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1991/03/27 読売新聞朝刊
[社説]改革・開放をうたう中国だが・・・
 
 中国の国会にあたる全国人民代表大会が二十五日開幕し、李鵬首相が政府活動報告も兼ねて、今世紀末までの国民経済・社会発展十か年計画と九五年までの第八次五か年計画に関する報告を行った。
 報告は八〇年代の成果を誇示しつつ、改革・開放の断固推進をうたいながらも、「速度のせりあいという偏向」を排して、今後十年間の国民総生産(GNP)の伸び率を八〇年代の年率平均九%から落として「中程度の」六%に設定した。
 これで、今世紀末までにGNPを八〇年の四倍にし、生活水準を「ぎりぎりレベル」から「まずまずレベル」に移行できるとした。人口圧力、エネルギーなどの要因を考慮すれば、妥当な線かもしれない。
 「速度」については改革派、慎重派の妥協と言えようし、安定優先路線でもある。だが、一人当たりGNPがタイの三分の一程度であることを考えれば、中国が成長の壁にぶつかっていることは否めない。
 問題は、八〇年代の成長の根本原因として、中国の特色を持つ社会主義の建設をあげて、さらに社会主義の道を断固として歩むとしている点だろう。八〇年代の成長が改革・開放路線によることは明らかだが、社会主義体制が積極的役割を果たしたからだろうか。むしろ、社会主義体制の限界と矛盾を見せつけたと言えないか。
 社会主義一党独裁体制をよりどころとする現中国指導部には酷な問いだろうが、今後も、社会主義が中国の発展の足を引っ張るとの懸念を持たざるを得ない。
 中国が発展を目指せば目指すほど、改革・開放を深める必要があり、結局は社会主義体制と矛盾しないか。報告は改革・開放を社会主義制度の強化、改善に有機的に結びつけるというが、至難の業だろう。
 李鵬報告は、社会主義精神文明の強化を強調し、「国外の敵対勢力」の「中国に対する平和的転化の陰謀」に強い警戒心をつのらせている。そして、公安・司法活動を強化する必要を説いている。
 中国の言う「平和的転化の陰謀」は外国勢力が「虚偽」の民主主義、自由、人権といった観念を中国に吹き込み、社会主義の転覆を図る「陰謀」のことである。
 中国当局は民主化運動の再燃を恐れ、東欧など世界的な民主化、自由化の波の伝播(でんぱ)が混乱の引き金になることを警戒している。だが、思想の引き締めや警察力の強化で一時的に民主化運動の再発を抑えることができたとしても、長期的には、民主化運動の潜在エネルギーを蓄積させ、混乱を先送りするだけにならないか。
 ソ連の混乱もあるし、十一億の民をかかえる中国の指導部が安定を優先させるのは理解できる。混乱なき民主化への軟着陸を目指す課題に取り組んでほしい。
 報告は「ごく少数の者が日本軍国主義を復活させようとしている傾向」に触れた。日本の湾岸危機に対する対応論議が念頭にあるのかもしれないが、日本は平和的国際秩序の形成にその責務を果たしたいと考えているだけで、軍国主義などとは全く別次元の話だ。懸念は無用と言いたい。
 
 
 
 
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