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1995/10/02 毎日新聞朝刊
[社説]五中全会 北京は東京の失敗に学べ
 
 中国経済はインフレ、地域格差などの問題を含みながらも、成長軌道を急進している。二十八日閉幕した中国共産党第十四期中央委員会第五回総会(五中全会)では、来年から始まる「第九次五カ年計画」や、二〇一〇年までの「十五カ年構想」の方針が決定された。
 この中で、経済方針の静かな転換が行われている。党指導者は中国の発展の制約条件である食料、エネルギー、環境面を重視し、資源浪費型の量的拡大から「節約、持続、中成長」の質的充実へと、カジ取りを切り替えようとしている。
 こうした方針は、中国の利益だけでなく、アジアや世界の安定に寄与するものとして歓迎したい。米国の環境問題の権威、レスター・ブラウン氏が、昨秋、中国の食糧不足とその世界的な影響に警鐘を鳴らしたが、中国の指導者はこの見解を真剣に受け入れたものといえる。
 エネルギーについても同様である。すでに中国は一九九三年から、石油の純輸入国に転じており、このままでは二〇一〇年に一億一千万トンの石油不足が生じるとの推定がある。
 資源節約型の発展といっても、ライフスタイルまで踏み込まなければならず、実行は容易ではない。だが、方針転換のタイミングとしては、今しかない。
 戦後の日本は、輸出振興と技術開発による成長モデルになっているが、失敗した側面も多い。とくに、東京圏の無計画な膨張は、社会に深い傷跡を残した。一九五五年から八五年にかけ、年平均五十万人が東京圏に流入し、千五百万人から三千万人へと膨れ上がったのである。
 このため、地価が高騰、サラリーマンの家はどんどん遠くなった。遠距離通勤は、肉体的疲労のみでなく、家族の絆(きずな)を弱め、地域社会をなくし、ゆがんだ会社人間を再生産した。戦前は大家族と地域社会があり、年を取っても隣組の組長とか、町内会の世話役、家で冠婚葬祭を取り仕切るといった存在感があった。今では会社を離れると、粗大ごみとして扱われかねない。
 北京、上海、天津、広州など中国の主要三十五都市は、この東京の失敗の経験を真剣に学んでほしい。福祉社会の発展は、地域社会や家族を抜きにすると、金ばかりかかり、孤独な老人たちを生み出す。中国は伝統的な家族精神を重視し、もっと心豊かで安上がりの福祉社会を目指した方がよい。
 世界の成長センターとなったアジアで、急浮上する中国の存在は、希望にあふれていると同時に、困難な課題も山積している。沈静しないインフレの背後には、破たんした国有企業への財政支援がある。企業は退職者の年金から、住宅、医療、保育園といった地域社会を支えており、倒産させるわけにいかない。
 その整理には、まず、受け皿の全国的な福祉システムの構築が前提となる。ところが、財政赤字が行く手を阻んでいる。ただでさえ水利、電力、交通など基盤整備で、財政はアップアップしている。税制では個人所得税が導入されたが、税金を払う慣習がないため、実効性が上がっていないようだ。
 中国の指導者が、目先の問題だけでなく、経済の方向を「節約型」に切り替えたことは、賢明である。生産者や提供者の論理だけでなく、消費者の論理が重要なのだ。
 
 
 
 
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