(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年3月3日10時50分
和歌山県日高港
2 船舶の要目
船種船名 |
押船第七十六共栄丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
14.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,412キロワット |
3 事実の経過
第七十六共栄丸(以下「共栄丸」という。)は、2機2軸を備えた、平甲板型単底構造の鋼製押船兼作業船で、甲板下には、船首側から順に空所、機関室、燃料油槽及び舵機室がそれぞれ配置され、機関室は長さ6.4メートル幅5.7メートル深さ1.9メートルで、同室上方の甲板上に操舵室と機関室囲壁が配置されていた。そして、専ら非自航式浚渫船第28共栄号(以下「浚渫船」という。)とともに浚渫業務に従事し、浚渫船との連結用として、先端に縦50センチメートル(以下「センチ」という。)横70センチ厚さ10センチのゴム製パッドを取り付けた油圧作動ピストン(以下「ピストン」という。)を右舷側の前後2箇所に備えるとともに、同ピストンの左舷側対称位置に同形パッドを取り付け、浚渫船を押して航行する際は、船体を浚渫船の船尾凹状部分に嵌合(かんごう)し、ピストンを油圧で外側に押し出して各パッドを同船船尾外板に圧着したうえ、船尾両舷と浚渫船船尾とをワイヤロープで連結していた。
また、浚渫船は、全長58.8メートル幅23.0メートル深さ4.3メートルの箱型で、船尾中央が縦11.8メートル横6.5メートルの凹状となっており、船体前部にグラブを吊るためのジブクレーン1基、中央部両舷側と船尾右舷側の3箇所に、高さ38メートルのスパッドをそれぞれ有し、原動機として出力2,059キロワットのディーゼル機関を備え、船首部に推力3トンのサイドスラスタを備えていたものの、推進装置はなかった。そして、船首両舷に重量5トンのストックアンカー、船尾両舷に同重量のダンフォース型アンカーをそれぞれ備えるとともに、各錨には錨鎖10節が連結され、船尾に機関室及び作業員室が配置され、共栄丸乗組員と浚渫作業員が作業員室で居住していた。
A受審人は、平成10年7月一級小型船舶操縦士の免許を取得し、同11年6月船長として共栄丸に乗り組み、各地で浚渫作業に従事していたところ、同15年2月19日共栄丸、浚渫船、交通船及び土運船の4隻から成る浚渫作業船団を指揮し、共栄丸に他1人と乗り組み、静岡県清水港を発し、港内航路浚渫工事作業の目的で、同月21日和歌山県日高港に入港した。
ところで、日高港は、和歌山県御坊市の日高川河口にあって紀伊水道に面し、当時、関西電力御坊発電所がある富島北方の、水深約10メートルの海域で航路浚渫作業が行われていた。そして、西寄りの風が強まると、港内では卓越波向が南西となって波高が高まり、浚渫作業が困難となることから、毎日早朝及び夕方の2回、工事事務所から日高港海域の気象海象予報が現場作業責任者に通知されていた。
入港後A受審人は、船首尾とも2.4メートルの等喫水となった浚渫船の船首部に、海中に幕を垂らした縦横約20メートルの鋼管製海水汚濁防止枠を取り付けて、スパッドにより同船を浚渫場所に固定して浚渫作業に従事し、浚渫土砂を積んだ土運船を共栄丸で沖合まで押して土砂運搬船に土砂を瀬取りしたあと、空倉となった土運船を再び浚渫船に着ける作業を、日曜日を除く昼間、1日3回ほど繰り返した。
越えて3月1日朝から浚渫作業に従事していたA受審人は、午後になって西寄りの風が強くなったので作業を中止し、作業海域北方約150メートルのところで浚渫船を錨泊させることとしたが、同船船首部に取り付けた海水汚濁防止枠のため船首錨を使用することができないので、同船右舷船尾の錨を投下して錨鎖7節を延出した。そして、船首1.2メートル船尾(舵下端)2.3メートルの喫水となった共栄丸を、浚渫船の船尾凹状部分に嵌合してピストンで圧着させるとともに、直径24ミリメートルのワイヤロープを、共栄丸船尾両舷のビットから浚渫船船尾に1本ずつ取って両船を結合した。
18時ころA受審人は、風向がそれまでの西から北西に変わり、浚渫船が近くに錨泊していた数隻の土運船のうちの1隻と接触したので、錨鎖を約1節巻き込んで錨泊を続け、翌2日は日曜日のため作業がなく、乗組員とともに休養した。
翌々3日早朝A受審人は、工事事務所からの気象海象情報により、北海道西方を東進中の低気圧から南西に延びる寒冷前線が通過し、西寄りの風が強くなって、西南西からの波浪が波高2メートルを超える荒天となることが予想されたので、作業を取りやめて天候が回復するまで待機することとしたが、近くに錨泊していた土運船と接触しないよう錨泊場所を変えることとし、07時30分浚渫船の錨を揚げ、共栄丸を操船して北西方に約300メートル移動し、08時30分関電御坊発電所防波堤灯台から000度(真方位、以下同じ。)850メートルの地点で、浚渫船の右舷船尾の錨を投下し、錨鎖7節を延出して錨泊した。
投錨後A受審人は、共栄丸が、浚渫船の船尾に結合されているため、動揺を制限されて波に乗ることができず、高波が高さ0.6メートルのブルワークを越えて同船船尾甲板に打ち込むことを予測できたが、このままでも浸水に至ることはないと思い、速やかに共栄丸を浚渫船から切り離し、近くの塩屋漁港内に避泊させるなど適切な荒天避難の措置をとることなく、共栄丸を浚渫船に結合したまま機関を止め、操舵室左右入口扉及び機関室囲壁後部コンパニオンをいずれも閉鎖し、乗組員及び作業員とともに浚渫船上での作業に従事した。
その後A受審人は、次第に西寄りの風が強くなって浚渫船船尾が南西方を向き、共栄丸が船尾から波浪を受けていたので、ときどき同船の結合状態を点検しながら、作業員らとともに浚渫船で作業にあたっているうち、2メートルを超える高波が繰り返し共栄丸の船尾甲板に打ち込むようになり、甲板上に滞留した海水の重量と衝撃で両船を結合していたワイヤロープが2本とも切断し、共栄丸は、船尾側から徐々に沈下して海水が機関室天井のスカイライトから同室に流入し始めた。
A受審人は、10時ころ浚渫船の船尾を見回ったとき、共栄丸と浚渫船とを結合していたワイヤロープが2本とも切断し、共栄丸の船尾側パッドが通常の位置から約1メートル下がったところで浚渫船船尾外板に圧着され、船尾甲板がほぼ水面下に没しているのを認め、ピストンを緩めて共栄丸を浚渫船から離そうとしたが、共栄丸が船尾に大きく傾斜していたうえ、船尾から高波が押し寄せて危険な状況であったため、同船に移乗することができなかった。
その後共栄丸は、引き続き高波が打ち込むうち、ピストンの圧着力が弱まるとともに浸水量が増加して浮力を喪失し、10時50分関電御坊発電所防波堤灯台から004度1,000メートルの地点において、ほぼ北東に向首した状態で水深7メートルの海底に沈没した。
当時、天候は雨で風力6の南西風が吹き、潮候は下げ潮の末期にあたり、波高約3メートルで、和歌山県全域に雷、強風、波浪の各注意報が発表されていた。
翌日共栄丸は、クレーン船によって引き揚げられ、日高港岸壁に引きつけられた。
その結果、機関等に濡損を生じ、のち廃船となった。
(原因)
本件沈没は、和歌山県日高港において、浚渫船の船尾凹状部分に船体を結合し、浚渫船の船尾錨を使用して錨泊中、寒冷前線の通過に伴って荒天が予想される際、荒天避難の措置が不適切で、高波が船尾甲板に打ち込んでスカイライトから機関室に浸水し、浮力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、和歌山県日高港において、共栄丸を浚渫船の船尾凹状部分に結合し、浚渫船の船尾錨を使用して錨泊中、寒冷前線の通過に伴い、波高2メートルを超える荒天が予想される場合、共栄丸が動揺を制限されて波に乗ることができず、高波がブルワークを越えて船尾甲板に打ち込むことを予測できたのであるから、共栄丸を浚渫船から切り離して近くの塩屋漁港内に避泊させるなど適切な荒天避難の措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、このままでも浸水に至ることはないと思い、共栄丸を浚渫船から切り離して近くの塩屋漁港内に避泊させるなど適切な荒天避難の措置をとらなかった職務上の過失により、高波が船尾甲板に打ち込み、スカイライトから機関室に浸水して共栄丸を沈没させ、機関等に濡損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。