(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年2月23日17時40分
長崎県勝本港南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船天竜丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
23.80メートル |
幅 |
3.82メートル |
深さ |
1.65メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
447キロワット |
回転数 |
毎分1,900 |
3 事実の経過
天竜丸は、昭和63年11月に進水した、いか一本釣り漁業に従事する一層甲板型FRP製漁船で、上甲板のほぼ中央に操舵室、上甲板下部の船首方から順に倉庫、7区画の魚倉、機関室、船員室、操舵機室及び倉庫が配置され、上甲板の左右両舷側にいか釣り機、上方に集魚灯が装備されていた。
機関室は、長さ5.6メートル幅3.7メートル高さ2.4メートルで、上甲板の囲壁左舷側の引き戸から出入りするようになっており、左右両舷側に燃料タンクが据え付けられ、左舷側に充電用直流発電機、散水用海水ポンプ及びいか流し用海水ポンプ、中央部に主機及び逆転減速機、右舷側に操舵機用油圧ポンプ、船首側に集魚灯用交流発電機及び同安定器並びに船尾側に蓄電池、燃料油移送ポンプ及びビルジポンプ等がそれぞれ設置されていた。
主機は、前部の動力取出軸により集魚灯用交流発電機、充電用直流発電機及び操舵機用油圧ポンプを駆動しており、軸系には、逆転減速機を介して中間軸及び長さ3.5メートル外径105ミリメートルの高力黄銅製のプロペラ軸が結合され、船尾管を貫通した同軸により動力がプロペラへ伝達されるようになっていた。
船尾管は、船首及び船尾両側に組み込まれた円筒形の合成ゴム製の軸受がプロペラ軸を支持しており、軸封装置が機関室床板下方の船首側軸受前端部に設けられていた。
船尾管軸封装置は、船尾管に合成ゴム製のダイヤフラムが固定されていて、ダイヤフラム内周にカーボン製のシートリングが取り付けられ、一方プロペラ軸に合成ゴム製のOリング及びステンレス鋼製のシールリングが装着され、シートリングの船首側端面とシールリングのセラミック加工された船尾側端面とが、ウエッジリングで圧着されることにより水密を確保する端面シール構造のもので、機関室への海水の漏洩がほぼ完全に封じられており、このほかに非常用グランドパッキンが付設されていた。また、同装置には、主機冷却海水系統の逆転減速機用潤滑油冷却器出口側から分岐した冷却海水が、取入弁、ゴムホース及び給水弁を介し、前示端面のほか船尾管軸受を潤滑するための給水として導かれていた。
A受審人は、天竜丸の就航時に甲板員として乗り組み、平成3年5月に一級小型船舶操縦士の免許を取得し、同4年2月に船長職を執って以来、操船のほか機関の運転保守にあたり、周年にわたって200日ばかり対馬沖合から能登半島沖合に至る漁場を移動し、操業を行っており、平素、主機の運転中に給気マニホルドのドレンを機関室の船底へ常時排出していたことから、出港前にはビルジ量を確かめ、二日に一回の頻度でビルジポンプを用いてビルジを排出していた。
ところが、船尾管軸封装置は、冷却海水の取入弁がいつしか保護亜鉛屑(くず)等の異物で詰まって給水量が不足し、船尾管船首側軸受の磨耗が進行するに伴い、プロペラ軸軸心が徐々に偏移したことから、水密機能が低下して海水が少しずつ漏洩し、機関室のビルジ量が増加する状況になった。
しかし、A受審人は、同15年1月上旬以降、出港の都度、機関室のビルジの排出が必要になり、ビルジ量が増加する状況を認めた際、これまで船尾管軸封装置は海水が漏洩しなかったことから、主機の給気マニホルドのドレンによるものと思い、機関室床板を取り外すなどして、同装置に対する点検を行わなかったので、海水の漏洩に気付かないまま、操業を繰り返していた。
こうして、天竜丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、船首0.9メートル船尾1.8メートルの喫水をもって、2月23日16時00分長崎県勝本港を発し、同港南西方沖合の漁場に向け、主機を全速力前進の回転数毎分1,900にかけて航行しているうち、船尾管船首側軸受の前示磨耗が進行してプロペラ軸軸心が著しく偏移し、船尾管軸封装置の水密が不良になり、海水が急激に漏洩し始め、同時30分漁場に到着したのち漂泊中、集魚灯用交流発電機が冠水し、同受審人が主機を回転数毎分1,800にかけて集魚灯を点灯するために操舵室でスイッチを入れた際、同灯が点灯しなかったので、不審を覚えて機関室に赴き、17時40分若宮灯台から真方位239度5.0海里の地点において、同室の浸水を発見した。
当時、天候は曇で風力5の北風が吹き、海上は白波が出ていた。
A受審人は、上甲板に置いていた移動式雑用ポンプを用いて機関室の排水を行ったものの、排水がはかどらないまま、僚船に救助を求めた。
天竜丸は、来援した僚船により勝本港に引き付けられ、機関室の浸水が排水された後、精査の結果、主機、逆転減速機、集魚灯用交流発電機、同安定器、充電用直流発電機、蓄電池及び燃料油移送ポンプ等の濡損が判明し、主機及び逆転減速機が洗浄され、他の各機器が新替えされた。
(原因)
本件浸水は、機関室のビルジ量が増加する際、船尾管軸封装置に対する点検が不十分で、船尾管軸受の磨耗が進行してプロペラ軸軸心が著しく偏移し、同装置の水密が不良になったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、操船のほか機関の運転保守にあたり、機関室のビルジ量が増加する状況を認めた場合、海水が船尾管軸封装置から漏洩することがあるから、その漏洩を見逃さないよう、機関室床板を取り外すなどして、同装置に対する点検を行うべき注意義務があった。しかし、同人は、これまで船尾管軸封装置は海水が漏洩しなかったことから、主機の給気マニホルドのドレンによるものと思い、同装置に対する点検を行わなかった職務上の過失により、海水の漏洩に気付かないまま、漁場に向けて航行しているうち、船尾管軸受の磨耗が進行してプロペラ軸軸心が著しく偏移し、同装置の水密が不良になり、海水が急激に漏洩し始め、漁場に到着したのち漂泊中、機関室の浸水を招き、主機、逆転減速機、集魚灯用交流発電機、同安定器、充電用直流発電機、蓄電池及び燃料油移送ポンプ等を濡損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。