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平成15年広審第83号
件名

油送船興洋丸護岸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年2月10日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、供田仁男、道前洋志)

理事官
平井 透

受審人
A 職名:興洋丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
B 職名:興洋丸機関長 海技免許:三級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
C 責任者:執行役員船舶担当D 業種名:海運業 

損害
興洋丸・・・球状船首を圧壊及び船首船底部外板に擦過傷
玉島ハーバーアイランド西側護岸・・・一部損壊

原因
船内電源を確保する措置が不十分

主文

 本件護岸衝突は、港内シフトする際、船内電源を確保する措置が不十分で、離岸後船内電源が喪失状態に陥り操船不能となったことによって発生したものである。
 受審人Bの三級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年3月22日13時24分
 岡山県水島港
 
2 船舶の要目
船種船名 油送船興洋丸
総トン数 3,449トン
全長 104.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,942キロワット

3 事実の経過
(1)主機及び発電装置
 興洋丸は、平成5年10月に進水した、バウスラスタ及び可変ピッチプロペラを備えた鋼製油送船で、主機として、E社製のA45F型と称する定格回転数毎分210のディーゼル機関を機関室下段中央に備え、前部動力取出軸に連結したエアクラッチ付の増速機を介して貨物油ポンプ及び三相交流電圧445ボルト容量600キロボルトアンペアの軸発電機(以下「軸発」という。)等を駆動するようになっており、出入港時及び荷役中はA重油を、航海中はC重油をそれぞれ燃料油として使用していた。
 発電装置は、軸発のほか、いずれも三相交流電圧445ボルトで、F社製のS165L-UN型ディーゼル機関(以下「補機」という。)で駆動する容量400キロボルトアンペアの主発電機2台を機関室中段の左右舷に据え付け、補機とともに右舷側を1号、左舷側を2号とそれぞれ呼称し、ディーゼル機関(以下「停泊用補機」という。)駆動の容量150キロボルトアンペアの停泊用発電機を2号主発電機の前部に備え、補機及び停泊用補機とも燃料油としてA重油を使用していた。
 ところで、各発電機は、それぞれ気中遮断器(以下「ACB」という。)を介して船内電路に接続していたほか、軸発には船内電路用ACBと並列にバウスラスタ専用のACBを設けており、興洋丸と同種発電システムを有するG社の所有内航油送船3隻に共通した運転使用基準において、出入港時には主発電機2台を並列運転とするとともに、軸発からバウスラスタに給電し、通常航海中は軸発を、荷役中は主発電機1台を、さらに荷役のない停泊時には停泊用発電機をそれぞれ運転して給電するよう定められていた。
 A重油系統は、燃料油タンクから移送ポンプにより、共通で使用されている容量2.0キロリットル(以下「キロ」という。)のセットリングタンクと容量1.5キロのサービスタンク(以下、両タンクを合わせて「常用タンク」という。)に自動移送されたA重油が、主機にはC重油系統と合流したのち、電動供給ポンプ、燃料油加熱器並びに2次及び3次こし器などを、補機及び停泊用補機にはろ過能力10ミクロンの筒形エレメントを内蔵した精密こし器及び流量計をそれぞれ経て供給されるようになっており、両補機の各入口管に至ったA重油は、直結の供給ポンプで加圧され、機付のノッチワイヤ複式こし器(以下「機付こし器」という。)を経て集合型燃料噴射ポンプに送られるようになっていた。
 また、燃料油タンクは、機関室船首側に隣接する二重底部に容量約34キロの1番タンクを、その上部に容量約89キロの2番タンク、容量約20キロの3番タンク及び容量約23キロの4番タンクをそれぞれ両舷に設け、2番及び3番両舷タンクをA重油タンクとし、1番及び4番両舷タンクをC重油タンクとして使用されていた。
(2)燃料油タンクの振り替え工事及びその後の状況
 興洋丸は、就航当初から専らC重油の輸送に従事し、主として和歌山県和歌山下津港海南区の製油所で生産された同油を同港下津区へシャトル輸送するなど、比較的短距離の航海を繰り返していたところ、同製油所が原油の精製を取り止めたことに伴い、平成13年4月から、海南区を基地として岡山県水島港ほか全国諸港への不定期輸送に配船替えされることになった。
 指定海難関係人Cは、興洋丸ほか所有船舶及び管理委託船舶の保船管理並びに船員の労務配乗業務を担当する部門で、興洋丸の長距離航路への配船替えに伴い主機のC重油消費量が増加することから、同油タンクの容量を増すため、同月の定期検査工事において1番両舷タンクをA重油タンクに、2番両舷タンクをC重油タンクにそれぞれ振り替え、関連配管の模様替えを行うことにした。しかし、燃料油タンクの受検が外観検査のみであったことから、工事費節減のため1番両舷タンクの開放点検、掃除は行わず、本船の燃料油移送ポンプでA重油約28キロを張り込んで3日間放置したのち、同ポンプで同油をC重油タンクに移送、処理することで工事を終えた。
 出渠後、興洋丸は、C重油中のスラッジがタンク壁面に付着したりタンク底部に沈殿した状態のまま、1番両舷タンクにA重油を補油していたことから、外海航行中に時化に遭ったとき同タンクがかき混ぜられるなどして、A重油とともに常用タンクに送られたスラッジが同油供給系統に混入し、主機2次こし器や補機精密こし器などを頻繁に掃除しなければならない状況で運航を続けていた。
 一方、Cは、機関関係の保守管理にあたって、各管理船舶ごとに各機器の年間保守整備計画表を作成して実施状況を報告させていたほか、毎月1回担当工務監督が訪船指導するようにしており、興洋丸において燃料油タンクの振り替え工事後同計画表を上回る頻度でA重油系統こし器類の開放掃除が行われていることを把握していたものの、補機精密こし器の開放掃除を同計画表に追加したほか、1番タンクを1度片舷ずつ空にするよう指示した程度で、機関の運転に影響を与えるまでには至っておらず、同工事から1年を経過してこし器類の掃除間隔が落ち着いてきたことから、問題が収まりつつあると判断していた。
(3)受審人
 A受審人は、昭和62年にG社への船員派遣業務を行っているH社に入社し、航海士及び船長として3ないし4箇月乗船して1ないし1箇月半休暇となる配乗体制で各船に乗船したのち、平成15年1月から興洋丸に船長として乗り組んだもので、それまで出入港時には必ず主発電機を並列運転するようにしていた。
 B受審人は、昭和63年にH社に機関長として入社して前示配乗体制で各船に乗船したのち、平成14年12月から初めて興洋丸に乗り組んで機関の運転と保守管理に当たっているもので、時化に遭ったあとには短期間でA重油系統のこし器類を開放掃除する必要があることを機関長引継書で確認したうえ、乗船後主機を月約350時間、各補機を月約200時間、停泊用補機を月約120時間それぞれ運転し、主機2次こし器を10日ごとに、補機精密こし器を1箇月ごとに開放掃除するとともに、常用タンクのドレン切りも定期的に行うようにしており、運転に不具合が生じなかったこともあって、A受審人には同油系統の現状を伝えていなかった。
(4)本件に至る経過
 興洋丸は、タンク振り替え工事から2年近くが経過して1番両舷タンクに残留していたスラッジは減少していったものの、A重油の常用タンクや配管系統などには依然スラッジが滞留する状況にあり、翌15年3月11日三重県尾鷲港を出港したとき時化に遭い、翌々13日B受審人が主機2次こし器などとともに、予定より2週間ばかり早く補機精密こし器を開放掃除してエレメントの汚れが激しいことを認め、その後主に水島港から海南区へのC重油輸送を続けていたところ、再び同こし器が目詰まりし始めた。
 こうして、興洋丸は、A及びB両受審人ほか10人が乗り組み、同月21日朝水島港に入港して玉島4号ふ頭南岸壁に入船左舷付けで係留したのち、翌22日14時00分開始予定の積荷に備え、12時50分に同岸壁を離岸して同港新日本石油株式会社水島製油所の荷役桟橋へシフトすることになり、シフト準備に取り掛かった機関室では、12時25分2号補機を始動して停泊用発電機から2号主発電機に電源を切り替えたのち、同時30分1号補機を始動して主発電機を並列運転した。
 ところが、補機は、精密こし器が閉塞気味のまま両機の供給ポンプがA重油を吸引したことから入口管の負圧が大きくなり、同ポンプの状態や機付こし器の汚れなどの差によるものか、並列運転として1ないし2分経過後、燃料油の供給不足によって2号機が自停し、機関制御室で一等機関士と二等機関士が同機の遠隔再始動を何度か試みたものの、燃料運転に切り替わらなかった。
 2号機が自停したころ機関室に赴いたB受審人は、両機関士から状況を聞き、機付こし器の空気抜き弁を開弁して燃料油が供給されていないことを認めたが、その原因が日数的に精密こし器の汚れではなく同機入口管の閉塞か入口弁の固着であってシフト中に修復できると思い、運転中の1号補機に影響が及んでも支障のないよう、精密こし器や配管系統などを係留状態のままで点検することなく、両機関士に2号補機燃料油入口管の開放点検を準備するよう指示したうえ、主機を始動して軸発からバウスラスタに給電したのち、遠隔操縦装置操作のため昇橋し、A受審人に対して2号補機はシフト中に修復可能で、主発電機1台で離岸しても支障ないと報告した。
 12時35分に昇橋したA受審人は、B受審人がなかなか昇橋しないので機関室に連絡して補機に不具合が生じていることを知ったが、13時を過ぎて昇橋してきた同人から補機の状況と対応について報告を受けたのち、離岸予定時刻が過ぎ航路管制もあって荷役桟橋への到着時刻が気になっていたことから、運転使用基準に従い、2号補機が修復されて主発電機の並列運転を確認するまで離岸を見合わせることなく、13時05分機関用意を発令し、甲板部に離岸作業を開始させた。
 興洋丸は、船首2.88メートル船尾4.70メートルの喫水をもって、13時05分離岸を開始し、主機とバウスラスタを併用しながら同時10分右舷錨を抜錨して右回頭を終えたのち、同時15分プロペラ翼角を半速力前進に続いて9.0ノット(対地速力、以下同じ。)となる港内全速力に増速し、水島港玉島防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)に向けて左転しながら進行した。そして、同時17分ごろB受審人が、A受審人の了解を得て降橋し、機関室に戻って2号補機の燃料油入口管のフランジを緩めさせたところ、燃料油が滲み出たものの同フランジから1号補機の供給ポンプが空気を吸引したため、同時20分防波堤灯台から022度(真方位、以下同じ。)530メートルの地点を航行中、同機が自停して船内給電が絶たれ、左舵7度の位置で操舵機が停止するとともに、主機及びプロペラ翼角の遠隔操作が不能となった。
 B受審人は、1号補機が自停して船内電源の喪失状態に陥ったとき、すでに離岸のためのバウスラスタ使用を終え、軸発から船内電路に給電可能な状況になっていたにもかかわらず、気が動転してそのことに思い至らないまま、両機関士に2号補機燃料油入口管を復旧して補機を再始動するよう指示し、電源復旧後の機関操作に備えて船橋に向かった。
 一方、A受審人は、防波堤灯台に向首したことから舵中央を令して間もなく、操舵手が舵が効かないと叫んだため、三等航海士らを操舵機の点検に向かわせたのち、主機操縦ハンドルを中立に戻したときプロペラ翼角が変化しないことで電源喪失に気付くとともに、なお左転を続けているのを認めたので、甲板部に対して船内放送で投錨を指示した。
 興洋丸は、いったん配置が解かれて居住区サロンで一服していた甲板部乗組員らも電源喪失に気付いて直ちに船首に向かい、A受審人の指示で13時22分に左舷錨を投入し、錨鎖3節付近でブレーキをかけたものの、ブレーキライニングから白煙を発しながら錨鎖が伸出し続けて行きあしを止めることができず、昇橋したB受審人が主機の非常停止ボタンを押して間もなく、13時24分防波堤灯台から093度530メートルの地点において、090度に向首して約6ノットの速力で、その船首部がほぼ直角に玉島ハーバーアイランド西側護岸に衝突した。
 当時、天候は晴で風力1の南西風が吹き、港内は穏やかで潮候は上げ潮の中央期であった。
 衝突の結果、興洋丸は球状船首を圧壊して船首船底部外板に擦過傷を生じ、玉島ハーバーアイランド西側護岸は一部が損壊したが、のちいずれも修理された。
(5)事後措置
 Cは、本件発生後、船首部修理工事のため興洋丸を入渠させたのち、A及びB両受審人を下船させ、事故原因を調査するとともに両受審人に安全再教育を実施して現場復帰させた。また、同年5月の入渠工事において、1番両舷燃料油タンク、常用タンク及びA重油供給配管を開放し、残油をすべて抜き取って内部掃除を行ったほか、補機燃料油配管を改善するなどの措置を講じた。

(原因に対する考察)
 本件は、港内シフトのため港内全速力で航行中、船内電源が喪失して操船不能のまま護岸に衝突したもので、シフトに先立ち主発電機を並列運転とした直後に2号補機が自停し、燃料油系統に起因するものと認めた際、運転中の1号補機に影響が及んで船内電源を喪失しても支障のないよう、係留したまま同油系統の精密こし器や配管などを点検し、不具合箇所を修復して両補機を正常運転に戻し、主発電機が並列運転となるまで離岸を見合わせるという基本的な運用が守られていれば発生しなかったものであり、船内電源を確保する措置が不十分のまま離岸したことが原因である。
 したがって、Cが、興洋丸のC重油タンクをA重油タンクに振り替えた際、同タンクの開放掃除を省略し、その後A重油系統に同タンクの残留スラッジが混入していることを把握していたにもかかわらず、抜本的な対策を講じないまま、2号補機を自停させる事態を招いたことは、保船管理を担当する部門として極めて遺憾であるが、同機自停後、本船側が船内電源を確保する措置を十分にとらないまま離岸した経過には直接的に係わるものではないので、Cの所為が本件発生の原因をなしたとは認められない。
 なお、本件では、電源喪失から護岸衝突までの時間と航走距離が、護岸衝突事故報告書写添付の航跡図により4分間、840メートルで、この間の平均速力が6.8ノットであり、停止惰力(海上公試運転成績表写において2ノットになるまでの所要時間及び航走距離)が13.9ノットのとき約14分間、約2,000メートルであることと、当時9.0ノットとなる港内全速力として増速中であったことなどを勘案すれば、電源喪失後直ちに主機を非常停止して緊急投錨を行ったとしても、投錨効果が現れる2ないし3ノットに低下するまでに護岸衝突に至ったと考えられる。 

(原因)
 本件護岸衝突は、岡山県水島港において、待機岸壁から荷役桟橋にシフトする際、船内電源を確保する措置が不十分で、2号補機に不具合を生じて1号主発電機の単独運転のままシフトを開始し、2号補機燃料油入口管を開放点検時に運転中の1号補機が停止して船内電源が喪失状態に陥り、左転中に操船不能となって護岸に向首進行したことによって発生したものである。
 船内電源を確保する措置が十分でなかったのは、2号補機に不具合が生じた際、船長が主発電機の並列運転を確認するまで離岸を見合わせなかったことと、機関長が2号補機はシフト中に修復可能で、主発電機1台で離岸しても支障ないと船長に報告し、2号補機の燃料油系統を係留状態のままで点検しなかったばかりか、船内電源喪失後軸発からの給電に切り替えなかったこととによるものである。
 
(受審人の所為)
 B受審人は、岡山県水島港内でのシフトに先立ち、主発電機並列運転後に2号補機が自停し、燃料油系統に原因があると認めた場合、運転中の1号補機に影響が及んでも支障のないよう、精密こし器や配管系統などを係留状態のままで点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、その原因が日数的に精密こし器の汚れではなく2号補機入口管の閉塞か入口弁の固着なのでシフト中に修復できると思い、精密こし器や配管系統などを係留状態のままで点検しなかった職務上の過失により、主発電機1台で離岸しても支障ないと船長に報告したばかりか、シフト中に同機燃料油入口管を開放点検して運転中の1号補機も停止させ、電源喪失状態に陥り操船不能のまま護岸に向首進行して衝突を招き、興洋丸の球状船首を圧壊して船首船底部外板に擦過傷を生じ、同港玉島ハーバーアイランド西側護岸の一部を損壊させるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
 A受審人は、岡山県水島港内でのシフトに先立ち、主発電機並列運転中に2号補機に不具合が生じたことを知らされた場合、シフト中に船内電源を喪失して操船不能に陥ることのないよう、運転使用基準に従い、主発電機の並列運転を確認するまで離岸を見合わせるべき注意義務があった。ところが、同人は、離岸予定時刻が過ぎ航路管制もあって荷役桟橋への到着時刻が気になっていたことから、主発電機の並列運転を確認するまで離岸を見合わせなかった職務上の過失により、シフト中に電源喪失状態に陥り、操船不能のまま護岸に向首進行して衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 Cの所為は、本件発生の原因とはならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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