第三 結核患者に対する適正な医療の提供のための施策に関する事項
一 結核に係る医療提供の考え方
1 結核患者に対して, 早期に適正な医療を提供し, 疾患を治癒させること及び周囲への結核のまん延を防止することを結核に係る医療提供に関する施策の基本とする。
2 結核の治療に当たっては, 適正な医療が提供されない場合, 疾患の治癒が阻害されるのみならず, 治療が困難な多剤耐性結核の発生に至る可能性がある。このため, 適正な医療が提供されることは, 公衆衛生上も極めて重要であり, 結核に係る適正な医療について医療機関への周知を行う必要がある。
3 医療現場においては, 結核に係る医療は特殊なものではなく, まん延の防止を担保しながら一般の医療の延長線上で行われるべきであるとの認識の下, 良質かつ適正な医療の提供が行われるべきである。このため, 指定医療機関においては, 結核患者に対して, 特に隔離の必要な期間は, 結核のまん延の防止のための措置を採った上で, 患者の負う心理的重圧にも配慮しつつ, 療養のために必要な対応に努めるとともに, 隔離の不要な結核患者に対しては, 結核以外の患者と同様の療養環境において医療を提供する必要がある。また, 患者に薬物療法を含めた治療の必要性について十分に説明し, 理解及び同意を得て治療を行うことが重要である。
二 結核の治療を行う上での服薬確認の位置付け
1 世界保健機関は, 結核の早期制圧を目指して, 直接服薬確認を基本とした包括的な治療戦略(DOTS戦略)を提唱しており, 現在までに世界各地でこの戦略の有効性が証明されている。我が国においても, これまで成果をあげてきた結核に係る医療の供給基盤等を有効に活用しつつ, 服薬確認を軸とした患者支援, 治療成績の評価等を含む包括的な結核対策を構築し, 人権に配慮しながら, これを推進することとする。
2 国及び地方公共団体においては, 服薬確認を軸とした患者支援を全国的に普及・推進していくに当たって, 先進的な地域における取組も参考にしつつ, 保健所, 医療機関, 福祉部局, 薬局等の関係機関との連携及び保健師, 看護師, 薬剤師等の複数職種の連携により, 積極的な活動が実施されるよう, 適切に評価及び技術的助言を行うこととする。
3 保健所においては, 地域の医療機関, 薬局等との連携の下に服薬確認を軸とした患者支援を実施するため, 積極的に調整を行うとともに, 地域の状況を勘案し, 特に外来での直接服薬確認が必要な場合には, 保健所自らも直接服薬確認を軸とした患者支援の拠点として直接服薬確認の場を提供することも検討すべきである。
4 医師等及び保健所長は, 結核の治療の基本は薬物治療の完遂であることを理解し, 患者に対し服薬確認についての説明を行い, 患者の十分な同意を得た上で, 入院中はもとより, 退院後も治療が確実に継続されるよう, 医療機関等と保健所等が連携して, 人権に配慮しながら, 服薬確認を軸とした患者支援を実施できる体制を構築することが重要である。
三 その他結核に係る医療の提供のための体制
1 結核患者に係る医療は, 指定医療機関のみで提供されるものではなく, 一般の医療機関においても提供されることがあることに留意する必要がある。すなわち, 結核患者が, 最初に診察を受ける医療機関は, 多くの場合一般の医療機関であるため, 一般の医療機関においても, 国及び都道府県等から公表された結核に関する情報について積極的に把握し, 同時に医療機関内において結核のまん延の防止のために必要な措置を講ずることが重要である。
2 指定医療機関においては, 重篤な他疾患合併患者等については一般病床等において結核治療が行われることもあり, また, 結核病床と一般病床を一つの看護単位として治療に当たる場合もあることから, 国の定める施設基準・診療機能の基準等に基づき, 適切な医療提供体制を維持及び構築することとする。
3 医療機関及び民間の検査機関においては, 外部機関によって行われる系統的な結核菌検査の精度管理体制を構築すること等により, 結核患者の診断のための結核菌検査の精度を適正に保つ必要がある。
4 一般の医療機関における結核患者への適正な医療の提供が確保されるよう, 都道府県等においては, 医療関係団体と緊密な連携を図ることが重要である。
5 障害等により行動制限のある高齢者等の治療について, 患者の日常生活にかんがみ, 接触範囲等が非常に限られる場合において, 医療機関は, 入院治療以外の医療の提供についても適宜検討すべきである。
四 予防計画を策定するに当たっての留意点
予防計画において, 地域の実情に即した結核患者に対する適正な医療の提供のための施策に関する事項を定めるに当たっては, 一から三まで及び第一の八に定める事項を踏まえるとともに, 特に, 次に掲げる事項について規定することが望ましい。
1 結核に係る医療の提供の考え方
2 当該都道府県の実情に即した, 服薬確認を軸とした患者支援の実施方法に関する事項
3 平時及び患者発生後の対応時における一般の医療機関における結核の患者に対する医療の提供に関する事項
4 医療機関等と保健所の連携に関する事項
第四 結核に関する研究の推進に関する事項
一 結核に関する調査及び研究に関する基本的な考え方
結核対策は, 科学的な知見に基づいて推進されるべきであることから, 結核に関する調査及び研究は, 結核対策の基本となるべきものである。このため, 国としても, 必要な調査及び研究の方向性の提示, 海外の研究機関等も含めた関係機関との連携の確保, 調査及び研究に携わる人材の育成等の取組を通じて, 調査及び研究を積極的に推進することとする。
二 結核発生動向調査の体制等の充実強化
結核の発生状況は, 法による届出や入退院報告, 医療費公費負担申請等を基にした発生動向調査により把握されている。結核の発生動向情報は, まん延状況の監視情報のほか, 発見方法, 発見の遅れ, 診断の質, 治療の内容や成功率, 入院期間等の結核対策評価に関する重要な情報を含むものであるため, 都道府県等は, 地方結核・感染症サーベイランス委員会の定期的な開催や, 発生動向調査のデータ処理に従事する職員の研修等を通じて, 確実な情報の把握及び処理その他精度の向上に努める必要がある。
三 国における結核に関する調査及び研究の推進
国は, 全国規模の調査や高度な検査技術等を必要とする研究, 結核菌等を迅速かつ簡便に検出する検査法の開発のための研究, 多剤耐性結核の治療法等の開発のための研究等の結核対策に直接結びつく応用研究を推進し, 海外及び民間との積極的な連携や地方公共団体における調査及び研究の支援を進めることが重要である。
四 地方公共団体における調査及び研究の推進
地方公共団体における調査及び研究の推進に当たっては, 保健所と都道府県等の関係部局が連携を図りつつ, 計画的に取り組むことが重要である。また, 保健所においては, 地域における結核対策の中核的機関との位置付けから, 結核対策に必要な疫学的な調査及び研究を進め, 地域の結核対策の質の向上に努めるとともに, 地域における総合的な結核の情報の発信拠点としての役割を果たしていくことが重要である。
第五 結核に係る医療のための医薬品の研究開発の推進に関する事項
一 結核に係る医療のための医薬品の研究開発の推進に関する考え方
1 抗菌薬等の結核に係る医薬品は, 結核の予防や結核患者に対する適正な医療の提供に不可欠なものであり, これらの研究開発は, 国と民間が相互に連携を図って進めていくことが重要である。
2 このため, 国においては, 結核に係る医療のために必要な医薬品に関する研究開発を推進していくとともに, 民間においてもこのような医薬品の研究開発が適切に推進されるよう必要な支援を行うこととする。
二 国における研究開発の推進
1 国においては, 資金力や技術力の面で民間では研究開発が困難な医薬品等について, 必要な支援に努めることとする。特に, 現状では治療が困難な多剤耐性結核患者の治療法等新たな抗結核薬の開発等についても, 引き続き調査研究に取り組んでいくこととする。
2 なお, これらの研究開発に当たっては, 抗結核薬等の副作用の減少等, 安全性の向上にも配慮することとする。
三 民間における研究開発の推進
医薬品の研究開発は, 結核の発生の予防及びそのまん延の防止に資するものであるとの観点から, 製薬企業等においても, その能力に応じて推進されることが望ましい。
第六 結核の予防に関する人材の養成に関する事項
一 人材の養成に関する基本的な考え方
結核患者の七割以上が医療機関の受診で発見されている一方で, 結核に関する知見を十分に有する医師が少なくなっている現状を踏まえ, 結核の早期の確実な診断のために, 国及び都道府県等は, 結核に関する幅広い知識や研究成果の医療現場への普及等の役割を担うことができる人材の養成を行うこととする。また, 大学医学部を始めとする, 医師等の医療関係職種の養成課程等においても, 結核に関する教育等を通じて, 医師等の医療関係職種の間での結核に関する知識の浸透に努めることが求められる。
二 国における結核に関する人材の養成
1 国は, 結核に関する最新の臨床知識及び技能の修得並びに新たな結核対策における医療機関の役割について認識を深めることを目的として, 指定医療機関の医師はもとより, 一般の医療機関の医師, 薬剤師, 診療放射線技師, 保健師, 助産師, 看護師, 准看護師, 臨床検査技師等に対する研修に関しても必要な支援を行っていくこととする。
2 国は, 結核行政の第一線に立つ職員の資質を向上させ, 結核対策を効果的に進めていくため, 保健所及び地方衛生研究所等の職員に対する研修の支援に関して, 検討を加えつつ適切に行っていくこととする。
三 都道府県等における結核に関する人材の養成
都道府県等は, 結核に関する研修会に保健所及び地方衛生研究所等の職員を積極的に派遣するとともに, 都道府県等が結核に関する講習会等を開催すること等により保健所及び地方衛生研究所等の職員に対する研修の充実を図ることが重要である。さらに, これらにより得られた結核に関する知見を保健所等において活用することが重要である。また, 指定医療機関においては, その勤務する医師の能力の向上のための研修等を実施するとともに, 医師会等の医療関係団体においては, 会員等に対して結核に関する情報提供及び研修を行うことが重要である。
四 予防計画を策定するに当たっての留意点
予防計画において, 結核の予防に関する人材の養成に関する事項を定めるに当たっては, 一から三まで及び第一の八に定める事項を踏まえるとともに, 特に, 次に掲げる事項について規定することが望ましい。
1 国及び都道府県が行う研修への保健所等の職員の参加に係る計画に関する事項
2 研修により得られた知見の活用に係る計画に関する事項
第七 結核に関する啓発及び知講の普及並びに結核患者の人権の配慮に関する事項
一 結核に関する啓発及び知識の普及並びに結核患者の人権の配慮に関する基本的な考え方
1 国及び地方公共団体においては, 結核に関する適切な情報の公表, 正しい知識の普及等を行うことが重要である。また, 結核のまん延の防止のための措置を講ずるに当たっては, 人権への配慮に留意することとする。
2 保健所においては, 地域における結核対策の中核的機関として, 結核についての情報提供, 相談等を行う必要がある。
3 医師その他の医療関係者においては, 患者等への十分な説明と同意に基づいた医療を提供することが重要である。
4 国民においては, 結核について正しい知識を持ち, 自らが感染予防に努めるとともに, 結核患者が差別や偏見を受けることがないよう配慮することが重要である。
第八 その他結核の予防の推進に関する重要事項
一 施設内(院内)感染の防止
1 病院等の医療機関においては, 適切な医学的管理下にあるものの, その性質上, 患者及び従事者には結核感染の機会が潜んでおり, かつ実際の感染事例も少なくないという現状にかんがみ, 院内感染対策委員会等を中心に院内感染の防止並びに発生時の感染源及び感染経路調査等に取り組むことが重要である。また, 実際に行っている対策及び発生時の対応に関する情報について, 都道府県等や他の施設に提供することにより, その共有化を図ることが望ましい。
2 学校, 社会福祉施設, 学習塾等において結核が発生し, 及びまん延しないよう, 都道府県等にあっては, 施設内感染の予防に関する最新の医学的知見等を踏まえた情報をこれらの施設の管理者に適切に提供することが重要である。
3 都道府県等は, 結核の発生の予防及びそのまん延の防止を目的に, 施設内(院内)感染に関する情報や研究の成果を, 医師会等の関係団体等の協力を得つつ, 病院等, 学校, 社会福祉施設, 学習塾等の関係者に普及していくことが重要である。また, これらの施設の管理者にあっては, 提供された情報に基づき, 必要な措置を講ずるとともに, 普段からの施設内(院内)の患者, 生徒, 収容されている者及び職員の健康管理等により, 患者が早期に発見されるように努めることが重要である。外来患者やデイケア等を利用する通所者に対しても, 十分な配慮がなされることが望ましい。
二 小児結核対策
結核感染危険率の減少を反映して, 小児結核においても著しい改善が認められているが, 小児結核対策を取り巻く状況の変化に伴い, 個別的対応が必要であるとの観点から, 接触者健診の迅速な実施, 化学予防の徹底, 結核診断能力の向上, 小児結核発生動向調査等の充実を図ることが重要である。
三 世界保健機関等への協力
1 アフリカやアジア地域においては, 後天性免疫不全症候群の流行の影響や結核対策の失敗からくる多剤耐性結核の増加等により, 現在もなお結核対策が政策上重要な位置を占めている国及び地域が多い。世界保健機関等と協力し, これらの国の結核対策を推進することは, 国際保健水準の向上に貢献するのみならず, 在日外国人の結核のり患率の低下にも寄与することから, 我が国の結核対策の延長上の問題としてとらえられるものである。したがって, 国は世界保健機関等と連携しながら, 国際的な取組を積極的に行っていくこととする。
2 国は政府開発援助による二国間協力事業により, 途上国の結核対策のための人材の養成や研究の推進を図るとともに, これらの国との研究協力関係の構築や情報の共有に努めることとする。
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