(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月24日16時05分
犬吠埼東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボート吉野伸一 |
登録長 |
6.37メートル |
機関の種類 |
電気点火機関(船内機) |
出力 |
139キロワット |
3 事実の経過
吉野伸一(以下「吉野号」という。)は、D社製造の型式240DA型と称するFRP製プレジャーボートで、コックピットの操舵輪前方に計器盤を備え、機関室内には、機関始動等の用途に12ボルト容量105アンペア・アワーのバッテリーを装備していた。
機関は、E社製造のMCM5.7L型と称する電気点火機関で、セルモーターとダイオード内臓のオルタネータが組み込まれていて、運航経年を重ねるうち、いつしかオルタネータが塩害等により絶縁不良となり、バッテリーへの充電不良状態となった。
計器盤は、右舷側から順に、すべてアナログ表示の電圧計、水温計、速力計、回転計、油圧計及び燃料計が配備され、電圧計の目盛板は、扇型円弧状に0.5ボルト刻みのマークがあって、マーク左端の10ボルトから右方に、2ボルト毎に12、14及び16の数字が記されており、機関を始動して運転に入り、バッテリーへの充電機能が正常であれば、電圧計が14ボルトないし14.5ボルトを示していた。
A受審人(平成8年4月四級小型船舶操縦士免状取得)は、船主であるF社の職員で、吉野号管理の一環としてほぼ1週間毎に、千葉県名洗港内に所在のC社(以下「マリーナ」という。)内の艇置場へ赴き、機関の保守運転を継続中、平成15年8月17日いつものように機関を始動し、電圧計の指針が12ボルトで、通常運転中の14ボルトより低い状況を認めたものの、同状況がバッテリーへの充電不良状態であることを知る由もなく、約15分間のアイドリング状態の保守運転を終えた。
越えて24日A受審人は、釣りの目的で、同乗者1人を伴い、09時00分マリーナに着き、機関の始動操作を行ったところ、セルモーターが回らず始動できなかったので、バッテリーの放電と考え、B指定海難関係人にバッテリーの点検を依頼し、同人がテスターによりバッテリー電圧を見たところ、6ボルトまで低下していたので交換したほうが良い旨の助言を得て、同人にバッテリー交換工事を委ねた。
B指定海難関係人は、ハーバーマスターになるまで、オートバイ製造会社の国内各支店で、ほぼ19年間のエンジンサービス業務の経歴を持ち、平成13年6月ハーバーマスターとして出向後、マリーナ保管艇の管理業務のほか、艇側からの要求に応じて船体と機関の保守・修理業務の手配等も行っており、機関室のバッテリー格納場所に、マリーナで保管中の新品のバッテリーを取り付け、コックピットで機関を始動し試運転を行った際、機関駆動中の電圧チェックにより、バッテリーへの充電有無がわかることを心得ていたのであるから、充電有無が分かるよう、計器盤の電圧計の指針を見て、バッテリーへの充電有無の確認を十分に行わなかったので、機関駆動中の充電不良状態に気付かず、バッテリー充電系統の点検等を経て、オルタネータ不良状態を認め得る段階に至らないまま、機関の試運転を終え、A受審人に吉野号を引き渡した。
こうして、吉野号は、A受審人が1人で乗り組み、同乗者1人を乗せ、船首尾喫水不詳のまま、平成15年8月24日11時00分係留地点を発し、マリーナ内の給油所で燃料を補給後、犬吠埼灯台から130度(真方位、以下同じ。)1.4海里の地点に至り、船尾に配備した釣竿2本から各釣糸を繰り出しトローリングを始め、南北方向1.5海里間の往来を繰り返して釣りを行い、シイラ1尾を獲て16時00分釣りを止め、機関停止のうえ釣り道具を格納し、エンジンキーを回して機関を再始動しようとしたところ、バッテリーが容量不足状態で、セルモーターによる機関始動ができず航行不能となり、携帯電話が通話圏外で外部への救助要請も叶わず、16時05分犬吠埼灯台から067度1.4海里の地点において、漂流を始めた。
当時、天候は晴で風力1の南風が吹き、海上は穏やかであった。
その結果、漂流を続けた吉野号は、翌々26日05時55分近くを航行中の船舶に偶然発見され、連絡を受けた海上保安庁の船舶により救助され、のちオルタネータの新替工事等が施工された。
(原因等の考察)
本件遭難は、発航に当たり機関が始動できず、バッテリーを新品に交換して発航に臨んだとき、オルタネータの不良でバッテリーへの充電不良の状況下、沖合いに至りトローリングの釣りを行い、釣り道具格納の目的で機関停止ののち、機関を始動したところ、バッテリーが容量不足状態で機関を始動できず、漂流したものであるが、以下、その原因等について検討する。
1 バッテリーの保管管理状態
A受審人の依頼を受けB指定海難関係人が、取り付けたバッテリーについて、同人の当廷における、「マリーナに比重計はあるが、バッテリー液の比重チェックはしなかった。」旨の供述はあるが、本件の場合、充電済みとしてメーカーから購入した後、3箇月ほど保管して未使用であった点及びA受審人に対する質問調書中、「試運転したところ一発で始動できた。漂流を始めてから1時間ほど航海灯を点灯できた。」旨の供述記載等を勘案すると、バッテリーの保管管理状態は、良好であったものと認められる。
2 A受審人のバッテリーへの充電有無の認識可能性
本件においてA受審人は、電圧計の指針が機関停止中に12ボルトで、機関運転中に14ボルトになることは認識しても、12と14の各数値が異なる理由、つまり機関運転中に、約2ボルト高い直流電圧を終始かけつづける定電圧充電法によって、オルタネータからバッテリーに充電されることを知る由もなかったのであるから、充電機能をチェックする段階に至らず、この点に関する同人の所為は、本件発生の原因とならない。
3 釣り道具格納の目的で機関を停止した点
A受審人が、釣り道具格納の間、中立運転にすればプロペラは回転せず、機関運転を継続した場合、マリーナに帰港できたか否かが問題点となるが、艇内消費電力を極力制限しても、電気点火用の電力消費は続くのであるから、発航時から放電する一方であったバッテリーでマリーナに帰港できる可能性は保証できず、本件の場合、機関を停止した点を原因として挙げることはできない。
ただし、機関を始動するときに大容量の電気を要するので、バッテリー放電状態によっては、機関の始動ができない例も知られているところで、沖合いで機関を停止すると、機関の発動ができずに漂流するおそれがある点に対する警戒を怠ってはならない。
4 B指定海難関係人の予見可能性
B指定海難関係人は、機関整備関係の知識と技能があって、ハーバーマスターとして吉野号のバッテリー交換作業を行い、機関の試運転を行った際、電圧計の指針が12ボルトであることを知っていたら、バッテリーへの充電機能が働いていないことがわかる状況であった。
この充電機能不良が分かれば、Vベルト、バッテリー端子等々の順次点検によって、オルタネータ自体の不良を認める段階に達することができるから、B指定海難関係人が電圧計の指針を見て、バッテリーへの充電有無の確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
しかしながら、この点を含め、本件には、次のような今後検討に値する事柄が潜在している。
5 今後の検討に値する事項
(1)B指定海難関係人は当廷において、「本件後は、バッテリー交換又は充電後に機関の試転を行う際、必ず電圧を確かめるようにしている。」旨の供述をしている。
しかし、一般多数のマリーナにおいて、ハーバーマスター又はマリーナの給油所等の従事者が、バッテリー交換等の機関関係整備にあたる場合、B指定海難関係人のレベルまで、すべてが機関整備に関する知識と技能を有しているかどうかを判断できる基準がない。
補佐人からは「自動車用ガソリンスタンドにおける自動車整備は、整備士等の資格適用があるが、プレジャーボートの機関整備に対する法的資格制度がない。」旨の指摘があった。
この点については、例えば陸上の整備士資格制度も参考にして、プレジャーボート機関整備に関する資格制度について、今後の検討課題に値するものと考えられる。
(2)A受審人の海技と知識
事実認定の根拠のところで認めたように、A受審人は、電圧計の指針を見て、バッテリー充電の有無を判断できる知識も経験もなかった。
この点については、小型船舶操縦士資格要件に関するテキストなり情報誌等において、オルタネータによるバッテリーへの充電有無を確認する手段が具体的に示されていない。
A受審人がこの手段を常識的に認識できるよう、教育的・啓蒙的条件が整備されていない現況を勘案し、同人の所為は、本件発生の原因にならないとしたが、同種海難再発防止の観点からすれば、小型船舶操縦士資格要件の盲点とならないよう、同要件整備も今後の検討課題に値するものと考えられる。
(原因)
本件遭難は、千葉県名洗港内に所在のマリーナのハーバーマスターが、電気点火機関用のバッテリー交換工事を終了後、同機関の試運転を行った際、同機関駆動中、バッテリーへの充電有無の確認を十分に行わず、オルタネータ故障により充電不良状態のまま発航して沖合いに至り、トローリングの釣りを行っている間に、バッテリーが容量不足の状況を招き、釣り道具格納に当たり機関を一旦停止後、機関の再始動ができず漂流したことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
B指定海難関係人が、A受審人からマリーナ発航に当たり機関始動ができず、バッテリー充電の依頼を受け、テスターでバッテリーの電圧が低いことを知り、交換したほうがよい旨の助言を与え、同人からのバッテリー交換工事を受け、ハーバーマスターとして同工事を終了後、機関の試運転を行った際、機関駆動中の電圧チェックにより、バッテリーへの充電有無がわかることを心得ていたのであるから、充電有無がわかるよう、計器盤の電圧計の指針を見て、バッテリーへの充電有無の確認を十分に行わなかったので、機関駆動中の充電不良状態に気付かず、バッテリー充電系統の点検等を経て、オルタネータ不良状態を認め得る段階に至らないまま、機関の試運転を終えたことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、原因の考察等で示した事項を総合して、勧告しない。
A受審人の所為は、原因の考察等で示した事項を総合して、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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