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平成15年長審第35号
件名

漁船第二十一源福丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年11月11日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(寺戸和夫、原 清澄、清重隆彦)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:第二十一源福丸船長 海技免許:五級海技士(航海)

損害
機関員が右大腿骨骨折及び左膝靱帯損傷などの重傷

原因
安全な作業手順の確定が十分でなかったこと

主文

 本件乗組員負傷は、安全な作業手順の確定が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年1月12日22時00分
 長崎県宇久島北方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第二十一源福丸
総トン数 135トン
全長 42.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 860キロワット

3 事実の経過
 第二十一源福丸(以下「源福丸」という。)は、昭和60年に建造された大中型まき網漁業に従事する鋼製漁船で、網船として灯船2隻及び運搬船2隻とともに船団を編成し、長崎県館浦漁港を船団の基地に定め、A受審人及び機関員Bほか21人が乗り組み、主としてあじやさばを漁獲する目的で、船首2.6メートル船尾3.1メートルの喫水をもって、平成14年1月6日06時00分基地を発し、大韓民国済州島南方沖合の漁場に向かった。
 源福丸は、船首楼付き一層甲板船で、木製の甲板上には、船首側から順に、船首楼、前部漁ろう甲板、船橋楼、後部漁ろう甲板及び船尾端甲板がそれぞれ設けられ、後部漁ろう甲板は、長さ10メートル幅7.5メートルで、高さ1.5メートルの舷側壁に囲まれた網置場となっており、左舷には同壁上に高さ1.5メートルのブルワークが、また、右舷にも同壁上の高さ50センチメートル(以下「センチ」という。)の位置に、直径30センチのサイドローラが、それぞれ構築され、また、網置場の右舷側は、船尾端甲板に通じる幅1メートルの通路となっていた。
 また、船尾端甲板は、後部漁ろう甲板の舷側壁と同じ高さで、船首尾方向に3メートル幅で左舷端から右舷端にわたって設けられ、そこには左右舷方向に敷設されたレール上に、甲板上の高さが1.9メートル船首尾方向に長さ2.8メートル船横方向に長さ1.5メートルのネットホーラが設置されていた。
 ネットホーラは、投網した網を後部漁ろう甲板に巻き揚げるための油圧で作動する漁ろう機器で、網を導く縦ローラ、網を巻き揚げる回転ドラム、同ドラムに巻かれた網を下方に押さえて揚網効率を向上させる押さえローラのほか、網の巻込み方向を調整する旋回装置及び本体を船横方向に移動させる移動装置などで構成され、揚がった網は、押さえローラを通過したのち、網捌き(あみさばき)機で吊り上げられ、網置場に収容されるようになっていた。
 縦ローラは、ネットホーラの最船尾部に2本あり、やや傾いた状態で高さ1.88メートル直径21.6センチと16.5センチの円柱形をしており、太さ40センチばかりになった漁網がローラ2本の間を通過し、回転ドラムは、最大10トンの荷重を1分間に50メートル巻き揚げる能力を有する油圧モータで駆動され、直径1.5メートルのドラムの内側には網が滑らないよう、摩擦力を大きくするために幅54センチのV型の深い溝が設けられ、押さえローラは、最大650キログラムの荷重を1分間に60メートル巻き揚げる能力の油圧モータが、長さ68センチ直径30センチのローラを回転させ、また、旋回及び移動装置は、両装置とも油圧モータで作動し、揚網作業の進捗に伴って、ネットホーラの向きや船横方向の位置を調整して固定するもので、それぞれの油圧モータは、ネットホーラ本体左舷側にある操作ハンドルで操縦できるようになっていた。
 漁網は、投網して魚群を包囲したとき、その直径が約480メートル深さが約380メートルとなり、海面の浮子(あば)綱側には、多数の浮子に加えて、同綱の中央部に赤色1個の、その両側に375メートル間隔で白色各1個の、計3個の浮子灯が取り付けられていた。
 浮子灯は、夜間、投網したまき網の形状を確認するときや揚網の残量を確認したりする目的で取り付けられ、単1型乾電池3個を電源とする、長さ30センチ外径4センチ重さ約500グラムの懐中電灯型簡易標識灯で、浮子を外径18センチ厚さ5センチのドーナツ型に切り取ってフロートとし、その穴に同標識灯を差し込んで一体とし、灯火の部分に長さ40センチ直径1センチの化学繊維製ロープを付け、これと浮子綱との間を長さ10メートル直径5ミリメートルのロープにより、その端を引けば簡単に取り外すことができる二重つなぎ結びで結ばれていた。
 源福丸は、1回の操業を約2時間かけて行い、うち揚網は右舷側で約1時間をかけ、3個の浮子灯取外し作業については、1操業ごとに機関部乗組員である一等機関士、二等機関士及びB機関員の3人が交代で行い、通常15分ごとに近づいてくる同灯を浮子綱から取り外す際、作業に携る乗組員は、縦ローラの右舷側あるいは左舷側どちらかの、前示ロープの結び目を解きやすい場所に身を置いて待ち構え、船体の動揺や風雨の影響で作業が妨げられたりする場合などには、危険の有無を自身が判断し、必要であればネットホーラの運転を一時的に停止して、網置場の現場指揮者にその旨を伝えたのち、同作業を行っていた。
 A受審人は、船長として、日頃から、乗組員に対し、揚網時に浮子灯を取り外す際、危険を感じたときにはネットホーラを停止して作業に取り掛かるよう指示していたものの、作業の危険性を考慮すれば、船として、どのような場合でも必ずネットホーラを停止したのちに、浮子灯取外し作業に取り掛かるとの、安全な作業手順を定めて同手順を確実に実行させる必要があったが、ネットホーラ停止の要否の判断を、作業に携る乗組員自身に委ねても大丈夫と思い、安全な作業手順の確定を十分に行わなかった。
 こうして源福丸は、漁場に至って操業に就き、1月10日漁場を長崎県五島列島西方から同県宇久島北方海域に移動し、翌々12日16時00分操業を始め、2回目の投網を終えた同日21時15分、主機の回転数を毎分520の停止回転として船尾から揚網を開始し、このとき、A受審人は、甲板作業全般を見ながら右舷中央付近で、甲板員の一人と環吊綱を丸環から解き放つ作業に、一方、平成12年ころから機関部の乗組員として、浮子灯取外し作業に荷担するようになったB機関員は、ヘルメット、雨合羽上下、ゴム長靴及び軍手を着用して浮子灯取外し作業に、それぞれ従事していた。
 B機関員は、揚網開始から45分間経過したころ、それまでに白と赤各1個の浮子灯を取り外し、やがて漁網の直径が約80メートルとなって最後3個目の浮子灯が近づき、同灯がネットホーラの右舷側に揚がってきたのを認め、自身もネットホーラの右舷側に位置を定め、右手で同側面にある手摺りを持って身体を支え、左手でロープの結びを解くべく縦ローラの間に身を乗り出したところ、雨合羽上着のフードが網に絡まり、これを外そうとしたとき更に左足が網に絡まり、22時00分大碆鼻灯台から真方位283度21.5海里の地点において、同機関員が、網とともにネットホーラの回転ドラムに巻き込まれた。
 当時、天候は曇で風力1の南風が吹き、海上は穏やかであった。
 網置場で現場の指揮を執っていた甲板長Yは、B機関員がネットホーラに巻き込まれるのを目撃してネットホーラを急停止させ、騒ぎを聞いて駆けつけたA受審人は、他の乗組員とともに負傷したB機関員を救出し、応急措置を施して僚船に移乗させ、同機関員を直ちに最寄りの病院に搬送した。
 その結果、B機関員は、一命は取り止めたものの、右大腿骨と左腓骨の骨幹部骨折及び左膝複合靱帯損傷などの重傷を負った。
 また、源福丸は、本件後、船内の取決めとして、揚網時のネットホーラ運転について、浮子灯取外し作業員とネットホーラ操作員との二人を充てることとし、浮子灯を取り外す際には、ネットホーラを必ず停止して行うように定めた。
 なお、船団は、本件2箇月後の平成14年3月に解散し、これに伴って源福丸も同年6月に廃船とされた。

(原因の考察)
 本件乗組員負傷は、まき網漁の揚網時、ネットホーラが運転されたまま、浮子灯取外し作業が行われたことによって発生したことは明らかである。
 ネットホーラは、形状やトルクの大きさ及び回転部分が露出していることなどから、機器の近くで作業を行うことやドラムに巻き込まれつつある漁網に接触する作業は、極めて危険な作業であり、このため操業現場においては、今までネットホーラ及び浮子灯絡みの人身事故が数多く発生している。
 特に揚網作業の終了間近になると、巻き揚がる漁網の直径が小さくなり、船尾からネットホーラのドラムに導かれる漁網は、それだけ船首方側から巻き込まれ、ネットホーラは舷側端に移動し、且つ、網の引込み方向一杯に旋回した状態となっており、浮子灯を取り外す作業員にとっては、作業に備えて身体の体勢を整える場所の確保が困難となるばかりでなく、身体を乗り出して漁網に密着せざるを得なくなり、作業の危険性が一層増すことになる。
 確かに、ネットホーラを停止することは、網捌き機のパワーブロックなども停止せざるを得ず、一時的なこととはいえ、揚網作業の流れを止めることとなり、機器停止の実行について重い決断が必要であることは、関係者の考えが一致するところである。
 しかしながら、本件同様の死傷事故は、わずかな労力を費やすことで回避できるものであり、再発防止に向けて、源福丸が本件後に定めたように、また、負傷したB機関員に対する質問調書中、「乗船して3年後の平成12年ころから、ネットホーラの操作や浮子灯の取外しを行うようになった。危ないと思ったことは何度もあった。船長から危ないときにはネットホーラを停止するよう指示されていた。10回に1度くらいの割合でネットホーラを止めて作業していた。ネットホーラを止めてから作業すればよかった。」旨の供述記載もあるように、事態が危険であるかどうか、ネットホーラを停止すべきかどうかなど、作業の流れに影響を及ぼすような判断は、作業に直接携る個人に委ねられるべきではなく、いかなる場合においても、ネットホーラを停止したのちに浮子灯取外し作業に取り掛かるとする、人身保護優先のための安全な作業手順の確定が求められるべきと判断され、従って源福丸において、同手順が十分に確定されていなかったことは、本件発生の原因となる。  

(原因)
 本件乗組員負傷は、まき網漁の揚網作業中、漁網に取り付けられた浮子灯を収容するため、同灯を取り外す際、必ずネットホーラを停止するなど、安全な作業手順の確定が不十分で、ネットホーラを運転したまま浮子灯を取り外そうとした乗組員が、漁網とともにネットホーラのドラムに巻き込まれたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、長崎県宇久島北方沖合の漁場において、まき網漁の揚網作業を行う際、乗組員がネットホーラのドラムに巻かれる漁網から浮子灯を取り外す場合、ドラムを回転させたまま同作業を行うことは極めて危険であるから、作業環境や乗組員の作業熟練度の如何にかかわらず、必ずネットホーラの運転を一旦停止したのち、同作業に取り掛かるなど、安全な作業手順を十分に確定しておくべき注意義務があった。ところが、同人は、従来から、浮子灯を取り外す作業を行う際、同作業を行う乗組員が危険と判断した場合に限り、同乗組員自身がネットホーラを停止して同作業を行っていたので、ネットホーラ停止の必要性の有無を乗組員個人の判断に委ねておいても大丈夫と思い、安全な作業手順を十分に確定しておかなかった職務上の過失により、揚網作業中、漁網から浮子灯を取り外す作業に従事していた乗組員が、個人の判断でネットホーラを運転したまま同作業に取り掛かるという危険な作業状況を招き、着用していた雨合羽の上着のフードが漁網とともにネットホーラのドラムに巻き込まれ、同乗組員もドラムに引き込まれて、右大腿骨と左腓骨の骨幹部骨折及び左膝複合靱帯損傷などの重傷を負うに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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