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平成15年横審第53号
件名

旅客船希望防波堤衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年3月25日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(吉川 進、阿部能正、黒田 均)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:希望船長 海技免許:一級海技士(航海)
B 職名:希望機関長 海技免許:一級海技士(機関)
指定海難関係人
C 業種名:旅客運送業
D 業種名:機関製造業

損害
右舷船首部の外板が破断・変形し、破孔を生じる損傷

原因
警報発生時の異常対処が十分でなかったこと

主文

 本件防波堤衝突は、警報発生時の異常対処が十分でなかったことによって発生したものである。
 機関製造業者の設計部門が、機側操縦盤のシーケンサー電源部に選定したコネクタの形式が適切でなかったこと、操縦権の移行が明確な音響で告知されるよう設定しなかったこと及び操縦権の移行内容を取扱説明書に明記しなかったことは、本件発生の原因となる。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年5月22日08時17分
 静岡県下田港
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船希望
総トン数 2,785トン
全長 74.0メートル
機関の種類 開放サイクル3軸形・ガスタービン機関
出力 23,536キロワット
回転数 毎分3,925

3 事実の経過
 希望は、平成6年にテクノスーパーライナー実験船として建造後、改造が行われ、同9年3月に災害救援船兼旅客高速カーフェリー(以下「旅客フェリー」という。)として初年度登録された軽合金製旅客船で、E社が運航して駿河湾を中心に静岡県の港湾を結んで災害救援に備えるとともに、同年4月からF社が借り受け、同県清水港及び下田港間の定期・不定期旅客運送に従事していた。
(1)船体構造と浮上装置
 船体は、双胴形で、船首及び船尾にゴム製シールをそれぞれ装備し、浮上ファンからの加圧空気を、双胴と同シールとの間に形成される空気室に溜めて船体を浮上させ、ウォータージェットで推進するもので、最上層に操縦室、客室及び遊歩甲板を、上甲板前部には船首側から前部ウィンチ甲板、多目的室、休憩室及びその左右両舷に前部浮上ファン室と同原動機室を、中央部から後部に車両甲板及びウィンチ甲板を、また、下層前半の双胴部には、空所、燃料タンク、空調機室、消火装置室を、中央部に機関室を、後部にウォータージェットポンプ室及び後部浮上ファン室をそれぞれ配置していた。
 浮上ファンは、出力1,471キロワットのディーゼル機関が駆動する遠心ターボ送風機を4組備え、船首側及び船尾側に2組ずつ配置され、吸込羽根を開閉して空気室に送る圧力を増減することができるようになっていた。
 空気室は、浮上ファンからの加圧空気を溜めて両舷胴の喫水が約1.1メートルとなる浮上状態にするもので、走行中には加圧空気がシールの隙間から部分的に漏れ、非常時には短時間で着水状態になるよう、同空気が排出弁から大気に放出されるようになっていた。
(2)主機及びウォータージェット推進装置
 主機は、航空機転用型ガスタービンで、出力タービンの回転を減速比7.077の遊星歯車で減速し、ウォータージェットポンプを駆動するもので、2機2軸型式で配置されていた。
 ウォータージェット推進装置(以下「ウォータージェット」という。)は、8翼のインペラを有する斜流型のウォータージェットポンプ(以下「ポンプ」という。)、操舵ダクト及び後進バケット(以下「バケット」という。)で構成され、ポンプで吸い上げた海水をノズルから噴出させ、操舵ダクトとバケットで操舵及び後進動作をするようになっていた。
 操舵ダクトは、ノズル後端の上下に支点を持ち、左右から油圧シリンダで支えられた方形の筒で、同シリンダで片舷に最大30度ずつ舵角をとり、噴流の向きを振ることができた。
 バケットは、操舵ダクトの船尾側で左右対称に分割して開閉する箱に、後進水流の案内羽根を有し、前進時には各舷側に最大42度まで開き、後進時には閉じてウォータージェット水流を概ね145度転向させるもので、開閉角度を調節して後進水流を増減させ、前後進速度が制御されるようになっていた。
(3)主機及びウォータージェットの制御
ア 制御の概要
 希望は、操縦室、両舷ウィングの各操縦パネルに操縦ハンドルを備え、港内など着水状態での操船時には両舷機を個別に操作してウォータージェット水流を組み合わせ、浮上状態での高速走行時には、操縦室の舵輪で両舷機をまとめて操舵できるようになっていた。
イ 操縦室と両舷ウィングの操縦場所
 操縦室は、4つの操縦席が最前部に置かれ、前面の窓下に航海計器、レーダー画面と並んだ主機指示計パネルに回転計、舵角指示計、バケット角度計など操縦用アナログ計器が配置され、更に右端から後部にエンジンモニター画面、主機及びウォータージェット始動・停止操作盤(以下「手動操作盤」という。)並びに浮上ファン制御パネルが配置され、右側操縦席間に操縦パネルが置かれていた。
 両舷ウィングは、操縦パネルの盤面に操縦ハンドル、主機回転計、舵角指示計、バケット角度計など操縦用アナログ計器と主機の始動及び停止ボタン、非常停止ボタンなどが配置され、同パネルに隣接してスラスター制御盤が設置されていた。
ウ 操縦ハンドル
 操縦ハンドルは、操舵角度と前後進速度を指令するもので、回転数制御の信号を主機の機側操縦盤に、また、操舵角度とバケット角度の信号をウォータージェットの機側操作盤にそれぞれ送るようになっていた。
 前後進速度は、港内では推力中立を挟んで前進及び後進にそれぞれ4ノッチの港内速度が設定され、その範囲では主機の回転数が毎分1,500(以下、回転数は毎分のものとする。)に固定され、前進5ノッチで2,000回転と順次増速されるようになっていた。
エ 機側操縦盤
 主機の機側操縦盤は、機関室中央に各舷機毎に設けられ、シーケンサーと称する中央演算回路でガスタービンの運転データと操作信号を処理し、保護動作等の信号を送り出すようになっていた。
 シーケンサーは、直流24ボルトを電源とし、主機の始動から停止までの順次制御や、増減速、非常停止信号などの制御を行い、回転計にアナログ信号を送り出していた。
 シーケンサーの異常は、機側操縦盤の盤面にシーケンサー異常、入出力信号異常など、詳細項目が赤色枠でランプ表示され、機側操縦盤異常として操縦室のエンジンモニターに警報表示されるようになっていた。
オ 制御モードと操縦権の切替え
 主機及びウォータージェットの制御モードは、機側モードと遠隔モードとに分けられ、遠隔モードには遠隔手動モードと遠隔自動モードの方式があり、通常は遠隔自動モードで操縦されていた。
 遠隔手動モードは、回転計、舵角指示計、バケット角度計を見ながらノンフォローアップにて行うもので、緊急時に操縦室の手動操作盤で操作できるようになっていた。
 遠隔自動モードは、操縦ハンドル又は舵輪によって主機の回転数と操舵・後進を比例制御するもので、操縦室の押ボタン操作によって左舷又は右舷ウィングとの間で操縦権が切り替えられるようになっていた。
カ 操縦権の移行と告知
 主機のいずれかの機側操縦盤のシーケンサーに電源異常などが発生したとき、操縦権が自動的に操縦室に移行し、異常を生じた側については手動操作盤で、また、正常な反対舷機(以下「正常側」という。)は操縦ハンドルでそれぞれ操作するようになっていた。
 ところで、操縦権の切替えと移行の告知は、通常、操縦室の押ボタン操作で切替えを指示したときと当該ウィングで確認ボタンを操作したときにブザーが鳴るとともに、操縦権がある操縦ハンドルの根元に操縦権表示灯が点灯するようになっていた。また、機側操縦盤異常で自動的に操縦室に操縦権が移行したときは、異常側については操縦室の手動操作盤に手動の表示灯が、正常側の操縦ハンドルには操縦権表示灯及び自動の表示灯がそれぞれ点灯したうえ、これに伴うブザーが操縦室で5秒間鳴るようになっていたが、通常の警報ブザーと兼用となっており、操縦権の移行が明確な音響で告知されるように設定されていなかった。
(5)受審人
 A受審人は、平成7年7月から11月にかけて実験船の副船長として乗船し、その後、希望の就航とともに船長に昇格し、フェリー運航する際の船長を務めるほか、防災訓練に際しては統括指揮していた。
 B受審人は、平成9年4月の希望の就航から同12年6月まで機関長として乗船し、越えて同14年4月1日から再び機関長として乗船した。
 両受審人は、希望の運航開始後、初めの2年間に、主機の運転に係る信号のセンサー、配線等の不具合で主機が片舷運転を余儀なくされ、あるいは出港を取りやめる等の対応に当たったが、機側操縦盤異常に伴い操縦権が自動移行する事態を経験していなかった。
(6)指定海難関係人
ア E社は、静岡県が所有する陸上施設及び船舶の運営管理を行う組織で、希望が改造を終えて就航するに当たって清水港に船舶部の防災船管理事務所を置き、希望の事業管理と運航管理を行わせていた。
 指定海難関係人Cは、清水港に常駐するH責任者が運航管理者として、また、同港及び下田港の各1名が運航管理補助者として選任され、希望の運航管理全般と、安全運航を計る業務全般を統括し、主として防災訓練時の各港湾、各自治体と本船側との調整作業に携わっていた。また、法令に定める操練のほか、事故処理に関する訓練を定期的に計画して主機の片舷運転などを行わせていた。
イ 指定海難関係人Dは、プラント機器を中心に制御システムの設計に携わる部門で、テクノスーパーライナー実験船の主機及びウォータージェットの制御装置の設計を行い、同船が平成8年7月に静岡県に購入され、J社N所で旅客フェリーとして、浮上装置の改造、スラスター付設などが行われた際、主機及びウォータージェットの遠隔制御全体の仕様を確認し、翌9年4月からの運航に伴って主機等の不具合に対応していた。
 Dは、実験船の仕様によって、機側操縦盤のシーケンサーの電源コネクタにラッチ式のものを選定し、その後旅客フェリーに改造するに当たって見直す際、抜き差しをする箇所ではないので、接触不良になることはないと考え、コネクタをそのまま使用した。また、主機及びウォータージェットの制御装置に関する取扱説明書に、機側操縦盤の異常時には操縦権が移行することを記述したが、同時に正常側が操縦室の遠隔自動モードに移行することについては明記していなかった。
(7)希望の乗組員構成と操船指揮
 希望は、合計12人の運航要員を有し、旅客フェリーとして休日等に清水港と下田港間を結ぶ航路で運航されるときには、8人で運航に当たり、また、防災支援のための出動と訓練の際には、同要員全員が乗り組むこととなっていた。
 12人体制のときの操船指揮は、ウィングで一等航海士が操縦ハンドルとスラスター制御盤で操作するのを副船長が指揮し、操縦室の船長がレーダー監視など全体を統括するようになっていた。
 12人体制のときの出入港時の配置は、船首に2人、船尾に3人が就くほか、操縦室に機関長、機関室に3人が就くようになっており、運航要員全員が特定小電力トランシーバーを胸に入れてイヤホーンを使用し、作業や操船上の指令ないし報告をするときには、押ボタンを押しながら送信するようになっていた。
(8)希望の運航経過
 希望は、旅客船としての運航と、定期的な防災訓練への従事で、主機の運転時間が平均して年間400時間ほどであった。
 主機は、毎年入渠する際、船体、浮上装置及び機関装置の点検整備が行われるとともに、主機が予備ガスタービン1基を含む3基で、2年毎に置き換えながら整備された。
 遠隔操縦装置は、主機の運転に係る信号のセンサー、配線等の不具合がその都度改善され、入渠時の点検に際しては、主要な回路の作動テスト、配線端子の増し締めなどが行われた。
 ところで、主機及び周辺機器は、リース会社が所有し、C社と賃貸借契約がなされ、定期的な点検・保守については、リース会社が担当するよう取り決められており、D社が制御装置全般の整備を実施していた。
 Dは、定期点検に際して、機側操縦盤の主要配線端子の増し締めなど接続部を点検していたが、シーケンサーに用いられていたラッチ式のコネクタを点検していなかったので、接続部のプラスチック製カバーの変色に気付かなかった。
 機側操縦盤のシーケンサーは、電源コネクタが経年の微振動による摩耗を生じていたところ、いつしか接触不良となって瞬時の電圧低下を生じることがあったが、その時間が短かったので機側操縦盤異常の警報が生じても、警報リセット操作で警報が消え、また、制御機能が停止しなかったので、問題が明らかにならないまま運転が続けられていた。
(9)防波堤衝突に至る経緯
 希望は、平成14年5月21日15時05分自動車フェリー臨時便として、下田港に入港して外ケ岡桟橋南側に左舷付けで係留され、翌22日早朝、静岡県熱海港での防災支援訓練に参加するため出港準備に入り、A及びB両受審人が操縦室に、副船長と一等航海士が左舷ウィングに、そのほか航海士、機関士らが船首、船尾及び機関室の配置に就き、主機とウォータージェットの動作テストののち、いったん遠隔手動モードとして操縦室に操縦権が移され、07時58分から08時01分にかけて両舷主機を順に始動し、ウォータージェットを1,500回転にかけて推力中立とし、遠隔自動モードに切り替えられたのち、更に左舷ウィングに操縦権が移された。
 08時13分希望は、A及びB両受審人ほか12人が乗り組み、着水状態で船首3.82メートル船尾2.84メートルの喫水をもって、下田港を発し、熱海港に向かった。
 一等航海士は、スラスター操作に加えて操縦ハンドルで両舷ウォータージェットを操作し、船体を沖合に横移動させながら前進させ、船尾が前示の桟橋の先端を替わったので、08時14分少し前、下田港西防波堤灯台(以下、灯台の名称を「西防波堤灯台」、また、防波堤の名称を「西防波堤」という。)から354度(真方位、以下同じ。)470メートルの地点において、針路を146度とし、両舷機を4ノッチまで上げて前進行きあしをつけ、同時15分少し前西防波堤灯台から003度360メートルの地点で、左舷機を5ノッチに上げ、6.0ノットの対地速力とし、右舵20度を取り、西防波堤沖合に向けて進行した。
 08時15分左舷機は、2,000回転まで増速したところ、機側操縦盤のシーケンサーの電源が接触不良のため停電し、機側操縦盤異常による論理回路が作動して操縦権が操縦室の手動操作盤に移行されたので、右舵20度で同回転に固定され、エンジンモニター画面に左舷機機側操縦盤異常が表示され、警報ブザーが鳴った。
 同時に、右舷機は、自動的に操縦権が操縦室の操縦ハンドルに移行し、同ハンドルが0ノッチに置かれていたので1,500回転のままバケットが推力中立まで閉じ、エンジンモニターには、左舷機停止による右舷機自動減速の項目が表示された。
 B受審人は、エンジンモニターの警報画面に機側操縦盤異常の表示を見て、以前から時々信号不一致などの理由で同異常の警報が出ることがあったが、すぐにリセットされていたことから、同じ状況と思い、ただちに機関室当直者に指示して機側操縦盤の異常内容を確認させることなく、また、同画面に右舷機が自動減速した表示を見て、左舷機が停止しているはずのところ、左舷機の回転計の示度が2,000回転であったことから、A受審人に左舷機の停止が誤報であると報告したが、左舷機が遠隔手動モードに移行していることに気付かなかった。
 A受審人は、B受審人の報告と併せて自らも操縦席正面の左舷機の回転計が2,000回転を示しているのを見て、同人に「おかしいな」と声をかけたが、右舷機の操縦ハンドルの操縦権表示灯を確認することなく、また、機側操縦盤異常の警報が作動したことを左舷ウィングの副船長と一等航海士に知らせて注意喚起することなく、右舷機の操縦権が操縦室に戻っていることに気付かなかった。
 08時15分半一等航海士は、右回頭の惰力がついたので左舷機の操縦ハンドルを舵中央と前進4ノッチに戻したところ、舵角指示計が右舵20度にとられたまま中央に戻らず、回転計も2,000回転の示度のままであることに気付き、副船長に舵が効かないと報告し、副船長がすぐに操縦を替わって操作してみたが、なおも右回頭が続き、西防波堤に向かう態勢であったので、操縦ハンドルを後進にかける操作を行った。
 08時16分半A受審人は、船首が西防波堤の方に向きを変える勢いに気付き、左舷ウィングに操縦権があるものと思っていたので、同ウィングに走りながら、フルアスターンと錨のスタンバイを、続けてトランシーバーで投錨を指示した。
 08時17分少し前B受審人は、左舷機の右舵で西防波堤に向かうことに気付いて手動操作盤で主機の非常停止ボタンを押し、機関室に機側操縦盤の電源を落とすよう指示した。
 こうして、希望は、左舷機が停止し、間もなく右舷錨が投入されたが効なく、08時17分西防波堤灯台から270度20メートルの西防波堤北側に、210度に向首し、約2ノットの前進行きあしで右舷船首部が衝突した。
 当時、天候は晴で風力3の北東風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。
 A受審人は、乗組員に船首付近を点検させ、右舷船首部に破孔を生じ、同部喫水が減少している旨の報告を受けて衝突を確認した。
 一方、B受審人は、右舷機の操縦権が操縦室に戻っていること、左舷機が非常停止されていることを確認し、機関室に指示して左舷機側操縦盤の電源を再投入させ、同盤異常の警報がリセットできた旨の報告を受けた。
 A受審人は、出航時から始動して準備していた浮上ファンのうち船首側の1及び2号機を増速して浮上操作を行い、衝突後に停止された右舷機を再始動させて後進にかけさせた。
 希望は、08時51分離礁し、その後、引船の援助を受けて09時20分再び下田港に着岸し、精査の結果、右舷船首部の外板が破断・変形し、破孔を生じていることが分かった。
(10)事後の措置
 希望は、右舷船首破孔部の仮修理をしてドックに回航され、破損部が修理され、機側操縦盤異常の原因が調査された。
 Dは、シーケンサーの電源コネクタが接触不良になっていることを突きとめ、ねじ止め形式のコネクタに取り替えたうえ、希望の船長及び乗組員と操縦権移行など制御方式について仕様変更を検討し、次の点を改良した。
ア 機側操縦盤異常が発生したとき、異常側主機を非常停止させ、その操縦権を操縦室に移したことを知らせる音響警報を、ウィングの操縦パネルに増設する。
イ 正常側の操縦権を原状のまま残し、継続して操縦する。
ウ 操縦室、ウィングの回転計の信号を、機側操縦盤と独立したものから取る。
 Cは、希望の運航要員と協議し、機関装置の異常時操作について、より広範囲に訓練内容を実行することとし、制御装置の詳細について検討を指示した。

(原因等の考察)
 本件防波堤衝突は、下田港を離岸し、西防波堤沖合に向けて右転、増速した直後にシーケンサーが機能を停止し、左舷ウィングで遠隔制御されていた主機とウォータージェットの操縦権が自動的に操縦室に移行されたが、乗組員が操縦権の移行に気付かず、主機の非常停止などの操作がされないまま、同防波堤に向けて進行したことによって発生したものである。
 以下、シーケンサーの機能停止及び操縦権移行が見過ごされたことの原因と、警報発生時の異常対処等について検討する。
1 機側操縦盤異常と操縦権の移行
(1)シーケンサーの電源コネクタ
 機関室の機器は、極めて微小ながら振動があり、接触した2面間に経年によるフレッチング摩耗を生じることがある。機側操縦盤は、機関室前部に置かれ、同盤内のシーケンサーの電源コネクタが接触面圧の低いラッチ式であった。本件後の精査の結果、プラスチック製カバーに過熱による変色が見られ、接触面での放電の形跡が認められた。すなわち、摩耗を生じた表面の接触面圧が低下して短時間の放電を繰り返し、酸化して更に面圧が低下する悪循環をたどったことがうかがえる。
 電源コネクタは、機側操縦盤の奥で機器と配線の束に囲まれていたため、定期的に点検されていなかった。
 Dは、ラッチ式のコネクタについては規格上問題がなく、抜き差しすることで接触面圧が低下するのだから、触らない箇所では問題ないとしているが、容易に点検できない状況で重要回路を組み付けるには、本形式のように経年変化で接触不良を起こす可能性のあるコネクタは不適切で、その後の改造に際しても見直さなかったことは、本件発生の原因となる。
(2)操縦権移行の告知
 平素の出港前及び入港後に行われる操縦権の切替えは、主導する操縦室でブザー音が発せられれば事足りるが、異常時の自動的移行も同じブザー音で、しかも操縦室に発せられる他の警報ブザーの一項目でもあった。加えて、両舷ウィングの操縦パネルには音響での告知の手段は全く設けられていなかった。
 本件では、左舵20度から舵中央に戻す直前に異常が発生したが、ウィングでは、本件発生まで何とか操縦しようと模索が続いた。
 したがって、Dが操縦権移行を明確な音響で告知されるよう設定しなかったことは、本件発生の原因となる。
(3)取扱説明書の記述
 取扱説明書が、操縦権移行等、異常時の操縦方式の内容について、異常側の記述に付随して、正常側の説明が記述されていないことは、説明不十分である。
 操船マニュアル、制御装置取扱説明書等の記述は、実験船としての仕様の段階で、異常側を遠隔手動とすることを設定したまま、その後の改造で手を入れた形跡が全く認められない。取扱説明書の記述の内容は、制御系の動きを十分に説明していないので、本件発生の原因となる。
2 異常対処と衝突回避可能性
 1で述べたとおり、操縦者は操縦権移行についての情報が限定され、異常事態を把握しないまま時間が経過した。本件の場合、右舷機が操縦室で遠隔自動操縦ができたのであるから、推力中立になっていたものを後進動作させれば、衝突が避けられた可能性は残る。
 一方、遠隔手動に切り替わっていた左舷機については、機関長の席からノンフォローアップ動作で推力中立以下にするか、あるいは非常停止をかけなければ想定した進路を外れる一方となったのであり、シーケンサーの機能停止のために、アナログ計器の示度が凍結されていたことを考慮すると、左舷機は暴走状態と同じで、非常停止しかない。
 B受審人は、エンジンモニターで機側操縦盤異常の警報を見たのち、機関室に同盤の異常内容を確認すれば、それまでに経験していた警報と同じかどうかが分かり、シーケンサーの機能停止を知り得た。また、左舷機が停止したことを示す右舷機自動減速の警報が、操縦室正面の回転計の示度と矛盾していることに気付いたのだから、左舷機の継続運転がその後如何に影響するか、船長及び操縦者に判断させるためにも、機関室での詳細警報で判断しなければならなかったのであり、B受審人が機関室当直者に指示して機側操縦盤の異常内容を確認させなかったことは、本件発生の原因となる。
 一方、08時15分少し前に左舷機の右舵20度、5ノッチの操作が行われ、同時15分にシーケンサーが機能停止しているが、30秒後には舵中央、4ノッチに戻された。操縦者は、直後に舵角指示計、回転計の指示が追従しないことに気付き、更に左舵と後進を試み、続いて副船長が後進操作を行った。
 A受審人は、操縦室で機側操縦盤の異常について、警報を確認しているから、この時点で左舷ウィングに何らかの注意喚起を行っていれば、同ウィングでの模索を経ずに、次の対処をとることができたと考えられ、非常停止の操作が直ちにとられれば、浮上状態での停止惰力が120メートル程度であるから、衝突直前に停止できた可能性があったのであり、機側操縦盤異常の警報が作動した際、操縦権の表示灯確認に加えて、同ウィングの操縦者に注意喚起を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
3 Cの役割
 Cは、安全運航を統括するためにも、特殊な技術要件を抱える本船の潜在する危険性を指摘する役割を有している。本件では、技術的内容が特殊なあまり、C社が詳細について立ち入ることができず、また、非常時運転の内容を想定するなど、訓練についての主導権はむしろ船側にあると言うべきであり、Cの所為は、本件発生の原因と判断しない。
 しかしながら、主機及び周辺機器がリース契約のもので、その契約の中で点検と保守が製造業者の設計部門の分担となっている形態故に、人任せの考え方に陥らないよう、より積極的に提言できる人材整備等によって、より高まった安全運航の確保が期待される。
4 その他
 本件では、背後にある問題点として次の点が垣間見える。
 第1点は、制御系異常の際の自動的な操縦権移行方式について、乗組員の認識は実態とは違っていたことで、むしろ本件後に同方式の不具合を強く指摘し、改善案を提示している。すなわち、操船の経験者と打ち合わせてまとめたものとするD社の主張と、本船の運航経験者であるA、B両受審人の実態把握に大きな差がある。
 第2点は、操縦室と両舷ウィングの間で、制御系異常と操縦不能という重要な情報が共有されなかったことである。操縦者が、周囲の状況を判断しながらパターン化された両舷の水流の向きと強さを操作し、船長もそれに委ねていたが、その間のトランシーバーでの通信が希薄である。両手の塞がった操縦者は、ボタンを押さずに常時送信できるものにするなど、改善の余地がある。 

(原因)
 本件防波堤衝突は、下田港を出航中、制御系異常に関する警報が発生した際、異常対処が不十分で、遠隔制御の操縦権がウィングから操縦室に移行したことが認識されず、主機の非常停止措置がとられないまま、西防波堤に向けて進行したことによって発生したものである。
 異常対処が十分でなかったのは、船長が操縦権表示灯の確認やウィングの操縦者に注意喚起を行わなかったことと、機関長が機関室当直者に指示して異常内容を確認させなかったこととによるものである。
 機関製造業者の設計部門が、機側操縦盤のシーケンサー電源部に選定したコネクタの形式が適切でなかったこと、操縦権の移行が明確な音響で告知されるよう設定しなかったこと及びシーケンサーが機能停止した際の操縦権の移行内容を取扱説明書に明記しなかったことは、本件発生の原因となる。
 
(受審人等の所為)
 A受審人が、操縦室で操船を指揮中、西防波堤沖合に向けて右転、増速した直後に、制御系異常に関する警報が発生した際、操縦権表示灯の確認やウィングの操縦者に注意喚起を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 しかしながら、以上のA受審人の所為は、操縦権移行の明確な音響告知がなく、他の警報音に紛れて気付くことができなかった点及び機関長から制御系異常に関する詳細が明確に示されなかった点に徴し、職務上の過失とするまでもない。
 B受審人が、操縦室で遠隔操縦装置全般の監視に就いていたところ、制御系異常に関する警報が発生した際、ただちに機関室当直者に指示して異常内容を確認させなかったことは、本件発生の原因となる。
 しかしながら、以上のB受審人の所為は、取扱説明書に操縦権移行の内容が明確に記述されていなかった点及び操縦権移行の明確な音響告知がなく、警報表示に混乱を来すものがあった点に徴し、職務上の過失とするまでもない。
 Dが、機側操縦盤のシーケンサー電源部に選定したコネクタの形式が適切でなかったこと、操縦権の移行が明確な音響で告知されるよう設定しなかったこと及びシーケンサーが機能停止した際の操縦権の移行内容を取扱説明書に明記しなかったことは、本件発生の原因となる。
 Dに対しては、本件後、ねじ止め式のコネクタに取り替え、操縦権が操縦室に移ったことを知らせる音響警報を、新たに両舷ウィングの操縦パネルに設け、操縦室と同ウィングの回転計の信号を機側操縦盤と独立したものから取るなど、変更を行い、希望の船長及び乗組員と操縦権移行など制御方式について仕様変更を検討し、取扱説明書に操縦権移行の内容を詳細に記載するなど、改善に努めたことに徴し、勧告しない。
 Cの所為は、本件発生の原因とならない。

 よって、主文のとおり裁決する。





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