(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月12日15時50分
鹿児島県与論島大金久海岸沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボート栄光丸 |
総トン数 |
2.8トン |
登録長 |
7.07メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
102キロワット |
3 事実の経過
栄光丸は、船体中央部に操舵室を設け、両舷船尾側端に設けた係留用クリートからナイロン製のロープを出し、船幅と二等辺三角形になるように結び、その結び目に曳航索などを取り付けるように配したFRP製プレジャーボートで、指定海難関係人有限会社B(以下「B」という。)のマリンスポーツ部門であるシーマンズクラブが、船舶所有者より7月中旬から9月中旬までの間の期間限定で本船を借り受けて、鹿児島県与論島大金久海岸沖合でパラセーリングに使用していた。
パラセーリングとは、パラシュートによる空中遊覧飛行の一種で、直径7.3メートルのパラシュート(以下「パラセール」という。)をボートで引くことでパラセールが上昇し、そのパラセールに人がぶら下がるように固定して、海面上空を飛行するもので、パラセーリングを行うには、4つの用具が必要であった。その4つの用具とは、曳航索、パラセール、曳航索とパラセールに連結した16本のロープとを結ぶライザーと称するY字型の合成繊維製のベルト及び人がぶら下がるように固定できる合成繊維の堅い布製の乳幼児を背負う帯のようなぶら下がり用具(以下「ハーネス」という。)であり、ハーネスにはライザーの金具(以下「ライザー金具」という。)と結合するフック2個が取り付けられ、フックには自然には外れないよう爪状のストッパーが仕組まれていた。
与論島大金久海岸沖合におけるパラセーリングは、乗組員2ないし3人が、救命胴衣を着用したパラセーラーとなる観光客を7ないし8人のグループに分け、同海岸沖合約700メートルに錨打ちされた長さ約9.8メートル幅約5.0メートルの台船状浮き桟橋(以下「シーベース」という。)に連れて行き、その上で、パラセーリング前にパラセーラー全員へのパラセーリング要領や諸注意を行い、最初のパラセーラーをモデルに、救命胴衣の上からハーネスを装着させ、フックをライザー金具に掛け、パラセールとパラセーラーとを一体としたうえで、パラセールを展張してパラセーラーの両手で左右のライザーを肩の上に持ち上げる姿勢をとって待機するように説明を行い、その後、長さ約80メートルの曳航索で栄光丸とライザーとを結び、ライザーを肩の上に持ち上げる待機姿勢をとったのを受けて、栄光丸を風上に向けて船速を上げながら曳航し、パラセーラーを海面約30メートル上空で4分ほど遊覧飛行をさせ、船速を落とすとパラセールの高度が下がり、そして着水させたのちパラセーラーを栄光丸に揚収してシーベースに戻すものであり、1人のパラセーリングに要する時間は、12分ぐらいであった。
Bは、個人経営の土木建設・マリンスポーツ業を平成2年7月に法人化して設立したもので、個人経営のころからシーマンズクラブを運営しており、与論島に訪れる夏の観光客を相手にマリンスポーツとしての、スキューバダイビング、ジェットスキー及びパラセーリング等を行い、平成6年7月からA受審人をパラセーリングの責任者及び栄光丸の船長に任命してパラセーリングも行わせていたが、シーズン中毎日のミーティングで実施するマリンスポーツや参加する客数などの連絡のほかに、2ないし3日毎に社長から事故だけは起こさないようにと、口頭で注意喚起を行っていたが、栄光丸の乗組員に対してパラセーリング実施に際し、パラセールとハーネスの結合状態を確認するなど安全措置について十分な教育を行っていなかった。
A受審人は、昭和56年4月にBに入社し、同59年1月19日に二級小型船舶操縦士の免許を取得したのち、同60年に同社のシーマンズクラブに配置換えになり、グラスボートなどの船長の職務をやり始め、平成6年7月から責任者としてパラセーリングを受け持つようになり、パラセーリングを行うときは、乗組員と共にその要領や諸注意をパラセーラーに行い、乗組員にパラセールを展張させるとともに、パラセールとハーネスを結合したのち栄光丸に移動し、パラセーラーの体勢を確認して発進していた。
栄光丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、大金久海岸沖合のシーベースで、平成14年9月12日14時50分午後の2組目、C指定海難関係人を含む7人のグループのパラセーリングを開始し、4人を順調に済ませたが、5番目にパラセーリングを行うことになったC指定海難関係人が、浮上するときにパラセールとライザーとを結ぶロープを脇の下などに絡ませたため、1回目のパラセーリングに失敗して取りやめた。
A受審人は、C指定海難関係人の1回目のパラセーリングに、ライザーにフックを掛けていたものの、パラセーリングに失敗して着水させ、一旦フックを外して栄光丸にC指定海難関係人を揚収し、シーベースに戻って2回目のパラセーリングに備えることにしたものの、同人に失敗した原因の説明と浮上するときの姿勢を注意することに気をとられ、パラセールとハーネスの結合状態を確認するのを失念したが、その後、フックの状態を確認するなど、安全措置を十分に取らなかった。
C指定海難関係人は、パラセーリングについては前年に引き続き2度目の経験で、1回目のパラセーリングに失敗し、2回目に向けてA受審人にフック等の装着を任せ、待機の姿勢をとっていたところ、フックが掛かっていないことに気付き、不安を感じたものの、そのことをA受審人等に合図しなかった。
15時46分A受審人は、C指定海難関係人の2回目の番となり、ライザーを肩の上に持ち上げている同人を見て、待機の姿勢をとっているものと思い、パラセーリングを北北西に向かって約9.0ノットの曳航速力で開始した。
一方、C指定海難関係人は、パラセールに連結するライザーを両手で握り待機した姿勢をとっていたところ、パラセールと共に浮上したものの、自分の両手でぶら下がっている感じがして通常の状態でないと分かり、「止めろ」とか10回以上大声で栄光丸に向かって叫んだが、声が届かず、ライザーに腕力だけでぶら下がったまま、海面上約30メートルまで上昇していた。
こうして、C指定海難関係人は、やがてパラセーリングを終わろうとして栄光丸が船速を落としつつあるとき、同時50分与論島赤埼灯台から真方位019度0.4海里の地点において、ライザーにぶら下がっていたが、力尽きて高さ約20メートルから海面上に落下した。
当時、天候は晴で風力2の北北西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、直ちに栄光丸でC指定海難関係人を救助し、連絡を受けたシーマンズクラブの車で病院まで搬送した。
その結果、C指定海難関係人は、全身打撲、肺挫傷及び腹壁の内出血などを負った。
Bは、本件以降、パラセーリングの業務を行わないことを決めた。
(原因)
本件パラセーラー負傷は、鹿児島県与論島大金久海岸沖合において、パラセーリングを開始する際の安全措置が不十分で、パラセールとハーネスが結合されないままパラセーラーを浮上させ、パラセーラーが飛行中に落下したことによって発生したものである。
土木建設・マリンスポーツ業者が、乗組員に対し、パラセーリング実施の際の安全措置について、十分な教育を行っていなかったことは本件発生の原因となる。
パラセーラーが、パラセーリングを開始する際、パラセールとハーネスが結合されていないことを合図しなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、鹿児島県与論島大金久海岸沖合において、パラセーリングを開始する場合、パラセーリング中にパラセーラーが落下することのないよう、パラセールとハーネスが結合されているかどうか、フックの状態を確認するなど、安全措置を十分に取るべき注意義務があった。ところが、同人は、パラセーラーの1回目のパラセーリングに失敗した原因の説明と浮上するときの姿勢を注意することに気をとられ、安全措置を十分に取らなかった職務上の過失により、パラセールとハーネスとを結合しないままパラセーラーを浮上させ、パラセーラーが飛行中に落下する事態を招き、パラセーラーに全身打撲、肺挫傷及び腹壁の内出血などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
Bが、乗組員に対し、パラセーリング実施の際、パラセールとハーネスが結合されているかどうか、フックの状態を確認するなど、安全措置について十分な教育を行っていなかったことは本件発生の原因となる。
Bに対しては、本件以降、パラセーリングの業務を取り止めたことに徴し、勧告しない。
C指定海難関係人が、パラセーリングを開始する際、パラセールとハーネスが結合されていないことを合図しなかったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。