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表紙・イラスト 中内 渚(HP: http://www.oceandictionary.net/~nagisa-n/
特集
若者の不安と自信
 雇用状況が改善しつつあるといわれるが、若者の雇用はさらに深刻化し、この1年間にフリーターは8万人増えている。それと並行して学校にも通わず、職業訓練も受けず、仕事にも就こうとしない、いわゆるニー卜(NEET=Not in Education, Employment, or Training)と呼ばれる若者が急増(厚生労働省ではニートという名称を使わず「無業者」として52万人と集計)していることも明らかになった。このような不安定な生活のもとで、多くの若者は「自信」や「希望」をなくし、言い知れない不安を抱えている―。
 
 
 かつて、若者は将来に希望をもつことができた。それは、「豊かな家庭生活を築く」という夢が多くの人によって到達可能なものと感じられたからだ。しかし、今若者の多くは生活の不安に晒されながら「負け組」としてその日を暮らしている。日本社会は将来に希望が持てる人と、将来に絶望している人に分裂していくプロセスに入っているのではないか。私はこれを「希望格差社会」と名付けている。一見、日本社会は今でも経済的に豊かで平等な社会に見える。しかし、豊かな生活の裏側で進行しているのが、希望格差の拡大なのである。
山田昌弘
 
 
希望格差社会
 おことわり 掲載した記事は、山田昌弘氏の著書『希望格差社会−「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(筑摩書房)からご本人の了解のもと抜粋・要約したものです。紙面の関係で本書の主旨を十分伝えきれなかったことをお断りいたします。詳しい内容は著書をご覧ください。
 
不安定化する日本社会
 私は、家族社会学の視点から約5年間、日本社会を調査、研究してきた。その中で、1990年を境として、家族をめぐる社会状況がめまぐるしく変化していくのを実感した。少子化の原因を調査する中では「パラサイト・シングル」(親に基本的生活を依存しながらリッチに生活を楽しむ独身者)という存在を見出した。親と同居する成人した未婚者(すべてがパラサイト・シングルではない)は、2000年の国勢調査によると1千200万人いる(20-39歳)。いわゆる「フリーター」(未婚若年のアルバイト雇用者)は200万人を突破しており、失業中の若者、未婚の派遣社員を入れれば400万人を越す。また、大学・高校卒の未就職は共に最悪の記録を更新中である。引きこもって社会との関わりをもたないでいる青少年は50万人以上いるとされる。
 それだけでなく、普通に就職し、結婚し、子育てをする人々のなかでも、将来生活に不安を感じる人が増えている。私たちが行った調査によると、将来自分の生活が「今より良くなる」と考える若者(25-34歳)の割合はわずか15%前後に過ぎず、40%の若者が「豊かでなくなっている」と答えている(表1)。私はこの生活の不安定化プロセスを「リスク化」「二極化」という二つのキーワードで捉えることができると考えている。
 
表1 将来日本は経済的にどうなるか
出所:山田昌宏『若者の将来設計における子育てリスク意識の研究』(厚生労働省科学研究費補助金、平成14-15年、総合研究報告書)
 
リスク化と二極化
 「リスク化」とは、いままで安全、安心と思われていた日常生活が、リスクを伴ったものになる傾向を意味する。昔なら、男性で大学に行けば上場企業のホワイトカラーの職につけた。大企業に勤めれば、終身雇用を望むことができた。そして、厚生年金でゆとりある老後生活が保証されていた。しかし、今では、大学を出てもフリーターにしかなれない若者もいるし、大企業に入社しても、倒産や解雇と無縁ではいられない。家族関係にも同様の不安定さが生じている。結婚したくてもできない人が増える。また、結婚したからといって、その関係が一生続くとは限らない。更に、年金財政の破綻が懸念され、老後にゆとりのある人生が送れるかどうかという不安がふくらんでいる。この将来の不確実性が増していく状況を、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックは、「リスク社会の到来」と呼んだ。これから、日本社会も本格的にリスク社会に向かうことは、明らかである。(ここではリスクとは「何かを選択するときに起こる可能性がある危険」という意味で使う)
 もう一つのキーワード、「二極化」とは、戦後縮小に向かっていた様々な格差が、拡大に向かうことをいう。戦後日本社会は、「中流社会」と言われるように、多くの人が「中流」の意識をもち、大きな格差を感じることなく生活することができた。アメリカでは1980年頃から、日本でも1990年半ば頃から、多くの論者によって中流社会の崩壊、格差の再拡大が始まっていると論じられてきた。それを端的な言葉で表したものが、「勝ち組、負け組」という言葉であろう。バブル崩壊後、優良企業と倒産の危機に陥る企業に分かれていく様相を示したこの言葉が、生活のあらゆる領域に当てはめられるようになっているのが現在の状況である。







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