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(5)国後島・択捉島の鰭脚類・ラッコ調査報告
磯野岳臣・藤井啓
 
国後島・択捉島のトド調査報告
 
【要旨】
 2003年7月12日〜24日、北方四島ビザなし専門家交流として、国後島および択捉島南部においてトドの分布および個体数観察を実施した。その結果、トドは国後島北東に位置する安渡移矢岬付近で遊泳20頭を確認した。また、リカルダ岬においては、7月21日パップ(新生仔)以外を106頭、7月25日糞採取時にパップを36頭確認した。従来の観察方法ではパップのカウントが過小評価される可能性があること、リカルダ岬が極東海域最南端の繁殖場である可能性が示唆された。また、択捉島におけるトド上陸数は、資料のある1963年より急激な減少傾向にあった。
 
【緒言】
 トドはロシア、アメリカで絶滅危惧種に指定されており、北海道への主な来遊起源である千島列島においても1970年代を中心に個体数は激しく減少し、1980年代中頃以降は非常に低い個体数で停滞している(Burkanov 2001)。しかし、択捉島南部に位置するリカルダ岬では、1963年の695頭(Велкин1966)から1992年474頭(極東海獣類研究グループ1994)、そレて2002年の調査では122頭(NPO北の海の動物センター2002)と減少が続いている。今年度のビザなし専門家交流においても、トドの詳細な個体数情報を得るため、択捉島南部および国後島周辺海域において目視観察を行った。
 また、個体の成長や個体数変異、分布などに影響を及ぼす摂餌情報は、1963〜1964年千島列島において胃袋からの食性調査が行われたのみである(Панина1966)。この知見の不足を補うため、リカルダ岬において糞採取を実施し、食性解析に供した。
 
【方法】
 2003年7月12日〜24日、根室船籍のロサ・ルゴサ(478t)からロサ・ルゴサII(47t)に乗り込み、国後島周辺海域および択捉島南部(鳥島〜トド島)の沿岸域を航行した。観察はニコン製8倍双眼鏡およびキャノン製10倍手ぶれ補正つき双眼鏡にて行った。カウントは、性・発育段階毎に区分を行った。具体的には、ハーレムブル:体が顕著に大きく、幅広な頭、巨大な首が見られる個体、オス成獣:ハーレムぶるほどではないが、体が大きく、他のものと区別できる個体、若オス・メス:その他の個体。得られたカウント結果は、千島列島における繁殖場に関する過去の知見とあわせ、個体数動向を観察した。
 糞採取は、カウントを行った後にゴムボートに乗り移り、ほとんどの個体を落水させてから上陸した。上陸後、ケーキベラで糞を採取し、ジプロックに入れて保存した。なお、糞採取時間は、パップへの影響をできるだけ少なくするため、45分の作業時間制限、パップの近辺には近づかないなどの配慮を行った。得られたサンプルは、ロサ・ルゴサに戻ってからは冷凍保存した。
 
【結果(1)】
●結果概要
 国後島および択捉島南部にて調査を行った海域を図1、2で示した。トドの発見は、国後島安渡移矢岬付近において遊泳20頭、択捉島においては、ケンマス漁場付近で上陸1頭、メッカリ崎とベルタルベ崎の間で上陸1頭、リカルダ岬において最大でパップ36頭、パップ以外106頭を確認した。
 
【結果(2)】
●リカルダ岬−上陸の中心の変化−
 2回の糞採取前後を含め、リカルダ岬では計5回のカウントを行った(表2)。
 その結果、最も個体数を多くカウントしたのは第一回目のカウントで、7月21日夕方に106頭をカウントした。リカルダ岬上陸場概略およびトド上陸の中心を図6に示した。カウント後糞採取を実施し、上陸個体のほとんどを降海させて調査を行った。その結果、上陸の中心は変わっていたことを確認した。
 
【結果(3)】
●パップのカウント
 ロサIIから観察を行った結果、パップの数は5〜27頭の幅があった。しかし、糞採取を行っている際、ロシア側研究者(イリーナ氏)がロサIIIにて上陸場に近づいてカウントした結果、36頭を確認した。
 
【結果(4)】
●焼印個体の再発見
 本調査では、全部で7個体の焼印トドを発見した(表3)。このうち6個体はリカルダ岬において確認し、残りの1個体は択捉島ケンマス漁場の近くで確認した。4個体は近隣のブラットチルポエフ島由来であり、2個体がスレドネバ岩礁、1個体がサハリン北部のイオニー島由来であった。
 
【結果(5)】
●トドの糞採取
 7月22日、7月25日、各々61、53個、合計で114個の糞を採取した。糞はロサ・ルゴサにて冷凍保存した後、北大水産へ移送し、高山琢馬(北大水産4年生)が卒論として分析中である。
●威嚇したが落ちなかった
 上陸のためゴムボートでトドを落水させようとしたが、ほとんどの個体は威嚇を頻繁に行い、落水させるには時間がかかった。
 
【考察(1)】
●国後、択捉島の個体数変遷
 千島列島には繁殖場が5ヶ所あり(図3)(Loughlin et al. 1992)、国後島、択捉島は繁殖地ではなく上陸場として位置付けられている。1961年以降、これらの地域におけるトドの個体数調査が行われ(表1)、これらの調査結果から、近年の個体数の動向が明らかである。千島列島繁殖揚全体としては1970年頃から80年代はじめまで急激な減少が起こり、その後、低位で安定傾向が続いている(図4)。
 国後島では、これまでの調査結果においていずれもトドの発見数が極めて少なく、本調査結果もこれらと一致した。
 択捉島においては、1963年、リカルダ岬付近に合計で1,516頭がカウントされている(Belkin 1966)。この報告によると、リカルダ岬と近隣のメッカリ崎にて各々695頭、700頭、この他に北部の潮波鼻に121頭、合計で1,516頭が確認されている。その後の個体数調査では詳細な地名毎の記録がなく、択捉島全体の個体数として調査記録は残っている。今回の調査ではメッカリ崎でトド上陸は観察されなかったが、近年のビザなし専門家交流においても観察されていない。
 本調査では択捉島全範囲を調査できたわけではないが、過去の調査結果と比較した結果、択捉島においては、急激な減少は今も続いており、最も近い繁殖場であるブラットチルポエフ島においても同様の傾向を示している(図5)。千島列島における5つの繁殖場合計数の傾向では、1980年代に減少傾向が緩まり、低位で安定しているように見えるが、北海道に近い千島南部は他の繁殖場と異なる可能性がある。
 
【考察(2)】
●過去の上陸の中心
 上陸の中心が移った原因は糞採取の影響である事は明らかである。また、近年のビザなし専門家交流では、分布の中心は岬先端部であった(小林万里、渡辺有希子 私信)。どのような要因で上陸の中心が移ったのかは不明である。
 
【考察(3)】
●パップのカウント
 パップのカウントを行うには、一般的には実際に上陸し、繁殖場を歩きながらパップのカウントを行っている(eg. カムチャッカ漁業規制局報告書 1995)。本調査では、糞採取のため上陸を行ったが、パップヘの影響を考慮し、パップヘの接近は極力避けた。しかし、ロサIIからの観察のみでは過小評価する可能性があることが明らかになった。これまでの調査結果では、トドのパップカウント数は2000年、2001年、2002年、の各々で1頭、25頭、3頭とごく少数であった(ビザなし専門家交流報告書2000、2001、2002)。これらの調査では、接岸できる程岩場に近づいてカウントしたとのことであるが(小林万里、渡辺有希子私信)、気象、海象条件も含め、詳細な観察条件の検討が必要である。
 極東海獣類研究グループ(1993)では、リカルダ岬にてパップを確認しなかった。しかし、18頭のハーレムブルを確認したため、リカルダ岬が繁殖上である可能性もあるとして、その検証が必要である事を述べている。これまでの調査方法等により、これまでパップのカウント数を過小評価してきたのであれば、リカルダ岬が繁殖場としての可能性、そして、サハリン周辺も含めた極東海域において、最南端の繁殖場である可能性も考えられる。
 
【考察(5)】
●トドの糞採取
 これまで千島列島におけるトドの食性解析は、非常に少なく、Панина(1966)があるのみである。千島列島における個体数推移の要因、もしくは成長量変化(磯野 2000)の要因として、食性解析の結果は重要な知見になると考えられる。
●威嚇したが落ちなかった
 落水させるのに時間がかかった状況は、北海道沿岸の上陸場における知見とは全く異なっていた。北海道沿岸では冬期にトドが来遊し、同時に漁業被害対策として猟銃による駆除が行われている。このため、船舶の上陸場への接近により、トドは容易に上陸場から落水する。択捉島においては、船舶等の接近が稀なため、このような差があるのかもしれない。
 
【今後の調査課題】
 択捉島におけるトドの上陸数は、調査を始めた1963年より減少の一途をたどっており、今後も動向を観察する必要がある。同時に、減少傾向をもたらした要因や繁殖を行う場としての位置付けなど、生態学的なモータリング調査が必要である。
 
謝辞
 本調査は、NPO北の海の動物センター主催の北方四島ビザなし専門家交流として行われた。大泰司紀之会長をはじめ事務の小林万里氏に感謝する。
 
引用文献
 
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