(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
(第1)
平成11年9月24日07時少し過ぎ
関門海峡東口(中国電力株式会社下関発電所南東側護岸)
(第2)
こすもす1号
平成11年9月24日06時少し前
関門海峡東口(中国電力株式会社下関発電所南東側護岸)
はまゆう3号
平成11年9月24日06時少し前
関門海峡東口(中国電力株式会社下関発電所北東側の下関市長府港町地先護岸)
2 船舶の要目
(第1)
船種船名 |
土運船NO.K-3007 |
全長 |
83.00メートル |
幅 |
18.00メートル |
深さ |
5.50メートル |
(第2)
船種船名 |
土運船こすもす1号 |
土運船はまゆう3号 |
全長 |
48.00メートル |
49.80メートル |
幅 |
14.00メートル |
12.40メートル |
深さ |
4.60メートル |
4.70メートル |
3 事実の経過
(第1)及び(第2)
(1)指定海難関係人A社船舶・機械・技術部
A社は、昭和26年にC社として設立され、昭和41年に現社名に変更し、主として港湾、土木、建築各工事の設計及び工事監理、船舶並びに内燃機関の製造、修理及び解体などの事業を営み、社長直轄本部、管理本部及び事業本部の3本部からなり、事業本部に指定海難関係人船舶・機械・技術部(以下「船舶部」という。)を設けていた。
船舶部は、主業務として新船の建造、運航船舶の整備や修理を行うほか、自社が所有する作業船17隻、土運船18隻、押船や転錨船などの自航船3隻及び雑用船8隻の船舶のうち、長期係船中の船舶の管理並びに陸上の大型機械の製作及び管理などを行っており、Bが部長として同業務を統括していた。
(2)本件発生海域の地勢
本件が発生した山口県下関市長府沖合の海域は、関門海峡の東口にあたり、周防灘西部の陸地が北方へ湾入した逆U字形状の湾の北西奥に位置し、その湾口にあたる九州東岸鵜ノ瀬鼻と宇部港西部本山岬との間の東西の距離が約8.5海里で、湾の奥行きが約7.5海里あり、湾口付近の水深が約10メートルで湾奥へ向かって徐々に浅くなっており、台風等の接近で東ないし南寄りの強風が連吹すると高い波浪が発生し、更に満潮時と重なると潮位が異常に高くなるおそれがあった。
長府付近の海岸には、各種企業が立地し、中国電力株式会社下関発電所(以下「下関発電所」という。)の護岸に囲まれた敷地が、約500メートルの幅で南東方に約500メートル張り出しており、その北東側の護岸と同発電所の敷地との間が市道となっていて、その市道に沿った北東側護岸の付け根から旭洋造船株式会社(以下「旭洋造船」という。)の護岸が北東方へ約200メートル伸びていた。そして、同発電所の南東側及び南西側各護岸並びに旭洋造船の南東側護岸の前面には、それぞれ消波ブロックが設置されていた。
下関発電所の東方沖合には、その南東側護岸の北端から083度(真方位、以下同じ。)1,620メートルの地点を基点として、南西方へ伸びる長さ870メートルの第2防波堤が、同防波堤南端から南西方1,030メートルのところに、高さ31メートルの島頂を有する直径約100メートルのほぼ円形の干珠島が、同島の東方約1,650メートルのところに、高さ50メートルの島頂を有し、東西の長さ370メートル南北の長さ170メートルのほぼ楕円形の満珠島がそれぞれ位置していた。
第2防波堤は、基点から213度方向へ消波ブロックで構築された長さ720メートルの傾斜堤及びそれに続いて193度方向へケーソンで構築された長さ150メートルの重力式防波堤とで構成されており、天端高が基本水準面からそれぞれ6.0メートルとなっていた。
また、満珠島から西方の第2防波堤を含む海域は、平成13年9月の関門港の港域変更に伴って同港の港域内に編入されたが、当時は同港の港域外であった。
(3)台風18号の概況
平成11年9月17日09時に沖縄の南海上で発生した弱い熱帯低気圧は、翌々19日09時に同海域で台風18号となった。同台風は、同月20日には宮古島の南海上へ北西進し、その後、進行方向を変え、ゆっくり北東へ進みながら発達し、翌々22日9時に沖縄本島の南西の海上において、中心気圧935ヘクトパスカル、最大風速毎秒45メートルの大型で非常に強い勢力の台風となった。
同台風は、沖縄本島の西海上を北上し、次第に速度を上げながら東シナ海を北北東へ進み、同月24日05時前、熊本県天草下島を通過し、06時ごろ中心気圧950ヘクトパスカル、最大風速毎秒40メートルの中型で強い勢力を保って熊本県北部に上陸した。
その後、同台風は、九州北部を通って周防灘へ進み、09時前には同じ勢力を維持したまま山口県宇部市付近に再上陸し、その後中国地方西部を縦断して日本海に進んだ。
(4)9月24日の長府沖合における気象・海象の変化状況
ア 第2防波堤付近の風向・風速の変化状況は、次のとおりであった。
時刻 |
風向 |
平均風速(m/s) |
最大瞬間風速(m/s) |
0300 |
ESE |
16 |
20 |
0400 |
ESE |
17 |
25 |
0500 |
ESE |
20 |
30 |
0600 |
ESE |
25 |
34 |
0700 |
ESE |
28 |
38 |
0800 |
S |
06 |
10 |
0900 |
N |
16 |
25 |
平均風速は、02時30分ごろ毎秒15メートルを超えるようになり、その後徐々に強くなって04時40分ごろ毎秒20メートルを超え、05時20分ごろには毎秒25メートル前後、06時30分ごろには毎秒25メートルを超えるようになった。
そして、07時10分ごろ最大瞬間風速毎秒47メートルを記録し、同時45分ごろ台風の目に入り、それまでの間、風向は東南東でほとんど変化しなかった。その後、風速が急速に減少して毎秒10メートル以下になるとともに、風向が時計回りに急変し、08時15分ごろ以降は毎秒15メートル程度の北風となった。
イ 第2防波堤付近の潮位の変化状況は、次のとおりであった。
時刻 |
天文潮位(m) |
高潮偏差(m) |
合成潮位(m) |
0300 |
1.18 |
0.66 |
1.84 |
0400 |
1.63 |
0.84 |
2.47 |
0500 |
2.26 |
1.09 |
3.35 |
0600 |
2.87 |
1.04 |
3.91 |
0700 |
3.37 |
1.57 |
4.94 |
0800 |
3.61 |
2.18 |
5.79 |
0900 |
3.46 |
1.48 |
4.94 |
ウ 第2防波堤沖側(南東側)海域及び同防波堤内側(北西側)海域における波浪の変化状況は、それぞれ次のとおりであった。
(ア)第2防波堤沖側海域における波浪の変化状況
時刻 |
波向(度) |
有義波 |
最高波高
(m) |
波高(m) |
周期(秒) |
0300 |
128 |
1.19 |
4.8 |
2.13 |
0400 |
129 |
1.44 |
5.3 |
2.58 |
0500 |
130 |
1.72 |
5.6 |
3.08 |
0600 |
131 |
2.12 |
6.0 |
3.79 |
0700 |
130 |
2.48 |
6.6 |
4.44 |
0800 |
131 |
2.46 |
7.1 |
4.40 |
0900 |
130 |
1.95 |
7.2 |
3.49 |
なお、波向は、ここでは波が来る方向を北から時計回りに測った角度とする。
(イ)第2防波堤内側海域における波浪の変化状況
(1)NO.K-3007錨泊地点
時刻 |
波向(度) |
有義波 |
最高波高
(m) |
波高(m) |
周期(秒) |
波長(m) |
0300 |
158 |
0.77 |
4.8 |
30.8 |
1.36 |
0400 |
162 |
0.94 |
5.3 |
36.2 |
1.67 |
0500 |
165 |
1.13 |
5.6 |
40.4 |
2.00 |
0600 |
167 |
1.43 |
6.0 |
46.1 |
2.51 |
0700 |
162 |
1.75 |
6.6 |
53.0 |
3.06 |
0800 |
161 |
1.85 |
7.1 |
61.7 |
3.20 |
0900 |
164 |
1.38 |
7.2 |
60.0 |
2.41 |
(2)こすもす1号及びはまゆう3号係船地点
時刻 |
波向(度) |
有義波 |
最高波高(m) |
波高(m) |
周期(秒) |
波長(m) |
0300 |
143 |
0.68 |
4.8 |
29.6 |
1.22 |
0400 |
149 |
0.83 |
5.3 |
34.6 |
1.48 |
0500 |
154 |
0.97 |
5.6 |
38.8 |
1.74 |
0600 |
157 |
1.23 |
6.0 |
43.9 |
2.20 |
0700 |
153 |
1.58 |
6.6 |
52.7 |
2.78 |
0800 |
153 |
1.73 |
7.1 |
59.7 |
3.01 |
0900 |
155 |
1.23 |
7.2 |
58.6 |
2.19 |
(5)船舶部の台風18号に対する予測
船舶部は、台風情報をテレビ放送の天気予報のほか、D社(以下「気象会社」という。)と日本気象協会の防災気象情報サービスからインターネットで入手しており、台風18号についても、その発生時から把握していた。
船舶部は、気象会社から入手した9月20日15時の台風予想進路図により、東シナ海南部を北上中の台風18号が九州方面に接近すると予測し、翌21日北九州市及び下関市の各港湾局に交渉して、関門港内の北九州側に3隻分、下関側に2隻分の避泊地を確保し、翌々22日早朝より大型の作業船から港内への移動を始めるとともに、同日15時の台風予想進路図により、同台風の中心が同月24日13時ごろ下関市の西側を北北東へ通過するものの、勢力としては九州に上陸すれば幾分衰えるものと予測した。
(第1)
(1)NO.K-3007
NO.K-3007(以下「K号」という。)は、平成11年5月に建造された非自航型土運船で、長さ12.5メートルの船首甲板の後方にハッチ開口部の長さ59.0メートル幅14.6メートルの船倉を有し、船首甲板の中央部にホースパイプを経て投揚錨する揚錨機1台を備え、重量3,780キログラムのJIS型ストックレスアンカー1個及び1節の長さが25メートルで、1メートル当たりの重量が35.04キログラムの錨鎖を6節一連として装備していた。
(2)K号の錨泊状況
船舶部は、K号を、平成11年7月2日07時00分満珠島灯台から304度1,160メートルの地点にあたる、第2防波堤内側の水深約4メートル、底質砂及び泥のところに投錨させて錨鎖4節を繰り出し、空倉のまま、船首0.85メートル船尾0.80メートルの喫水をもって、無人状態で錨泊させていた。
(3)K号に対する荒天対策
船舶部は、台風18号の接近に備え、9月22日早朝から管理下の船舶に対する荒天準備作業にとりかかった。
船舶部は、K号の錨鎖を全量伸ばしたとしても、台風の接近に伴う風力の増加、潮位の上昇、波浪の発達、更には船体の振れ回り運動などによる外力の影響を考慮すれば、走錨のおそれがあることを予測できる状況であったが、K号の錨の重さが同じ大きさの船舶に備え付けを要求される錨の重さの約2倍あることと、錨地が第2防波堤の内側なので大丈夫と思い、K号を関門港内の安全な泊地に避難させることなく、K号の錨鎖をできるだけ伸出させることとした。
船舶部は、同日12時30分同社E工場から作業員をK号に派遣し、同号の錨鎖を5節と6節の接続部がホースパイプの甲板上入口となるよう更に1節自重で繰り出させ、13時25分同号に対する荒天対策を終えた。
(4)護岸衝突に至った経緯
K号は、無人で単錨泊中、同月24日05時ごろ台風18号の中心が熊本県天草下島付近に達し、周防灘西部が同台風の暴風圏内に入ったことから、東南東風の平均風速が毎秒20メートルを超え、有義波高約1メートル最大波高約2メートルの波浪が南南東方向から打ち寄せ、船体の振れ回り運動が大きくなってきた。その後風波が益々強まり、06時30分潮位が基本水準面より4メートル半ばかりまで上昇し、平均風速が毎秒25メートルを超え、有義波高が1メートル半を超えるようになったころ、K号は、錨鎖に働く水平外力が錨と錨鎖の把駐力を上回って走錨を始め、そのまま西方の下関発電所の護岸に向かって走錨を続け、07時少し過ぎ満珠島灯台から290度2,120メートルの地点において、船首を東南東に向け、左舷船尾が下関発電所の南東側護岸に衝突した。
当時、天候は雨で風力10の東南東風が吹き、潮候は上げ潮の末期で、これに高潮が重なって潮位が約5メートルとなっており、下関地方気象台から山口県西部及び東部地域に対し、暴風、波浪、高潮警報が発表されていた。
その後、K号は、風波によって下関発電所の南東側護岸沿いに南西方へ流され、満珠島灯台から287度2,150メートルの地点にあたる同護岸に、船首を北東に向けて乗り揚げた。
その結果、K号は左舷側船底外板全般に亀裂を伴う凹損及び左舷船尾端外板に凹損を生じ、下関発電所は南東側の護岸及び防油堤などに損壊を生じたが、のちいずれも修理された。
(第2)
(1)こすもす1号
こすもす1号(以下「こすもす」という。)は、平成6年に建造された非自航型全開式土運船で、長さ9.8メートルの船首甲板の後方にハッチ開口部の長さ28.5メートル幅10.5メートルの船倉を有し、同船倉の船首及び船尾に各一対備えた油圧シリンダーによって船底を左右に開閉できるようになっていた。係留設備としては、高さ60センチメートル(以下「センチ」という。)直径30センチばかりのボラードが甲板の各舷に5個ずつ備えられており、甲板と外板との角部のガンネルには半丸鋼が取り付けられ、各ボラード設置個所の半丸鋼の上には、部分的にゴム製の擦れ止めがかぶせてあった。
(2)はまゆう3号
はまゆう3号(以下「はまゆう」という。)は、平成8年に建造された非自航型全開式土運船で、長さ7.5メートルの船首甲板の後方にハッチ開口部の長さ34.0メートル幅8.5メートルの船倉を有し、同船倉の船首及び船尾に各一対備えた油圧シリンダーによって船底を左右に開閉できるようになっていた。係留設備としては、高さ60センチ直径30センチばかりのクロスビットが甲板の各舷に5個ずつ、及び高さ60センチ直径30センチばかりのボラードが船首甲板各舷に1個ずつ備えられており、甲板と外板との角部のガンネルには半丸鋼が取り付けられ、各クロスビット及びボラード設置個所の半丸鋼の上には、部分的にゴム製の擦れ止めがかぶせてあった。
(3)三友1号へのこすもす及びはまゆうの係留状況
ア 三友1号の錨泊状況
三友1号(以下「三友」という。)は、全長60.00メートル、幅23.00メートル、深さ4.50メートル、総トン数2,193トンの非自航型浚渫船で、係船設備として船首尾両舷に重さ13トンの錨を各1個、上甲板の各舷に高さ60センチ直径40センチばかりのボラードを5個ずつ備え、両舷の舷側に直径約1.3メートルのタイヤを5個束ねて長さ約1.5メートルとしたフェンダーを1ないし2メートル間隔で多数取り付けていた。
船舶部は、三友を、平成10年8月ごろ満珠島灯台から315度1,220メートルの地点にあたる、第2防波堤内側の水深約4メートルのところに、船首尾両舷から各錨を投入し、各錨鎖をそれぞれ200メートルばかり繰り出して4点錨泊とし、船首を309度に向け、船首尾とも2.30メートルの等喫水で錨泊させていた。
イ はまゆうの係留状況
船舶部は、はまゆうを、平成11年1月26日空倉のまま船首0.82メートル船尾1.20メートルの喫水をもって、三友の右舷側に右舷付けとし、三友の舷側に多数取り付けられたタイヤフェンダーを介し、はまゆうの甲板が三友の甲板より約1.5メートル高い状態で、直径65ミリメートル(以下「ミリ」という。)及び75ミリの合成繊維製係留索を使用し、無人状態で係留した。
係留索は、はまゆうの各クロスビットと三友のボラードの2本対となっている柱の1本ずつとの間に、1方向につき1本の係留索を1往復半ないし2往復させる方法で、はまゆうの船首部のボラードから三友の最船尾のボラードに前方へ、はまゆうの最船尾のクロスビットから三友の最船首のボラードに後方へ、はまゆうの舷側部2箇所のクロスビットから三友の舷側部のボラードへそれぞれ前方及び後方へ1方向ずつ、合計6方向にとっていた。
ウ こすもすの係留状況
船舶部は、こすもすを、平成11年9月17日空倉のまま船首0.95メートル船尾1.15メートルの喫水をもって、三友の左舷側に左舷付けとし、三友の舷側に多数取り付けられたタイヤフェンダーを介し、こすもすの甲板が三友の甲板より約1.4メートル高い状態で、直径65ミリ及び75ミリの合成繊維製係留索を使用し、はまゆうと同じ方法で両船のボラード間に係留索を合計6方向にとり、無人状態で係留した。
(4)こすもす及びはまゆうに対する荒天対策
船舶部は、台風18号の接近に備え、9月22日早朝から管理下の船舶に対する荒天準備作業にとりかかった。
船舶部は、台風の最接近時と満潮時とが重なったとして、東ないし南方向からの暴風及び波浪の発達並びに高潮の発生を考慮すれば、第2防波堤の内側海域にかなりの波浪が発生し、三友に係留していたこすもす及びはまゆうの各船が異なった周期で動揺するとともに、船体の前後動や上下動などが加わり、各係留索が緊張と弛緩を繰り返しながら船体や係留索と摩擦することとなって、各係留索が破断するおそれがあることを予測できる状況であったが、両船の係留地点が同防波堤の内側なので大丈夫と思い、両船を関門港内の安全な泊地に避難させることなく、両船の空いているクロスビットやボラードに係留索を増し取りさせることとした。
船舶部は、同日13時30分K号の荒天対策を終えた作業員をこすもす及びはまゆうに赴かせ、それぞれ空いていた2箇所のクロスビットとボラードに、直径65ミリ及び75ミリの合成繊維製係留索を使用し、三友との間に1方向につき1本の係留索で1往復半ないし2往復させる方法で増し取りさせ、14時30分両船と三友との間にそれぞれ8方向に係留索をとった状態とした。
このとき船舶部は、各係留索がこすもす及びはまゆうの各ガンネル部に接触していたうえ、各係留索同士がこすもすでは2箇所で、はまゆうでは3箇所で交差接触した状態となっていたが、各係留索の同接触部に擦れ止め防止措置を施さずに荒天対策を終えた。
(5)護岸衝突に至った経緯
こすもす及びはまゆうは、無人で係留中、9月24日05時ごろ台風18号の中心が熊本県天草下島付近に達し、周防灘西部が同台風の暴風圏内に入ったことから、東南東風の平均風速が毎秒20メートルを超え、潮位が基本水準面より3メートル以上上昇し、波高約1メートルの有義波が南南東方向から打ち寄せ、両船が三友と異なった周期で動揺するとともに、前後動及び上下動を繰り返すようになった。
こすもすは、各係留索が緊張と弛緩を繰り返しながら船体又は係留索と摩擦し、05時半少し過ぎ全ての係留索が切れて西方へ圧流され始め、06時少し前満珠島灯台から288度2,130メートルの地点において、船首を東方に向け、左舷船尾が下関発電所の南東側護岸に衝突した。
はまゆうは、各係留索が緊張と弛緩を繰り返しながら船体又は係留索と摩擦し、05時半少し過ぎ全ての係留索が切れて西方へ圧流され始め、06時少し前満珠島灯台から296度2,320メートルの地点において、下関発電所北東側の市道の護岸に衝突した。
当時、天候は雨で風力10の東南東風が吹き、潮候は上げ潮の末期で、これに高潮が重なって潮位が約4メートルとなっており、下関地方気象台から山口県西部及び東部地域に対し、暴風、波浪、高潮警報が発表されていた。
その後、こすもすは、風波によって下関発電所の南東側護岸沿いに南西方へ流され、満珠島灯台から283度2,190メートルの地点にあたる同護岸に、船首を北東に向けて乗り揚げ、また、はまゆうは、風波によって同発電所北東側の市道の護岸に沿って北西方へ流され、満珠島灯台から297度2,600メートルの地点にあたる旭洋造船の南東側護岸に、船首を北東に向けて乗り揚げた。
その結果、こすもすは左舷船尾外板及び船底外板全般に亀裂を伴う凹損を、はまゆうは左舷外板及び船底外板全般に損傷をそれぞれ生じ、のち両船とも廃船処理された。また、下関発電所の南東側の護岸、防油堤及び係船柱などが損壊したほか、同発電所北東側の市道の護岸及び旭洋造船南東側の護岸がそれぞれ損壊し、同造船所の監督官事務所及び社員食堂などが倒壊したが、のちいずれも修理された。
4 本件後船舶部がとった対策
(第1)及び(第2)
船舶部は、本件発生後、今後の台風等の接近に備え、第2防波堤の内側3箇所に、積荷容積5,000立方メートル級土運船を対象として把駐力が44トンを超える係船用の錨及び錨鎖を新たに設置し、荒天対策を強化した。
(主張に対する判断)
船舶部は、台風の最接近時と満潮時とがほぼ同時刻となって異常潮位となり、その結果波浪が第2防波堤を越えることになったのであって、これを予測することは不可能であり、当時の荒天対策は十分であったと主張するので、この点について検討する。
1 台風18号による波浪が第2防波堤を越えることの予測について
船舶部が、台風18号について、気象会社から入手した情報の概要は次のとおりである。
(1)9月22日07時の台風情報
現在位置北緯25.3度東経126.9度、中心気圧940ヘクトパスカル、最大風速毎秒40メートル、暴風半径170キロメートルで、北北東へ時速10キロメートルで進行中であり、24日03時には北緯30.5度東経128.5度に達し、北北東へ時速20キロメートルで進むと予報。
(2)同日12時の台風情報
現在位置北緯25.7度東経126.8度、中心気圧935ヘクトパスカル、最大風速毎秒45メートル、暴風半径190キロメートルで、北方へ時速7キロメートルで進行中であり、24日09時には北緯32.5度東経129.5度に達し、北北東へ時速30キロメートルで進むと予報。
(3)同日15時の台風情報
現在位置北緯25.9度東経127.0度、中心気圧935ヘクトパスカル、最大風速毎秒45メートル、暴風半径190キロメートルで、北方へ時速7キロメートルで進行中であり、24日15時には北緯34.5度東経130.5度に達し、北北東へ時速40キロメートルで進むと予報。
台風中心の下関付近通過時刻については、前示予報では24日昼過ぎであるが、日本近海に接近すると速力を上げることが多く、また、稀に速力を落とすこともあり、この通過時刻が満潮時と重なれば、気圧の低下と当地の地形的な特徴から高潮が発生するおそれがあるので、船舶部としては、最悪の事態として、同台風が少なくとも22日の勢力を保ったまま、24日08時06分又は20時44分のいずれかの満潮時にその中心が下関市の直近の西側を通過するものと予想し、東ないし南方向からの暴風及び波浪の発達並びに高潮の発生を考慮する必要があった。
第2防波堤の天端高は6メートルであり、24日08時の天文潮位は3.61メートルで、これに高潮偏差による潮位の上昇が加わると、水面から同防波堤天端までの高さが1メートル以下になることも考えられ、船舶部が、第2防波堤の越波を予測することは十分可能であると認められる。
更に、第2防波堤の越波による伝達波ばかりでなく、同防波堤の両側から回り込む回折波及び護岸からの反射波等を考慮すると、船舶部は、第2防波堤内側海域にかなりの波浪の発生を予測できる状況であった。
2 船舶部のK号並びにこすもす及びはまゆうに対する荒天対策について
(第1)
船舶部が、第2防波堤の内側に単錨泊させていたK号に対し、台風18号の接近に備え、荒天対策としてとった措置は錨鎖を1節伸ばして5節としたことである。
当時のK号の錨と錨鎖による把駐力は、次のとおり、約14トンとなる。
P=aW+bwL=11,510.10+2,423.16
=13,933.26(kg)
=約14トン
P:把駐力 (kg)
a:錨の把駐係数=3.5
W:錨の水中重量=0.87×3,780=3,288.60kg
b:錨鎖の把駐係数=3/4
w:錨鎖の単位長さ当たりの水中重量=0.87×35.04=30.48kg
L:把駐部の錨鎖の長さ=106m
一方、K号に対する風圧力は次式によって求められ、この風圧力が把駐力と等しくなるときの風速を求めると、毎秒26.4メートルとなる。
V:風速(m/s)
R:風圧力=14,000kg
ρ:空気密度=0.125kg.sec 2/m 4
C:風圧係数=1,25
A:正面投影面積=105m 2
B:側面投影面積=476m 2
φ:相対風向=40度
すなわち、K号は、風速が毎秒26.4メートルまでは錨泊によって耐えられるが、風速がこれを超えると走錨することになる。
そして更に、潮位の上昇、波浪の発達による船体の上下動、船体の振れ回り運動などによる把駐力の減少を考慮すると、K号は、風速がそれ以下の風でも走錨するおそれがあることになる。
K号は、無人の非自航船であり、船首錨以外に使用できる錨を装備しておらず、その他臨時に利用できる錨や錨鎖もなかったのであるから荒天対策としては関門港内の安全な泊地へ避難するしか方法はなかったものと考えられる。
(第2)
船舶部が、第2防波堤の内側で錨泊中の三友に係留していたこすもす及びはまゆうに対し、台風18号の接近に備え、荒天対策としてとった措置は係留索の増し取りである。
こすもす及びはまゆうは、錨泊中の三友の各舷に合成繊維製の係留索でそれぞれ係留されており、両船の甲板が三友の甲板より1メートル半ばかり高く、各係留索がこすもす及びはまゆうの各ガンネル部に接触した状態であったほか、各係留索同士がこすもすでは2箇所で、はまゆうでは3箇所で交差接触した状態となっていたが、各係留索の同接触部には擦れ止め防止措置が施されていなかった。
このような状況で、暴風と高い波浪を受け、こすもす及びはまゆうが三友とそれぞれ異なった周期で動揺し、更に船体の前後動や上下動などが加われば、各係留索が緊張と弛緩を繰り返しながら船体又は係留索と摩擦することによって破断することは容易に予想できることである。
こすもす及びはまゆうは、ともに無人の非自航船であり、当時の係船能力から見て、両船に対する荒天対策としては関門港内の安全な泊地へ避難するしか方法はなかったものと考えられる。
以上、(第1)及び(第2)の事件について、船舶部は、台風18号の接近に伴う荒天対策をとるに当たり、最悪の事態を予測すれば、K号並びにこすもす及びはまゆうを関門港内の安全な泊地へ避難させるべきであった。
なお、関門港内の避泊地については、B部長の当廷における、「9月20日に北九州及び下関両市の各港湾局と交渉して港内に5隻分の避泊地を確保し、22日に5隻を同避泊地に避難させた、そのほか下関の商港岸壁があるが3日間しか係留させてもらえないので使用手続きをとらなかった。」旨の供述から分かるとおり、更に交渉すれば、同港内に避泊地を確保できる余地があったと認められる。ところが、船舶部は、その交渉を行わず、K号並びにこすもす及びはまゆうを関門港内の安全な泊地へ避難させなかったのであるから、同部が各船に対してとった荒天対策が十分なものであったとは認められない。
(原因)
(第1)
本件護岸衝突は、長府沖合の第2防波堤北西側海域において、港湾土木建設業者が、無人で非自航型のK号を錨泊させて係船管理中、台風の接近が予測された際、荒天対策が不十分で、暴風及び波浪により、同船が護岸に向かって走錨したことによって発生したものである。
(第2)
本件護岸衝突は、長府沖合の第2防波堤北西側海域において、港湾土木建設業者が、無人で非自航型のこすもす及びはまゆうを錨泊中の浚渫船に係留して係船管理中、台風の接近が予測された際、荒天対策が不十分で、暴風及び波浪により、こすもす及びはまゆうの各係留索が破断し、両船が護岸に向かって圧流されたことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
(第1)
船舶部が、長府沖合の第2防波堤北西側海域において、無人で非自航型のK号を錨泊させて係船管理中、台風の接近が予測された際、関門港内の安全な泊地に避難させるなど、荒天対策を十分に講じなかったことは本件発生の原因となる。
船舶部に対しては、本件発生後、第2防波堤北西側に係船用の十分な把駐力を有する錨及び錨鎖を新たに設置し、荒天対策を強化した点に徴し、勧告しない。
(第2)
船舶部が、長府沖合の第2防波堤北西側海域において、無人で非自航型のこすもす及びはまゆうを錨泊中の浚渫船に係留して係船管理中、台風の接近が予測された際、両船を関門港内の安全な泊地に避難させるなど、荒天対策を十分に講じなかったことは本件発生の原因となる。
船舶部に対しては、本件発生後、第2防波堤北西側に係船用の十分な把駐力を有する錨及び錨鎖を新たに設置し、荒天対策を強化した点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成14年2月15日門審言渡
(第1)
本件護岸衝突は、長期にわたって係船する際、係船対策が不十分で、台風が九州北部に接近する状況下、錨と錨鎖が把駐力を喪失し、護岸に向けて圧流されたことによって発生したものである。
(第2)
本件護岸衝突は、長期にわたって係船する際、係船対策が不十分で、台風が九州北部に接近する状況下、係留索が切断し、護岸に向けて圧流されたことによって発生したものである。
参考図1
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参考図2
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