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平成15年横審第72号
件名

貨物船アルカディア ハイウェイ灯浮標衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年1月28日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(稲木秀邦、大本直宏、吉川 進)

理事官
織戸孝治

受審人
A 職名:アルカディアハイウェイ水先人 水先免許:伊良湖三河湾水先区

損害
ア 号・・・損傷ない
第2号灯浮標・・・上部構造物を滅失

原因
気象に対する配慮不十分(風圧差の確認が十分でなかったこと)

主文

 本件灯浮標衝突は、風圧差の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年1月29日19時52分半
 伊良湖水道航路南方海域
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船アルカディア ハイウェイ
総トン数 49,012トン
全長 179.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 13,577キロワット

3 事実の経過
 アルカディア ハイウェイ(以下「ア号」という。)は、船首船橋型の自動車専用運搬船で、船長Bほか20人が乗り組み、車両3,682台を積載し、船首8.80メートル船尾8.85メートルの喫水をもって、平成15年1月29日17時30分三河港トヨタ田原ふ頭を発し、アメリカ合衆国ジャクソンビル港に向かった。
 A受審人は、B船長の指揮のもと、出港時から嚮導(きょうどう)に当たって三河湾を西行して、中山水道を航行中、VHF交信を傍受し、伊良湖水道航路付近では西寄りの強風が吹いていることを知って伊勢湾に入った。
 19時33分A受審人は、伊勢湾第3号灯浮標(以下灯浮標の名称については「伊勢湾」を省略する。)を左舷に見て航過し、神島灯台から339度(真方位、以下同じ。)2.4海里の地点において、針路を伊良湖水道航路に向く134度に定め、同航路内の制限速力にするため、機関を港内全速力前進に減じ、右舷船尾方から強い順風を受け15.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、甲板員を手動操舵に当たらせ進行した。
 定針したとき、A受審人は、伊良湖水道航路に入ったばかりの水先人が嚮導して先航する巨大船(以下「巨大船」という。)を船首方1.1海里及びそれに後続する小型船(以下「小型船」という。)を右舷船首6度0.7海里にそれぞれ認めた。
 19時37分A受審人は、神島灯台から355度1.6海里の地点で、伊良湖水道航路に入り、徐々に速力が落ちるとともに、折からの西寄りの強風の影響により、6度左方に圧流されながら13.8ノットの平均速力で続航し、同時42分神島灯台から041度1.1海里の地点に至り、第2号灯浮標を132度2.0海里に見るようになったとき、同航路中央付近まで圧流されたので、6度右転して針路を140度とし、ようやく同航路内の制限速力となった12.0ノットで進行した。
 このとき、A受審人は、自船の風圧面積が大きく、速力を12ノット以下に落とすと、風圧差が大きくなり、保針が困難であることを認識していたが、いつものように第2号灯浮標を左舷船首に見て適宜針路をとれば、同灯浮標を1ないし2ケーブル左舷側に離して航過できると思い、その後同灯浮標の方位変化を確かめるなどして、風圧差の確認を十分に行わなかった。
 19時47分A受審人は、神島灯台から082度1.5海里の地点で、伊良湖水道航路を出たとき、実効針路がほぼ第2号灯浮標に向く131度となり、航路幅のほぼ中央まで圧流されていたものの、依然風圧差の確認を十分に行わず、針路を5度右にとり145度として続航した。
 19時48分A受審人は、巨大船が水先人の下船地点に向く160度に転針し、巨大船との船間距離が0.7海里に接近したので、同船との船間距離を保つつもりで機関を半速力前進に減じ、同時50分針路を150度として間もなく、風圧差の大きいことに気付き、ようやく第2号灯浮標との衝突の危険を感じ、同時51分針路160度、機関全速力前進を令し、次いで針路170度を命じたが間に合わず、19時52分半神島灯台から102度2.3海里の地点において、ア号は、170度に向首したとき、9.5ノットの速力をもって、その左舷中央部が第2号灯浮標に衝突した。
 当時、天候は晴で風力8の西風が吹き、潮候は下げ潮の初期であった。
 衝突の結果、ア号にほとんど損傷はなく、第2号灯浮標は上部構造物を滅失したが、のち修理された。

(主張に対する判断等)
 補佐人から、下記のとおりの主張があるので、以下順に検討する。
1 A受審人は、巨大船を嚮導していた水先人が予定下船地点の手前で下船したので、同船との接近を回避するためにア号においても減速せざるを得ず、減速した後、ア号は急速に第2号灯浮標に接近したのはやむを得ないとする旨を主張する点について
 A受審人は、通常先航する大型船との船間距離を静穏時0.5海里、荒天時1.0海里としていた。
 本件当時の19時42分には、既に巨大船との船間距離は1海里を切っていたにもかかわらず、同船の水先人が下船のため減速するまで、船間距離を広げる措置をとっておらず、本件発生が迫り、ようやく第2号灯浮標と衝突のおそれを感じ機関を全速力前進、針路を170度に令していることから、同船と差し迫るまでに、減速措置をとることができる。
 したがって、第2号灯浮標が迫ってから減速しなければならなかったのがやむを得ない状況とは認められない。
 同時に、A受審人は、速力を12ノット以下に落とすと、風圧差が大きくなり、保針が困難であることを認識していたが、第3号灯浮標を航過し、定針してから衝突直前まで、適切な進路を選定できるよう、第2号灯浮標の方位変化を確かめるなど、風圧差の確認を十分に行っておらず、いつものように同灯浮標を1ないし2ケーブル離す針路を適宜とっていることから、風圧流の大きさを具体的に把握していなかったものである。
2 A受審人は、灯浮標が気象及び海象により海図記載位置にとどまっていないことは、海技 従事者の経験則からして当然熟知していることがらであるが、ア号が第2号灯浮標に並航したとき、同灯浮標に対する風圧が失われ、そのとき同灯浮標の係止索が緩み反作用により、同灯浮標が寄ってきたもので航過距離が十分にあったにもかかわらず、衝突した旨を主張する点について
 第2号灯浮標が本船の風下となり、本船の風圧流が同灯浮標の風圧流に比し圧倒的に大きく、遮蔽効果(しゃへいこうか)により同灯浮標が風上側に移動したと認めるのが相当であり、その移動距離はさほど大きなものではなく、航過距離が十分であったとは認められない。
 以上を総合すれば、A受審人は、自船の風圧面積が大きく、速力を12ノット以下に落とすと、風圧差が大きくなり、保針が困難であることを認識していたが、いつものように第2号灯浮標を1ないし2ケーブル離す針路を適宜とるばかりで、適切な進路を選定できるよう、同灯浮標の方位変化を確かめるなど、風圧差の確認を十分に行わなかったことが、本件発生の原因となる。
 ところで、A受審人には、巨大船が自船の都合で予定の行動を変更する場合、同船から後続船に連絡してくるのが常道である旨を述べているが、本件は、いずれも同一の伊良湖三河湾水先区水先人会に所属している水先人が各外国船を嚮導中、相前後して水先人下船地点に向け進行中に発生したもので、次のような背景を含んでいる。
1 A受審人及びC水先人に対する各質問調書中並びに同受審人の当廷における供述には、「船舶間の衝突する状況下ではないものの、各運航状態の情報を得るよう、両人はVHF等の通信手段を用いて情報交換を行っていない。」という事実がある。
2 A受審人の当廷における、「当該水先人会には、海務委員会があり、色々な事故対策が検討されている。」旨の供述がある。
3 わが国水先人の資格要件は、海技レベルも最上位に値しているもので、ひとたび水先人嚮導中の海難が発生すれば、国際的にもわが国水先制度の信頼性を損なうことにつながる。
 したがって、以上の背景を踏まえると、本件のような事例について、当該水先人会等においては、水先人同士の情報交換が積極的に得られるよう、改善を促すことにより、同種海難防止に資することが期待できる。

(原因)
 本件灯浮標衝突は、夜間、強風を右舷側から受ける状況下、伊良湖水道航路を減速模様で南下中、風圧差の確認が不十分で、風下に圧流されて第2号灯浮標に著しく接近したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、強風を右舷側から受ける状況下、水先人の下船地点に向かうため巨大船に続いて伊良湖水道航路を減速模様で南下する場合、自船の風圧面積が大きく、速力を12ノット以下に落とすと、風圧差が大きくなり、保針が困難であることを知っていたから、適切な進路を選定できるよう、第2号灯浮標の方位変化を確かめるなど、風圧差の確認を十分に行うべき注意義務があった。
 しかるに、同人は、いつものように第2号灯浮標を左舷船首に見て適宜針路をとれば同灯浮標を左舷側に離して航過できると思い、風圧差の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、同灯浮標付近手前で普段より早めに下船準備のため減速した巨大船に接近しないよう減速し、同灯浮標に向かって圧流され同灯浮標との衝突を招き、同灯浮標上部構造物を滅失させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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