(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年5月19日09時50分
駿河湾
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三福栄丸 |
総トン数 |
69.78トン |
全長 |
35.35メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分400 |
3 事実の経過
第三福栄丸(以下「福栄丸」という。)は、昭和54年12月に進水した、本州東岸海域においてさばたもすくい網漁、さんま棒受網漁等に従事する鋼製漁船で、主機として阪神内燃機工業株式会社が製造した6LUDA26G型と呼称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、一体鋳鉄製の台板に置かれた主軸受でクランク軸ジャーナルを受け、台板の上に同製シリンダブロックを載せ、同ブロックにシリンダライナを挿入してピストン・連接棒を組み込んだ構造で、シリンダブロックの船首右舷側に直結潤滑油ポンプを装備していた。
主機の潤滑油系統は、台板下のサンプタンクの潤滑油が直結潤滑油ポンプ又は電動の補助潤滑油ポンプで汲み上げられ、機関室後部壁付近に設置された潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て潤滑油主管に入り、主軸受、ポンプ駆動歯車、カム軸伝動装置等に分配され、主軸受に入ったものがクランク軸内を通ってクランクピン軸受、更に連接棒内を通ってピストンピンに至り、各部の潤滑をするほか、連接棒小端部から噴き出してピストン冠の内側を冷却し、それぞれ潤滑・冷却を終えて再び台板に落ちて同タンクに戻るようになっていた。また、通常の運転中の潤滑油圧力が約2.5キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位は「キロ」という。)のところ、1.7キロ以下に低下すると、潤滑油主管に取り付けられた圧力スイッチが作動して、機関室及び船橋の各制御盤において警報が鳴るようになっていたが、機関室の制御盤では警報スイッチが切られていたものか、いつしか圧力スイッチが作動しても警報が鳴らなくなっていた。
潤滑油こし器は、120メッシュの金網を張ったこし筒を、複式構造の容器に収め、使用側を切替コックで切り替えるもので、対辺距離36ミリメートルの正方形断面のコック頭部上面には、出入りの配管とこし筒との通路向きを示す線が、約130度の角度差で刻まれ、回転半径230ミリメートルのハンドルが取り付けられていた。
ところで、潤滑油こし器の切替コックは、ハンドルの回転範囲を制限するストッパーに当たるまで前示角度分を回転させれば、コックの流路が反対側に切り替わるようになっていたが、回転の途中には、流路を塞ぐ範囲が含まれていた。
A受審人は、平成14年1月から機関長として乗り組み、機関の整備や運転に携わっていたもので、主機の潤滑油圧力が低下した際など、以前から乗り組んでいた操機長にそれまでの経験によって適宜判断させ、潤滑油こし器の切替えと掃除を行うことを任せていた。
主機は、潤滑油が使用時間の経過によって性状が劣化し、潤滑油こし器が頻繁に詰まるようになったので、同年5月16日に潤滑油が取り替えられたが、主機各部のスラッジが潤滑油中に溶け出して、同こし器に付着する状況が続いていた。
福栄丸は、A受審人ほか12人が乗り組み、船首2.4メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、さば漁の目的で、同月18日09時00分神奈川県三崎港を発し、同日16時00分伊豆諸島御蔵島南西方の銭洲の漁場に至って操業を開始し、翌19日03時30分ごろ操業を終え、ごまさば約10トンの漁獲を水揚げするため、主機を毎分回転数380にかけて静岡県焼津港に向かったところ、主機の潤滑油こし器にスラッジが付着し始めた。
A受審人は、同日05時から機関室に入直し、07時ごろ潤滑油の圧力など主機各部を見回ったが、潤滑油圧力が徐々に低下し始めていることに気付かず、09時ごろ操機長と交替して自室で休憩した。
主機は、09時30分ごろ潤滑油圧力が低下して潤滑油圧力スイッチが作動し、船橋の制御盤で警報が鳴ったので、その旨を当直者がA受審人に連絡したが、そのまま運転が続けられた。
A受審人は、機関室に赴き、警報盤に警報が表示されておらず、船橋だけに警報が出たのは誤警報だろうと思いながらも、計器板上の潤滑油圧力計の示度が2キロまで低下していたので、ようやく潤滑油こし器が目詰まりしたと考え、09時47分ごろ同こし器を切り替えることとしたが、主機をいったん停止しなかったばかりか、コック頭部の刻印の向きを反対側潤滑油こし器に確実に合わせるなど、同こし器の切替コックを適切に操作しなかった。
こうして、福栄丸は、潤滑油こし器の切替コックが途中の閉鎖範囲に止まったが、A受審人が潤滑油圧力計を確認しなかったので、主機の潤滑油供給が途絶えたまま運転が続けられ、主機の潤滑が阻害されてクランクピンが軸受メタルと焼き付き、各ピストンとシリンダライナとにかき傷を生じ、09時50分焼津港小川外港南防波堤灯台から真方位144度4.7海里の地点で、主機が異音を発して自停した。
当時、天候は晴で風力2の西風が吹いていた。
A受審人は、主機の各部が変色して焦げ臭いにおいがするのを認め、主機が焼き付いて運転不能と判断し、船長に救助要請を依頼した。
福栄丸は、付近を航行中であった僚船にえい航を依頼し、焼津港に引きつけられ、精査された結果、クランク軸の4番クランクピン部の異常摩耗と同連接棒大端部の変形のほか、全ての主軸受台が過熱によって変形していることが分かり、のち、機関台板、クランク軸、ピストン、シリンダライナなどが取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、航海中、主機の潤滑油こし器が詰まり、潤滑油圧力が低下した際、主機をいったん停止しなかったばかりか、同こし器を切り替えるコック操作が不適切で、潤滑油供給が途絶えたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、航海中、主機の潤滑油こし器が詰まって潤滑油圧力が低下して、主機を停止しないまま同こし器を切り替える場合、コック頭部の刻印の向きを反対側同こし器に確実に合わせるなど切替コックを適切に操作すべき注意義務があった。しかるに、同人は、切替コックを適切に操作しなかった職務上の過失により、同こし器の切替コックが途中の閉鎖範囲に止まって潤滑油供給が途絶えたまま主機の運転を続け、潤滑が阻害される事態を招き、クランクピン、連接棒、主軸受、台板など主要部を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。