(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年6月3日03時50分
長崎県野母埼南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第108哲丸 |
プレジャーボート智恵丸 |
総トン数 |
19トン |
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登録長 |
17.92メートル |
7.26メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
573キロワット |
58キロワット |
3 事実の経過
第108哲丸(以下「哲丸」という。)は、大中型旋網(まきあみ)漁業付属の主に運搬業務に従事するFRP製漁船で、船長B及び一級小型船舶操縦士免許(平成3年3月取得)を有するA受審人ほか1人が乗り組み、作業員2人を乗せ、船首0.8メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成15年6月2日14時30分長崎県三重式見港を発し、熊本県天草下島西方沖合の漁場に向かった。
哲丸は、17時ごろ熊本県高浜港沖合に至り、網船に合流して作業員2人を移乗させたのち南下し、19時ごろ同県牛深港沖合に達し、同海域において2回の積込みを行い、漁獲物約8トンを載せ、翌3日02時少し前正規の航海灯を表示し、三重式見港に向かって帰途についた。
A受審人は、02時05分ごろ牛深茂串灯柱の西方8海里ばかりの地点で、B船長から船橋当直を引き継ぎ、単独で同当直に就いて北北西に向かい、03時05分大立神灯台から163度(真方位、以下同じ。)8.2海里の地点で、針路を338度に定めて機関を全速力前進に掛け、11.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、手動操舵により進行した。
ところで、B船長は、日頃から、ことあるごとに、船体構造上、船首方に死角があるので、その死角を補う見張りを十分に行うよう、各当直者に指示していた。また、同船長が休息する私室は操舵室内後部の一段高くなったカーペット敷きの部屋で、航海当直者との間にはカーテン等もなく、同船長は、異変に対して即座に対応できる状態であった。
一方、A受審人は、B船長からたびたび指示されていたことから、航行中は前方に10ないし15度の死角を生じることを認識していて、平素は船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを行うよう心がけていた。
A受審人は、03時47分大立神灯台から212度1,430メートルの地点に達したとき、正船首1,000メートルのところに、智恵丸の灯火を視認することができ、その後、同船が錨泊中であることを認め得る状況であったが、それより先に認めていた右舷前方の錨泊船の灯火に気を取られ、船首を左右に振るなどして、死角を補う見張りを行わなかったので、智恵丸の存在に気付かなかった。
哲丸は、智恵丸を避けないまま、同じ針路及び速力で続航中、03時50分大立神灯台から255度1,150メートルの地点において、その右舷船首が智恵丸の右舷船尾に前方から78度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、潮候はほぼ低潮時であった。
B船長は、A受審人から衝突した旨の報告を受け、直ちに操船指揮をとって現場に引き返し、智恵丸の同乗者を救助したが、その後、同船は、船長Cを船内に閉じこめたまま短時間のうちに沈没した。
また、智恵丸は、操舵室が船体中央部よりやや後方に位置したFRP製プレジャーボートで、C船長が1人で乗り組み、遊漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、同月2日15時10分長崎県長崎市牧島を発し、同時45分同県茂木港に寄せて同乗者1人を乗せ、野母埼南方沖合の釣り場に向かった。
C船長は、17時ごろ目的地に着いて魚釣りを行ったのち、23時ごろ前示衝突地点付近に移動し、重さ約15キログラムの錨を投入して錨索を船首タツに固縛し、前部のマスト頂部に全周灯を、操舵室の前後部に各1個の傘付き作業灯を、左舷舷外の水中に集魚灯をそれぞれ点灯し、発電のため機関を掛けてクラッチを中立にし、同乗者とともに救命胴衣を着用し、後部甲板で魚釣りを再開した。
ところで、前示衝突地点付近は、貨物船、漁船及びプレジャーボート等が多数行き交い、船舶が輻輳(ふくそう)する海域であった。
C船長は、翌3日00時30分ごろいさき等を約10キログラム獲ったところで、釣果が思わしくなくなったので釣りを中断し、04時ごろまで休息することとしたが、灯火を点灯しているので大丈夫と思い、多数の船舶が行き交う野母埼沖合から離れて安全な錨地を選定しないまま、同乗者とともに操舵室兼船室に入り、自身は救命胴衣を外して同室奥で、同乗者は同胴衣を着けたまま出入り口近くでそれぞれ横になり、両人はいつしか寝入ってしまった。
智恵丸は、080度に向首して錨泊中、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、哲丸は、損傷がなかったものの、智恵丸は、右舷船尾に圧損を生じて転覆、沈没し、のち引き揚げられた。また、C船長(平成8年10月一級小型船舶操縦士免許取得)は、船内に閉じこめられて溺死した。
(主張に対する判断)
哲丸側補佐人は、哲丸が発航前に前部のタンクに海水を張り込み、船首方の死角を解消していれば智恵丸を見落とすことはなかった旨を主張する。しかし、A受審人は、平素から船首方に死角があることを認識し、死角を補う見張りを行っていたのであり、本件時、船首方に約10度の死角を生じていることを認めていながら、右舷前方の錨泊船の灯火に気を取られ、死角を補う見張りを行わず、智恵丸の存在に気付かないまま進行して衝突している。
前方の死角を補う見張りを十分に行っていれば、智恵丸の存在に気付き、衝突を避けられたのであるから、前部タンクに海水を張らなかったことを本件発生の原因とするまでもない。
(原因)
本件衝突は、夜間、長崎県野母埼南西方沖合において、三重式見港に向け帰港中の哲丸が、見張り不十分で、前路で錨泊中の智恵丸を避けなかったことによって発生したが、智恵丸が、休息を取るため錨泊する際、安全な錨地を選定しなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、長崎県野母埼南西方沖合において、三重式見港に向け帰港する場合、船首方に死角が生じることを知っていたのであるから、前路で錨泊中の智恵丸を見落とすことのないよう、船首を左右に振るなどして、船首方の死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、右舷前方の錨泊船の灯火に気を取られ、死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で錨泊中の智恵丸の存在に気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、智恵丸の右舷船尾に圧損を生じさせて転覆、沈没させ、C船長を溺死させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。