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平成15年門審第46号
件名

漁船せつ丸漁船薫丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年3月23日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(小寺俊秋、長浜義昭、千葉 廣)

理事官
島 友二郎

受審人
A 職名:せつ丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:薫丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
せつ丸・・・船首材及び右舷船首部に擦過傷
薫丸・・・衝突の衝撃で転覆、のち曳航作業中に沈没

原因
せつ丸・・・見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
薫丸・・・見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、せつ丸が、見張り不十分で、漂泊中の薫丸を避けなかったことによって発生したが、薫丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年11月22日12時13分
 山口県大井漁港北方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船せつ丸 漁船薫丸
総トン数 1.8トン 1.0トン
全長 10.50メートル  
登録長 8.90メートル 6.67メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 121キロワット  
漁船法馬力数   15

3 事実の経過
 せつ丸は、主として一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、平成12年7月交付の四級小型船舶操縦士免状を有するA受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首0.4メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、同14年11月22日06時30分山口県大井漁港を発し、同漁港北方約7海里の、二島グリと称される水深約12メートルの浅所が存在する漁場に向かった。
 A受審人は、07時30分同漁場に至って操業を行っていたところ、造船所を兼業していたことから、10時ごろ客から携帯電話によって、漁船を13時ごろ上架したい旨の連絡を受け、12時06分半大平瀬灯台から355度(真方位、以下同じ。)4.1海里の地点を発進し、針路を183度に定め、機関を回転数毎分1,500にかけ、6.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、手動操舵により帰途に就いた。
 12時10分A受審人は、大平瀬灯台から354.5度3.75海里の地点に達したとき、正船首560メートルのところに自船に右舷側を向けた薫丸を視認でき、同船が移動しないことから、錨泊又は漂泊していることを認め得る状況で、その後、同船に向首したまま衝突のおそれのある態勢で接近したが、折から、左舷側約10メートルのところを一本つり漁を行いながらすれ違った僚船と、操舵室左舷側に身体を寄せて挨拶を交わすことに気をとられ、周囲の見張りを十分に行わなかったので、薫丸に気付かず、同船を避けることなく進行した。
 A受審人は、僚船が航過したのち、操舵室の右舷側に移動したものの、依然として見張り不十分で、漂泊中の薫丸に気付かないまま同船を避けずに続航中、12時13分大平瀬灯台から354度3.5海里の地点において、せつ丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、薫丸の右舷後部に直角に衝突した。
 当時、天候は晴で風力3の北北東風が吹き、視界は良好であった。
 また、薫丸は、専ら一本つり漁業に従事し、舵柄によって手動操舵を行う音響信号装置を装備していないFRP製漁船で、平成11年5月交付の一級小型船舶操縦士免状を有するB受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、同14年11月22日05時10分大井漁港を発し、06時10分二島グリ付近の漁場に至り、操業を開始した。
 B受審人は、船尾の両舷に渡した板に前方を向いて座り、身体の左側の舵柄を足で操作しながら左手で釣り糸を握って操業を行っていたところ、12時10分前示衝突地点で、クラッチを切って機関を中立運転とし、仕掛けの餌を付け替えるために船首を273度に向けて漂泊を始めたとき、右舷正横560メートルのところにせつ丸を視認し得る状況となり、その後、同船が自船に向首したまま衝突のおそれのある態勢で接近したが、下を向いて付け替えた餌のサンマを切り開くことに熱中し、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かなかった。
 B受審人は、せつ丸が更に接近したが、依然、下を向いたままサンマを切り開いていて、これに気付かず、中立運転中の機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとらずに漂泊中、同時13分わずか前、餌の付替えが終わり仕掛けを投げ込もうとして顔を上げたとき、至近に迫ったせつ丸に気付いて急ぎ機関を後進にかけたが、効なく、薫丸は、船首が273度を向いていたとき、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、せつ丸は、船首材及び右舷船首部に擦過傷を生じ、薫丸は、衝突の衝撃で転覆し、のち曳航作業中に浮力が消失して沈没した。

(主張に対する判断)
 本件は、山口県大井漁港北方沖合において、南下中のせつ丸と一本つり漁を行っていた薫丸とが衝突したものであるが、せつ丸側補佐人は、衝突したとき薫丸が既に転覆していたと主張するので、この点について検討する。
1 接触の部位
 せつ丸の水線下に損傷があり、この部位に損傷を生じたことは水面付近あるいは水中の物体に衝突したことを示すもので、したがって、薫丸が衝突前に転覆していたとの主張であるが、衝突地点付近の海況、A受審人の当廷における、「せつ丸の船首喫水は0.3メートルないし0.4メートルであって、船首は0.5メートルくらい上下していた。」旨の供述及び両船の船体の大きさの違いを勘案すると、水線下に損傷を生じることは十分に起こり得ることであり、このことをもって、薫丸が衝突前に転覆していたとは認められない。
2 衝突後の状況
 B受審人が長靴、ズボン、合羽を脱ぎ捨てて、薫丸から離れたところを泳いでいたこと、薫丸の積荷が50メートルないし100メートル流されていたこと及び同人が握っていた包丁を自分で放すことができないほど身体が冷えきっていたことによって、薫丸が衝突前に転覆していたことが示されると主張するが、B受審人の着衣と薫丸からの距離については、同人の当廷における、「長靴とズボンは履いていた。合羽は着ていなかった。」旨の供述と、A受審人の当廷における、「最初見たとき、B受審人は薫丸から4メートルないし5メートル離れたところにいた。」旨の供述とから、同人が長時間海中に没していたことを示す証拠はなく、その主張は認められない。
 薫丸の積荷が流れていたことについては、A、B両受審人の当廷における各供述から、積荷が発泡スチロールの箱に入っていて風に流されやすかったことと、固縛していなかった錨が海底を掻いて同船が移動しなかったこととが明らかであり、積荷が50メートル以上離れていたことをもって、薫丸が衝突前に転覆していたとは認められない。
 B受審人が握っていた包丁を自分で放すことができないほど身体が冷えきっていたことについては、身体が冷えていた状態と、同人が海中に没していた経過時間の関係が明確でないこと、また、包丁を自分で放すことができなかったのは、興奮や緊張が原因の場合も考えられ、身体が冷えたことのみを原因とは断定できないことから、このことをもって、薫丸が衝突前に転覆していたとは認められない。
3 薫丸転覆の原因
 薫丸が転覆した原因は、風と波浪により急に舵が左に取られ、そのとき、偶然に波浪を船首に被ったことによる旨の主張は、衝突地点付近の海況から、論理的根拠が認められない。
 したがって、せつ丸側補佐人の主張は、採ることはできない。 

(原因)
 本件衝突は、山口県大井漁港北方沖合において、同漁港に帰航のため南下中のせつ丸が、見張り不十分で、前路で漂泊中の薫丸を避けなかったことによって発生したが、薫丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、山口県大井漁港北方沖合において、同漁港に帰航のため南下する場合、一本つり漁の漁船が出漁している好漁場であったから、前路で漂泊する漁船等を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、左舷側約10メートルのところを一本つり漁を行いながらすれ違った僚船と挨拶を交わすことに気をとられ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で漂泊中の薫丸に気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、せつ丸の船首材及び右舷船首部に擦過傷を生じさせ、薫丸を転覆させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、仕掛けの餌を付け替えるため漂泊する場合、接近する他船を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、付け替えた餌のサンマを切り開くことに熱中し、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、自船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近するせつ丸に気付かず、中立運転中の機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとることなく漂泊を続けて衝突を招き、前示の損傷等を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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