(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月14日06時45分
北海道国縫漁港沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十八若潮丸 |
総トン数 |
4.9トン |
全長 |
14.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
190キロワット |
3 事実の経過
第十八若潮丸(以下「若潮丸」という。)は、ほたて貝養殖業に従事する、船首部に船橋を、船体中央部に機関室囲壁を備える軽合金製漁船で、船橋と機関室囲壁との間が前部甲板、機関室囲壁の船尾側が後部甲板となっていた。後部甲板前端には、甲板上高さ1.39メートルを支点とする伸縮式4段ブーム付き旋回クレーンを備え、その最大作業半径8.49メートル、最大吊り上げ荷重0.95トン、最大ブーム起伏角度76度となっており、無線式遠隔操縦装置(以下「リモコン」という。)による操作が可能であった。
A受審人(昭和62年9月一級小型船舶操縦士免許取得)は、北海道国縫漁港沖合2キロから5キロにかけての沿岸一帯に設けられたほたて貝養殖施設の共同漁業権を所有していた。同施設の養殖方法は、岸線と平行に設置された、両端をアンカーで固定して浮玉で浮かせた桁縄に、育成中のほたて貝(以下「半成貝」という。)を入れたパールネットと称する篭をロープで縦に10個ばかり繋いだもの(以下「吊り篭列」という。)や、テグスにより多数のほたて貝を結わえ付けたロープを吊して貝を成長させる、垂下養殖と呼ばれるものであった。
若潮丸は、A受審人が1人で乗り組み、ほたて貝積み込みの目的で、船首0.5メートル船尾2.7メートルの喫水をもって、平成15年5月14日03時30分国縫漁港を発し、同時45分同港の南南東方4海里にある前示養殖施設内の漁場に到着し、出荷用ほたて貝の積み込みを開始した。
05時15分A受審人は、出荷用ほたて貝400キログラム(以下「キロ」という。)を入れた網もっこを後部甲板中央部に横に2個、前部甲板左舷側に縦に2個それぞれ並べて積載し、次いで半成貝を陸上の作業場に持ち帰るため、八雲港東防波堤灯台から014度(真方位、以下同じ。)8.0海里の地点にある、同じ養殖施設内の半成貝育成箇所に向かい、同時25分同箇所に到着したところで船体を桁縄に沿わせ、吊り篭列を桁縄から外す作業を開始した。
ところで、A受審人は、パールネットを11個繋いで吊り篭列としており、積み込み時には1本の重量が約30キロの同列15本ばかりを桁縄から外し、その上端部をロープでまとめ、一束としてクレーンで積み込んでいたが、吊り篭列の長さが6ないし7メートルとなるため、これを船内に取り込むためには吊り篭列下端がブルワークを替わせるよう、クレーンのブームを一杯に伸ばして高く上げる必要があった。また、一束約450キロとなるその重量が甲板上数メートルのブームトップにかかるため、見かけの重心が相当量上昇して復原力の著しい低下を招き、ブームの少しばかりの横移動等でも船体が大きく傾くこととなった。
一方、出荷用ほたて貝の積み込み時から認めていた南東寄りのうねりが徐々に大きくなっており、復原力が低下した状態で船体が傾くと、うねりと同調して大傾斜を引き起こし、船内に海水が流入して転覆に至る危険があることから、一度に吊り上げる重量を軽くするなどの措置をとって復原力の低下を抑える必要があった。
A受審人は、うねりが大きくなっていることに気付いていたが、船体が大きく傾くことはあるまいと思い、吊り篭列の束を小分けし、一束の重量を軽くして積み込むなど、適切な措置をとることなく、いつものように15本の吊り篭列を一束として積み込むこととした。
こうしてA受審人は、桁縄から外した吊り篭列が15本になると、これを一束として順次積み込み、3束持ち帰る予定であったことから、積み込み終了後には左右の傾きがなくなるよう、最初に集めた束を前部甲板後端中央部に、2番目の束を同甲板中央部右舷側にそれぞれ積み込み、その段階で5度左舷側に傾いた状態とした。
06時25分A受審人は、3番目に束ねる吊り篭列を外す作業を開始し、同時40分同列を13本集めたところで束ね、390キロとなったものをクレーンの吊り索のフックにかけたのち、リモコンを手に前部甲板前端部に立ち、この束を2番目の束の前側に積み込めるよう、ブームを一杯に伸ばし、そのトップを2番目の束を積み込んだときより若干下げてクレーンの旋回半径を広げ、右舷側前寄りのブルワーク上6メートルの位置に調整した。
06時43分A受審人は、吊り索を巻いて積み込みを開始したところ、吊り篭列の束の下端がブルワークを替わせず、ブームトップを船首尾線から1メートルばかり左舷側まで振って取り込もうとしたところ、同下端は右舷側ブルワークを替わったものの、振り子状態となった同束が反対舷に大きく振り出して左舷側に傾き、折からのうねりに同調して同側に大傾斜した。
A受審人は、この状態に気が動転し、何も出来ないでいるうち、前部甲板上に積まれた網もっこ等がわずかに左舷側に荷崩れして傾きが更に増し、左舷側ブルワークが海中に没した結果、大量の海水が流入して復原力を喪失し、06時45分若潮丸は、八雲港東防波堤灯台から014度8.0海里の地点において、023度を向首した状態で転覆した。
当時、天候は曇で風力2の北北西風が吹き、波高1.5メートルの南東寄りのうねりがあり、潮候は下げ潮の末期であった。
転覆の結果、若潮丸は、約1時間半後に沈没し、主機関、電気機器等を濡損し、クレーンポストを折損したが、来援したクレーン船により引き揚げられ、のち修理された。A受審人は、転覆直後、船底に上っていたところを僚船に救助された。
(原因)
本件転覆は、北海道国縫漁港沖合のほたて貝養殖施設において、うねりにより船体が動揺する状況下、船上クレーンによりほたて貝を積み込む際の措置が不適切で、ブームを一杯に高く伸ばした状態で大量のほたて貝を吊り上げ、これを横方向に移動させたことによる船体傾斜と、うねりによる動揺とが同調して大傾斜し、船内へ大量の海水が流入して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、北海道国縫漁港沖合のほたて貝養殖施設において、うねりにより船体が動揺する状況下、船上クレーンのブームを高く伸ばして養殖ほたて貝の積み込み作業に従事する場合、一度に大量のほたて貝を吊り上げると復原力が著しく低下し、うねりと同調して大傾斜するおそれがあったから、積み込むほたて貝を小分けし、吊り上げる重量を軽減するなど、適切な措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、うねりがあっても大きく傾くことはあるまいと思い、積み込むほたて貝を小分けして吊り上げる重量を軽減するなど、適切な措置をとらなかった職務上の過失により、大量のほたて貝を吊り上げて復原力の著しい低下を招き、ブームの横移動による船体の傾きと、折からのうねりが同調して大傾斜を引き起こし、大量の海水が船内に流入したことにより復原力を喪失して同船を転覆させ、機関の濡損等を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。