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平成15年門審第103号
件名

貨物船プリンセス貨物船No.7セイハン衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年2月5日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(西村敏和、橋本 學、小寺俊秋)

理事官
黒田敏幸

指定海難関係人
A 職名:プリンセス船長 
B 職名:No.7セイハン船長

損害
プリンセス・・・右舷船首部に小破口を伴う凹損及び右舷船尾部のスタンションなどに曲損
No.7セイハン・・・左舷船首部に凹損及び左舷船尾部ハンドレールなどに曲損

原因
プリンセス・・・狭視界時の航法(信号、速力、見張り)不遵守
No.7セイハン・・・狭視界時の航法(信号、速力、見張り)不遵守

主文

 本件衝突は、プリンセスが、視界制限状態における運航が適切でなかったことと、No.7セイハンが、視界制限状態における運航が適切でなかったこととによって発生したものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年4月12日09時10分
 山口県六連島北方
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船プリンセス 貨物船No.7セイハン
総トン数 7,433トン 1,592トン
全長 110.67メートル 88.83メートル
登録長 102.00メートル 82.01メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 3,845キロワット 1,912キロワット

3 事実の経過
 プリンセスは、主として鋼材の輸送に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で、A指定海難関係人ほか17人(いずれもフィリピン共和国籍)が乗り組み、空倉のまま、船首4.10メートル船尾5.10メートルの喫水をもって、平成15年4月10日10時15分(日本時間、以下同じ。)中華人民共和国大連港を発し、関門海峡経由で岡山県水島港に向かった。
 A指定海難関係人は、船橋当直を、0時から4時までを二等航海士、4時から8時までを一等航海士、及び8時から12時までを三等航海士として各直に操舵手1人を付け、4時間交替の3直制とし、狭水道通過時及び視界制限状態においては、自ら操船を指揮することにしており、これまで何度も関門海峡を通過したことがあったので、同海峡及び付近海域の水路事情などについては良く知っていた。
 12日07時00分A指定海難関係人は、福岡県大島北西方約10海里に差し掛かったころ、霧のため視界が狭まったので昇橋し、船橋当直中の一等航海士と交替して自ら操船の指揮を執り、同航海士を操船の補佐に、操舵手を手動操舵にそれぞれ就け、引き続き法定の灯火を表示してレーダー2台を作動し、機関回転数毎分186の航海全速力前進として13.5ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、霧中信号を行いながら関門海峡西口に向けて東行した。
 A指定海難関係人は、08時00分当直を交替した三等航海士に操船を補佐させ、そのころ視程が約1,000メートルに狭まって視界制限状態となったことから、自ら自動衝突予防援助機能(以下「アルパ」という。)がある1号レーダーで見張りを行い、同時20分福岡県白島の北西方約4海里に達したころ、関門海峡通過に備えて機関用意を令し、機関回転数毎分170の港内全速力前進として12.5ノットの速力としたところ、間もなく視程が約400メートルまで狭まって著しい視界制限状態となったので、同時30分同回転数毎分132の半速力前進として10.0ノットに減速したものの、視界の状況等に応じた安全な速力としないで東行した。
 08時50分A指定海難関係人は、六連島灯台から319度(真方位、以下同じ。)5.7海里の地点において、針路を124度に定め、六連島東方の関門港関門航路北東端に設置された関門航路第1号灯浮標に向けて進行していたところ、09時00分同灯台から325度4.2海里の地点で、1号レーダーにより右舷船首2度3.5海里のところにNo.7セイハン(以下「セイハン」という。)の映像を初めて探知し、同航路を出航して反航する同船と接近するおそれがあることを認めたものの、安全な速力に減じずに、三等航海士を1号レーダーに就けてセイハンの動静監視に当たらせただけで、10.0ノットの速力のまま関門航路に向けて続航した。
 そして、A指定海難関係人は、右舷側の福岡県藍島との正横距離が約1.5海里と広く空いていることから、セイハンが左転して藍島寄りを西行する可能性があったので、同船の意図を確認するため、VHF無線電話16チャンネルで船名不詳のまま喚呼したが、同船からの応答がなかった。
 ところが、A指定海難関係人は、そのうちセイハンが左転するものと思い、09時02分六連島灯台から326度3.9海里の地点で、同船がほぼ正船首2.8海里となったとき、右転せずに、右舷を対して通過しようとして、左転して針路を115度に転じたところ、両船が相前後して針路を左に転じたことにより、同時04分半同灯台から330度3.5海里の地点に差し掛かったとき、セイハンが右舷船首10度2.0海里となり、その後、その方位に変化がなく、衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めたが、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めずに、同船の動静監視を行いながら続航した。
 こうして、A指定海難関係人は、同じ針路及び速力で進行し、09時07分少し過ぎ六連島灯台から334度3.2海里の地点に達したとき、セイハンが同方位1.0海里に接近したが、依然として、同船が左転して藍島寄りを西行するものと思い込み、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めないまま続航中、同時09分半わずか前、右舷船首約400メートルに迫ったセイハンの左舷船首部を視認して衝突の危険を感じ、左舵一杯及び機関停止としたが、及ばず、09時10分六連島灯台から340度2.8海里の地点において、プリンセスは、船首が090度を向き、速力が約9ノットとなったとき、その右舷船首が、セイハンの左舷船首に後方から70度の角度で衝突した。
 当時、天候は霧で風力3の西北西風が吹き、視程は約400メートルであった。
 また、セイハンは、専ら硫酸の運搬に従事する可変ピッチプロペラを備えた鋼製ケミカルタンカーで、B指定海難関係人(大韓民国籍)ほか12人(大韓民国籍7人及びフィリピン共和国籍5人)が乗り組み、空倉のまま、船首2.80メートル船尾4.90メートルの喫水をもって、同月10日08時18分京浜港川崎区を発し、関門海峡経由で大韓民国温山(おんさん)港に向かった。
 B指定海難関係人は、船橋当直を、0時から4時までを二等航海士、4時から8時までを一等航海士、及び8時から12時までを三等航海士として各直に操舵手1人を付け、4時間交替の3直制とし、これまで何度も関門海峡を通過したことがあったので、同海峡及び付近海域の水路事情などについては良く知っていた。
 12日07時20分B指定海難関係人は、下関南東水道に達したところで昇橋し、船橋当直中の一等航海士と交替して操船の指揮を執り、引き続き法定の灯火を表示してレーダー2台を作動し、機関回転数毎分220及び翼角13度の全速力前進にかけ、関門海峡通過に備えて機関用意を令し、同海峡東口に向けて北上した。
 B指定海難関係人は、関門航路に入り、08時00分当直を交替した三等航海士を見張りに、甲板長を手動操舵にそれぞれ就けて、同航路の右側をこれに沿って西行し、08時45分ごろ関門航路第7号灯浮標を通過して六連島東方の関門航路に差し掛かったころ、霧のため視程が約1,000メートルに狭まって視界制限状態となったので、レーダーをそれぞれ3海里及び6海里レンジとして見張りを行い、前方に接近するおそれのある他船を認めなかったことから、霧中信号を行わずに同航路を北上した。
 B指定海難関係人は、関門航路北口付近に達したころ、レーダーで左舷前方にプリンセスの映像を初めて探知し、航跡を表示させて動静監視を行っていたところ、08時57分半六連島灯台から034度1.1海里の同航路北端に達したとき、同映像が310度4.4海里となり、関門航路に向けて反航していたことから、自船の予定針路である312度に定めると、同船と著しく接近するおそれがあるので、しばらく北上することにし、一旦(いったん)、針路を344度に定め、全速力前進の11.7ノットの速力で進行した。
 09時00分少し前B指定海難関係人は、六連島灯台から021度1.4海里の地点に差し掛かったとき、プリンセスの方位が左方に変化して左舷船首38度3.7海里となったことから、そのまま北上を続けずに、左転して針路を314度に転じたところ、間もなく視程が約400メートルまで狭まって著しい視界制限状態となったが、霧中信号を行うことも、視界の状況等に応じた安全な速力に減じることもせずに、自らレーダーでプリンセスの動静監視を行いながら続航した。
 09時02分B指定海難関係人は、六連島灯台から006度1.6海里の地点に達したとき、左舷船首9度2.8海里のところのプリンセスが針路を少し左に転じ、両船が相前後して針路を左に転じたことにより、同時04分半同灯台から355度1.9海里の地点に至ったとき、プリンセスが左舷船首9度2.0海里となり、その後、その方位に変化がなく、衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めたが、そのうち同船が右転して藍島寄りを関門航路に向けて西行するものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めずに進行した。
 こうして、B指定海難関係人は、プリンセスの動静監視を行いながら同じ針路及び速力で続航し、09時07分少し過ぎ六連島灯台から346度2.3海里の地点に差し掛かったとき、プリンセスが同方位1.0海里のところに接近したが、依然として、同船が右転して関門航路に向かうものと思い込み、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めないまま進行中、同時09分少し過ぎレーダーでプリンセスが左舷船首約500メートルに接近したのを認めて衝突の危険を感じ、右舵10度をとって右回頭を始めたところ、同時09分半わずか前、左舷船首約400メートルに迫ったプリンセスの右舷船首部を視認して右舵20度をとり、更に接近して右舵一杯とし、汽笛を連吹するとともに翼角0度としたが、及ばず、 セイハンは、船首が020度を向いたとき、約10ノットの速力で前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、プリンセスは、右舷船首部に小破口を伴う凹損及び右舷船尾部のスタンションなどに曲損を、セイハンは、左舷船首部に凹損及び左舷船尾部ハンドレールなどに曲損をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。  

(原因)
 本件衝突は、霧のため視界制限状態となった山口県六連島北方において、関門航路に向かうプリンセスが、視界の状態等に応じた安全な速力に減じないで東行中、レーダーにより前方に探知したNo.7セイハンと衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったことと、関門航路を出航したNo.7セイハンが、霧中信号を行わず、視界の状況等に応じた安全な速力に減じないで西行中、レーダーにより前方に探知したプリンセスと衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったこととによって発生したものである。
 
(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、霧のため視界制限状態となった山口県六連島北方において、関門航路に向けて東行中、レーダーにより前方に探知したNo.7セイハンと衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったことは、本件発生の原因となる。
 以上のA指定海難関係人の所為に対しては、重大な損傷に至らなかったことに徴し、海難審判法第4条第3項の規定に基づく勧告はしないが、船舶の運航に当たっては、視界制限状態における航法を遵守して、事故の再発防止に努めなければならない。
 B指定海難関係人が、霧のため視界制限状態となった山口県六連島北方において、関門航路を出航して西行中、レーダーにより前方に探知したプリンセスと衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったことは、本件発生の原因となる。
 以上のB指定海難関係人の所為に対しては、重大な損傷に至らなかったことに徴し、海難審判法第4条第3項の規定に基づく勧告はしないが、船舶の運航に当たっては、視界制限状態における航法を遵守して、事故の再発防止に努めなければならない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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