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沖ノ鳥島の現状と再生
東京大学大学院 理学研究科地球惑星科学専攻 助教授 茅根 創
1. 沖ノ鳥島の「何を」再生するのか
 「沖ノ鳥島の再生」と言う際に、沖ノ鳥島の「何を」再生するのかを明確にする必要がある。高潮位以上に頭を出す数m2の「島」の再生なのか、東西4.5km、南北1.7kmの「サンゴ礁」の再生なのか。サンゴ礁と言った場合、生物としてのサンゴ群集なのか、地質構造としてのサンゴ礁なのか、地形としてのサンゴ礁なのか。それぞれの形成・維持に働くプロセスは、相互に深く関連しているが、異なっている。
 これを混同したまま、再生をはかろうとすると、数千万年の地質時代を通じて水没しつつあるという「地質」的な特徴に基づいて、実際に立てられる維持策は島の周りをコンクリートで固めるといったちぐはぐなことになってしまう。地質構造は沖ノ鳥島が卓礁であるという基本的なバックグラウンドの理解のためには重要であるが、それ以上の意味はない。実際、地質的な水没速度は1cm/100年以下で、これはサンゴ礁の情報への堆積速度20-40cm/100年や、今世紀の海面上昇速度40cm/100年より一桁小さい。
 
2. 地形としてのサンゴ礁
 沖ノ鳥島は、低潮位に干出する「礁嶺」と、その内側に最大水深5.5mの凹地「礁池」を持つ卓礁である。(図1)礁嶺は一般的には、後氷期(1万8千年前の氷期に海面が100m以上低下した後、温暖化に伴って1万5千年前から6千年前まで海面が急激に(最大数m/100年)上昇して、ほぼ現海面に達して安定した)の安定した海面に、サンゴ礁が追いついて形成された。形成年代は7千年前から3千年前までの間である。礁嶺を作るサンゴは、砕波にも耐えられる指状ミドリイシ類で、地形としての上方堆積速度は、20-40cm/100年である。これは琉球列島のサンゴ礁の一般的な形成過程であるが、沖ノ鳥島においても実際にボーリング調査によって確認することが必須である。
 サンゴ礁地形の中で、もっとも重要なのはこの礁嶺である。礁嶺は、自然の防波堤を作るとともに、生物の生息の場を創成する。サンゴや有孔虫など、後で述べる島の構成物である生物の石灰質骨格を生産する場でもある。
 
3. 「島」の形成・維持機構
 サンゴ礁は、低潮位すれすれまでに作られる平坦面だから、サンゴ礁が高潮位以上に作られることはない。高潮位より上に島が形成される要因は、以下の3通りである。
(1)過去の高海面時に、現在の高潮位より上までサンゴ礁が作られ、その後浸食されてその一部が削り残された。この場合、島は基部のサンゴ礁とつながる根付きである。
(2)津波や台風の際にサンゴ礫が打ち上げられて作られた。
(3)通常の波浪条件で漂砂によって島を作られる。
 沖ノ鳥島には、1933年には現在の北小島、東小島のほかに4つの島があり、1952年〜1980年頃まではそのうちの3つが残っていたとされる。このように数十年の時間スケールで消失することから、私は沖ノ鳥島調査まで、これらの島は根付き(形成要因1)ではなく打ち上げられた巨礫(形成要因2)ではないかと考えていた。
 しかし、防波堤構築前の東小島の海中写真を見ると、島は根付きのように見える(図2)。また、1933年の北小島らしき写真にははっきりと現在のサンゴ礁礁原につながる柄が見えている(図3)。北小島は、元来根付きだったものが、柄部が侵食によって削られてしまったのではないかと、現在は推測している。
 過去の高海面としては、6,000年前に中部太平洋全域で海面が1〜2m、最後の氷期の前の温暖期である12万年前には2〜5m高かったことがわかっている。こうした時期に、現海面より上に作られたサンゴ礁が海面低下によって離水して、現在のサンゴ礁や島の基盤を作っている例は、太平洋のサンゴ礁ではごく普通に見られる。
 環礁の島々で重要なプロセスは、3の通常の波浪による漂砂である。漂砂のもととなる砂は、河川のない環礁ではサンゴ礁の生物の作る石灰質の殻である。環礁の島(州島)は、幅数100m、標高が最大2〜3mと低平である(図4、5)。州島の海側は、リッジになっていることが多いが、これは台風などの暴浪時のサンゴ礫(径数10cm)の打ち上げである。ツヴァルのフナフチ環礁では1972年10月の台風通過に伴って、高さ4m(島でもっとも標高が高い)のリッジが19kmにわたって一晩で形成された。(形成要因2)
 しかし、島の本体部分を作るのは、径が1mmから数mmの小さな砂粒である。これは、サンゴや貝の破片、有孔虫の殻など生物の石灰質骨格と殻である。とくに島の構成物としては有孔虫殻が重要な役割を果たす。有孔虫は、海藻などに付着しているだけなので、死後は波などで流される(図5)。大きさが径1mm程度とそろっているため、流れの場の条件である場所に堆積しやすく、島を作りやすいのである。州島によっては、ほとんど有孔虫殻だけからなる島もあるほどである。有孔虫の生息の場は、礁嶺の低潮位時には干出するような高まりである。低潮位時には干出するため、サンゴは生息できず、岩盤が丈の低い芝草状の藻類に覆われており、それに有孔虫が付着するのである。
 
4. 島の保全と海面上昇
 ここで最初の質問に戻って、沖ノ鳥島の「何を」再生するのかを考えてみよう。数年から100年の時間スケールで沖ノ鳥島の再生を考える場合、重要なのは、地形としてのサンゴ礁と、(それが法的に重要なのであれば)高潮位以上に顔を出す「島」の維持と再生である。どちらの形成・維持過程にも、生物プロセスが重要であるが、サンゴ礁の形成にはミドリイシが、島の形成にはサンゴとともに有孔虫が重要であることがわかった。
 これまでの沖ノ鳥島の保全策を見てみると、「物理的侵食に対して島を守る」という視点からのみ行われてきたことがわかる。私はこれまで、こうした対策を一面的であると批判してきた。しかし今回、実際に現場に行き、また図2、3のような島の現状を知って、緊急対策としてはこうせざるを得なかったことを納得させられた。しかし、数十年というより長期的な視点で見て、この方策は本当に有効だろうか。
 この保全策の第一の問題点は、島を守ることだけに目的が特化しており、サンゴ礁の維持については何ら考慮されていないことである。サンゴ礁の生物過程が島の維持にも重要であるという視点もない。第2の問題点は、考慮されているのが物理的侵食だけであるということである。石灰岩の島に働く侵食営力は、物理・化学・生物がそれぞれ1:1:1だとうことがわかっている。化学侵食とは雨水による石灰岩の溶食、生物侵食とはウニや貝などが石灰岩を削り取るものである。防波堤は波による侵食から島を守ることはできても潮間帯の位置を安定化させることによって、化学・生物侵食はかえって強めてしまう可能性が高い。どちらの侵食も潮間帯で活発に働くからである。このことはパラオの外洋から隔てられたラグーンの島々が潮間帯の位置で深くえぐれた茸状になっていることからも明白である。
 第3の、そしてもっとも重大な問題は、今世紀の海面上昇である。地球温暖化に伴って、今世紀中に海面が20-70cmの範囲で上昇することが予測されている(図6)。予測の中央値は40cmである。現在の島が高潮位より上にでている高さは20cm前後ときいた。もしそうであるならば、いくら防波堤を築いても、今世紀後半に島は水没してしまう。
 
5. 沖ノ鳥島の生態工学的再生の提案
 自然の力で、地形としてのサンゴ礁と、島を再生することは可能だろうか。そのためには、生物過程が重要であることはすでに述べたとおりである。沖ノ鳥島は、孤島であるという生物地理的条件から、生物の多様性がきわめて低い。地形としてのサンゴ礁を作るミドリイシも、島を作ることが期待される有孔虫も、沖ノ鳥島にはきわめて少ないらしい。もしそうであるならば、島とサンゴ礁の再生のためには、自然に任せるだけではだめで、自然の力を手助けしてやることが、どうしても必要である。またそれは、あくまで手助けであり、本来の再生力を促してやるもの以上であってはならない。
 
 こうした生態工学的再生のためには、先ずこうした視点の元での実態解明が必須である(図7)。確かにこれまでも島とサンゴ礁の地形、地質、生物調査は行われているが、それぞれの過程の相互関係と、それが島とサンゴ礁の形成・維持機構とどのように関わるかという視点が欠けていた。島の再生のためには、鍵となるサンゴや有孔虫の分布と生産量、生息場に関する情報と地形の詳細調査を基礎として、同島の波浪条件に対応したサンゴ礁上の流れの場を解析することが必要である。サンゴ礁地形もサンゴなど現在の生物分布との関係で、その形成過程を多点浅層ボーリング調査によって地形・生態的な視点から明らかにしなければならない。
 こうした実態解明に基づいて、島とサンゴ礁の生態工学的再生技術を開発する(図8)。その際にもし鍵となる生物が不足していたら、適切な種類の生物を適切な場に導入してやる必要がある。そのためのサンゴと有孔虫の種苗・移植技術が開発すべき要素技術になる。さらに生産された石灰質骨格と殻を適切な場に集め島を創成するために、最小限の流れの場の制御が必要である。島の創成は、環礁州島の例を参考に、適切な礁嶺上がのぞましいのではないかと考えている。
 島の生態工学的再生技術を沖ノ鳥島で確立することができれば、その成果は水没しつつある環礁の島々に、直接適用することができる。現在世界には500近い環礁があり、そのうちの400程度が太平洋に分布する(図9)。マーシャル諸島共和国、キリバス、ツヴァルなど、国土のほとんどが環礁だけからなる国々もある。こうした国々では、国土は州島だけであるから、地球温暖化に伴う海面上昇による水没の危機にある。本技術は、そうした国々に直接適用でき、我が国が太平洋海域で環境問題の対策についてリーダーシップをとるきっかけを提供してくれるだろう。
 
謝辞
 本稿は、沖ノ鳥島視察後、SOF海洋政策研究所海洋フォーラムにおいて講演した内容の要旨である。視察参加の機会を与えて下さった日本財団、ならびに講演の機会を与えて下さったSOF海洋政策研究所に深く感謝します。また、本レポートでの提案が実現することを、心から願っています。







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