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平成15年神審第54号
件名

押船第八十八寿美丸被押バージ開発3001乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年10月31日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎、田邉行夫、平野研一)

理事官
佐和 明

受審人
A 職名:第八十八寿美丸船長 海技免許:四級海技士(航海)

損害
機関長が溺水吸引による窒息で死亡

原因
荒天時の作業手順を事前に打ち合わせなかったこと及び海中転落防止の安全対策不十分

主文

 本件乗組員死亡は、荒天時の作業手順を事前に打ち合わせなかったばかりか、海中転落防止の安全対策が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年1月21日05時20分
 三重県津港
 
2 船舶の要目
船種船名 押船第八十八寿美丸 バージ開発3001
総トン数 215.15トン 2,797トン
登録長 30.12メートル  
全長   80.00メートル
  18.00メートル
深さ   5.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 2,059キロワット  

3 事実の経過
(1)第八十八寿美丸
 第八十八寿美丸(以下「寿美丸」という。)は、専ら中部国際空港建設工事に従事する船首船橋型の鋼製押船で、船首楼甲板にウインドラス、船体中央部やや後方にウインチドラムが設置されていた。寿美丸の船橋は、船首端から8メートル後方に設置され、操舵室甲板は船首楼甲板上6メートルの高さの位置にあり、操舵位置から被押バージの船尾甲板など前方下部を確認するために操舵室前面の窓の下部に小型の窓が設けてあったが、船橋外側の操舵室甲板の高さに金網製プラットフォームなどがあって、夜間に外部照明を使用したときなどは前方下部の確認が難しい場合があった。
(2)開発3001
 開発3001(以下「バージ」という。)は、非自航式のバージで、船体中央部には高さ1.20メートルのハッチコーミングで囲まれた長さ54.00メートル幅14.95メートル深さ4.90メートルの貨物倉があり、貨物倉の後方には船尾甲板の中央に高さ2.40メートル長さ6.00メートル幅11.00メートルのハウスと呼ばれる構造物があった。貨物倉の両舷側は通路として使用できる2.00メートル幅の甲板となっており、前示ハウスの両舷側に2.40メートル幅の船尾甲板があった。船首甲板にはウインドラスが、また、貨物倉とハウスの間の甲板にはキャプスタンが設置され、押船との連結索用ビットが船尾甲板の両舷に各1本(以下「バージ船尾両舷ビット」という。)、船尾凹部中央部に1本(以下「バージ船尾中央ビット」という。)あった。バージ上で作業する乗組員が身体を支えるために手がかりとなる保護柵等は、貨物倉ハッチコーミングの両舷に張り渡されたワイヤーロープとハウス上部のハンドレールなどがあったものの、バージ船尾両舷ビット周辺には設備されていなかった。
(3)受審人A
 A受審人は、昭和50年に当時の乙種一等航海士免状を取得して遠洋マグロ漁船や内航砂利運搬船の船長として航海の指揮をとっていたが、平成11年頃から押船の船長として乗船するようになり、平成13年3月に寿美丸の船長となった。
(4)連結及び切離作業方法
(1)人員配置及び安全用具
 寿美丸とバージの連結と切離しの作業に当たっては、原則的には操舵室で船長が操船と指揮に当たり、バージ側で一等航海士と一等機関士が、また、寿美丸側で機関長と次席一等機関士が作業に当たる配置となっていた。
 甲板上で作業に当たる乗組員は、保護帽、救命胴衣、安全靴など安全用具を身につけていたが、船内に備えてあった安全帯を装着したことはなかった。
(2)連結作業
 寿美丸とバージの連結は、バッキングロープ式と呼ばれるもので、バージ船尾両舷ビットに先端のアイ部をかけた直径100ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ8メートルのナイロンロープとその後端にシャックルで連結された直径50ミリ長さ25メートルのワイヤーロープ(以下「バッキングロープ」という。)を、寿美丸の船尾両舷のローラーを経由して金具で逆Y字に1本にまとめたものを、ウインチドラムで巻き締めていた。
 バージに土砂を積んでその乾舷が低い場合は、上記に加え、寿美丸の船首楼甲板のビット(以下「寿美丸船首ビット」という。)とバージ船尾中央ビットに、両端がアイ部となっている直径80ミリのナイロン製船首連結索を渡していた。
 実際に連結するには、寿美丸の船首をバージの船尾凹部に嵌合(かんごう)してから、バッキングロープの先端のアイ部にかけられた補助索をバージのキャプスタンで巻き上げてアイ部をバージ船尾両舷ビットにかけたのち、ウインチドラムを巻き締めていた。さらに、寿美丸船首ビットからバージ船尾中央ビットをかけ回した補助索を寿美丸のウインドラスで巻き締めて、ビット間距離を狭めてから、船首連結索を両ビットにかけていた。
(3)切離し作業
 バッキングロープについては、寿美丸のウインチドラムを緩め、先端のアイ部に接続された補助索をバージのキャプスタンで少し巻き上げ、先端のアイ部を手作業でバージ船尾両舷ビットから外し、数本の支え索を使って寿美丸側に取り込んでいた。船首連結索については、補助索を寿美丸のウインドラスで巻き上げてバージ船尾中央ビットから外し、寿美丸側に取り込んでいた。
(5)本件発生に至る経緯
 寿美丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、土砂5,000トンを積載した船首尾とも4.8メートルの喫水となった無人のバージの船尾凹部に船首を嵌合してバッキングロープで両船を連結のうえ、船首2.7メートル船尾3.8メートルの喫水をもって、平成14年1月21日02時40分三重県津港の錨地を発し、中部国際空港建設工事現場に向かったが、このころより南東からの風波が強まってきたので、航行を断念することとし、同日03時10分津港伊倉津防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から311度(真方位、以下同じ。)1,200メートルの地点に投錨した。
 A受審人は、投錨後、風波が強まると寿美丸とバージの動揺でバッキングロープが切断することなどが予想されたので、夜明けを待ってからバッキングロープを解纜(かいらん)してバージをその場に残し、寿美丸を独航で避泊させる心積りで、操舵室に待機して風波の状況を観察していたが、徐々に風波が強くなり、時折波が船首や左右舷から甲板上に打ち込み始めたのを認めた。
 05時00分A受審人は、一旦乗組員室に降り、テレビの天気予報を見ていた機関長Bから、今すぐに切り離したほうがいいとの助言を受け、夜明けを待たずに寿美丸を避泊させることとして、直ちに乗組員全員に対して寿美丸とバージの切離し作業にとりかかるよう指示した。
 ところで、A受審人が、船長として寿美丸に乗船した平成13年3月には、それ以前から乗船していた乗組員の方が寿美丸の作業方法に十分慣れていたので、荒天時の作業手順を打ち合わせることなく、それぞれが作業にかかった。
 切離しを指示したのち、A受審人は、操舵室に上がり、一等航海士、一等機関士及び次席一等機関士の3人がバージ上に乗り移って作業するのを確認したので、B機関長はいつもどおりに寿美丸船尾で作業に当たっているものと考えていた。
 A受審人は、一等航海士の電池式簡易標識灯のバージ船首への設置を支援するためサーチライトで一等航海士の周辺を照らしているとき、さらに気象海象が悪化し、甲板上への波の打込みが激しくなりつつあることを知ったが、乗組員が作業に慣れているのでいつもどおりの作業手順でも危険はないものと思い、ハンドレールなどが設備されていないバージ船尾両舷ビット周辺に命綱を張り渡して安全帯を使用させるなど、海中転落防止の安全対策を十分にとらなかった。
 このとき、B機関長は、独断でバージ側に乗り移り、左舷船尾甲板上に降りて作業の準備に取りかかっていたが、A受審人は、報告を受けておらず、サーチライトの明かりでバージ船尾甲板など前方下部の様子を確認しにくかったので、このことに気付かなかった。
 05時20分防波堤灯台から310度1,310メートルの地点において、バージの船首が113度に向いているとき、B機関長はバージ左舷甲板上に打ち込んだ波によって船尾方に押し流され、海中に転落した。
 当時、天候は曇で風力6の東南東風が吹き、波高1.5メートルの東からの風浪があり、潮候は上げ潮の初期で、三重県中部には、大雨、雷、強風、波浪の各注意報が発表されていた。
 その結果、B機関長(四級海技士(機関)免状受有)は投げられた救命浮環をつかむことができないまま漂流中のところ、救助のため飛び込んだ一等航海士によって寿美丸に引き上げられ、着岸後救急車により病院に搬送されたが、溺水吸引による窒息で死亡と検案された。

(原因)
 本件乗組員死亡は、夜間、三重県津港内において、荒天避泊のためバージを切り離す際、荒天時の作業手順を事前に打ち合わせなかったばかりか、命綱を張り渡して安全帯を使用させるなど、海中転落防止の安全対策が不十分で、バージ甲板に打ち込んだ波で乗組員が海中に転落したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、三重県津港内において、バージの甲板上に波が打ち込んでいる状況下、荒天避泊のためバージを切り離す場合、バージ甲板上で作業を行う乗組員に対して波の打込みを受けても海中転落しないよう、ハンドレールなどが設備されていないバージ船尾両舷ビット周辺に命綱を張り渡して安全帯を使用させるなど、海中転落防止の安全対策を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、乗組員が作業に慣れているのでいつもどおりの作業手順でも危険はないものと思い、海中転落防止の安全対策を十分に行わなかった職務上の過失により、機関長を海中転落させ死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3項を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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