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平成15年広審第105号
件名

貨物船新天神丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年3月4日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(高橋昭雄、西田克史、佐野映一)

理事官
亀井龍雄

受審人
A 職名:新天神丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
指定海難関係人
B 職名:新天神丸機関長

損害
新天神丸・・・球状船首船底外板に凹損、
護 岸・・・損傷

原因
居眠り運航防止措置不十分

主文

 本件乗揚は、居眠り運航の防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月5日03時00分
 瀬戸内海 備讃海域西部 神島南東岸
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船新天神丸
総トン数 199トン
全長 56.815メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 588キロワット

3 事実の経過
 新天神丸は、鋼製貨物船で、A受審人及びB指定海難関係人並びに一等航海士の3人が乗り組み、空倉のまま、船首0.4メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、平成15年8月4日21時20分兵庫県姫路港を発し、広島県福山港に向かった。
 ところで、A受審人は、船主兼船長として福山港等を基地とした瀬戸内海各港間のスクラップ等の輸送に従事し、月間10ないし14航海に及んでいた。航海が荷役及び航行時間の長短やその他運航事情等が種々変化する内航船舶特有の厳しいものであったので、乗組員は生活リズムを乱し易くとりわけ船橋当直者が睡眠不足や疲労の蓄積から特に深夜の船橋当直では居眠り運航に陥るおそれがあった。しかし、運航採算面からできるだけ少人数の乗組員で運航しようとして、船橋当直を適切に実施するために必要な員数の甲板部要員を乗り組ませることなく、その代わりに高年ではあったが単独で船橋当直の経験のあるB指定海難関係人を機関長として雇い入れ、同人を機関当直と兼務させながら船橋当直体制に組み入れていた。そして、当時スクラップ等の輸送が多く、その荷役がほとんど昼間に行われ、しかも同荷役では本船側の手を要しなかったことから、その間乗組員は船務がなく各自自由に休息をとることができる状況でもあったので、船橋当直体制の運営にあたって船長自らは関係先との連絡の都合上から8時から0時までの当直(以下「8-0直」という。)に固定したうえで、B指定海難関係人と一等航海士に0時から4時直(以下「0-4直」という。)及び4時から8時直を1ヶ月交替で行う3人による単独4時間3直制で行っていた。
 さて、A受審人は、当日姫路港出航に先立って、夕方荷役終了を待って荷役中に破損した船倉内サイドスパーリング厚板の取替え及び同受け金具の修理を荷役会社手配の鉄工修理班によって乗組員全員が補助しながら行い、その後不具合であったハッチカバーのチェーン等の調整作業を乗組員のみで行った。一連の作業終了後、21時過ぎ自らが出航操船に続いて8-0直に就き、その後B指定海難関係人が0-4直の予定であった。しかし、乗組員が日中の荷役中が船務のない自由な時間であっても必ずしも休息を十分にとり得るとは限らず、特に深夜当直に就く予定のB指定海難関係人が荷役後から諸作業に続いて深夜当直を行い得るか否か、また出航当日起床してから予定当直を終えるまで長時間を経過することや同人が高年であることを考慮すると4時間もの深夜当直を行わせることに不安があり、同深夜当直の変更或いは軽減などの措置をとる必要があった。
 ところが、A受審人は、B指定海難関係人に前示作業に続いて出航機関業務に就かせ、更に深夜の船橋当直を行わせようとしたが、同人が船務のなかった昼間の荷役中に休息を十分にとり得た状況であったことから同人に予定した深夜の0-4直を行わせても支障ないものと思い、同深夜当直の一部変更或いは軽減など居眠り運航の防止措置を十分にとることなく、予定の当直を行わせることにし、自らは出航操船に続いて当直にあたって播磨灘北西部を西行した。
 一方、B指定海難関係人は、前日姫路港着岸から出航当日の揚げ荷役終了まで自室などで自由に時間を過ごしたものの、約1時間の昼寝をとっただけで夕方の荷役終了を待って前示作業にあたった。続いて出航すると機関室に入って1時間近く機関の点検見回り等の機関業務に就き、その後入浴及び食事をとり、23時45分播磨灘北西部にあたる岡山県黄島付近で当直のため昇橋し、当直中のA受審人と交替してその後の単独船橋当直に就いた。
 当直交替の際、A受審人は、翌5日早朝福山港沖着1時間前にあたる午前4時ころ岡山県黒土瀬戸に達する予定でその手前でいつものとおり昇橋するつもりであったので、B指定海難関係人に対しては特に同昇橋地点や時刻を指示しなかった。当直交替後、船橋下の部屋で宇野港沖を過ぎるまでの狭水道水域の航行状況を見張っていた。
 単独当直に就いたB指定海難関係人は、その後宇野港沖から下津井瀬戸を経て水島航路を横断し、翌5日01時48分六口島灯標から000度(真方位、以下同じ。)700メートルの地点に達したところで、針路を270度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけたまま潮流に乗じて11.0ノットの対地速力で西行した。
 こうして、B指定海難関係人は、前示連続する狭い水道を無事に通航し得て塩飽諸島北部海域に至り、しばらくの間転針も要しない広い水域を航行するようになったことから安堵するようになった。そして、それまでの緊張の解れや起床してから昼寝のほかは長時間休息をとらない状態であったので、立直するなどして眠気を払いながらも当直の後半には眠気を催した状態で当直を続けていた。
 ところが、02時51分B指定海難関係人は、予定より約1時間早く、入港用意のための船長の昇橋及び発電機の駆動を主機から補機に切り換え等自らの機関室入室の時期で黒土瀬戸に向かう地点にあたる神島外港西防波堤灯台から132度1.2海里の地点に達したとき、依然眠気を催した状態であったが、遠慮なく船長に昇橋を求めることによって居眠り運航の防止に十分に努めず、針路を黒土瀬戸に向かう287度に転じ、引き続き眠気状態のままいすに座った姿勢で当直を続けているうちに、居眠りに陥ってしまった。
 その後、新天神丸は、黒土瀬戸を水路に沿って適宜転針が行われず、同水路を斜航するように神島南東岸に向首したまま続航し、03時00分神島外港西防波堤灯台から247度1,370メートルの地点において、原針路、原速力のまま神島南東岸の護岸に乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力1の東風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
 なお、A受審人は、入港用意のための昇橋時刻が入港1時間前の午前4時ころ黒土瀬戸手前になると予定して自室にて休息中のところ、突然衝撃を感じて急いで昇橋し、事後の措置にあたった。
 乗揚の結果、新天神丸の球状船首船底外板に凹損及び護岸に損傷をそれぞれ生じた。

(原因の考察)
 本件は、主に瀬戸内海を航行範囲とした荷役と短い航海が昼夜連続する運航にあたる際、船橋当直に必要な要員に代えて高年の機関長に兼務させ、出航当日船務のなかった昼間の荷役終了を待って全員での船内作業後、所定の出航機関業務に就いた同機関長が、続く深夜の単独0-4直中、その後半で居眠りに陥って発生したものである。
 よって、生物リズムと居眠りの発生、長時間覚醒による判断力の低下及び加齢と睡眠効率の低下等の点から本件の原因である居眠り運航防止措置不十分について検討する。
1 生物リズムと居眠りの発生
 強い眠気と居眠りの発生確率は3つの生物リズムで制御されており、24時間周期(概日周期)のリズムは最も強い眠気を引き起こし、夜間主睡眠期に相当する22時から06時に強まる。このリズムに12時間周期の概半日リズムと2時間周期の超日周期が重畳して眠気と居眠り発生の確率曲線が構成されている。
 B指定海難関係人が居眠りに陥った時刻は02時51分である。この時刻は1日のうちで最も強い眠気が起こる時間帯であり、眠気の自覚から居眠りの発生までの時間が短縮すること、眠気が発生すると判断の正確さや俊敏さが低下することが指摘されている。居眠り事故の80パーセントは夜間に発生し、60パーセントが深夜(22時から04時まで)に集中して発生していることから、この時間帯は特に眠気が発生する前から居眠り防止措置をとることが重要である。本件の場合、眠気の強さ評価と居眠りが発生するまでの時間推定の両方で過小評価がなされ、そのことが居眠り防止に失敗したものと考えられる。
2 長時間覚醒による判断力の低下
 信号検出など作業負荷が軽度のコンピュータ作業でも、覚醒時間が17時間を過ぎると作業成績は96パーセント程度まで低下する。この場合の100パーセント水準とは朝目覚めてから1時間の作業成績で、日中はさらに成績は向上し起床後13時間くらいまでは100パーセントかそれよりもわずかに高い成績を示す。このコンピュータ作業の成績はアルコールを飲むことでも低下する。血中アルコール濃度が0.05パーセントになったときの作業成績は98パーセントである。つまり、作業能率98パーセントは道交法ならば酒気帯び運転(免許停止)と酒酔い運転(免許取り消し)の境界値ということになる。覚醒時間が17時間過ぎると作業能率は96パーセントまで低下するので、適切な判断や対処が難しくなっていることが指摘できる。
 B指定海難関係人は8月4日07時に起床している。日中に1時間の仮眠(昼寝)をとっているが、事故発生の02時51分まで覚醒しているので覚醒時間はおよそ19時間と推定され、この時点での作業能率は95パーセントに低下していると考えられる。血中アルコール濃度に換算するとおよそ0.07パーセントで、判断や操作に遅れや誤りが多くなり事故を引き起こす可能性が高まった高危険状態といえる。仮眠をとった時刻が13時から14時と考えられるが、15時からでも事故までには12時間が経過するので、仮眠の回復効果があったとしても、当直時に居眠り防止措置に関して正確な判断を下すのに十分であったとは判断できない。1時間の仮眠の回復効果の持続時間は通常3から4時間と考えられているので、昇橋する直前であれば効果が期待できるが、15時以前では予防効果はなかったと判断してよいと思われる。居眠りの予防仮眠としてはタイミングが早すぎて仮眠の効果が十分に発揮されていないと判断される。
3 加齢と睡眠効率の低下
 ノンレム睡眠は加齢とともに深さと持続性が低下する。何らかの理由で睡眠不足になった場合、就床時間は十分に確保し得ても回復睡眠の睡眠時間を延長させたり、眠りを深くして不足分を補償するということが困難になってくる。普通の生活では8時間の就床時間を確保して16時間の覚醒を維持するが、加齢とともに16時間の連続覚醒は困難になるので、日中に1度昼寝をするようになる。仮眠など覚醒維持のための対処が適切に機能しないときには、主睡眠の開始時刻が早くなり生物リズムに位相前進が起こる。このようなことから高齢者では小刻みに短い仮眠を挿入する事によって、夜間の主睡眠を一定時刻に固定し生物リズムの位相を一定に保つことが多い。
 指定海難関係人は62歳である。調書では事故の前夜は十分な睡眠時間をとっていたとしているが、年齢的に睡眠効率は低下していることが推測される。さらに当日の夕方は荷役終了後に船内修理作業に従事しており、これらのことを併せ考えると19時間の長時間覚醒を維持できるだけの断眠耐性があったとは考えにくい。海員は当直制により頻繁に主睡眠の時間が移動するなど変則的な生活になりやすいことが指摘されている。若年層ではこの変則生活に睡眠覚醒リズムを適応させることが可能であるが、生物リズムに弾力性の低下が起こる老齢期では日中に回復睡眠や長い仮眠をとることができにくくなる。このため、深夜に当直があると回復補償睡眠や予防仮眠がとれず、長時間覚醒に追い込まれる危険性が高くなる。このようなことを考慮すると、高齢者に深夜当直を割り付けることは慎重でなければならない。
4 まとめ
 以上の考察から、主に瀬戸内海を航行範囲とした荷役と短い航海が昼夜連続する運航により乗組員の生物リズムが乱れ易い環境において、特に船橋当直に必要な要員に代えて高年の機関長に深夜当直を兼務させる場合には、同人の就労状況を勘案して深夜当直の一部変更或いは軽減によって当直中の居眠りに対処する必要がある。
 ところが、船主兼船長のA受審人が当直交替後も宇野港近郊の日比沖まで船橋下で航行状況を見張っていたことからも、B指定海難関係人の深夜当直の一部変更或いは軽減することが可能であった。また、B指定海難関係人が当直の後半に至って眠気状態に陥っていたとき、同時に入港間近で船長の昇橋時期及び発電機の駆動を主機軸発から補機に切り換えなどのため機関室入室時期でもあったことから、遠慮なく船長に昇橋を求めることが可能であった。
 よって、本件は、両人が居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったことによるものと認めるのが相当である。

(原因)
 本件乗揚は、主に瀬戸内海を航行範囲とした荷役と短い航海が昼夜連続する運航にあたる際、居眠り運航の防止措置が不十分で、夜間備讃海域西部を西行して岡山県黒土瀬戸に向かうべく転針したのち、神島南東岸に向首したまま進行したことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは、船主である船長が船橋当直に必要な要員に代えて兼務させた機関長に対して深夜当直の軽減等の措置をとらなかったことと、単独で深夜の船橋当直中の機関長が眠気状態のまま当直を続けたこととによるものである。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、船主船長として主に瀬戸内海を航行範囲とした荷役と短い航海が昼夜連続する運航にあたる場合、船橋当直に必要な要員に代えて船橋当直体制に組み入れた機関長が睡眠不足等により居眠り運航に陥ることのないよう、特に高年である同人の就労状況を考慮して深夜当直の一部変更或いは軽減など居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかし、同人は、船務のなかった昼間の荷役時間中に休息し得た状況であったので、機関長に荷役終了後の船内作業そして所定の出航機関業務に続いて深夜の単独0-4直を行わせても支障ないものと思い、深夜当直の一部変更或いは軽減など居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により、単独の深夜当直に就いた機関長が当直後半に至って睡眠不足等から居眠り状態に陥って神島南東岸への乗揚を招き、船首船底外板に凹損及び外板全般に擦過傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が、出航当日船務のなかった日中に昼寝をとったのみで荷役終了後から船内作業そして出航機関業務に続き深夜から翌未明にかけての単独船橋当直に就き、同当直後半に至って努めても眠気が解けない状態となった際、入港間近で船長の昇橋及び発電機の駆動を主機軸発から補機に切り換え等自らの機関室入室時期でしかも起床からすでに長時間睡眠をとらない状態でもあったから、遠慮なく船長に昇橋を求めることによって居眠り運航の防止に十分に努めず、そのまま単独当直を続けたことは本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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