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1989/01/11 読売新聞朝刊
[天皇をみつめる世界](4)アメリカ 日本人の「変化」に注目(連載)
◆無知から起こる警戒感も◆
 昨年十二月上旬、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、USAツデーなど米主要六紙に、昭和天皇の病状が悪化した九月下旬以来、天皇陛下や天皇制に関して読者からどれだけ投書が届いたかを問い合わせたところ、ニューヨーク・タイムズの数通を除き、いずれもゼロという答えが返って来た。
 これはしかし、米国民が日本の天皇に無関心であることを必ずしも意味しない。
 米南部を最近、かけ足で旅行したコロンビア大学(ニューヨーク)のキャロル・グラック教授(日本史)は、人々の関心の高さに目を見張った。「実に多くの人が新聞を読み、テレビを見ているんですね」。ただし、彼らの関心は昭和天皇や新天皇、天皇制自体にあるのではなく、天皇が代わることに伴って日本に起きるかもしれない「変化」にあった。「新天皇の時代になれば、日本はどうなるのか」「日本は変わるのか」といった質問が圧倒的に多かったという。
 昭和天皇の病状悪化から崩御に至るまでの日本人の反応ぶり、皇居二重橋前で回復を祈り続けた人々の姿や、新天皇の即位後の儀式手続きなどを紹介したアメリカの「天皇報道」は、それぞれ事実を伝えてはいるのだが、「日本のナショナリズム」や「アメリカ人には不可解な日本特有の習慣」に重点を置きすぎるあまり、「天皇が代わっても、憲法上、日本の政治や社会に大きな変化が生じることはない」という点を十分説明し切っていない。
 昭和天皇崩御の際、戦争責任追及のトーンを極力抑え、平和主義者としての立場を強調したニューヨーク・タイムズ紙は八日付の東京特派員電で、専守防衛と象徴天皇制を定めた現行憲法は日本人の主権を制限するものだとする「ナショナリスト」の新たな動きを伝え、「ヒロヒト以降、日本では以前にもましてナショナリズムが気楽に論じられるようになるだろう」と報道した。九日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙も、「皇室の威厳を取り戻すために過激なナショナリストが世論操作に乗り出す懸念も出始めている。日本の歴史では、それが現実になった例は珍しくない」と書いた。
 「天皇が日本国の象徴であり、日々の政治や経済に大きな影響を及ぼす立場にはないことを理解できているアメリカ人は極めて少ない」(グラック教授)現状からすれば、「変化」への関心が強いのは当然なのかもしれない。
 グラック教授の分析によれば、米国民の関心は「日本はどの程度、ナショナリスティックになるのだろうか」という懸念に尽きるという。日米貿易摩擦や最近急増している日本人の米不動産買いあさりなどにより高まりつつある反日感情を背景にしたもので、日本人の多くが象徴天皇を当然のものとして受け入れているのとは全く逆に、アメリカには日米関係の生々しい文脈の中に天皇を取りこんで考える傾向が強い。
 第二次大戦直後、日本駐留軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥の通訳を務めたファウビオン・バワーズ氏(作家)も「アメリカは、英国の王を敵に回して独立を勝ち取った国。我々は王とか皇帝とかには本来、無縁の国民だ。五十代以上の年配の人には、日本の天皇はいまだに『敵国の元首』というイメージが強いし、若い人は全く興味を持たない。要するに、現在の日本の天皇制や天皇についてアメリカ人は全く無知である」と言い切る。
 グラック教授が指摘するのは、この「無知」と、経済摩擦を背景にした対日非難傾向がベースとなって、昭和天皇の大喪や服喪期間、新天皇の即位式などで見られる日本国民の反応がマスコミを通じてアメリカに伝えられた時、誤解を増幅する恐れがあるという点だ。日本人が自然に行う悲しみや敬意の表現が、残念ながら米欧人の目には「ナショナリズム」と結びつきやすく、「日本人は何という国民なのか」との警戒感を呼び起こす可能性があるという。「アメリカ人は、自分たちが日本の天皇制についていかに何も知らないかということを、日本人は、アメリカを含めた外の世界が『象徴天皇』をいかにわかっていないかということを、しっかり理解することこそ重要なのです」。
 天皇制に関する意識の大きなずれは、そのまま、日米相互理解が深層ではほとんど進んでいないことの反映なのだろう。
(ニューヨーク・寺田特派員)
 
 
 
 
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