(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年6月27日01時39分
山口県萩港西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船大福丸 |
漁船孝昌丸 |
総トン数 |
14.97トン |
2.1トン |
登録長 |
14.97メートル |
8.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
160 |
50 |
3 事実の経過
大福丸は、すくい網及び敷網両漁業に従事するFRP製漁船で、船体の船尾寄りに操舵室が配置されており、昭和51年4月に二級小型船舶操縦士(5トン限定)の免許を取得したA受審人のほか2人が乗り組み、かたくちいわしすくい網漁の目的で、船首0.45メートル船尾1.65メートルの喫水をもって、平成15年6月26日23時40分山口県湊漁港を発し、同県萩港西方の漁場に向かった。
ところで、A受審人は、前示免許では大福丸の船長職を執ることができなかったが、船舶所有者である兄が体調不良で船長として乗船できなくなったため、同受審人が長年同船に乗り組んで操船に当たっていたこともあって、自ら船長職を執って発航に至ったものであった。
また、A受審人は、大福丸の機関を半速力前進以上にかけて航行すると船首が浮上し、操舵室の中央少し左に設備された舵輪の右舷側に立ち、左手で舵輪の、右手で機関の遠隔操縦ハンドルの各操作を行う操船位置から前方を見たときに、正船首を挟んで左右約15度の間に死角が生じることを知っており、また、兄が船長として乗船時に、入航時など他船の存在が予想されるときには、同室左舷船首側に設置されたレーダーを時々近距離レンジに切り替えて監視に当たるとともに、船首を左右に振るなり、船首に乗組員を立たせるなどして同死角を補う見張りを行っていることも知っていた。
こうして、A受審人は、発航時に単独の船橋当直に就き、法定灯火を表示したほか、前部甲板に前方の見張りの妨げにはならない20ワット及び40ワットの作業灯を点じ、発航後間もなく、操舵室左舷側側壁に設置された魚群探知機(以下「魚探」という。)による魚群探索を始め、ときどき0.75海里レンジとしたレーダーを監視し、山口県青海島の北側に点在しているいか釣り漁船を、針路と機関回転数とを適宜変えて避けながら、前示漁場に向けて東行した。
01時29分A受審人は、潮場ノ鼻灯台から069度(真方位、以下同じ。)1.80海里の地点に差し掛かったとき、前方にいか釣り漁船の明かりが見えなくなったことから、羽島周辺に出漁している同業種の僚船の動静を見るために、レンジを6海里に切り替えてレーダー画面を一瞥し、前路に航行の支障となる他船を認めなかったので、針路を105度に定め、機関を回転数毎分1,500の半速力前進にかけ、船首が浮上して死角が生じた状態のもと、13.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、手動操舵によって進行した。
01時33分A受審人は、潮場ノ鼻灯台から080.5度2.55海里の地点に至ったとき、正船首1.28海里のところに、孝昌丸が表示する白1灯を視認することができ、移動しない同灯の様子から漂泊していることが分かり、その後、同船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近することを認め得る状況となったが、魚探映像を監視することに気をとられ、レーダーを近距離レンジに切り替えて監視に当たるなり、船首を左右に振るなりして死角を補う見張りを十分に行うことなく、孝昌丸に気付かず、同船を避けないまま、同じ針路、速力で進行した。
01時39分わずか前A受審人は、孝昌丸の間近に接近したとき、魚探に魚群反応が認められなかったことから、青海島沖合に引き返して探索を続けることとし、右方をみたものの、依然、死角を補う見張り不十分で、漂泊中の孝昌丸に気付かないまま、右舵10度をとって回頭を始めた直後、01時39分潮場ノ鼻灯台から089度3.8海里の地点において、大福丸は、船首が115度に向いたとき、原速力のまま、その船首が孝昌丸の左舷船尾に後方から35度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の末期にあたり、視界は良好であった。
また、孝昌丸は、一本つり漁業に従事する有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていないFRP製漁船で、船体船尾寄りに操舵室及び前部甲板に前後左右4倉の生け簀がそれぞれ配置されており、昭和51年5月に二級小型船舶操縦士(5トン限定)の免許を取得したB受審人が1人で乗り組み、いか釣り漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、平成15年6月26日16時00分山口県萩(越ヶ浜)漁港を発し、同漁港西方の鯖島と壁岩との中間の漁場に向かい、17時00分同漁場に到着して操業を始め、スルメイカ200尾を漁獲したのち、翌27日01時20分潮場ノ鼻灯台から100度2.8海里の地点を発進し、法定灯火を表示したほか、前部甲板に上方に明かりが漏れない笠付き40ワットの甲板作業灯1個を点じて帰途に就いた。
ところで、B受審人は、平素、漁獲物を活魚として水揚げできるように、操業中に釣り上げた漁獲物を、各倉に6箇のスカッパーと称する開口部が設けられた生け簀に投入していたが、停船していると倉内の海水が入れ替わらないことと、帰航中に萩港付近に近づくと河川水が生け簀に入って漁獲物が死んでしまうこととから、発進後しばらく航行して倉内の海水を自然に入れ替えたのち、機関を中立運転として行きあしを止め、漂泊して約30分間を要する全てのスカッパーの栓を閉める作業に当たっていた。
こうして、B受審人は、鯖島を右舷側に見ながら北上したのち、01時29分潮場ノ鼻灯台から090度2.4海里の地点で、針路を080度に定め、機関を半速力前進にかけ、5.5ノットの速力で、手動操舵によって進行した。
01時33分B受審人は、前示衝突地点に至り、スカッパーの栓を閉める作業を行うために漂泊することとしたとき、左舷船尾25度1.28海里のところに大福丸がおり、その後、自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近したが、大福丸が表示する白、紅、緑3灯及び作業灯の明かりが、青海島沖合に点在するいか釣り漁船の集魚灯の明かりに紛れて見分けにくい状況であったことから、周囲を一瞥しただけで、同漁船以外に他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行うことなく、大福丸が表示する灯火に気付かず、機関を中立運転として同じ船首方位で漂泊を始め、その後も周囲の見張りを行わないまま同作業に当たった。
01時39分わずか前B受審人は、前示衝突地点で、左舷船首側の生け簀に上半身を入れてスカッパーの栓を閉めているとき、大福丸が間近に接近したが、依然、見張り不十分で同船に気付かず、直ちに機関を使用して移動するなど、同船との衝突を避けるための措置をとらずに漂泊中、孝昌丸は、船首が080度に向いたまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、大福丸は、左舷船首部に破口を生じ、孝昌丸は、左舷船尾部に圧壊を生じたが、のちそれぞれ修理された。また、衝突時の衝撃でB受審人が5日間の通院加療を要する腰部打撲傷を負った。
(原因)
本件衝突は、夜間、山口県萩港西方沖合において、漁場に向けて東行中の大福丸が、見張り不十分で、前路で漂泊中の孝昌丸を避けなかったことによって発生したが、孝昌丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、山口県萩港西方沖合において、漁場に向けて魚群探索を行いながら東行する場合、機関を半速力前進にかけて航行すると、船首が浮上して死角が生じることを知っていたのであるから、前路で漂泊している他船を見落とさないよう、レーダーを近距離レンジに切り替えて監視に当たるなり、船首を左右に振るなりして死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、魚探映像を監視することに気をとられ、死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、死角内に入っていた前路で漂泊している孝昌丸に気付かず、同船を避けないまま進行して衝突を招き、大福丸の左舷船首部に破口を、孝昌丸の左舷船尾部に圧壊をそれぞれ生じさせ、B受審人が5日間の通院加療を要する腰部打撲を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、夜間、山口県萩港西方沖合において、生け簀のスカッパーの栓を閉める作業を行うために漂泊する場合、自船に接近する他船を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、大福丸が表示する灯火が、青海島沖合に点在するいか釣り漁船の集魚灯の明かりに紛れて見分けにくい状況であったことから、周囲を一瞥しただけで、同漁船以外に他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、大福丸が表示する灯火に気付かず、機関を中立運転として漂泊を始め、その後も周囲の見張りを行わないまま同作業に当たり、同船が間近に接近したときに、直ちに機関を使用して移動するなど、衝突を避けるための措置をとらずに漂泊を続けて前示の事態を招くに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。