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1995/03/07 毎日新聞朝刊
[社説]中国 ポスト・トウ小平時代に軟着陸を
 
 十二億の人口、五十六の民族を抱える中国はいま「ポストトウ小平時代」という不確実な時代の入り口にさしかかっている。五日開幕した中国全国人民代表大会での政府活動報告は、この不確実な時代を前に、江沢民国家主席、李鵬首相ら「第三世代」指導部がこれまで以上に慎重に国家を運営しようとしていることをうかがわせる内容となった。
 報告を貫く基調は、もはや最高実力者、トウ小平氏が提唱してきたような大胆な市場経済導入や高度成長路線ではない。貧富の格差、地域格差、腐敗、治安の悪化などすでに噴出している諸矛盾の解決に注意を払い、市場への管理を強め、より穏健な改革、よりバランスの取れた安定成長を目指そうとしている。
 中国経済は過去三年連続で一一%以上の高度成長が続き、経済が過熱、物価上昇率は二一・七%と過去最悪になった。庶民の不満は爆発寸前だ。李鵬報告が今年の成長率目標を八―九%と昨年の目標より低めに設定、物価上昇率についても一五%と達成可能な目標に定めたことは妥当な判断といえよう。
 社会主義市場経済体制についても、今世紀末までに初歩的に確立する目標は確認したが、同時にそれを完全なものにするにはさらに二、三十年を要すると長期戦の構えだ。焦らず、じっくり、中国の国情にも合った市場経済モデルを模索し、軟着陸しようという考え方だ。
 国有企業についても国民経済の支柱であり、国家の主要財源と改めて位置づけた。改革の中で私物化されかかっていた国有資産の保全を図ろうともしている。大半が赤字体質の国有企業改革については、国家による持ち株会社制度など新しい実験も始めようとしているが、同時に改革は数年がかりでやるという。
 昨年の報告にはなかった「長期赤字企業の破産」をちらつかせているのはショック効果を狙ったのかもしれない。実際には黒字だが税金対策で赤字決算する企業も増えているからだ。
 これまでの国有企業依存型の社会保障制度に代わる新しい社会保障システムが確立されるまでは、失業者の増加は天安門事件より深刻な動乱の原因になりかねない。失業者が増えれば西側諸国でも社会は不安定になる。
 このほか税制改革では高額所得者からの徴税に重点を置くこと、発展に取り残された中西部、少数民族地区への支援を強化することをこれまでになく強調しており、格差是正の姿勢を鮮明にした。トウ小平氏の「先に一部の地域、人々を豊かにする」政策の事実上の修正といえる。
 二十一世紀までのあと五年間、中国が「ポストトウ小平時代」の過渡期を無事に乗り切り、着実に安定して発展していくことは、周辺諸国にとっても好ましい。その意味では李鵬報告が示す安定成長、穏健改革路線は積極的に評価してよい。
 ただし懸念材料がないわけではない。軍による海洋権益の防衛を改めて宣言したことだ。昨年の報告にはなかった表現だ。ベトナムやフィリピンなど周辺諸国と領有権を争う南沙(スプラトリー)諸島問題を念頭に置いているのだとすれば時代に逆行する動きというしかない。
 中国のかねての主張である「論争棚上げ・共同開発」の早期実現に向けて外交努力を急ぐべきだ。
 
 
 
 
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