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平成15年広審第62号
件名

貨物船神栄丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年12月11日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(道前洋志、高橋昭雄、西田克史)

理事官
平野浩三

受審人
A 職名:神栄丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(履歴限定)

損害
機関長が左大腿部動静脈断裂により失血死

原因
経過を明らかにすることができない

主文

 本件乗組員死亡は、機関長が船尾甲板上で着岸準備作業中に左大腿部から多量に出血したことによって発生したものであるが、その経過を明らかにすることができない。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年5月25日07時00分
 愛媛県今治港
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船神栄丸
総トン数 199トン
登録長 55.08メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 551キロワット

3 事実の経過
 神栄丸は、船尾船橋型鋼製貨物船で、A受審人及びいとこである機関長Bが2人で乗り組み、空船のまま、スクラップ積込みの目的で、船首1.1メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、平成14年5月25日04時50分広島県音戸町先奥を発し、愛媛県今治港に向かった。
 ところで、船尾甲板上には、直径36センチメートル(以下「センチ」という。)幅50センチのドラムを備えた係船ウインチ(以下「ウインチ」という。)3台が併設され、中央がケッジアンカー用、左右舷が係船索(以下「ホーサー」という。)用で、各ウインチ船首側に操作レバーが取付けられていた。そして、ホーサーは長さ100メートル直径37ミリメートルの化学繊維製で、その先端にあたるアイ部分の長さが2メートルあり、全量巻き込んだホーサーとウインチ架台との隙間は14.5センチであった。
 A受審人は、船橋当直をB機関長とによる単独3時間ないし4時間の2直制とし、入港する際には、自らが操舵操船に当たり、同機関長には船尾及び船首のホーサーをコイルダウン(以下「コイル」という。)させるなどの着岸準備作業に当たらせており、同人は自らが所有する貨物船で15年間の船長及び機関長職を執って同作業の経験も豊富であった。しかし、単独で同作業に当たることから、作業中に何か不具合が生じたときには速やかにウインチを停止することや船橋への連絡は備え付けのマイクロフォンを活用することなどを指示していた。
 A受審人は、出港操船に引き続いて船橋当直に就き、安芸灘北部を経て来島海峡航路を南下し、06時42分竜神島灯台から270度(真方位、以下同じ。)1.5海里の地点で、針路を149度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけて11.5ノットの速力で進行した。
 B機関長は、出港配置を終えてから船橋で見張りに当たり、06時45分着岸準備作業のためゴム製長靴及びゴム製手袋を着用して船尾に赴き、左舷ウインチの船尾側に立ってホーサーを巻き出し、20メートルばかりコイルして同ウインチを停止した。そして、長径70センチ短径40センチばかりの卵形で、その高さが約30センチとなったホーサーのアイが上側になるように両手でひっくり返した後、右舷ウインチを巻き出し回転として船尾側に立って両手でホーサーを引き出しながら、同ウインチ船尾側約1メートルのところにコイルしていたとき、約17メートル引き出したところでホーサーが食い込んでいたために巻き出しができない状態となった。
 ところが、B機関長は、逆にホーサーを巻き込む状態となったことで、いったん船首側に移動してウインチを停止して、食い込んだ箇所までホーサーを戻すためにレバーを巻き込み回転に操作したか、何とかして食い込みを直そうとして作業に当たっているうち、何らかの理由で左大腿部裂傷を負うに至った。
 こうして、06時55分A受審人は、今治港蔵敷防波堤灯台から017度500メートルの地点に達したとき、B機関長がいつもなら短時間のうちに船尾作業を終えて船首作業に当たるのに、なかなか船首に姿を現さないので不審に思って機関を止め、行きあしが停止するのを待って船尾に赴いたところ、07時00分今治港蔵敷防波堤灯台から150度600メートルの地点において、右舷ウインチの船尾側約1メートルの甲板上に、体を左舷側及び頭部を船首側に向けて横向きに倒れ、左大腿部から多量に出血した状態の同人を発見した。
 当時、天候は晴で風はなく、海上は平穏であった。
 A受審人は、右舷ウインチがホーサーを全量巻き込んで巻き込み回転を続けているのを停止し、携帯電話で救急車の手配を行い、07時10分着岸して病院に搬送したが、B機関長(昭和37年1月10日生)は左大腿部動静脈断裂により失血死した。
 なお、B機関長は、左大腿部以外に顕著な傷及び衣服の損傷はなかった。また、同人が着用していたゴム製左右長靴及び眼鏡が右舷ウインチ船首側甲板上に、並びにゴム製左手袋が同ウインチ船尾側甲板上に散乱しており、同ウインチから船尾ブルワークに至る船尾右舷甲板全般に多量の血痕、同ウインチ架台に船首尾方向へ若干量の線状血痕、同ウインチ船首側甲板に若干量の点状血痕及び右舷ホーサーアイの2箇所に少量の血痕が認められた。

(原因などの考察)
 本件は、機関長が船尾甲板上において着岸準備のため単独でウインチに巻き込んでいたホーサーをコイルする作業中、何らかの理由により左大腿部を負傷して多量に出血して死亡したものである。そこで、その経過について検討する。
 まず、証拠により次の事実が明らかである。
1 機関長は右舷ウインチ船尾側甲板上に体を左舷側及び頭部を船首側に向けて横向きに倒れており、左大腿部以外に顕著な傷及び衣服の損傷はなかった。
2 右舷ウインチから船尾ブルワークに至る船尾右舷甲板全般に多量の血痕、同ウインチ架台に船首尾方向へ若干量の線状血痕、同ウインチ船首側甲板に若干量の点状血痕及び右舷ホー サーアイの2箇所に少量の血痕があった。
3 機関長着用のゴム製左右長靴及び眼鏡が右舷ウインチ船首側甲板上に、並びにゴム製左手袋が同ウインチ船尾側甲板上に散乱していた。
4 右舷ウインチ操作レバーは巻き込み側に維持され、ホーサーは全量巻き込んだ状態であった。
5 右舷ホーサーは先端から約17メートルのところで食い込んでいた。
このような事実から、以下のことが考えられる。
(1)右舷ウインチの架台及び船首側甲板の血痕は、若干量であることからアイに付着していたものが巻き込み回転を続けるうちにそれぞれ付着した。
(2)右舷ウインチから船尾ブルワークに至る船尾右舷甲板全般に多量の血痕があることから、機関長は船尾右舷甲板上で負傷した。
(3)機関長は左大腿部以外に顕著な傷及び衣服の損傷がないことから、右舷ウインチには巻き込まれていない。
 以上の点から、機関長が右舷ウインチ船尾側でホーサー巻き出し作業中、同ウインチに巻かれたホーサーに食い込みがあって、いったん船首側に移動して操作レバーを巻き込み回転としたか、その後再び船尾側に戻って食い込みを直そうとして作業に当たっているうちに負傷したものと考えられる。しかし、いかなる経過で負傷に至ったものか、いかなる経過で同ウインチ船首及び船尾側甲板上に長靴などの機関長着用物が散乱したものかを証明する証拠がなく、死亡に至るまでの経緯を明らかにすることができない。
 また、A受審人は、本件発生時には船橋において入港操船に当たっていたこと及び単独で甲板機器を使用して着岸準備作業を行う機関長に対して適切な指示を与えていたものの、同人の死亡に至るまでの経緯が不明であることから、同受審人の所為と本件発生の原因との係わりについても明らかにすることができない。
 なお、本件のように甲板機器を使用して作業を行う際は、複数の乗組員で当たることが望ましい。しかしながら、2人乗組みが多い小型内航船においては、単独での作業を余儀なくされているのが現状であり、同種事故再発防止の観点から次のような設備などの充実が考慮される。
(1)船橋から作業状況が把握できるよう監視装置を設置する。
(2)作業員にハンドフリーマイクを装着させる。
(3)甲板機器の操作をリモートコントロール式とする。

(原因)
 本件乗組員死亡は、船長及び機関長の2人が乗り組み、今治港入港着岸に際し、船長が操船に当たり、機関長が船尾甲板上で係船ウインチに巻き取られたホーサーを巻き出すなどの着岸準備作業中、左大腿部を負傷して多量に出血したことによって発生したものであるが、その経過を明らかにすることができない。
 
(受審人の所為)
 A受審人の所為は、本件発生の原因との係わりについて明らかにすることができない。

 よって主文のとおり裁決する。





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