(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年11月12日15時40分
北海道苫小牧港
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船正和丸 |
総トン数 |
699トン |
全長 |
70.8メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
3 事実の経過
正和丸は、専ら北海道内各港間の石油製品の輸送に従事する船尾船橋型油送船で、北海道苫小牧港港外の、苫小牧港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から234度(真方位、以下同じ。)1.8海里の地点で錨泊中のところ、A受審人、B指定海難関係人ほか4人が乗り組み、積荷の目的で、平成14年11月12日14時50分船首0.6メートル船尾3.3メートルの喫水をもってシフトを開始し、苫小牧港第1区苫小牧水路南側にある出光桟橋第8号(以下「8号桟橋」という。)に向かった。
ところで、正和丸は、定期的に8号桟橋に着桟し、乗組員全員が同桟橋における係留及び荷役に習熟していたが、入港前、船長が乗組員全員を集めて安全作業に関するミーティングを開いていた。
正和丸は、8号桟橋に着桟する場合、苫小牧港第2区の東、西各防波堤間(以下「港口」という。)を通過後、徐々に減速しながら苫小牧水路を東進し、同桟橋の前面に達したころから右回りに反転して右舷錨を投入、錨索を延ばしつつ桟橋に近づいたところで、船首甲板から船首索及び前部スプリング索(以下「スプリング索」という。)各1本を同時に綱取りボートに渡し、その後、順次他の係留索をとり、最終的に船首及び船尾索各2本、前部及び後部スプリング索各1本により左舷出船付けとし、係留索は、全て直径55ミリメートルの化学繊維製を使用していた。
船首部の係留設備は、船首甲板中央部に外側を係留索ドラム(以下「ドラム」という。)とした揚錨機を左右並べて2基備え、同甲板前部の両舷ブルワーク開口部にローラー3個付きフェアリーダを、同後部の両舷ハンドレール下部にローラー2個付きフェアリーダをそれぞれ備えていたほか、各ドラムと後部フェアリーダとの中間にスタンドローラーを、同ローラーの船尾方にボラード等を備えていた。各フェアリーダの台座は、台形の架台上に備え付けられていたが、同甲板後部のフェアリーダは、その架台脇からローラー上部にかけてガードパイプと称する鋼製管を取り付けており、フェアリーダ台座と同パイプとの隙間は約8センチメートルとなっていた。
また、最初に綱取りボートに送る2本の係留索は、シフト開始前にすでに用意され、船首索は、右舷ドラムから右舷前部のフェアリーダを通したのち左舷前部フェアリーダまで、スプリング索は、左舷ドラムから左舷前部フェアリーダを通したのち左舷後部フェアリーダまで、それぞれ約100メートル分がコイルダウンされていた。
そして、係留作業時の船首配置には、作業指揮を行うA受審人、揚錨機の操作を担当する次席一等航海士に加え、機関員であるB指定海難関係人が増員され、スプリング索の送り出しを担当することになっていた。
こうして正和丸は、15時ごろ港口を通過してまもなく船首尾員が各配置に就いて右舷錨を用意し、15時20分西防波堤灯台から043度2,340メートルの地点で約3ノットの対地速力となったとき、右舷船尾にタグボートを取り、同時24分右回頭を開始、同時26分同灯台から048.5度2,840メートルの地点において距離約90メートルとなった8号桟橋に向首したころ、右舷錨を投下して機関を停止し、惰力で右転を続けた。
A受審人は、次席一等航海士に錨索の繰り出しを命じて綱取りボートを待っていたところ、15時30分西防波堤灯台から050度2,800メートルの地点において船体が桟橋と45度の角度となり、船首が桟橋西側ドルフィンに40メートルに接近して行きあしがほぼ停止したとき、綱取りボートが左舷船首部に近づいたことから、自らは船首索を左舷前部フェアリーダに通して、B指定海難関係人はスプリング索を左舷後部フェアリーダに通してそれぞれ同ボートに渡し、同時38分両索のコイルダウンされた部分が同ボートに引かれて送出し始めたため、その場を離れて船首端の作業指揮台に上がり、同人も左舷揚錨機船尾側に待避したのを認めた。
その際、A受審人は、送出する係留索の近くに立ち入ることの危険性について認識していたが、スプリング索を担当するB指定海難関係人が係留索の取り扱いに十分慣れており、また、ミーティングでも安全作業の確認をしていたので特に指示することもあるまいと思い、同人に対し、送出する係留索の近くに立ち入らないよう指示しなかった。
一方、B指定海難関係人は、左舷揚錨機船尾側でスプリング索の送出状況を見ていたところ、15時39分綱取りボートが船体から20メートルほど離れたとき、キンク状態となったスプリング索が左舷後部フェアリーダのローラーとローラーの間に挟まり、送出が止まったのを認めた。
B指定海難関係人は、A受審人に報告しないまま、スプリング索の近くに立ち入り、手で同索を引いてキンクを解いたものの、同索がフェアリーダ台座とガードパイプとの隙間に入り込んだことから、フェアリーダに近寄るとともに左舷側を向いて同索を跨ぎ、その送出状況を確認したのち、その場を離れるため右足を背後に出そうとしたとき、15時40分西防波堤灯台から050度2,800メートルの地点において、再びキンク状態となって送出する同索に右足をとられ、足首が前示隙間に強く引き込まれる状態となった。
当時、天候は曇で風力3の南西風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、港内は穏やかであった。
A受審人は、作業指揮台で船首方向を向いていたとき、B指定海難関係人のうめき声に気付いて後方を振り返り、同人の右足がスプリング索に巻かれてフェリーダ付近で挟まれているのを認め、直ちに綱取りボートを停止させ、同人を現場から離し、着桟後、病院に搬送した。
この結果、B指定海難関係人は、1箇月の入院を含む長期間の加療を要する右足関節両果骨折を負った。
(原因)
本件乗組員負傷は、苫小牧港において係留作業中、同作業における安全措置が不十分で、綱取りボートに引かれて送出する係留索の近くに立ち入った乗組員が、同索に足をとられたことによって発生したものである。
船首における係留作業の安全措置が不十分であったのは、作業指揮者が、係留作業を行う乗組員に対し、送出する係留索の近くに立ち入らないよう指示しなかったことと、同乗組員が、係留索の近くに立ち入ったこととによって発生したものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、苫小牧港において係留作業を指揮中、甲板上にコイルダウンされた係留索が綱取りボートに引かれて送出する状況となった場合、これを取り扱う乗組員に対し、送出する同索の近くに立ち入らないよう指示すべき注意義務があった。しかるに同受審人は、乗組員が係留索の取り扱いに十分慣れており、ミーティングでも安全作業の確認をしていたので特に指示することもあるまいと思い、送出する係留索の近くに立ち入らないよう指示しなかった職務上の過失により、乗組員が送出する係留索の近くに立ち入り、同人が負傷する事態を招くに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、苫小牧港において係留作業中、綱取りボートに引かれて送出する係留索の近くに立ち入ったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。