(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年1月20日07時00分
沖ノ鳥島南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二十二勝徳丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
19.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
404キロワット |
回転数 |
毎分1,850 |
3 事実の経過
第二十二勝徳丸(以下「勝徳丸」という。)は、平成3年7月に進水した、まぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、昭和精機工業株式会社が製造した6LAH-ST型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室及び上部操舵室のいずれでも主機の遠隔操縦が行えるようになっており、操舵室に潤滑油圧力低下警報装置などを組み込んだ計器盤を備えていた。
主機は、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付けられ、その潤滑油系統は、総量64リットルの潤滑油が、クランク室オイルパンから直結の潤滑油ポンプで吸引して加圧され、複式こし器から同油冷却器を経て入口主管に導かれ、主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受及びピストンとシリンダライナなどの潤滑と冷却を行ったのち、オイルパンに戻って循環するようになっており、定格回転時、入口主管において、圧力が4.5ないし5.5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調整されていた。
そして、潤滑油系統には、複式こし器エレメントの目詰まりにより、油が途絶して軸受などが焼損することを防止する目的で、同こし器にバイパス弁が設けられ、同こし器出入口の差圧が1.2ないし1.8キロ以上になると同弁が開弁して作動する複式こし器目詰まり警報及び入口主管圧力が2.0キロ以下で作動する潤滑油圧力低下警報が組み込まれていた。
また、同油系統には、主機始動前のプライミングや更油時の排油を行う際に使用するウイング式プライミングポンプ(以下「ウイングポンプ」という。)が付設され、同ポンプ吸入側はオイルパンに吸入管で接続され、吐出側はT形三方コックが取り付けられ、一方は複式こし器入口管に、他方は排油口に接続されていた。
ところで、ウイングポンプ吸入管は当初、呼び径15Aの鋼管が使用され、振れ止め金具で固定されていたところ、いつしか外径約20ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ約500ミリの銅管に取り替えられ、振れ止め金具も取り外されており、機関振動の影響が同管及び管継手などに及ぶ状況となっていた。
A受審人は、平成4年7月から小型第2種の従業制限を有する本船に機関員として乗り組み、同10年1月から機関長として運転管理に当たり、主機を長時間休止したのち始動する際、三方コックを操作してウイングポンプでプライミングを行い、通油後三方コックによりプライミング側を閉路する運転位置に切り替え、操舵室で始動し、出漁中は、機関室の見回りを毎日1回の割合で、また、油量点検を1週間に1回の割合で行っていた。
勝徳丸は、三陸海岸沖合から沖ノ鳥島南方に至る海域において、1航海が2週間ないし1箇月の操業に従事し、主機が1箇月あたり約600時間運転されていたところ、機関振動などによりウイングポンプ吸入管上端のフランジ付根部のろう付け箇所に亀裂を生じ、プライミング後、三方コックが完全な閉路状態とされなかったとき、潤滑油が三方コックから同ポンプを経て逆流し、吸入管亀裂箇所から外部に漏洩(ろうえい)するようになった。
A受審人は、平成13年12月中旬ごろから主機潤滑油消費量が増加し、機関室ビルジに混入する油分が増加していることを認めたが、次回の操業終了後に予定している主機整備時に点検を行えばよいものと思い、速やかに同油系統の漏油点検を行わなかったので、ウイングポンプ吸入管に亀裂が生じていることに気付かないまま、運転を続けていた。
越えて平成14年1月10日早朝A受審人は、千葉県銚子港において、出航前に主機を始動するためプライミングを行ったのち、三方コックをプライミング位置から運転位置に切り替えることを失念し、始動準備を適切に行わず、ウイングポンプとシステム油系統が導通状態のまま、操舵室計器盤で始動した。
勝徳丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、船首1.4メートル船尾1.6メートルの喫水をもって、操業の目的で、同日08時00分銚子港を発し、沖ノ鳥島南方の漁場へ向け、主機を回転数毎分1,400として航行中、前示ウイングポンプ吸入管の亀裂が進展して機関室床面にも潤滑油が噴出するようになり、越えて12日11時30分ごろ油量が不足して同油圧力低下警報装置が作動し、折から当直者が次直者を起こすために操舵室を離れていたのでこのことに気付かなかったものの、次直者が、当直に就く前に機関室をのぞいて漏油を発見し、直ちに就寝中のA受審人に知らせ、同人により操舵室から主機停止の措置がとられたが、4番シリンダなどのクランクピン軸受メタルにかき傷を生じた。
A受審人は、機関室へ赴いてウイングポンプ吸入管の亀裂を発見し、同部を切断したのち封鎖し、三方コックをプライミング位置から運転位置に切り替え、潤滑油を約55リットル補給して始動したところ、同吸入管からの漏油はなく、潤滑油圧力などにも異常を認めなかったので、そのまま主機の運転を続けて漁場への航行を再開した。
勝徳丸は、1月15日20時ごろ漁場に至り、翌16日05時00分から投縄作業を始めて操業を繰り返すうち、前示4番シリンダなどのクランクピン軸受メタルのかき傷が拡大して潤滑阻害により摩耗が進行し、潤滑油系統に混入する摩耗粉などが増加する状況となった。
こうして、勝徳丸は、1月20日05時00分第5回目の操業を開始し、主機を回転数毎分1,500にかけて約9ノットの速力で投縄作業中、大量の摩耗粉などにより複式こし器が目詰まりして警報装置が作動したものの、当直者が投縄作業に加わっている間に、同こし器付バイパス弁が開弁して潤滑油系統に大量の摩耗粉などが侵入し、4番シリンダクランクピン軸受メタルが焼き付いて連れ回りを生じたことから、連接棒の油孔が閉鎖されてシリンダ潤滑が阻害され、ピストンがシリンダライナに固着してピン部で上下に破断し、07時00分北緯19度24分東経135度48分の地点において、連接棒が振れ回ってクランク室ドアを突き破り、主機が大音響を発して停止した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、海上にはうねりがあった。
A受審人は、船首甲板上で縄の修理中、機関室から異音が聞こえたことから、操舵室へ赴いて警報装置の作動と主機停止を認め、機関室へ急行し、クランク室付近に立ち上っていた炎を消火器などで消火したのち点検したところ、前示損傷を認めて運転不能と判断し、船長に報告した。
勝徳丸は、来援した引船に曳航(えいこう)されて宮崎県大堂津漁港に引き付けられ、主機を開放した結果、前示損傷のほか、3番シリンダピストン、全数のシリンダライナ、主軸受メタル及びクランクピン軸受メタル、クランク軸及び潤滑油ポンプなどに多数のかき傷を生じていることが判明し、のちそれらが取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油系統の漏油点検が不十分で、ウイングポンプ吸入管に亀裂を生じたまま運転が続けられたこと、及び主機の始動準備が不適切で、ウイングポンプ吐出側三方コックがプライミング位置の状態で運転中、同ポンプ吸入側から潤滑油が外部に流出し、各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機潤滑油消費量が増加し、機関室ビルジに混入する油分が増加していることを認めた場合、潤滑油が外部に流出しているおそれがあったから、速やかに潤滑油系統の漏油点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、次回の操業終了後に予定している主機整備時に点検を行えばよいものと思い、速やかに潤滑油系統の漏油点検を行わなかった職務上の過失により、ウイングポンプ吸入管に亀裂が生じていることに気付かず、同ポンプ吐出側三方コックをプライミング位置の状態として運転中、同亀裂部からの漏油により潤滑油を不足させる事態を招き、各部の潤滑を阻害させ、ピストン、シリンダライナ及びクランク軸などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。