(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月7日07時20分
音戸瀬戸
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船神栄丸 |
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総トン数 |
199トン |
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全長 |
57.70メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
551キロワット |
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船種船名 |
引船辰甲丸 |
台船わかつき |
総トン数 |
103トン |
1,868トン |
全長 |
29.98メートル |
65.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
661キロワット |
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3 事実の経過
神栄丸は、バウスラスタを備え操舵室が船首後方44.5メートルに位置する船尾船橋型貨物船で、A及び同人の実兄のB両受審人が乗り組み、空倉のまま、船首1.1メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、平成14年10月7日06時48分広島県倉橋島奥ノ内を発し、同県呉港に向かった。
ところで、音戸瀬戸は、倉橋島北部の三軒屋ノ鼻及び呉市南側の警固屋間を北口、同島清盛塚及び同市の鼻埼間を南口とする、ほぼ南北に延びる長さ約700メートル、鼻埼から北方約100メートルのところに東西に架けられた音戸大橋から南北各方向にそれぞれ100メートルばかりにわたる間が最狭部となっていて、その可航幅が約60メートルの狭い水道で、南北の水道入口が大きく湾曲していて水道の見通しが悪く、潮流も複雑で最強時の流速が約4ノットにも達する通航の難所であるうえに、通航船舶が多いことから、操船者にとっては十分な注意が必要とされるところであった。
そのため、海上保安庁では、音戸瀬戸の北側及び南側に音戸瀬戸北口灯浮標(以下、灯浮標の名称については「音戸瀬戸」を省略する。)及び南口灯浮標をそれぞれ設置し、通航船舶はこれらの灯浮標を左に見て航行すること、速力はできる限り落として航行すること、行き会う際には早目に右転して左舷対左舷で航過すること、総トン数200トンを超える船舶は清盛塚から音戸灯台間で他船を追い越したり並航しないことを現場等で指導するとともに、この内容を瀬戸内海水路誌に掲載し、冊子類を船舶運航関係先に配布するなどして周知を図っていた。
そのようなことから、旅客船、貨物船及び引船列などの多くの船舶は、側壁影響や船舶間の相互作用の影響などを考慮して水道の最狭部において2船が互いに行き会うことは非常に危険であることを承知していたので、見張りを厳重にして音戸瀬戸に向かい、最狭部において行き会う状況となることを認め得る時点で、互いに右側端に寄って航行することが、安全でなく、かつ、実行に適さないのであれば、待機することの容易性や両船の操縦性能などからいずれの船舶が待つべきかを判断し、最狭部での行き会いを避けるために一方が通過するまで同瀬戸への進入を中止するようにしていた。
A受審人は、発航後の船橋当直をB受審人にあたらせることとし、間もなくすると音戸瀬戸を通航することになっていたが、同人が海技免許を受有し船長職をとったことがあり、同瀬戸の通航経験も豊富なので、単独で音戸瀬戸の通航を任せておいても大丈夫と思い、在橋して自ら操船の指揮を執ることなく、いつも食事当番をしていたので食堂に赴き、朝食の仕度に取り掛かった。
B受審人は、単独の船橋当直に就いて手動操舵で操船にあたり、倉橋島北東岸を北上し、双見ノ鼻北方沖合から西行して音戸瀬戸南口に向かい、07時17分南口灯浮標まで300メートルに接近したとき、7.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)をもって、同灯浮標を左方に100メートルほど離すようにして右転を始め、同時18分少し過ぎ音戸灯台から176度(真方位、以下同じ。)820メートル(以下、船位については操舵室を基準とする。)の地点に達したとき、右方715メートルのところに水道内を南下中の辰甲丸が台船わかつき(以下「台船」という。)を曳航している引船列(以下「辰甲丸引船列」という。)の存在も、そのころ辰甲丸が鳴らした短音数回の汽笛にも気付かないで右転を続けた。
07時18分半少し過ぎB受審人は、音戸灯台から178度700メートルの地点の、水道南口付近で、針路を水道のやや右側寄りとなる013度に定め、機関の回転数を上げ、折からの潮流に抗して8.5ノットの速力で進行した。
定針したとき、B受審人は、ほぼ正船首500メートルのところに辰甲丸引船列を視認することができ、このまま北上すると同引船列と水道の最狭部で行き会うこととなり、台船の大きさや水道の可航幅から、互いに行き会うことが危険な状況であったが、左右の離岸距離を確かめるなどして保針に気を取られ、前路の見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、直ちに行きあしを止めたり、右転するなどして音戸瀬戸の南側の広い水域で辰甲丸引船列の通過を待つことなく続航した。
こうして、B受審人は、07時19分半わずか前音戸灯台から173度520メートルの地点の、音戸大橋に差し掛かったとき、船首間近に辰甲丸引船列を初めて視認して衝突の危険を感じ、直ちに長音1回を吹鳴して機関を中立にするとともに、右舷側の陸岸が近すぎるので舵中央としたまま同引船列を何とか左舷側に替わそうとして、バウスラスタで右回頭の措置をとったが、辰甲丸を左舷至近に替わした直後、台船が船首目前に迫ってどうすることもできず、07時20分音戸灯台から163度400メートルの地点において、神栄丸は、その船首が023度を向き、3ノットばかりの速力となったとき、神栄丸の左舷船首部が、台船の左舷船首端に前方から5度の角度で衝突した。
一方、A受審人は、B受審人の見張り不十分もあって音戸瀬戸を南下する辰甲丸引船列の通過を待たないで食事準備に追われていたところ、自船の汽笛を聞いて異常を感じ、直ちに操舵室左横の甲板上に出たとき、船首目前に辰甲丸引船列を初めて視認したが、どうすることもできず、辰甲丸が左方に替わった直後、台船との衝突を目撃した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期にあたり、付近には2.0ノットの南に向かう潮流があった。
その後、A受審人は、北口灯浮標の広い水域まで北上して停船し、事後の措置にあたった。
また、辰甲丸は、操舵室が船首後方8メートルに位置する鋼製引船で、C受審人ほか3人が乗り組み、船首尾とも0.5メートルの喫水で空倉無人の台船を辰甲丸の船尾から台船の後端までの長さ約120メートル、辰甲丸引船列全体の長さを150メートルとし、船首1.8メートル船尾3.1メートルの喫水をもって、同日06時40分広島県江田島小用沖合の係船浮標を発し、兵庫県神戸港に向かった。
C受審人は、発航から単独の船橋当直に就いて手動操舵にあたり、音戸瀬戸北口に向かって南下を続け、北口灯浮標まで500メートルに接近したところで船首に見張員1人を立てて機関の回転数を極微速力前進に減じ、同灯浮標を左方に50メートルほど離して航過したところで、見張員から水道内に他船がいないとの手先信号での報告を受けると同時に、自らも肉眼でその状況を確認したうえ、わん曲部信号を鳴らして回転数を上げ、07時17分音戸灯台から057度260メートルの地点の、水道北口付近で、針路を水道の中央に向けて193度に定め、折からの潮流に乗じて7.0ノットの速力で進行した。
07時18分少し過ぎC受審人は、音戸灯台から125度195メートルの地点に達したとき、船首少し左715メートルのところに鼻埼の陰から出てきた神栄丸を初めて視認し同船が水道に向かう態勢で右転していることが分かり、注意を喚起するつもりで直ちに短音数回を鳴らすとともに、回転数を少し下げて6.1ノットの速力とし、同船の動静を見守りながら続航した。
07時18分半少し過ぎC受審人は、音戸灯台から147度250メートルの地点の、間もなく水道の最狭部に差し掛かろうとしたとき、ほぼ正船首500メートルのところに右転を終え北北東方に向首した神栄丸を見るようになり、同船がそのまま北上すると最狭部で互いに行き会い、危険な状況であったが、初認時に短音数回を鳴らしたことで、神栄丸が音戸瀬戸の南側で待機するものと思い、自船側の通過を待つよう、直ちに警告信号を行うことなく進行した。
その後、C受審人は、北上する神栄丸に注意していたものの、依然として警告信号を行わないで続航するうち、同船が待機しないまま船首間近に接近して衝突の危険を感じ、神栄丸を左舷側に替わそうと右舵を取って針路を清盛塚に向け、折からの潮流により東方にやや寄せられながら、神栄丸を左舷至近に替わした直後、元の針路に戻したが及ばず、辰甲丸が193度に向首したとき、台船は、その針路が198度を向いて、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、神栄丸は、左舷船首部に凹損及び左舷錨に損傷を、台船は、左舷船首端に亀裂を伴う凹損をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件衝突は、音戸瀬戸において、神栄丸と辰甲丸引船列とが水道の最狭部で行き会う状況であった際、北上する神栄丸が、見張り不十分で、南下する辰甲丸引船列の通過を待たなかったことによって発生したが、辰甲丸引船列が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
神栄丸の運航が適切でなかったのは、船長が、狭い水道である音戸瀬戸の通航にあたり、自ら操船の指揮を執らなかったことと、船橋当直者が、見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、音戸瀬戸を通航する場合、同瀬戸が引船列等操縦性能が劣る船舶や旅客船など通航船舶が多い狭い水道であるから、船長として自ら操船の指揮を執るべき注意義務があった。しかるに、同人は、船橋当直中の実兄が海技免許を受有し船長職をとったことがあり、同瀬戸の通航経験も豊富なので、同人に単独で音戸瀬戸の通航を任せておいても大丈夫と思い、自ら操船の指揮を執らなかった職務上の過失により、船橋当直者の見張不十分もあって同瀬戸を南下する辰甲丸引船列の通過を待たないまま進行して水道の最狭部で同引船列との衝突を招き、神栄丸の左舷船首部に凹損及び左舷錨に損傷を、台船の左舷船首端に亀裂を伴う凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、音戸瀬戸を北上する場合、大型の台船を引いて同瀬戸を南下中の辰甲丸引船列を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、左右の離岸距離を確かめるなど保針に気を取られ、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、辰甲丸引船列に気付かず、音戸瀬戸の南側の広い水域で待機して同引船列の通過を待つことなく進行して水道の最狭部で辰甲丸引船列との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は、音戸瀬戸を南下中、その南口付近に音戸瀬戸に入航する神栄丸を認めた場合、同船がそのまま北上すると、水道の最狭部で互いに行き会い、危険な状況であったから、自船側の通過を待つよう、直ちに警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、初認時に短音数回鳴らしたことで、神栄丸が音戸瀬戸の南側の広い水域で待機するものと思い、警告信号を行わなかった職務上の過失により、水道の最狭部において同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。