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平成15年門審第133号
件名

旅客船きんいん1岸壁衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年3月17日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(安藤周二、西村敏和、千葉 廣)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:きんいん1船長 海技免許:五級海技士(航海)
B 職名:きんいん1機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)(履歴限定)
指定海難関係人
C C運航管理担当 責任者:C主査D

損害
船首部漁網除け用鉄棒を損傷、旅客1人が打撲傷

原因
主機逆転減速機の警報発生時の異常の有無の確認が不十分及び安全確保措置不適切、操船不適切、乗組員に対する安全教育不徹底

主文

 本件岸壁衝突は、主機逆転減速機の警報が発生した際、異常の有無の確認が不十分であったこと及び安全を確保するための措置が不適切で、着桟操船中に行きあしが止められないまま、進行したことによって発生したものである。
 運航管理担当部門が、乗組員に対する安全教育を徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月1日09時35分
 福岡県博多港
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船きんいん1
総トン数 120トン
全長 27.60メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,470キロワット

3 事実の経過
 きんいん1は、平成7年12月に進水した、2機2軸2舵の軽合金製双胴型の旅客船で、最大搭載人員を167人とし、航海船橋甲板に操舵室、上甲板に客室、及び上甲板下の左右両舷胴体に機関室が配置され、両機関室には、それぞれE社が製造したGM16V-92TADDEC型と呼称するディーゼル機関の主機、軸系にF社製造の湿式多板油圧クラッチを内蔵した逆転減速機(以下「逆転機」という。)、原動機駆動発電機及び配電盤等が装備されていた。
 操舵室は、船首側中央部に操縦席が設けられ、同席前方の操縦台に操舵輪のほか、主機及び逆転機用の電子式の遠隔操縦装置及び警報装置が組み込まれていた。
 遠隔操縦装置は、主機の増減速及び逆転機のクラッチの前進、中立あるいは後進への切替えをそれぞれ一本式の操縦ハンドルの操作によって行うもので、逆転機の切替えを行うため、機関室の配電盤下部に常用アクチュエータ、常用アーム、非常用アクチュエータ、非常用アーム及びソレノイド等から構成されたクラッチアクチュエータが設けられ、通常、ヒューズを有する電圧12ボルト直流電源(以下「電源」という。)がソレノイドを励磁することにより非常用アームがばねの作用に抗して常用アームと隣り合った位置から上方に移動し、常用アクチュエータの作動が常用アームに接続されたケーブルを介して逆転機に伝えられ、その切替えが行われており、さらに、逆転機のバックアップスイッチと呼ばれる非常用クラッチスイッチによる遠隔操作への切替えが行われると、ソレノイドが無励磁になり、非常用アームがばねにより常用アームと隣り合った位置に引き付けられて非常用アームのピンと常用アームのピン穴とが嵌合(かんごう)し、同遠隔操作を可能とする仕組みになっていた。
 また、警報装置は、警報が発生した際に必要な点検箇所が英文で表示される機能を有し、逆転機のクラッチアクチュエータのソレノイド等に異常が生じて非常用アームが通常位置から変位した際には、アーム位置検出スイッチが作動し、ソレノイド等を点検することが表示されるものであった。
 ところが、左舷逆転機のクラッチアクチュエータのソレノイドは、長期間使用されているうちに巻線等の劣化が進行し、絶縁が次第に低下していた。
 指定海難関係人C運航管理担当(以下「運航管理担当」という。)は、同部門の責任者として主査Dが運航管理者を兼ねて業務を統括し、同8年4月以降、乗組員の一括公認を受け、きんいん1及びG号の同型船を博多港第1区博多ふ頭の博多桟橋から福岡市の志賀島桟橋、大岳桟橋及び西戸崎桟橋を順次経由後、博多桟橋に戻る定期航路に就航させて平日18便を運航しており、同15年3月中間検査受検時には逆転機の非常用クラッチスイッチによる切替作動を確認し、また、運航管理規程に基づく乗組員に対する安全教育の一環として機関の取扱いを習得させるため、適宜に開催していた勉強会において、運航中に警報が発生して点検箇所が表示された際には回転数毎分650(以下、回転数は毎分のものを示す。)の微速力前進に減じて異常の有無を確認することなどを指示していたものの、状況に応じて安全を確保するための適切な措置がとられるよう、同教育を徹底していなかった。
 きんいん1は、就航以来、A受審人及びB受審人がそれぞれ船長及び機関長の職務を執っており、両受審人ほか甲板員1人が乗り組み、旅客9人を乗せ、船首1.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、越えて8月1日09時05分志賀島桟橋を発した後、A受審人が操縦席で操舵輪及び操縦ハンドルの操作にあたり、主機を全速力前進の回転数1,800にかけて大岳桟橋及び西戸崎桟橋経由で博多桟橋に向かった。
 ところで、博多ふ頭は、博多港第1区の中央ふ頭及び須崎ふ頭の間にあり、博多ふ頭南東側には福岡市営旅客船専用の博多桟橋が設けられ、きんいん1は033度(真方位、以下同じ。)方向に延びた長さ約90メートルの同桟橋に着桟しており、その桟橋先端部と最奥部の南側岸壁との距離が約60メートルとなっていた。そして、A受審人は、平素、博多桟橋に向かう際には、防波堤入口を航過し、中央ふ頭北西端に達して微速力前進に減じた後、同ふ頭のイベント桟橋に並航して着桟態勢に入り、博多桟橋の前面水域で右転し、操縦ハンドルの操作により行きあしを止め、左舷入船着けの着桟操船を行っていた。
 09時11分A受審人は、大岳桟橋着桟前に航行中、左舷逆転機のクラッチアクチュエータのソレノイドが絶縁低下により励磁不良となって非常用アームが通常位置から変位し、アーム位置検出スイッチが作動して警報が発生した際、警報音に気付くとともに警報装置に前示点検箇所の表示を見て、B受審人を点検のために機関室へ赴かせ、操縦ハンドルの操作によって微速力前進に減じたのち中立として前進に戻すと同機が作動したことから、同時11分半そのまま着桟して旅客5人を乗せ、同時13分大岳桟橋を離桟し、西戸崎桟橋に向けて全速力前進に増速しながら航行中、今度は遠隔操縦装置の電源電圧がソレノイドの絶縁低下により低下して警報が発生した際、主機を回転数1,200に減速した後、B受審人が機関室の配電盤の充電装置を調節すると電源電圧が回復したので、続航した。
 一方、B受審人は、大岳桟橋着桟前に警報が発生して前示点検箇所の表示を見た際、同表示の英文による「チエックトランスポート ギヤソレノイド ノットエンゲージド」の意味が分からなかったので、左舷逆転機のクラッチアクチュエータのソレノイドが励磁不良となっていることに気付かないまま、運航管理担当に電話で警報が発生していることを報告するとともに、A受審人から言われた博多桟橋到着時念のために予備船を手配してほしい旨を伝え、運航管理担当から直接メーカー側技術者と連絡を取るように指示された後、同技術者に対して警報状況を説明した際に具体的な点検方法を尋ねないまま、同表示がコンピュータの誤作動によるものと思い込み、異常の有無を十分に確認することなく、運航を継続して問題がないと自ら判断し、その旨をA受審人に告げた。
 しかし、A受審人は、依然として、大岳桟橋着桟前に左舷逆転機の警報が発生して以来、警報装置にソレノイドの点検箇所が表示されていて、これまで同表示を見た経験がなく、異常の有無が確認されていなかったが、操縦ハンドルを操作して同機が作動するから支障がないものと思い、両舷逆転機の非常用クラッチスイッチによる切替作動を確認して運航管理担当に報告したうえ状況に応じて西戸崎桟橋到着後の運航の打切りを申し入れるなど、安全を確保するための適切な措置をとることなく、09時20分半西戸崎桟橋に着桟した。
 こうして、A受審人は、西戸崎桟橋で旅客22人を乗せ、09時22分同桟橋を発し、同時22分半博多港端島灯台から090度1,780メートルの地点において防波堤入口のほぼ中央に向かう針路136度に定め、主機を全速力前進にかけ、21.3ノット(対地速力、以下同じ。)で手動操舵により博多桟橋に向けて進行し、防波堤入口を航過した後、同時30分半博多ふ頭の博多タワー(高さ102メートル)から335度610メートルの地点の中央ふ頭北西端に達して同針路のまま微速力前進の7.0ノットに減じたところ、左舷逆転機のクラッチアクチュエータのソレノイドがついに短絡して焼損し、遠隔操縦装置の電源のヒューズが過電流により溶断したことから、安全回路が作動して主機が最低回転数490に減速され、同時33分わずか過ぎ博多タワーから050度210メートルのイベント桟橋に並航した地点で着桟態勢に入ろうとしたとき、同回転数に気付いて操縦ハンドルの操作を試みた際、両舷逆転機のクラッチが後進に切り替わらなかったので、操縦席の隣にいたB受審人に異常を知らせた。
 そこで、B受審人は、両舷逆転機の非常用クラッチスイッチを入れて後進に切り替えようとしたところ、左舷逆転機が中立になっただけで、右舷逆転機のクラッチアクチュエータにおいて非常用アームのピンと常用アームのピン穴とが位置関係のわずかな変位により嵌合しなかったことから、両舷逆転機を後進に切り替えることができなかった。
 A受審人は、博多桟橋前面の水域に達し、行きあしを止めようとした際、両舷逆転機が後進に切り替わらない状態のまま、前方の博多ふ頭南側岸壁に向かって進行するのを認め、衝突の危険を感じたものの投錨しても間に合わないと判断し、旅客に着席を指示する緊急船内放送を甲板員に行わせた直後、09時35分博多タワーから093度300メートルの地点において、きんいん1は、140度に向首して約3ノットの速力で、船首部が同岸壁に90度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期であった。
 衝突の結果、きんいん1は、船首部漁網除け用鉄棒に損傷を生じ、着席していた旅客1人が打撲傷を負った。
 運航管理担当は、直ちに負傷者を病院に搬送し、のち損傷箇所を修理し、また、再発防止対策として、警報発生時の対応及び始業点検時における両舷逆転機の非常用クラッチスイッチによる切替作動確認など、乗組員に対する安全教育の徹底を図った。 

(原因)
 本件岸壁衝突は、福岡市の志賀島桟橋を発航して大岳桟橋に向け航行中、逆転機の警報が発生した際、異常の有無の確認が不十分であったこと及び安全を確保するための措置が不適切で、博多港の博多桟橋の着桟操船中に逆転機が後進に切り替わらない状態となって行きあしが止められないまま、博多ふ頭南側岸壁に向首進行したことによって発生したものである。
 運航管理担当が、乗組員に対する安全教育を徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、福岡市の志賀島桟橋を発航して大岳桟橋に向け航行中、逆転機の警報が発生して警報装置に点検箇所の表示を見た場合、異常の有無が確認されていなかったのであるから、非常用クラッチスイッチによる切替作動を確認して運航管理担当に報告したうえ状況に応じて西戸崎桟橋到着後の運航の打切りを申し入れるなど、安全を確保するための適切な措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、操縦ハンドルを操作して逆転機が作動するから支障がないものと思い、安全を確保するための適切な措置をとらなかった職務上の過失により、博多港の博多桟橋の着桟操船中に同機が後進に切り替わらない状態となって行きあしが止められないまま、博多ふ頭南側岸壁に向首進行して衝突を招き、船首部漁網除け用鉄棒に損傷を生じさせ、旅客1人に打撲傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、福岡市の志賀島桟橋を発航して大岳桟橋に向け航行中、逆転機の警報が発生して警報装置に点検箇所の表示を見た場合、同表示の意味が分からなかったのであるから、メーカー側技術者に具体的な点検方法を尋ねるなどして、異常の有無を十分に確認すべき注意義務があった。しかるに、同人は、同表示がコンピュータの誤作動によるものと思い込み、異常の有無を十分に確認しなかった職務上の過失により、博多港の博多桟橋の着桟操船中に逆転機が後進に切り替わらない状態となって行きあしが止められないまま、博多ふ頭南側岸壁に向首進行して衝突を招き、前示の損傷を生じさせて打撲傷を負わせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 運航管理担当が、運航中に逆転機の警報が発生して点検箇所が表示された際には状況に応じて安全を確保するための適切な措置がとられるよう、運航管理規程に基づく乗組員に対する安全教育を徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
 運航管理担当に対しては、本件発生後、再発防止対策として、警報発生時の対応及び始業点検時における逆転機の非常用クラッチスイッチによる切替作動確認など、乗組員に対する安全教育の徹底を図ったことに徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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