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平成15年第二審第8号
件名

ケミカルタンカー第二成和丸油送船宝運丸衝突事件[原審仙台]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年2月26日

審判庁区分
高等海難審判庁(雲林院信行、上野延之、平田照彦、山本哲也、工藤民雄)

理事官
川本 豊

受審人
A 職名:第二成和丸船長 海技免許:五級海技士(航海)
B 職名:宝運丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
C 職名:宝運丸一等航海士 海技免許:四級海技士(航海)(旧就業範囲)

損害
第二成和丸・・・船首部に小破口及び亀裂を伴う凹損など
宝運丸・・・右舷中央部に大破口を生じて積荷の魚油及び燃料油を流出、右舷側に大傾斜して自力航行不能

原因
第二成和丸・・・狭視界時の航法(信号、速力、見張り)不遵守
宝運丸・・・狭視界時の航法(信号、速力、見張り)不遵守

第二審請求者
理事官熊谷孝徳

主文

 本件衝突は、第二成和丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことと、宝運丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Cを戒告する。
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年5月23日12時43分
 宮城県金華山南方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 ケミカルタンカー第二成和丸 油送船宝運丸
総トン数 495トン 411トン
全長 67.23メートル 58.32メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 735キロワット

3 事実の経過
 第二成和丸(以下「成和丸」という。)は、石油製品を水島、千葉及び四日市各港から本邦各港に輸送する船尾船橋型ケミカルタンカーで、A受審人ほか5人が乗り組み、トルエン470トン、キシレン150トンを積載し、船首2.70メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、平成13年5月22日12時40分千葉港を発し、室蘭港に向かった。
 A受審人は、船橋当直を、04時30分から08時30分までと16時30分から20時30分までを甲板長、08時30分から12時30分までと20時30分から00時30分までを一等航海士、12時30分から16時30分までと00時30分から04時30分までを自らが行う単独4時間3直制として太平洋岸沿いに北上した。
 翌23日12時10分A受審人は、金華山の南南西方13.6海里付近において、自船の汽笛を聞いて昇橋し、霧のため視程が約200メートルに狭められていることを認めたので、少し早目に一等航海士と当直を交替することとし、同人から針路を040度(真方位、以下同じ。)にしている旨の引継ぎを受けて当直に就いた。
 A受審人は、一等航海士を操舵スタンド左舷側に設置された2号レーダーの監視に、昇橋していた一等機関士を肉眼による見張りにそれぞれ当て、自らは同スタンド後ろに立って1号レーダーを監視しながら操船指揮に就き、航行中の動力船の灯火を点灯したものの、安全な速力とせず、機関を全速力前進にかけ、12.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、汽笛を自動吹鳴装置による長音2回にセットしたまま、正規の霧中信号に切り換えずに北上を続けた。
 12時13分A受審人は、金華山灯台から199度13.0海里の地点で、予定針路より右方に偏位していたことから、針路を020度に定め、同一速力で、自動操舵により進行した。
 A受審人は、その後霧がさらに濃くなり、視程が約100メートルになったことを知り、12時30分金華山灯台から198度9.6海里の地点に達し、針路を040度に戻したとき、3海里レンジとして、中心を後方に移動していたオフセンターのレーダーで、左舷船首10度4.5海里に宝運丸の映像を探知し、その動向を監視していたところ、方位がほとんど変わらないまま接近するのを認めた。
 12時37分A受審人は、金華山灯台から195度8.4海里の地点に達したとき、宝運丸が左舷船首9度2.0海里に接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況にあったが、まだ映像が遠方にあったことから、もう少し近くなってから避航すればよいと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを停止することもなく、同一針路、速力で続航した。
 A受審人は、12時39分宝運丸がほぼ同方位のまま1.4海里に接近したとき、機関を20回転ほど下げて11.5ノットとし、同時40分宝運丸の映像が1.0海里に近づいたので、手動操舵に切り替え、5度ほど右舵をとっては中央に戻すことを繰り返し、少しずつ右転を続けているうち、同船の映像が海面反射で識別できなくなり、間もなく左舷ウイングで見張りに当たっていた一等機関士の大声を聞いて前方を見たところ、同時43分わずか前、船首至近に霧の中から現れた宝運丸の船体を視認し、驚いて右舵10度としたが及ばず、12時43分金華山灯台から190度7.5海里の地点において、成和丸は、070度に向いたとき、ほぼ原速力のまま、その船首が宝運丸の右舷中央部に前方から75度の角度で衝突した。
 当時、天候は霧で風力1の東風が吹き、視程は約100メートルで、潮候は上げ潮の中央期であった。
 また、宝運丸は、本邦各港間において魚油の輸送に従事する船尾船橋型油送船で、B、C両受審人ほか3人が乗り組み、魚油656トンを積載し、船首3.05メートル船尾4.20メートルの喫水をもって、同日10時20分宮城県女川港を発し、伊万里港に向かった。
 B受審人は、船橋当直を、11時45分から15時45分までと23時45分から03時45分までを一等航海士、15時45分から19時45分までと03時45分から07時45分までを甲板長、19時45分から23時45分までと07時45分から11時45分までを自らが行う単独4時間3直制とし、出航操船に当たって港外に出たとき、霧模様で視界が断続的に変化していたことから、航行中の動力船の灯火を点灯し、金華山北方沖合に向けて南下した。
 11時35分B受審人は、金華山の北方3.0海里付近に至り、昇橋したC受審人に当直を引き継ぐことにしたが、視界が制限されるようになれば当直者から自発的に報告があるものと思い、視界が制限される状態となったときの報告について指示を行うことなく、操船を任せて降橋した。
 11時44分半、C受審人は、金華山灯台から028度2.4海里の地点で、針路を195度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、10.0ノットの速力で、2台あるレーダーのうち、操舵スタンド左舷側に設置された1号レーダーを作動させ、これの監視に当たって進行した。
 12時30分C受審人は、金華山灯台から189度5.4海里の地点に達したとき、6海里レンジとしていたレーダーで右舷船首15度4.5海里に成和丸の映像を探知し、このころ視界が悪くなって視程が約100メートルに狭められたが、休息中の船長を起こすことへの遠慮もあって、自分で対処ができるので船長に報告するまでもないと思い、この状況をB受審人に報告することなく、また安全な速力とせず、全速力のまま続航した。
 C受審人は、その後ときどきエアーホーンの紐を引いて汽笛を鳴らしたものの、正規の霧中信号を行わず、成和丸の動向を監視していたところ、その方位がほとんど変わらないまま接近するのを認めた。
 12時37分C受審人は、金華山灯台から190度6.5海里の地点に達したとき、成和丸が右舷船首16度2.0海里に接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況にあったが、まだ映像が遠方にあったことから、もう少し近づいてから避航すればよいと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを停止することもなく、同一針路、速力で進行した。
 C受審人は、12時41分成和丸がほぼ同方位のまま0.7海里に接近し、同船の汽笛を聞いたとき、ようやく危険を感じ、映像が船首輝線の右にあったことから、左転して同船を右舷側にかわそうと手動操舵に切り替えて左舵をとったが、間もなく同船の映像が海面反射で識別できなくなり、12時43分宝運丸の船首が175度に向いたとき、ほぼ原速力のまま、前示のとおり衝突した。
 B受審人は、自室で休息中に衝撃を感じ、急いで昇橋して衝突を知り、事後の措置に当たった。
 衝突の結果、成和丸は、船首部に小破口及び亀裂を伴う凹損などを生じ、宝運丸は、右舷中央部に大破口を生じて積荷の魚油及び燃料油を流出し、右舷側に大傾斜して自力航行不能となったが、来援した救助船に曳航されて石巻港に引きつけられ、のちそれぞれ修理された。
 また、転覆の危険を感じた宝運丸の乗組員は、救命艇で全員離船しているところを、成和丸に無事救助された。 

(原因)
 本件衝突は、霧のため視界が制限された金華山南方沖合において、北上する成和丸が、正規の霧中信号を行わず、安全な速力とせず、レーダーにより前路に探知した宝運丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを停止しなかったことと、南下する宝運丸が、正規の霧中信号を行わず、安全な速力とせず、レーダーにより前路に探知した成和丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを停止しなかったこととによって発生したものである。
 宝運丸の運航が適切でなかったのは、船長が、船橋当直者に対し、視界が制限される状況となったときの報告について指示をしなかったことと、船橋当直者が、視界が制限される状況となったことを船長に報告しなかったばかりか、視界制限時の措置が適切でなかったこととによるものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、霧のため視界が制限された金華山南方沖合を北上中、レーダーで前路に探知した宝運丸の方位にほとんど変化のないまま接近するのを認めた場合、同船と著しく接近することを避けることができない状況であったから、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また、必要に応じて行きあしを停止すべき注意義務があった。しかるに、同人は、まだ映像が遠方にあったことから、もう少し近くなってから避航すればよいと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを停止することもしなかった職務上の過失により、宝運丸との衝突を招き、成和丸の船首部に小破口及び凹損を、宝運丸の右舷中央部に大破口を生じさせ、積荷の魚油や燃料油の流出を招き、大傾斜させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、女川港を発航後、金華山北方で船橋当直を一等航海士に引き継いで降橋する場合、霧模様で視界が制限されるおそれがあったから、視界が制限される状態となったときの報告について指示を行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、視界が制限されるようになれば当直者から自発的に報告があるものと思い、視界が制限される状態となったときの報告について指示を行わなかった職務上の過失により、視界が制限される状態となったときに報告が得られず、自ら操船指揮をとることができないまま進行して成和丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は、霧のため視界が制限された金華山南方沖合を南下中、レーダーにより前路に探知した成和丸の方位にほとんど変化のないまま接近するのを認めた場合、著しく接近することを避けることができない状況であったから、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また、必要に応じて行きあしを停止すべき注意義務があった。しかるに、同人は、まだ映像が遠方にあったことから、もう少し近づいてから避航すればよいと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを停止することもしなかった職務上の過失により、成和丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文 平成15年2月25日言渡
 本件衝突は、宝運丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったうえ、第二成和丸の前方に向けて左転を続けたことによって発生したが、第二成和丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
 受審人Cの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Aを戒告する。


参考図
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