発生の原因となる。
一方、B指定海難関係人は、A受審人の潤滑油量が減っている旨の報告を受けて、増速機のクラッチを整備した業者に打診をしたものの、直ちに対応できないと断られ、対応に苦慮した旨の供述をしている。
しかしながら、安全運航の最終判断を下す運航管理者は、整備業者の十分な点検を経ずして運航に踏み切らないことが厳に求められているのであり、A受審人から潤滑油量の減少が不安であるとして不具合が報告されていたにもかかわらず、整備業者に強く依頼して整備措置を十分にとらないまま運航を続けたことは、本件発生の原因となる。
(原因)
本件火災は、主機増速機の作動油配管の点検が不十分で、京浜港で遊覧航海に従事中、かねてより亀裂を生じていた同管のくい込み継手部分が破損し、潤滑油が噴出して主機過給機の高温部に降りかかったことによって発生したものである。
運航管理者が、増速機の整備措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人が、出港前の点検に当たり、左舷主機増速機の潤滑油量が減少しているのを認めた際、増速機の作動油配管に漏れを生じていないか十分に点検しなかったことは、本件発生の原因となる。
しかしながら、このことは、増速機の潤滑油量減少を運航管理者に報告していた点、運航管理者の指示に従って油量保持に努めていた点、火災の結果が最小に収まった点などに徴して、A受審人の職務上の過失とするまでもない。
B指定海難関係人が、運航管理者として船長から出港前のチェックリストで増速機の潤滑油の減少を報告されていたところ、増速機の整備措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後、整備業者による定期点検の措置をとっていること、機関スペースの消防設備と高温部の防熱措置を最新のものに改善したこと等に徴して、勧告しない。
よって、主文のとおり裁決する。