(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年4月18日06時40分
青森県陸奥湾
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船新生丸 |
漁船大寿丸 |
総トン数 |
4.6トン |
0.9トン |
登録長 |
11.65メートル |
6.77メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
漁船法馬力数 |
70 |
30 |
3 事実の経過
新生丸は、養殖漁業に従事するFRP製漁船で、有資格の船長が乗り組まず、A指定海難関係人が操縦者として妻の甲板員と2人で乗り組み、ほたて貝養殖の目的で、船首0.2メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成14年4月18日05時40分青森県小湊港東滝の係留地を発し、安井埼北東方1海里沖合の養殖施設に至り、耳吊りと称する多数のほたて幼貝を結わえた仕掛けの取付け作業等を行い、その後風勢の状況により同埼北西方2海里のところに移動して更に作業を続け、06時30分同港に向けて帰途に就いた。
ところで、A指定海難関係人は、小型船舶操縦士の免許を受有せず、養殖作業等で新生丸を航行の用に供するときは息子が操縦免許を受有していたので、同人に運航させていたが、1年ほど前から息子が近所に引越したため早朝に東滝に来て運航していたものの、たまに同人が遅れたりしたときは自ら新生丸を操縦していた。
発進時、A指定海難関係人は、安井埼灯台から325度(真方位、以下同じ。)1.8海里の地点で、機関を全速力前進にかけ、11.0ノットの対地速力で、船首部にある手動操舵装置により針路を137度に定めて進行した。
A指定海難関係人は、折からの南西風を右舷側から受けながら航行し、06時37分ころ安井埼灯台から346度1,000メートルの地点に達したとき、波しぶきが甲板上まで上がり身体にかかるので操舵場所を操舵室後部右舷側に移し、そこに据えられた高さ約50センチメートルの踏台の上に立ち、左手を伸ばして舵輪を握って操舵に当たり、身体を右側に移動して操舵室右舷側から覗くようにして前路の見張りを行っていたところ、陸岸沿いに数隻の僚船を認めていたものの、船首方に船を見なかったので、前路に他船はいないものと考えて続航した。
A指定海難関係人は、右舷船首方の見張りに当たってはいたものの、右舷側に波しぶきが舞い上がったうえ、船内に降りかかってきていたので、前方の見通しが悪くなっていたが、減速して波しぶきが甲板上に上がらないようにするなど前路の見張りをし易くせずに進行し、06時38分半安井埼灯台から001度600メートルの地点に達したとき、正船首500メートルのところに大寿丸が存在し、同船が漁ろうに従事していることを示す所定の形象物を表示していなかったものの、揚網中であることを視認でき、その後同船の方位が変わらず衝突のおそれがある態勢で接近したが、依然前路に他船はいないものと考え、船首方の見張りが不十分となって、大寿丸に気付かず、その進路を避けないまま続航した。
こうして、新生丸は、原針路、原速力のまま進行中、06時40分安井埼灯台から062度500メートルの地点において、その船首が、大寿丸の左舷側前部に前方から88度の角度で衝突し、これを乗り切った。
当時、天候は晴で風力3の南西風が吹き、潮候は高潮時であった。
A指定海難関係人は、大寿丸から「何やってんだー。」と叫ばれて衝突したことに気付き、事後の措置に当たった。
また、大寿丸は、刺網漁業に従事するFRP製漁船で、昭和51年12月取得の一級小型船舶操縦士免許を有するB受審人が妻の甲板員Cと2人で乗り組み、操業の目的で、船首0.15メートル船尾0.30メートルの喫水をもって、同日05時30分小湊港東滝の係留地を発し、安井埼北北東方800メートル沖合の漁場に至り、設置してある刺網2枚を新しいものに入れ替えたり他の網を揚げて、なまこ20キログラムを獲たところで、06時32分次の漁場に向けて移動した。
ところで、なまこ刺網漁は、上端にボンデンと他端に錘を取り付けた綱を長さ32メートルの刺網両端に付けて水深約15メートルのところに据え、これを24箇所に設置し、ほぼ4日の周期で新しい刺網を入れ替えたり順次刺網を揚げてなまこを獲るもので、刺網1枚の投網に約3分、揚網に約20分それぞれかかり、揚網時船首を風上から刺網の方向に向けて機関を中立にし、強風の場合は風下側に落とされることを防ぐために適宜機関を後進にかけて位置を調整しながら速力を約1ノットに保ち、船尾右舷側でB受審人が自力で揚網するもので、揚網中に機関を使用して船体を後進させることは可能であった。
06時35分B受審人は、前示衝突地点付近に到着し、漁ろうに従事していることを示す形象物を表示せず、船首を045度に向け適宜機関を後進にしながら、ボンデンと綱を手繰り揚網を開始した。
06時38分半B受審人は、針路を保ちながら揚網に当たっていたとき、左舷船首88度500メートルに接近する新生丸を視認することができ、その後その方位がほとんど変わらず衝突のおそれがある態勢となり、漁ろう中の自船の進路を避けないまま接近する状況であったが、揚網作業に気を取られ、周囲の見張りを十分に行うことなく、新生丸の接近に気付かず、避航を促すための有効な音響による信号を行うことも、更に間近になっても機関を後進にかけるなど衝突を避けるための協力動作をとることもなく揚網を続けた。
06時40分わずか前B受審人は、ふと左舷側を見たC甲板員が、至近に迫る新生丸を初認して大声を上げたので、自ら振り返って同船を視認したが、どうすることもできず、大寿丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、新生丸は船首部に擦過傷を、推進器軸及び舵柱に曲損をそれぞれ生じたが、のち修理され、大寿丸は前部両舷ブルワークを大破し、転覆して係留地に引き付けられたが、廃船とされ、B受審人とC甲板員は衝突の衝撃で海中に投げ出されたが、僚船に救助され、同甲板員が腰部捻挫を、背部及び左大腿部に打撲傷を負った。
(原因)
本件衝突は、青森県陸奥湾において、新生丸が、有資格者を乗り組ませず、見張り不十分で、漁ろうに従事している大寿丸の進路を避けなかったことによって発生したが、大寿丸が、見張り不十分で、避航を促すための有効な音響信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為)
B受審人は、青森県陸奥湾において、刺網漁に従事する場合、付近海域はほたて貝養殖区域内であり航行する漁船が多いから、新生丸を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、揚網に夢中になり、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、同船が衝突のおそれがある態勢で間近に接近したことに気付かず、衝突を避けるための協力動作をとらずに同船との衝突を招き、新生丸の船首部に擦過傷を、推進器軸及び舵柱に曲損をそれぞれ生じさせ、大寿丸の前部両舷ブルワークを大破して転覆・廃船とさせ、C甲板員に腰部捻挫、背部及び左大腿部に打撲傷を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A指定海難関係人が、青森県陸奥湾において、発航にあたって有資格者を乗り組ませなかったこと、及びほたて貝養殖作業を終え波しぶきを上げながら帰途に就く際、前路の見張りを十分に行わなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。
A指定海難関係人の所為に対しては、本件後、小型船舶操縦免許を取得したうえ、船首部右舷側にポリエステル製見張り用囲いを取り付け、波しぶきが上がっても前路の見張りを十分に行えるよう改装した点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。