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平成15年神審第91号
件名

漁船第八十五進栄丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年2月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎、竹内伸二、平野研一)

理事官
前久保勝己

指定海難関係人
A 職名:第八十五進栄丸漁労長兼一等機関士 
B 代表者:代表取締役C 業種名:水産業

損害
船底外板全般に亀裂及び凹損、少量の燃料油が流出

原因
資格のある船長を乗り組ませないまま運航されたこと、船位確認不十分

主文

 本件乗揚は、資格のある船長を乗り組ませないまま運航されたばかりか、船位の確認が不十分で、陸岸に向首したまま進行したことによって発生したものである。
 漁労長兼一等機関士が、船長が疾病で下船した際、交代の船長を速やかに乗り組ませるよう船舶所有者に進言しなかったことは本件発生の原因となる。
 船舶所有者が、船長が疾病で下船した際、交代の船長を速やかに乗り組ませなかったことは本件発生の原因となる。
 指定海難関係人Aに対して勧告する。
 指定海難関係人Bに対して勧告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年5月3日22時50分(現地時間)
 カナダ ハリファクス港南方海域
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第八十五進栄丸
総トン数 379トン
全長 55.16メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット

3 事実の経過
(1)第八十五進栄丸
 第八十五進栄丸(以下「進栄丸」という。)は、平成2年10月にD市にあるE社で建造され、IMO番号を付与された、最大搭載人員22人の二重底を有する鋼製漁船であった。同船は、専ら北大西洋で毎年8月から翌年6月までを漁期とする鮪延縄漁業に従事しており、水揚げと補給は、スペインのラスパルマス港、カナダのハリファクス港及びアイルランドのコーク港などで行われ、船舶検査等は、ラスパルマス港において実施されていた。
(2)指定海難関係人A
 A指定海難関係人は、18歳のころから遠洋鮪漁船に乗船し、20歳のころ四級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)に相当する乙種一等機関士の免状を取得し、その後機関員や機関士などの職務に就き、主として機関部での経歴を重ねた。同人は、平成3年から進栄丸に乗船し、平成9年からは同船の漁労長兼一等機関士(以下「漁労長」という。)の職に就いていたが、乗組員から親分と呼ばれており、実質的には、船内で船長や機関長を超える最高責任者として、全ての業務についての責任と権限を掌握していた。
(3)指定海難関係人B
 B指定海難関係人は、鮪延縄漁業及びそれに付帯する一切の事業をその目的としていた。Bは、Cほか2人の事務員で、所有船における乗組員の配乗、給与計算、寄港地の代理店との連絡等を行い、進栄丸のほかに鮪漁船4隻を所有して大西洋を漁場として操業させていた。
(4)船舶職員
 進栄丸では、通常は、日本人は船舶職員6人と機関部員1人の計7人が乗船し、他にインドネシア人の部員を雇い入れて運航や操業に当たっていた。
 当時の船舶職員法第18条で定められた進栄丸の船舶職員は、次の表−1のとおりで、各船舶職員は右欄に記載された資格又はそれより上級の資格を有する必要があった。

(表−1)
船舶職員 資格
船長 三級海技士(航海)
一等航海士 四級海技士(航海)
二等航海士 五級海技士(航海)
機関長 四級海技士(機関)
一等機関士 四級海技士(機関)
通信長 三級海技士(通信)

 しかし、進栄丸は、船舶職員法第20条第1項の規定により次の表−2のとおり四国運輸局長から乗組み基準特例許可を得ていた。この場合の省略とは、航海当直では、甲板部にあっては、六級海技士(航海)の資格を有する者又は航海当直部員として認定される甲板部員が、機関部にあっては、六級海技士(機関)の資格を有する者又は航海当直部員として認定される機関部員が、それぞれ当直に当たることになっていた。

(表−2)
船舶職員 資格
船長 四級海技士(航海)
一等航海士 五級海技士(航海)
二等航海士 省略
機関長 四級海技士(機関)
一等機関士 省略
通信長 三級海技士(通信)

(5)本件発生前の乗組員の配乗
 平成15年5月1日20時00分(現地時間、以下同じ。)補給のためハリファクス港に入港した進栄丸には、A指定海難関係人、二等航海士、機関長、通信長及び操機長の5人の日本人及びインドネシア人19人の計24人が最大搭載人員を超えて乗船していた。
 これより先、一等航海士は、平成15年1月6日にコーク港で腰痛のため下船しており、船長も同年2月26日にハリファクス港で疾病のため下船したが、いずれも前示乗組み基準特例許可証上で必要とされる船舶職員である船長、航海士又は甲板部認定航海当直部員は欠員となったままで補充されていなかった。
 乗船中の二等航海士は、五級海技士(航海)の免許を有し、前示乗組み基準特例許可証上では、一等航海士の職務に就く資格はあったものの、一等航海士が下船したとき、その経歴が浅かったので、一等航海士の職に繰り上がる手続がとられなかった。
(6)ハリファクス港における日本人乗組員の出港配置
 進栄丸は、ハリファクス在港中、必要な船舶職員を補充しなかったので、船長を乗り組ませなかったばかりか、最大搭載人員を超えた乗組員を乗せ、5月3日に岸壁を離れることとなった。
 進栄丸の日本人乗組員の出港配置は、通常、船橋にA指定海難関係人、船長及び通信長が、機関室に機関長及び操機長が、甲板上に一等航海士及び二等航海士がそれぞれ配置されることになっていたが、前示のことから、同港出港に当たり、船橋にA指定海難関係人及び通信長を、機関室に機関長及び操機長を、甲板上に二等航海士をそれぞれ配置していた。
(7)水先人との英語による意思疎通
 水先人が乗船してから下船するまで、船橋内には、A指定海難関係人と通信長が在橋し、通信長は、ハリファクス・トラフィックが呼出名称の海上通信交通サービスセンターとVHF無線電話による交信に当たり、A指定海難関係人は、水先人のきょう導に対応した。
 A指定海難関係人は、これまでハリファクス港の入出港を幾度も経験していたので、入出港の手順については、ほぼ一通り理解していたものの、英語の会話能力が十分でなく、通常、水先人の対応は船長に任せており、水先人の機関操縦号令等については理解できたが、意思疎通を十分に確保することはできなかった。
(8)船舶職員の欠員に対するA指定海難関係人及びB指定海難関係人の対応
 前示のとおり一等航海士が下船した際、A指定海難関係人から相談を受けたCは、交代者を派遣しようとしたが、渡航の事務手続きに2週間程度かかることが判明し、A指定海難関係人がCに対して、長期間の操業中断による経済的損失を避けるという理由から、その補充をしないで操業を続けることを申し出たこともあって、これを容認し、交代の一等航海士を乗り組ませることも、二等航海士を一等航海士に繰り上げて特例基準の手続を行わせることもしないまま次の操業に向かわせた。
 続いて、船長が下船することになった際にも、依然として欠員の一等航海士が補充されていなかったが、A指定海難関係人とCは対応を協議し、A指定海難関係人は、新任船長が採用されても、古参乗組員との人間関係形成に時間がかかるという船内事情から、下船した船長が回復して乗船できるまでは、自身が船長の代りを行う旨を申し出たので、Cは、そのことを許諾して、一等航海士と船長を乗り組ませないまま進栄丸を運航し、操業を継続していた。
 こうして、A指定海難関係人は交代の船長を速やかに乗り組ませるようBに積極的に進言せず、交代の船長を確保させることなく、Bは交代の船長を速やかに乗り組ませることなく進栄丸を運航した。
(9)本件乗揚に至る経緯
 進栄丸は、平成15年5月3日20時00分A指定海難関係人のほか日本人4人及びインドネシア人19人の計24人が乗り組み、鮪延縄漁業の目的で、船首3.4メートル船尾3.6メートルの喫水をもって、水先人を乗船させ、ハリファクス港を発し、北大西洋の漁場に向かった。
 水先人は、昇橋したものの、在橋中のA指定海難関係人と意思疎通を十分には図れなかったが、A指定海難関係人に機関操縦を令して、自ら操舵を行ってきょう導に当たることとした。
 A指定海難関係人は、船橋右舷寄りの機関操縦盤の後で機関の操作に、通信長は、同右舷寄りのVHF無線電話機の傍で海上通信交通サービスセンターとの交信等に当たった。
 水先人は、操舵と見張りを行い、22時31分半シュブクト岬灯台から355度(真方位、以下同じ。)2.7海里の地点に至ったとき、針路を180度に定め、機関を全速力前進の11.5ノットの速力(対地速力、以下同じ。)とし、自動操舵により進行した。
 水先人は、定針後間もなくパイロットボートの接近に備えて操舵を手動に切り換え、22時38分シュブクト岬灯台から351度1.4海里に達したとき、針路を180度としたまま機関を極微速力とし、A指定海難関係人に対し、155度の針路で分離通航帯の南航レーン入口に向けて航行するよう告げたのち、降橋してパイロットボートに移乗した。
 A指定海難関係人は、パイロットボートが離れるのを確認して機関を速力4.0ノットの微速力前進にかけ、水先人が自動操舵のつまみを回したのを見ていたことから、針路は、自動操舵で155度に設定されているものと思い込み、折から昇橋した二等航海士と船橋当直体制についての打合わせを行い、これに気を奪われ、GPSプロッターやレーダーを使用するなどして船位の確認がなされず、ポルトギース入江南方の陸岸に向首し、これに接近していることに気付かないまま進行した。
 こうして、A指定海難関係人は、同じ針路速力のままポルトギース入江の南方陸岸に向けて続航し、22時50分進栄丸は、シュブクト岬灯台から339度1,000メートルの地点において前示陸岸に乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力3の東風が吹き、潮候は上げ潮の初期に当たり、視界は良好であった。
 乗揚の結果、船底外板全般に亀裂及び凹損を生じ、船底外板の損傷部から少量の燃料油が海上に流出したが、流出油は自然撹拌され、船体はBが手配した引船により離礁したのち仮修理のためハリファクス港に入港された。
 本件については、カナダ運輸安全委員会が本件発生直後から海難調査を開始するとともに、我国の海難審判理事所に対して海難の概要及び船舶等の要目等について速報が寄せられ、その後も、海難審判理事所に対して、進栄丸の船舶職員の免状、適切な船舶職員の配乗及び英語による意思疎通に関する不明点を挙げた中間報告を送付したが、この中間報告の写は、Bにも送付された。
 また、Bは、カナダ運輸省係官から、法定の船舶職員を乗り組ませるまで出港させない旨通告されると、短期間に、交代の船長と一等航海士を補充し、進栄丸は、9日間で仮修理を終え、本修理のためラスパルマス港に向け出港した。
 
(原因の考察)
 本件の直接的な原因は、ハリファクス港を出港し、水先人を下船させて南下中、船位の確認が十分でなかったことにある。
 当時、船長と一等航海士の2人が疾病のため下船中であったが、出港時においては、船位確認は船長が行い、一等航海士は甲板上の作業指揮に当たることになっていたから、仮に、一等航海士が乗船していたとしても、同人による船位の確認は期待される状況ではなかった。
 そうしてみると、船長を乗船させなかったことは原因となるが、一等航海士を乗船させなかったことは、船舶職員法の規定に違反していたものの、強いて原因とするまでもない。

(原因)
 本件乗揚は、夜間、カナダのハリファクス港南方海域において、資格のある船長を乗り組ませないまま運航されたばかりか、同港出港のためきょう導に当たった水先人が下船したのち、外洋に向けてシュブクト岬北方を南下中、船位の確認が不十分で、ポルトギース入江南方の陸岸に向首したまま進行したことによって発生したものである。
 漁労長が、船長が疾病で下船した際、交代の船長を速やかに乗り組ませるよう船舶所有者に進言しなかったことは、本件発生の原因となる。
 船舶所有者が、船長が疾病で下船した際、交代の船長を速やかに乗り組ませなかったことは、本件発生の原因となる。
 
(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、北大西洋で鮪延縄漁を指揮しているとき、船長が疾病で下船した際、交代の船長を速やかに乗り組ませるよう船舶所有者に進言せず、交代の船長を確保させなかったことは本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。
 Bが、船長が疾病で下船した際、交代の船長を速やかに乗り組ませなかったことは、本件発生の原因となる。
 Bに対しては、海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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