1994/03/16 毎日新聞朝刊
[社説]米中関係 「ノー」と言った中国の狙い
今年六月で期限が切れる対中最恵国待遇(MFN)の延長と引き換えに、中国から人権問題で譲歩を引き出そうとしたクリストファー米国務長官の試みは、どうやら空振りに終わったようだ。
同長官が手に入れたのは▽刑務所で作られた製品の対米輸出を禁じた米中覚書の実施に関する合意▽米側の宣伝放送「VOA(米国の声)」に対する電波妨害の調査▽二百三十五人の政治犯に関する詳細な資料▽チベット人の服役者百六人に関する情報提供の約束――だけだ。
中国側はクリストファー訪中に先立ち、最近再び活発に動き始めた民主化運動の活動家十数人を一時連行、複数政党制を呼びかける「平和憲章」に署名した弁護士の周国強氏ら三人を拘束した。最高実力者のトウ小平氏を批判、十五年の刑に服し、昨年九月に仮釈放された魏京生氏も一時連行された。
自分の鼻先での活動家の拘束に憤り、MFN取り消しをほのめかすクリストファー長官に李鵬首相は「困るのは米国ではないか」と皮肉り、銭其シン外相は米国務次官補が最近、魏京生氏と会談したことを「内政干渉」と非難した。
中国が断固「ノー」と言ったのには、それなりの理由がある。人権問題とMFNを結びつけるやり方については米国内でも疑問の声が上がっている。特に米経済界には、来世紀には世界最大の市場になる中国に欧州の企業がなだれを打って進出しているのに、米国だけが取り残されるのではないかとの焦りが強い。
クリントン政権内部にも「経済改革と貿易こそ中国の政治変革を促す原動力」(ベンツェン財務長官)との異論がある。従来から人権問題を重視してきた米議会内でも「MFN取り消しは中国の改革の進展を妨げかねない」との懸念の声が上がり始めた。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題を解決するためにも中国の協力が必要だと考える議会指導者もいる。対米協調路線を主張してきたトウ小平氏の健康が最近急速に衰えてきたことも、中国側の姿勢に影響しているようだ。
もっともMFN取り消しで被害を受けるのは中国も同じだ。中国が今回譲歩しなかった最大の理由は、クリントン大統領がMFN延長の可否を決める六月までまだ間があるからだろう。あまり早く譲歩すれば、新たな譲歩を迫られかねない。
クリントン政権が最近強調している人権問題のハードルは実は随分低くなっている。「絶対的な条件」は(1)政治犯の出国許可(2)刑務所労働問題の二点だけともいう。中国当局にとっては、反体制活動家は出国させた方が面倒が少ない。刑務所製品の問題はブッシュ前政権時代から協力する姿勢を見せている。
中国が二十一世紀に向け安定して発展していくことは、周辺諸国にとっても好ましい。経済レベルが徐々に底上げされ、教育レベルが上がれば、政治の民主化も進むことは、韓国や台湾の例が示している。
五年前の天安門事件があれほどの騒ぎになった根本原因は、急進的な経済改革でインフレが高進し、所得格差、地域格差が広がり、一部の党・政府官僚が権力で私服を肥やしたために、庶民の不公平感が強まったからだった。
国有企業改革で企業の倒産、失業者が増えるなど、中国社会の矛盾はその後さらに深まっている。民主化運動活動家の拘束などより、矛盾を激化させないことが必要だ。
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