(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年1月28日08時50分
静岡県清水港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第拾五号大盛丸 |
総トン数 |
4,993トン |
全長 |
124.25メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
3,846キロワット |
3 事実の経過
(1)第拾五号大盛丸のボートダビット
第拾五号大盛丸(以下「大盛丸」という。)は、専ら漁獲物の運搬に従事する船尾船橋型鋼製漁船で、重力式のボートダビットが、船体後部の海面上高さ約8メートルのボートデッキ両舷に設置されており、ボートダビット上部で同高さ約10メートルのところに、右舷側には1号艇、左舷側には2号艇とそれぞれ呼称される各1艇の救命艇を搭載していた。
(2)救命艇
ア 構造等
救命艇は、昭和63年2月豊永船舶有限会社が製造したHS650型と称し、長さ6.50メートル幅2.30メートル深さ1.00メートル自重2,585キログラムの、出力18キロワットのディーゼル機関を装備した定員26人のFRP製全閉囲型で、両舷には乗降用に各2個の内開き式ハッチを備えていた。
イ 一斉離脱装置
一斉離脱装置は、救命艇を海面付近まで降下させたのち、着水させるために操作されるもので、操作箱、操作ケーブル及び救命艇前後部に設備された吊上フック機構により構成されており、操作箱のレバーを上方に引き上げると、操作ケーブルを介して吊上フック機構のフックが倒された状態になり、救命艇を吊り下げているボートフォールのブロックをフックから艇首尾同時に開放するものであった。
(ア)操作箱
操作箱は、右舷サイドベンチの内側に設置され、その上部にレバーが、側面にレバーの誤操作を防止するためのストッパーが、それぞれ取り付けられていた。
(イ)操作ケーブル
操作ケーブルは、一端がレバーに、他端が吊上フック機構の作動レバーに取り付けられ、レバーを引き上げることにより、作動レバーが引き下げられる仕組みになっていた。
(ウ)吊上フック機構
吊上フック機構は、艇首尾から約50センチメートルのところに各1組取り付けられ、甲板上のフック及びアームと、甲板下の押上ロッド、受金具及び作動レバーにより構成されていた。
フックは、固定ボルトを回転軸にして起倒し、救命艇が格納されているとき、フックは起きた状態で、下部凸部がアームに押さえられ、倒れないようになっていた。
アームは、L型で、その短辺がフックの凸部を押さえ、長辺が固定ボルトを回転軸にして上下動するようになっていた。
押上ロッドは、上部がアームの長辺に、下部が受金具にそれぞれ接し、上下動するようになっていた。
受金具は、楕円形で、作動レバーと同一の回転軸で取り付けられ、救命艇が格納されているとき、受金具は垂直の状態で、作動レバーが引き下げられると同じ角度回転し、押上ロッドを下げるようになっていた。
ウ 説明書
説明書は、救命艇一斉離脱装置取扱い説明と題し、フックの離脱と復旧の手順を示したものと、非常時離脱手順と題し、レバーの操作要領を示したうえ、非常時以外は手を触れないよう注意を朱書したものとが、操作箱至近のサイドベンチ側面に張り付けられていた。
(3)救命艇繰練等
救命艇繰練は、毎月1回実施される繰練のうち、3箇月に1回の割で救命艇を降下して実施されており、平成14年12月に行われた際、無難に1号艇を降下し、揚収していた。また、翌15年1月救命設備の点検が実施され、1号艇に異常がないことが確認されていた。
(4)A受審人
A受審人は、僚船を含め一等航海士としての経験が20年以上あって、大盛丸の船長職を執った経験もあり、甲板部の安全担当者を兼務していたほか、通常は2号艇の救命艇指揮者であったが、本件時、1号艇の同指揮者として降下作業にあたっていた。
(5)B指定海難関係人
B指定海難関係人は、大盛丸には通算5年ばかり乗船しており、救命艇に乗艇して海面まで降下した経験があったものの、レバー操作により離脱する状況を見たことがなく、レバーの機能と取扱いのマニュアルが配付されていなかったうえ、操作方法の説明も受けていなかったので、レバーの機能を理解して取り扱う段階に至っていなかった。
(6)本件発生に至る経緯
大盛丸は、A受審人及びB指定海難関係人ほか日本人7人とインドネシア人10人が乗り組み、冷凍まぐろ約2,736トンを積載し、船首4.0メートル船尾7.4メートルの喫水をもって、水揚げのため、平成15年1月21日09時00分静岡県清水港の興津第2ふ頭12号岸壁に左舷係留し、同月24日4箇月の休暇を終えたA受審人、3箇月の休暇を終えたB指定海難関係人ほか6人が乗船した。
同月28日A受審人らは、荷役作業がなかったことから、B指定海難関係人ら新乗船者7人の船上教育を兼ねて救命艇繰練を実施することとし、08時30分各人が安全帽と救命胴衣を着用し、それぞれ1号艇の降下準備作業を開始した。
A受審人は、少し遅れてボートデッキ右舷側に赴いたところ、1号艇の降下準備作業が進行中であったことから、ボートダビット上部の乗艇用ステージに上がり、同艇の左舷前部ハッチから同艇内部をのぞき、新乗船者が間もなく乗艇を終える状況であることを認め、続いて一斉離脱装置の安全確認を行うこととしたが、B指定海難関係人が同装置を熟知しているものと思い、乗艇して自ら目視点検を行わず、ストッパーが効いていることを確かめるつもりで、操作箱の近くにいた同人にレバーを上方に引くよう指示した。
B指定海難関係人は、左舷側中央部のサイドベンチに腰を下ろしていたところ、A受審人の指示を受け、右舷側の操作箱付近に移動し、レバーの機能が分からないまま、ストッパーを外し、レバーを引き上げようとしたものの、少ししか作動せず、元の状態にも戻らなくなったので、「動かない。」と報告し、右舷側中央部で再び待機した。
A受審人は、操作箱がB指定海難関係人の陰になっていて目視することができず、同人の報告を聞いてストッパーが効いていると判断し、一斉離脱装置が操作されたことに気付かず、ボートデッキに降りて降下準備作業を続行し、08時50分少し前ボートウィンチのブレーキを甲板長に操作させて1号艇の降下を始めた。
こうして、1号艇は、押上ロッドとアームが動いたものの、辛うじて摩擦力で動かなかったフックに吊られた状態となり、08時50分舷外に振り出され、ボートデッキの高さで降下を停止したとき、ボートフォールの艇首側ブロックがフックから離脱し、艇尾を上にして宙づりとなり、続いて艇尾側ブロックも外れ、海面に落下した。
当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
その結果、大盛丸には損傷がなかったが、1号艇の艇首部に亀裂を伴う損傷を生じ、乗艇していた乗組員7人が打撲傷などを負った。
(原因の考察)
本件は、清水港において、救命艇の降下作業中、一斉離脱装置が操作されてフックが開放され、救命艇が海面に落下したことによって発生したものであるが、その原因について考察する。
A受審人が、救命艇指揮者として救命艇を降下するにあたり、一斉離脱装置の安全確認を行う際、乗艇して自ら目視点検を行わなかったことが、本件発生の原因となることは明白である。
一方、B指定海難関係人が、一斉離脱装置を操作するにあたり、同人は、レバー操作により離脱する状況を見たことがなく、レバーの機能と取扱いのマニュアルが配付されていなかったうえ、操作方法の説明も受けておらず、レバーの機能を理解して取り扱う段階に至っていなかったのであるから、同人にレバー操作による結果予見性はなく、また、A受審人の指示どおり操作をし、その結果を報告している。
したがって、本件発生の原因には相当しない。
しかしながら、大盛丸の乗組員の配乗状況から、非常配置の際に、救命艇の指揮者又は副指揮者となることが考えられるので、船舶職員として、救命艇の降下や操縦などについて、知識と技術を習熟しておくことが望ましい。
(原因)
本件乗組員負傷は、静岡県清水港において、救命艇を降下するにあたり、一斉離脱装置の安全確認方法が不適切で、吊上フック機構のフックが開放されて救命艇が海面に落下したことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、静岡県清水港において、救命艇指揮者として救命艇を降下するにあたり、一斉離脱装置の安全確認を行う場合、乗艇して自ら目視点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、B指定海難関係人が同装置を熟知しているものと思い、自ら目視点検を行わなかった職務上の過失により、B指定海難関係人が同装置を操作し、フックが開放されて救命艇が海面に落下する事態を招き、救命艇の艇首部に亀裂を伴う損傷を生じさせ、乗艇していた乗組員7人に打撲傷などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の二級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。