(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月15日13時30分
福岡県加布里港
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボート幸丸 |
総トン数 |
0.2トン |
全長 |
3.62メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
3キロワット |
3 事実の経過
幸丸は、B社製のH-365S型と称するFRP製プレジャーボートで、平成13年10月に四級小型船舶操縦士の免許を取得したA受審人が1人で乗り組み、最大搭載人員3人を超えて次男のC、娘婿のD及び4歳のEを同乗させ、遊漁の目的で、平成15年8月15日13時17分加布里港西防波堤灯台(以下「加布里灯台」という。)から198度(真方位、以下同じ。)1,410メートルの保管場所である砂浜海岸を発し、同海岸の西方約530メートルの釣場に向かった。
なお、福岡管区気象台は、前日14日17時00分福岡地方に平均風速毎秒12メートル以上が予想されるときの強風注意報及び有義波高2.5メートル以上が予想されるときの波浪注意報を同時に発表し、翌15日04時10分に両注意報を継続発表していた。
ところで、幸丸は、甲板がなく乾舷の浅い船型で、船体中央から船首側船底がトリマラン型を呈するとともに船尾が垂直になっており、船首部中央及び船尾部左右各船底上に空気室がそれぞれ配置されて不沈性が確保され、船体中央部に船底栓のある生け簀が設けられていた。なお、左右両舷の舷縁は、船首端の後方2.84メートルから船尾方に向かって船尾端まで下方に20度の角度で傾斜(以下「船尾傾斜部」という。)し、船外機のプロペラ深度を深くすることによって推進効率の向上が図られていた。
舷端部は、その形状が船尾の船体中心線から右舷側28センチメートル(以下「センチ」という。)、左舷側9センチの船外機取付け部を除き、船首材前面から左右両舷を経て船尾まで、外側に8センチ張り出して直角下方に4センチ折り返して成型され、船体の縦強度確保、防舷材、手すり及び遮浪等の機能を持たせており、艤装品として、遮浪カバーが船首端から後方65センチまでの船首部船体上に左右両舷端にビス止め固定され、同カバー上の船首端にステンレス製のクリート1個及び左右両舷船尾傾斜部上にアイピース各1個がそれぞれ取り付けられていた。
また、船体は、船首方からの波浪に対しては、船首部外板が後方に下方傾斜していること、舷端部折返しがあること及び遮浪カバーを設けていることにより、凌波性が確保されて海水の打込みを抑制するようになっていたが、船尾方からの波浪に対しては、船尾外板が垂直になっていること及び船外機取付け部に舷端部折返しがないことにより、船尾乾舷より高い波高の波浪を受けると、船内に海水が打ち込み易い構造であった。
A受審人は、前示免許を取得する際の講習において、講師から錨泊時には必ず船首から投錨することを指導されていたうえ、遊漁のために錨泊する際には、錨索を船首部のクリートに係止すれば、凌波性が確保された船首が風波に立ち、船首方からの波浪に対して船内への海水の打込みを抑制できる状況であったが、平素、船尾から投揚錨すれば、船外機を操作している場所から船首に移動する手間を省くことができることから、重量15キログラムのダンホース型錨を船尾から投入して合成繊維製直径9ミリメートル全長30メートルの錨索を適当量伸出し、同索端を左舷船尾傾斜部にあるアイピースに係止していた。
A受審人は、夏期の好天時には専ら加布里港内での遊漁に出航していたが、強風、波浪両注意報が発表されているときに幸丸での沖合航行が危険と感じていたことから、早期に両注意報の有無を認知して発航中止の判断ができるように、出航する日には04時ころからのテレビによる天気予報で両注意報の発表の有無など気象状況の確認を行っていた。
こうして、A受審人は、発航当日の午前中、折から帰省中のD同乗者一家が同日にG地に戻る予定であったことから、C同乗者と3人で釣った魚を土産に持たせるために、テレビあるいはラジオなどの天気予報によって気象情報を入手せず、福岡地方に強風、波浪両注意報が発表されていることを知らないまま、幸丸に搭載してある救命胴衣をそれぞれ着用し、陸岸沖合約150メートルの加布里港内で遊漁を行った。
A受審人は、昼過ぎに妻から携帯電話で孫のEも乗船させて欲しい旨の連絡を受け、一旦遊漁を打ち切って同町浜窪の砂浜海岸に戻り、幸丸に小児用の小型船舶用救命胴衣の備付けがなかったにもかかわらず、救命胴衣を着用させないまま最大搭載人員を超えて同孫を乗船させ、自ら及びC同乗者も、暑いことと肌を日に焼くためにそれぞれ着用していた救命胴衣を脱いで生け簀付近に置くとともに、救命浮環を遮浪カバーの下に1個置き、船首部中央空気室上にD及びE両同乗者、右舷船尾空気室上にC同乗者及び同左舷空気室上に船外機操作に当たる自らがそれぞれ腰を掛け、乾舷が船体中央部35センチ船尾端18センチの状態で発航に至った。
A受審人は、発航時に、午前中よりも風波が強まって沖合に白波が立ち始めたことを認めたものの、何とかD同乗者が帰宅する前に釣った魚を持たせたいという一念から、海面が白波立っていないノー瀬の近くで遊漁を行えば危険はないものと思い、依然、気象情報を入手しないまま、強風、波浪両注意報が発表されていることを知らずに発航し、その後、加布里港北方にある標高365メートルの可也山から吹きおろす北北東風と、同方向からの波高50センチの波浪とを右舷船尾に受けながら、午前中よりも近場のノー瀬の東方で、松末の陸岸沖合約100メートルの釣場に向けて西行した。
13時20分A受審人は、加布里灯台から216度1,700メートルで水深約6メートルの地点に至り、前示釣場に到着したとき、投錨して錨索をアイピースに係止すると、船尾が北北東方からの風波に立ち、同人とC同乗者とがそれぞれ腰を掛けていて船尾乾舷が低くなっていたこともあり、船尾部から海水の打込みを受けるおそれのある状況であったが、ノー瀬付近の海面が白波立っていないことから、いつものように錨索を左舷船尾傾斜部のアイピースに係止すれば、船外機を操作している場所に近くて便利と思い、凌波性が確保された船首に風波を受けるように、錨索を船首部のクリートに係止することなく、機関を停止して投錨し、同索を全量伸出してその索端を同アイピースに係止したところ、船尾が北北東より少し北方を向いて錨索が緊張し、船尾方から波浪を受けて船体が縦揺れを始めた。
13時23分半A受審人は、船尾が緊張した錨索で下方に引き付けられ、船尾乾舷より高い波高の波浪を受けて船首が上方に上がり、船尾が下方に下がったとき、海水が船外機取付け部付近から船内に浸入して一気に同人の膝の高さまで浸水し、船尾乾舷が更に浅くなって次々に海水が浸入するようになったため、危険を感じて急いで帰航することとし、左舷船尾空気室上に腰を掛けたまま身体を左方にねじって錨索を両手で引き寄せ始めた。
13時28分半A受審人は、錨索が緊張していて引き寄せることができず、次々に浸入した海水が船内に滞留し、左舷船尾空気室上に腰を掛けた自らの腰が海面下となるまで浸水し、やがて水船状態になって復原力を喪失し、船体が海面下に不安定な状態となって浮いたまま、錨泊を続けた。
13時29分A受審人は、同乗者全員に対し、沈没することはないからじっとして救助を待つように言ったが、D同乗者が生命の危険を感じて救命胴衣を着用したまま右舷側に飛び込み、船首方を回って左舷側からE同乗者を抱え上げ、陸岸に向かって泳ぎ始めた直後、C同乗者が立ち上がり、船尾方を向いて右手を船外機の上に置いたところ、不安定な状態で海面下に浮いていた船体が、C同乗者の動作によって重心が左舷上方に移動し、緊張した錨索の張力が左舷船尾方に作用したこともあって、急に左舷側への回頭モーメントが発生し、13時30分加布里灯台から216度1,700メートルの地点において、幸丸は、船首が南南西より少し南方に向いた状態で、左舷側に転覆した。
当時、天候は曇で風力4の北北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期にあたり、発生地点付近には波高約50センチの波浪があった。
転覆の結果、幸丸は、船外機が濡れ損を生じたものの修理は行われず、船体はF組合所属の漁船により加布里漁港に引き付けられて陸揚げされた。また、転覆後、A受審人は、C同乗者とともに救命胴衣を着用しないまま船体につかまり、D、E両同乗者が陸岸に向かって泳いでいるのを見て、間もなくD同乗者が救助を依頼してくれると思って声を掛け合っているうちに、携帯電話を入れた防水バッグが船首方10メートル付近に流れているのを認め、流れているものには追いつかないと制止したにもかかわらず、C同乗者が同バッグに向かって泳ぎ出したが、途中で同バッグが海中に沈んで見えなくなったために、C同乗者は、陸岸に向きを変えて泳いでいるうちに力尽きて行方不明となり、翌々17日ノー瀬の近くで溺死体となって発見された。
(原因)
本件転覆は、福岡県加布里港において、強風、波浪両注意報が発表されている状況下、気象情報を入手しないまま発航したばかりか、錨泊する際、錨索を凌波性が確保された船首に係止せず、船尾部から海水の打込みを受け、水船状態となって復原力を喪失したことによって発生したものである。
なお、同乗者が死亡したのは、救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、福岡県加布里港において、強風、波浪両注意報が発表されている状況下、遊漁を行うために錨泊する場合、船体が甲板のない乾舷の浅い船型で、船尾の船外機取付け部に舷端部折返しがなく、船尾方から船尾乾舷より高い波高の波浪を受けると、船内に海水が打ち込むおそれがあったから、風波を凌波性が確保された船首に受けることができるよう、錨索を船首部に設けられたクリートに係止するべき注意義務があった。ところが、同人は、錨索を左舷船尾傾斜部のアイピースに係止すれば、船外機を操作している場所に近くて便利と思い、錨索を船首部に設けられたクリートに係止しなかった職務上の過失により、錨索を全量伸出してその索端を同アイピースに係止したところ、風波を船尾に受けて同索が緊張し、船外機取付け部付近から船内に海水が浸入して水船状態になり、復原力を喪失して転覆を招き、機関に濡れ損を生じさせ、救命胴衣を着用しないまま泳ぎだしたC同乗者が行方不明となり、のち溺死体となって発見されるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。