(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年3月13日12時30分
広島県江田島湾 津久茂港沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船康淳丸 |
漁船むつみ丸 |
総トン数 |
17.00トン |
2.0トン |
登録長 |
18.30メートル |
8.77メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
140 |
60 |
船種船名 |
漁船長栄丸 |
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総トン数 |
1.15トン |
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登録長 |
7.05メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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漁船法馬力数 |
17 |
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3 事実の経過
康淳丸は、かき養殖漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人(昭和49年9月一級小型船舶操縦士免許取得)ほか甲板員1人が乗り組み、平成15年3月13日07時00分広島県小用港を出港し、かき筏及び作業の支援に使用するむつみ丸を曳航して、11時00分同県江田島湾に面した世上漁港沖合のかき養殖漁場に着き、曳航してきたかき筏を同漁場に設置するとともに甲板員が下船したのち、船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、無人のむつみ丸を船尾に引き、康淳丸船尾からむつみ丸船尾までの長さが約20メートルの引船列として、12時28分同漁場を発進し、帰途に就いた。
A受審人は、発進と同時に機関を全速力前進にかけ、12時28分わずか過ぎ世上港イワシ浜3号防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から228度(真方位、以下同じ。)570メートルの地点で、針路を小島埼及び津久茂港西方の陸岸からそれぞれ50メートル離れて西行する255度に定め、操舵室内の舵輪後方に立ち、手動操舵で操船にあたり、12.0ノットの対地速力で進行した。
針路を定めたとき、A受審人は、左舷船首2度700メートルに船首を北方に向けた長栄丸を初めて視認し、船形から刺網漁船であることを知り、長栄丸がこれまでに何度も見掛けたことのある他の刺網漁船と同様に何ら形象物を掲げていなかったものの、甲板上の乗組員が手で漁網を船上に引き上げている姿を見ることができ、長栄丸が漁ろうに従事して、その後同船と近距離で接近する態勢で衝突のおそれがあることを認め得る状況であった。
しかし、A受審人は、この時期に刺網漁船が操業しているのを見掛けたことがなかったので、魚釣りのために錨泊しているのだろうからその船首方を航過できると思い、長栄丸に対する動静監視を十分に行うことなく、この状況に気付かず、同船の進路を避けないまま、これから差し掛かる津久茂港西方の陸岸沿いに設置されたかきの種ひびに近づかないように、小島埼との距離を目測して離岸距離を保った。
間もなく、A受審人は、小島埼が後方に替わり、右舷前方に見えるはずのかきの種ひびが確認しにくかったことから、同ひびとの距離を広げるつもりで、12時29分半針路を248度に転じたところ、長栄丸に向首することとなったものの、依然としてこのことに気付かずに続航中、12時30分防波堤灯台から242度1,240メートルの地点において、康淳丸引船列は、原針路、原速力のまま、康淳丸の船首が長栄丸の右舷船首部に前方から83度の角度で衝突し、同船船首部を乗り切った。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の初期にあたり、海面は平穏であった。
また、長栄丸は、刺網漁業に従事する、船体のほぼ中央部に操舵室を設けた木造漁船で、船長Bが妻の甲板員Cと乗り組み、刺網を揚網する目的で、船首0.15メートル船尾0.30メートルの喫水をもって、同日10時20分津久茂港を出港し、同時25分小島埼南方100メートル沖合の漁場に着き、両人共に救命胴衣を着用しないで直ちに揚網を開始した。
長栄丸の刺網漁は、津久茂港沖合1,000メートルまでの範囲を周年の漁場として、かれいやあいなめを対象に長さ15メートル高さ1メートルの漁網を3枚連結して海底に設置したうえ、1日置いて揚網し、漁ろう機器を備えていないことから、揚網時には機関を停止して乗組員が左舷側甲板上に立って漁網を手繰り、魚の掛かり具合によって揚網速度が変化するものの、漁網に引き寄せられた船体が船首方に移動するものであった。
B船長は、小島埼南方及び衝突地点北方の2箇所で揚網を終えたのち、12時00分同地点の15メートル南方にあたる、防波堤灯台から241度1,250メートルの地点で、南北方向に設置していた漁網の南端部を拾い上げ、有効な音響による信号を行うことのできる笛を操舵室に置き、漁ろうに従事していることを示す形象物を船首倉庫に格納してこれを掲げないまま、C甲板員共々左舷側甲板上に立ち、同舷側から漁網を手繰って揚網を開始した。
12時28分わずか過ぎB船長は、ほぼ衝突地点に至り、船首が345度に向いていたとき、右舷正横後4度700メートルに自船の船首方に向首した康淳丸引船列を視認でき、その後同引船列が自船と近距離で接近する態勢で衝突のおそれがあることを認め得る状況であったものの、折から魚の掛かった漁網が上がり始め、右舷方に背を向けて同方の見張りを十分に行っていなかったので、この状況に気付かず、避航の気配を見せない同引船列に対して笛を吹くなど避航を促すための有効な音響による信号を行わないまま、魚を漁網から外しながら揚網を続けた。
12時30分わずか前B船長は、右舷方を振り返り、至近に迫った康淳丸引船列を初めて視認し、衝突の危険を感じてこのことをC甲板員に告げるとともに同引船列に向かって両手を上げ、「オーイ、オーイ。」と叫ぶも効なく、長栄丸は、船首を345度に向け、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、康淳丸は船首及び船首部船底外板に擦過傷と舵板に曲損を生じたが、のち修理され、長栄丸は船体前部を著しく損壊して浸水し、衝突の衝撃でB船長とC甲板員とが海中に投げ出されて同船長が多量の海水を飲み、両人共水面上に顔を出して長栄丸の舷側につかまっていたところ、A受審人がむつみ丸で救助にあたり、最初にC甲板員を、次いで同甲板員の援助を得てB船長を同船に引き上げ、病院に搬送したものの、同船長(一級小型船舶操縦士免許受有)が溺水により死亡した。
(原因)
本件衝突は、江田島湾の津久茂港沖合において、康淳丸引船列が、動静監視不十分で、漁ろうに従事している長栄丸の進路を避けなかったことによって発生したが、長栄丸が、見張り不十分で、避航を促すための有効な音響による信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、江田島湾の津久茂港沖合を西行中、船首わずか左に北方を向首した長栄丸を視認し、同船が刺網漁船であることを知った場合、衝突のおそれの有無を判断できるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、この時期に刺網漁船が操業しているのを見掛けたことがなかったので、魚釣りのために錨泊しているのだろうからその船首方を航過できると思い、長栄丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、漁ろうに従事している同船に衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、康淳丸の船首及び船首部船底外板に擦過傷と舵板に曲損を、長栄丸の船体前部に損壊をそれぞれ生じさせ、B船長が溺水により死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。