(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年7月24日10時43分
宮城県気仙沼漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一北辰丸 |
漁船第三十八海幸丸 |
総トン数 |
179トン |
99.88トン |
全長 |
39.56メートル |
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登録長 |
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28.01メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
294キロワット |
3 事実の経過
第一北辰丸(以下「北辰丸」という。)は、かじき等流し網漁業に従事する鋼製漁船で、平成14年6月25日北海道函館港を発航後1箇月近く三陸沖で操業し、翌月24日宮城県気仙沼漁港に入港して魚市場岸壁で水揚げを済ませ、同岸壁北方の神明埼近くの給氷岸壁で氷約15トンを積み込んだのち、A受審人ほか10人が乗り組み、操業の目的で、船首2.3メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、10時35分出船左舷着け態勢から離岸して金華山沖の漁場に向かった。
ところで、北辰丸の操舵室は、前壁左舷側に機関、舵及び船首尾のスラスターの遠隔操縦装置が装備され、船首方を向いた姿勢の操船者に対し、右前方に機関操縦盤、左前方に舵角設定ダイヤルとその後方にスラスターの操作ハンドルがそれぞれ配置されていた。
機関操縦盤には、手元側に回転数を制御するスイッチ、その前方にクラッチ嵌脱スイッチ、最前部にプロペラ翼角を制御するダイヤルが組み込まれており、このうち、両スイッチは、右方に操作するとそれぞれ増速側、脱側となるようになっていた。
A受審人は、単独で操舵操船にあたり、10時36分気仙沼港導灯後灯(以下「導灯後灯」という。)から297度(真方位、以下同じ。)1,360メートルの地点に達したとき、針路を160度に定め、機関を微速力前進にかけ、5.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で手動操舵により港内を南下していたところ、出港配置を終えた甲板長が昇橋し、酒類等乗組員の嗜好品が操業中に不足するので補給したい旨要請された。
A受審人は、止むを得ず要請を受け入れることとし、折から魚市場前を通行中で、その岸壁に空きがあったものの、水揚げのための入港船があれば直ちに離岸しなければならなかったため、左舷着けの態勢で水揚げの最中であった同業船の第三十八海幸丸(以下「海幸丸」という。)に左舷着けすることに決め、10時40分半導灯後灯から267度990メートルの地点に至ったとき、針路を海幸丸に向首する244度に転じ、機関を回転数毎分280、前進翼角3度の極微速力前進として、2.0ノットに減速し、同船まで約100メートルに接近したとき前進翼角を0度にして惰力で進行した。
海幸丸に間近に迫ったA受審人は、機関を後進に操作するため、回転数を上げてから、続いて翼角を後進側に設定することとしたが、前方の同船を注視したまま、目的のスイッチを目視により確認して操作しなかったので、回転数を制御するスイッチを増速側に操作したつもりが、クラッチ嵌脱スイッチを脱側に操作したことに気付かなかった。
A受審人は、続いて翼角を制御するダイヤルを後進翼角側に操作し、海幸丸との間合いを見守っていたが、行きあしがほとんど変化しないことから、初めてクラッチの誤操作に気付き、クラッチのスイッチを嵌側に入れ、続いて右舵一杯としたが及ばず、10時43分導灯後灯から264度1,130メートルの地点において、北辰丸は、船首が275度に向いたとき、約1ノットの速力で、その左舷船首が、海幸丸の右舷中央部に後方から60度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
また、海幸丸は、流し網漁業に従事する鋼製漁船で、船長Bほか7人が乗り組み、漁獲したかじきなど約13トンを水揚げする目的で、船首1.6メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、同日08時30分気仙沼漁港に入港し、魚市場岸壁に船首を335度に向け左舷着けの態勢で係留して水揚げを行っていたところ、北辰丸が接近して前示のとおり衝突した。
衝突の結果、北辰丸は球状船首に凹損を、海幸丸は右舷側中央部外板に凹損及び船橋上部ブルワークに圧壊をそれぞれ生じた。
(原因)
本件衝突は、宮城県気仙沼漁港において、北辰丸が、係留中の海幸丸に接舷するため、同船に向け接近して機関を後進に操作するにあたり、操船が不適切で、機関遠隔操縦装置のクラッチ嵌脱スイッチを脱側に操作したまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、宮城県気仙沼漁港において、係留中の海幸丸に接舷するため、同船に向首して接近中、機関を後進に操作する場合、機関遠隔操縦盤には複数のスイッチが組み込まれていたから、目的のスイッチを目視により確認すべき注意義務があった。しかるに同人は、前方の海幸丸を注視したまま、目的のスイッチを目視により確認しなかった職務上の過失により、クラッチ嵌脱スイッチを脱側に操作したことに気付くのが遅れて同船との衝突を招き、北辰丸の球状船首に凹損を、海幸丸の右舷側中央部外板に凹損及び船橋上部ブルワークに圧壊をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。