(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年7月26日11時45分
岩手県山田港
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船かもめ |
総トン数 |
11トン |
全長 |
13.45メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
297キロワット |
回転数 |
毎分2,200 |
3 事実の経過
かもめは、昭和58年4月に進水したFRP製の旅客船で、平成9年B株式会社に購入されて以降、毎年7月中旬から8月中旬までの海水浴シーズンは岩手県山田港内の山田漁港と無人島である大島との間で海水浴客の輸送に従事し、それ以外は同県宮古港内の岸壁に係留され、その間は、年10回ほどの臨時の傭船時にのみ、1時間ないし2時間程度の旅客輸送を繰り返していた。
かもめの主機は、いすゞ自動車株式会社製のUM12PB1TC型と称する過給機付4サイクル12シリンダ・V型ディーゼル機関で、軽油を燃料として使用しており、その燃料油系統は、機関室船尾側両舷に設けられた容量各500リットルの燃料油タンクに貯蔵された燃料油が、直接、燃料油1次こし器(以下「1次こし器」という。)に導かれ、同こし器から水分分離器及び主機付きの燃料油2次こし器を経て燃料噴射ポンプに吸引されるようになっていた。
なお、1次こし器は、株式会社高澤製作所製のNT200型と称する、孔が150ミクロンのステンレス製エレメントを内蔵した油水分離型のこし器で、ドレンの溜まり具合が外部から点検できるようにケーシング下部が透明な合成樹脂製になっていたほか、ケーシング上下の蝶ボルトによって空気抜きとドレン抜きが行えるようになっていた。
指定海難関係人B株式会社観光事業部(以下「B」という。)は、同社が所有する3隻の観光船を運航して陸中海岸国立公園内での観光船事業に従事しており、かもめを購入してからは同船の運航及び保守管理も担当していた。
ところが、Bは、購入以降、かもめの燃料油タンクの掃除を行っておらず、また、燃料油こし器の掃除は他の観光船では乗組員が行っていたことから、かもめも同様に乗組員が行っているものと思い、燃料油こし器の整備状況を把握していなかったので、1次こし器が平成9年11月以来掃除されていないことを知らず、整備業者にも乗組員にも同こし器を掃除するよう指示しないまま、かもめの運航を繰り返していた。
一方、A受審人は、昭和50年5月に一級小型船舶操縦士の免許を取得し、自身の所有船に船長として乗り組んで帆立貝の養殖業を自営していたところ、かもめの後任船長を探していたBから同船の運航を依頼されたので、平成12年から海水浴シーズンのみ臨時雇用の船長として同船に乗り組み、雇用時に指示された潤滑油及び燃料油の点検・補給、冷却海水の排出状況の確認並びにビルジ量の点検を行うとともに、ほぼ1週間ごとに燃料油を補給するなどしながら、片航海約13分、1日9往復の運航に従事していた。
ところで、A受審人は、所有船ではペーパーエレメントを内蔵した燃料油こし器を定期的に開放して汚れ具合を点検するなど、燃料油こし器は定期的に点検・掃除が必要なことを認識していたが、かもめの燃料油こし器については、乗船時にBから何も指示がなかったので掃除されているものと思い込み、掃除の有無を確認せず、平成12年の乗船当初から開放して状態を確認しないまま主機の運転を続けていたので、燃料油を補給する度に燃料油タンク底部に堆積していた沈殿物が撹拌され、拡散した沈殿物がその都度1次こし器に吸引されて同こし器エレメントの汚れが進行していたが、このことに気付かなかった。
その後、かもめは、平成14年7月上旬にもBが整備業者に各機器の整備を依頼し、主機の整備の一環として主機付きの燃料油2次こし器は掃除されたが、1次こし器は掃除を依頼していなかったので掃除されぬまま、各機器の整備を終えて山田漁港に回航されたのち、同月20日から山田漁港と大島間で海水浴客の輸送を開始した。更に、同月24日、いつもと同様に第4便と第5便の間の昼休みに燃料油を補給した際、通常より低い油面で燃料油タンクに燃料油を補給したことから、1次こし器が多量に撹拌された同タンク底部の沈殿物を吸引し、同こし器のエレメントの汚れが急速に進行する状況となっていた。
こうして、かもめは、A受審人ほか1人が乗り組み、大島への海水浴客4人を乗せ、船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、翌々26日11時40分第4便として山田漁港の通称山田桟橋を発したのち、防波堤をかわって主機の回転数を毎分950まで上昇させたところ、1次こし器エレメントの抵抗によって燃料噴射ポンプへの燃料油供給量が不足するとともに、同こし器と燃料噴射ポンプとの間が負圧になり、配管の接続部等から空気を吸引して主機の回転計の指針が振れ出し、11時45分山田港東防波堤灯台から真方位297度40メートルの地点において、主機が自然に停止した。
当時、天候は晴で風力2の東南東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、数回主機の始動を試みたものの果たせなかったので、携帯電話で桟橋の係員に事態を連絡したが、海水浴客の強い要望もあり、かつ、かもめが陸方向に流されていたのでそのうちに岸壁に漂着すると判断し、来援した遊漁船に旅客を移乗させて大島への輸送を依頼した。
かもめは、山田桟橋から100メートルほど北側の岸壁に漂着したのち、駆けつけた鉄工所の作業員が燃料油系統の空気抜き等を行ったところ、主機の運転が可能になったので、13時00分から第5便の運航を再開したが、第7便の運航中、14時15分大島の桟橋直前で主機が再び停止し、鉄工所の指示で燃料油系統の空気抜きを行って主機の運転が可能になったものの、主機の回転数を少し下げ、念のため遊漁船に伴走してもらいながら山田漁港に向けて航走していたところ、15時08分主機が三たび停止した。
かもめは、伴走していた遊漁船に曳航されて山田桟橋に着桟後、鉄工所が点検した結果、1次こし器のエレメントが燃料油タンクの沈殿物と思われる粘性の物質で閉塞気味になっているのが判明したので、同こし器を掃除するとともに、後日、同こし器のエレメント及び硬化していた燃料油系統のゴムホースを新替えするなどの修理を行った。
一方、Bは、本件後、事故の再発防止のため、燃料油タンクを掃除して乗組員に定期的にこし器類を掃除するよう指示するとともに、かもめの運航を観光船の乗組員に行わせるなど、整備及び運航体制等について種々の対策を講じた。
(原因)
本件運航阻害は、海水浴シーズンのみの約1箇月間の運航に当たる際、燃料油こし器の点検・掃除が不十分で、1次こし器が汚損して主機が停止したことによって発生したものである。
船舶所有者が、燃料油こし器の整備状況を把握せず、1次こし器の掃除を整備業者あるいは乗組員に行わせていなかったこと、及び燃料油タンクの掃除を長期間行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、臨時雇用の船長として約1箇月間の運航に当たる場合、燃料油こし器の点検・掃除が必要なことを認識していたうえ、同こし器の掃除時期が不明であったから、主機の燃料油系統に異常のないことが確認できるよう、燃料油こし器を点検・掃除すべき注意義務があった。ところが、同人は、Bから何も指示されなかったのでこし器類は掃除されているものと思い込み、燃料油こし器を点検・掃除しなかった職務上の過失により、1次こし器が汚損して主機が停止する事態を招き、かもめの運航を阻害させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
Bが、燃料油こし器の整備状況を把握せず、1次こし器の掃除を整備業者あるいは乗組員に行わせていなかったこと、及び燃料油タンクの掃除を長期間行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
Bに対しては、本件後、燃料油タンクを掃除して乗組員に定期的にこし器類を掃除させるとともに、かもめの運航を観光船の乗組員に行わせるなど、旅客運送会社として本件を真摯に受け止めて、整備及び運航管理体制等について種々の対策を講じ、同種事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。