(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年10月25日16時55分
鹿児島県串木野港
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船シーホーク |
総トン数 |
304トン |
全長 |
48.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル16シリンダ・V型ディーゼル機関 |
出力 |
4,045キロワット |
回転数 |
毎分1,450 |
3 事実の経過
シーホークは、平成元年12月に進水した、鹿児島県串木野港と上甑島、中甑島及び下甑島各港との定期航路に就航する最大搭載人員306人の軽合金製旅客船で、池貝鉄工株式会社が製造した16V190ATC型と呼称するディーゼル機関の主機及びIRG140型と呼称する逆転減速機が機関室の左右両舷側に装備され、主機と逆転減速機の遠隔操縦装置が操舵室に備えられていた。
逆転減速機は、アルミニウム合金製のケーシング内部に入力軸、中間軸、出力軸、前進用クラッチ、後進用クラッチ、歯車装置及び軸受装置等が組み込まれ、ケーシング底部に潤滑油の容量65リットルの油だめが設けられていた。前進用クラッチ及び後進用クラッチは、嵌合時(かんごうじ)には交互に組み合わされている摩擦板とスチール板とが作動油圧力により圧着される構造で、スチール板中央部の平歯内歯車と前進用入力軸歯車及び後進用入力軸歯車に近接している摩擦板歯車とがそれぞれかみ合わされており、圧縮空気を用いて前進及び後進切替えの作動点検ができるようになっていた。そして、右舷側主機の動力は、前進時には右舷側逆転減速機(以下「逆転機」という。)の入力軸、前進用クラッチ、前進用入力軸歯車、出力軸歯車及び出力軸を経て、後進時には入力軸、後進用クラッチ、後進用入力軸歯車、中間軸に取り付けられている逆転歯車、出力軸歯車及び出力軸を経てプロペラへと伝達されていた。
ところで、シーホークは、機関部の船舶職員に対して休日を付与するため、所定の海技免状受有者が交代で機関長職に就いて乗り組んでおり、同職に就いた者が機関の運転保守にあたり、必要に応じ船舶所有者に申入れのうえメーカーによる点検や整備を行っていた。また、逆転機は、同14年2月上旬第1種中間検査受検に備えて整備工事が行われた際、前進用クラッチ及び後進用クラッチのスチール板中央部の平歯内歯車とかみ合う摩擦板歯車歯面に深さ0.2ないし0.3ミリメートル(以下「ミリ」という。)の経年磨耗が生じていたことから、メーカーによる補修措置がとられた後、摩擦板歯車が継続使用されていた。
A受審人は、4月上旬にシーホークの一等機関士兼機関長(月10日)として乗り組んで以来、船舶職員の配乗の都合で同船のほか僚船と交互に乗船を繰り返しながらシーホークの機関長職に就き、出入港の際には操舵室で機関の運転を行っていた。
ところが、逆転機は、7月中旬夏場の繁忙期に備えるためにメーカーによる前進用クラッチ及び後進用クラッチの作動点検が行われた際、異状が認められなかったことから、運転が続けられているうち、摩擦板歯車歯面の凹状の磨耗が徐々に進行して後進用クラッチ嵌合時の作動を妨げ、衝撃が強まり、衝撃音を発するようになった。
しかし、A受審人は、8月下旬逆転機の遠隔操作中、後進用クラッチ嵌合時の衝撃音に気付き、9月上旬前示補修措置がとられた摩擦板歯車が継続使用されていることを知った後、衝撃音が頻発する状況を認めた際、異状が懸念されたが、圧縮空気による作動点検を行って前進及び後進切替えに支障がないことから様子を見ようと思い、メーカーに依頼するなどして、速やかに開放整備を行わず、摩擦板歯車歯面の凹状の磨耗が進行するまま運転を続けた。
その後、逆転機は、後進用クラッチ嵌合時の過大な衝撃力が中間軸を伝わってケーシングの中間軸入力側軸受穴部に作用し、亀裂が生じて潤滑油が少しずつ漏洩していた。
こうして、シーホークは、A受審人ほか4人が乗り組み、10月25日08時10分串木野港を発し、各港に向かう2往復を終え、串木野港に帰港して係留された後、同受審人が逆転機の潤滑油量の減少を認めて点検したところ、16時55分串木野港西防波堤南灯台から真方位050度800メートルの地点において、ケーシングの中間軸入力側軸受穴部下方の亀裂が発見された。
当時、天候は晴で風はなく、潮候は下げ潮の末期であった。
A受審人は、逆転機の圧縮空気による作動点検を行って前進及び後進切替えに支障があることを認め、その旨を船長に報告した。
シーホークは、逆転機の修理のために欠航した後、メーカーによる精査の結果、ケーシングの前示亀裂のほか、摩擦板歯車歯面の凹状の磨耗が判明し、ケーシング及び摩擦板歯車等が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、逆転機の遠隔操作中、後進用クラッチ嵌合時に衝撃音が頻発する際、開放整備が不十分で、摩擦板歯車歯面の磨耗が進行するまま運転が続けられ、過大な衝撃力が中間軸を伝わってケーシングに作用したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関の運転保守にあたり逆転機の遠隔操作中、後進用クラッチ嵌合時に衝撃音が頻発する状況を認めた場合、補修措置がとられた摩擦板歯車が継続使用されていることを知っていて、異状が懸念されたから、メーカーに依頼するなどして、速やかに開放整備を行うべき注意義務があった。しかし、同人は、逆転機の圧縮空気による作動点検を行って前進及び後進切替えに支障がないことから様子を見ようと思い、速やかに開放整備を行わなかった職務上の過失により、摩擦板歯車歯面の磨耗が進行するまま運転を続け、過大な衝撃力がケーシングに作用する事態を招き、ケーシングを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。