(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月14日21時40分
石川県金沢港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船太栄丸 |
プレジャーボートトド |
総トン数 |
19トン |
|
登録長 |
19.01メートル |
7.06メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
603キロワット |
102キロワット |
3 事実の経過
太栄丸は、沖合底びき網漁業に従事する、従業制限が小型第1種のFRP製漁船で、A指定海難関係人ほか4人が乗り組み、甘えび漁の目的で、船首1.0メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、平成14年10月14日21時30分石川県金沢港水産ふ頭を発し、同港北西方沖合約30海里の漁場に向かった。
ところで、太栄丸は、A指定海難関係人の兄にあたるD(以下「D船舶所有者」という。)が所有していた同じ船名の底びき網漁船(総トン数42トン)の代船として、平成13年12月に建造されたもので、それまで旧太栄丸には六級海技士(航海)と六級海技士(機関)の免許を有する同指定海難関係人が船長として9年余り乗り組んでいた。
そして、太栄丸が就航した際、A指定海難関係人及びD船舶所有者とも、総トン数が20トン未満の太栄丸の船長として乗り組むには小型船舶操縦士の免許が必要であることを知らず、D船舶所有者は、小型船舶操縦士の免許を有する乗組員を船長に任命しないまま、長年旧太栄丸の船長職を執っていた同指定海難関係人を船長として雇入の手続きをとり、運航にあたらせた。
A指定海難関係人は、自らが操船して離岸したあと、航行中の動力船の灯火を表示して大野岸壁沿いに航行し、21時36分金沢港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から160度(真方位、以下同じ。)1,250メートルの地点で、針路を324度に定め、機関を回転数毎分約1,300の前進にかけ、全速力より約3ノット遅い10.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
定針したときA指定海難関係人は、右舷船首16度1.2海里にトドの灯火を認め、同船がサーチライトで船首方向を照射していたものの、双眼鏡を使って注意深く見れば紅灯を認めることができたが、舷灯を確認しないまま、その動きから同船が西防波堤に沿って南下中の動力船で、やがて同船と出会う状況であることを知った。しかし、同指定海難関係人は、東防波堤灯台付近の浅瀬から離れて航行するつもりで、大野岸壁北側に隣接する陸岸及び西防波堤とその東方の陸岸とに挟まれた航路筋の右側端に寄って航行せず、同船の動静に留意しながら航路筋のほぼ中央を続航した。
21時39分少し過ぎA指定海難関係人は、東防波堤灯台から211度380メートルの地点に達したとき、トドを右舷船首2度390メートルに見るようになり、その後衝突のおそれがある態勢となって接近することを知り、不安を感じて速力を5.0ノットに減じたが、依然として航路筋の右側端に寄ることなく、更に接近しても機関を後進にかけるなど衝突を避けるための措置をとらないで、同じ針路、速力のまま進行中、同時40分わずか前船首方至近にトドの船体を認めて機関を中立としたが及ばず、21時40分東防波堤灯台から227度350メートルの地点において、太栄丸は、原針路、原速力のまま、その右舷船首に、トドの船首が前方から4度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はなく、潮候は上げ潮の中央期であった。
また、トドは、レーダー、GPS及び魚群探知機を備えたFRP製プレジャーボートで、B受審人が1人で乗り組み、C指定海難関係人ほか1人が同乗し、魚釣りの目的で、船首0.4メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、平成14年10月14日17時00分定係地である金沢港大野川左岸の金港マリーナを発し、同港北方の釣り場に向かった。
B受審人は、配管工事会社の経営者で、昭和60年10月四級小型船舶操縦士の免許を取得したとき、従業員のC指定海難関係人名義でトドを購入して魚釣りなどのレジャーに使用し、同船の保守管理を同指定海難関係人に行わせるとともに、平素休日などに魚釣りに出かける際、主に同指定海難関係人に操船をさせていた。
B受審人は、C指定海難関係人に操船させて港内を航行し、平成14年10月14日17時30分ころ金沢港北方約3海里の釣り場に錨泊して魚釣りを行ったあと、21時00分錨を揚げ、同指定海難関係人に操船させて釣り場を発進し、定係地に向け帰途に就いた。
発進後間もなくB受審人は、腹痛と便意を催し、停船させてキャビン内のトイレで用を足したあと、21時15分ころ航行を再開したが、体調が少し悪かったので、引き続きC指定海難関係人に操船をさせ、操舵室前部に隣接するキャビンで横になって休憩した。
C指定海難関係人は、操舵室前のキャビン屋上に設置された両色灯と操舵室屋上の白色全周灯とを点灯し、操舵室後方に設けられた操縦スタンドの後ろに立って操舵と見張りにあたり、操舵位置からは、操舵室に設置されたレーダーやGPSなどの航海計器のため、左舷船首方向の見通しが部分的に妨げられていたものの、左右に移動すれば船首方向の見張りに支障はなく、隣に立っていた同乗者が左舷前方を見ていたので、主に右舷前方に留意していた。
21時30分B受審人は、金沢港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)北方1,300メートルの地点に達し、金沢港入出航船舶に遭遇するおそれがある状況となったが、操船に慣れているC指定海難関係人に港内での操船を任せても大丈夫と思い、操舵室に移動して操船指揮を執ることなく、キャビン内でうとうとしながら休憩を続けた。
C指定海難関係人は、西防波堤灯台に向けて南下し、やがて金沢港内に入ったが、B受審人に操船指揮を要請しないで単独で操船にあたり、21時34分少し前西防波堤灯台から014度120メートルの地点で、針路を182度に定めて機関を回転数毎分2,500の前進にかけ、10.8ノットの速力で、西防波堤から10ないし50メートル離れ、防波堤とその東方の陸岸とに挟まれた航路筋の右側端に寄って進行した。
C指定海難関係人は、それまで作動させていたレーダーとGPSのスイッチを切り、発航前にマリーナで港内の浮流物に接触してプロペラを損傷した船があることを聞いていたので、大野川から流れ出す流木などの浮流物を見張るつもりで、両色灯の後方1.15メートル上方0.6メートルの操舵室屋上に取り付けたサーチライトを点灯して船首方向10ないし20メートルの海面を照射し、21時38分東防波堤灯台から314度550メートルの地点で、西防波堤から約50メートル離れて南下していたとき、左舷船首24度1,100メートルに太栄丸の灯火を認めることができたが、陸上の灯火に紛れた同船に気付かないまま続航した。
21時39分少し過ぎC指定海難関係人は、東防波堤灯台から269度420メートルの地点に達し、同灯台から245.5度460メートルの地点に設置された右舷浮標の紅灯をほぼ正船首200メートルに認めるようになったとき、港奥に向かうため針路を148度に転じたところ、西防波堤と東方の陸岸との間の航路筋の右側端に寄らないで航路筋のほぼ中央に向かう状況となった。
転針したときC指定海難関係人は、左舷船首2度390メートルに太栄丸のマスト灯と紅、緑2灯とを認めることができ、その後衝突のおそれがある態勢で接近したが、サーチライトに照らされた船首方10ないし20メートルの海面に留意し、左右に移動するなどして見張りを十分に行わなかったので依然同船に気付かず、このことをB受審人に報告しないまま進行した。
B受審人は、C指定海難関係人から何の報告もなかったので太栄丸との接近に気付かず、航路筋の右側端に寄る措置も、衝突を避けるための措置もとることができず、トドは、同じ針路、速力のまま続航中、21時40分わずか前船首方向至近に太栄丸を認めたC指定海難関係人が左舵一杯としたが効なく、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
B受審人は、衝突直後同乗者からの報告で太栄丸と衝突したことを知り、事後の措置にあたった。
衝突の結果、太栄丸は、右舷船首部に破口を生じ、トドは、船首部に破口と亀裂を生じるとともに、操舵室前面窓ガラス及びバウスプリットなどを損傷し、C指定海難関係人が全治2週間の左耳介挫滅創を負った。
本件後、D船舶所有者は、小型船舶操縦士免許を有する甲板員を船長として雇入手続きをとり、A指定海難関係人の職名を漁労長に変更した。
(航法の適用)
本件は、港則法の特定港である金沢港で発生したものであるが、同法には本件に適用すべき航法がないので、海上衝突予防法によって律することになる。
本件発生地点は、西防波堤とその東方の陸岸とに挟まれた、両船が安全に航行できると考えられる水深5メートル以上で幅約350メートルの航路筋のほぼ中央で、当該水域は海上衝突予防法第9条に定められた狭い水道又は航路筋にあたり、両船が右側端に寄って航行することが安全で実行に適すると認められるので、同条を適用するのが相当である。
(原因)
本件衝突は、夜間、石川県金沢港において、両船が西防波堤とその東方の陸岸との間の航路筋を航行中、出航する太栄丸が、航路筋の右側端に寄って航行せず、衝突を避けるための措置をとらなかったことと、入航するトドが、航路筋の右側端に寄って航行せず、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
トドの運航が適切でなかったのは、金沢港港内を航行する際、船長が操船の指揮を執らなかったことと、無資格の操縦者が船長に操船指揮を要請しなかったこと及び見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
B受審人は、夜間、魚釣りを終えて石川県金沢港の定係地に帰るため、同港港内を航行する場合、自ら操船指揮を執るべき注意義務があった。しかし、同人は、操船に慣れている無資格の操縦者に操船を任せても大丈夫と思い、キャビンで休憩し、自ら操船指揮を執らなかった職務上の過失により、同操縦者が、航路筋の右側端に寄らないで航行したうえ、見張り不十分で、太栄丸との接近に気付かず、衝突を避けるための措置をとることができないまま進行して太栄丸との衝突を招き、太栄丸の右舷船首部に破口を、トドの船首部に破口と亀裂をそれぞれ生じさせるとともに、トドの操舵室前面窓ガラス及びバウスプリットなどを損傷させ、トドの操縦者に全治2週間の左耳介挫滅創を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A指定海難関係人が、夜間、金沢港において、漁場に向かうため同港港内を航行する際、航路筋の右側端に寄って航行しなかったことは、本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては、勧告しない。
C指定海難関係人が、夜間、定係地に向けて金沢港港内を航行する際、船長に操船指揮を要請せず、見張りを十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。