(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年1月30日13時15分
兵庫県赤穂港沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船旭進丸 |
総トン数 |
4.98トン |
登録長 |
10.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
15 |
3 事実の経過
旭進丸は、昭和57年8月に竣工し、小型底びき網漁業に従事する、船体中央部に操舵室を設けその後方にリールウインチとやぐらを配した軽合金製の漁船で、A受審人(昭和51年5月二級小型船舶操縦士(5トン限定)免許取得)が甲板員である妻Sと2人で乗り組み、落ちがき漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成15年1月30日10時00分岡山県日生港を出港し、同港の東方に近接する兵庫県赤穂港沖合の漁場に向かった。
落ちがき漁は、毎年1月6日から3月31日まで、かき養殖場のかき棚が撤去されている間、同棚から落ちたかきを海底の掃除を兼ねて採捕するもので、長さ4.7メートルの袋状をした網の網口に桁と称する、高さ18センチメートル幅2.5メートルの鉄製の枠を固定し、桁に取り付けた5本のチェーンの各末端を1個のシャックルでまとめ、同シャックルから網尻までを長さ約9メートル、重量230キログラム(以下「キロ」という。)として1本の曳網索で曳き、網尻にはかきを取り出すための、チャックと呼ばれる大型のファスナーを備えていた。
一方、やぐらは、基部がリールウインチをまたいでその両側に設置され、滑車を取り付けた頂部が正船尾端の真上になるよう後方に傾斜して固定されており、揚網時には曳網索を巻き込んで漁網を船尾まで引き寄せたのち、同索とは別に用意された巻上げ索を滑車に通したうえ、その先端のフックを桁に掛けて巻き込み、桁から網尻までを滑車の下方に吊り、チャックを開いてかきを船尾甲板に落とすようになっていた。
また、リールウインチは、電動モータで駆動され、ドラムを一定方向のみに回転する1本の回転軸に左右に分けて各1個ずつ取り付け、同軸と各ドラムとはクラッチを介して連結し、落ちがき漁では右舷側ドラムを曳網索の、左舷側ドラムを巻上げ索のそれぞれ巻込みに用い、やぐらで吊り上げた漁網を下ろすときにはクラッチを外してブレーキを緩め、漁網の自重でドラムが逆回転するようになっていたところ、竣工以来の長年にわたる使用でクラッチの回転軸側とドラム側の両接合部が摩耗し、ドラム側の爪に生じた凹部にクラッチの爪がはまり込むことがあり、特に荷重がかかったときにクラッチが外れにくくなっていた。
このため、A受審人は、吊り上げた漁網を下ろすのに手間取ることがあったが、クラッチの操作ハンドルを数回激しく動かせば何とか外すことができたことと、落ちがき漁に従事する期間が短く、これ以外の底びき網漁では両ドラムを共に曳網索の巻込みに用い、漁網を吊り上げる必要がなかったことから、波浪等の影響による船体動揺で吊り上げた漁網が大きく振れないうちにこれを下ろして横振れを防止するようクラッチを整備することなく、出漁を繰り返していた。
そして、A受審人は、落ちがき漁の揚網時に漁獲量が多いと、海中から上がる前の漁網が正船尾からわずかに左右に外れるだけで船体傾斜を生じることがあるので、そのようなときには漁網の周囲にとったりと称するロープを回し、その両端を傾斜と反対舷寄りの船尾舷側に係止し、漁網が吊り上げられてとったりが張るに従ってこれが正船尾端に引き付けられ、船体傾斜が直るとともに、漁網の横振れが防止される方法をとっていた。
10時40分A受審人は、漁場に到着して直ちに操業を開始し、3回の揚網で300キロのカキを採補し、S甲板員に手伝わせて20キロずつに分けて詰めた袋を船尾甲板上に並べ、12時59分4回目の曳網を終え、同甲板員を操舵室内で待機させて自身はリールウインチの右舷側に立ち、舵輪及び主機遠隔操縦装置の操作に加え、同ウインチの操作にあたり、船首を東方に向け、機関を極微速力前進にかけて揚網に取り掛かり、桁を船尾まで引き寄せて曳網索の巻込みを止め、漁網を海中に漬けたまま、泥が網目から抜け落ちるのを待った。
13時13分A受審人は、巻上げ索のフックを桁に掛けて同索のドラムのクラッチを入れ、漁網の吊上げを始めようとしたとき、漁獲量がいつもよりもやや多く、そのまま吊り上げると、頭部過重気味となった船体が波浪等の影響で動揺しやすく、漁網が舷外に振れ、傾斜が増大して復原力を喪失するおそれがあったが、いつもは吊り上げる前に生じる船体傾斜が現れていないから漁網が大きく振れることはないものと思い、いったん吊上げを中断してとったりを取るなど漁網の横振れ防止に対して十分に配慮することなく、巻上げ索を巻き込んだ。
13時14分少し前A受審人は、桁がやぐらの滑車にほぼ達し、網尻が船尾舷縁のわずか上方を越えたところで、巻上げ索の巻込みを止め、漁網の船首尾方向への振れが収まるのを待ち、同時14分リールウインチのブレーキをかけ、網尻のチャックを開くつもりで同ウインチを離れたところ、折からの波浪により船体が動揺して漁網が左舷側の舷外に振れ、同チャックをつかむことができず、再び同ウインチに戻り、クラッチを外そうとしたものの、荷重がかかって手間取るうち、漁網が更に振れて傾斜が増大し、13時15分鵜石鼻灯台から真方位036度1.35海里の地点において、旭進丸は、東方に向首したまま、2ノットの速力をもって、復原力を喪失して左舷側に転覆した。
当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、波高30センチの波浪があり、潮候は下げ潮の初期であった。
転覆の結果、マストに曲損を生じたほか、機関及び航海計器等が濡損を被り、S甲板員(昭和16年10月25日生)が転覆の直前に操舵室外に出たものの、着衣が船体に絡み溺水により死亡した。
(原因)
本件転覆は、赤穂港沖合において、落ちがき漁に従事するにあたり、揚網時の漁網の横振れ防止に対する配慮が不十分で、リールウインチのクラッチが整備不良のまま出漁したばかりか、漁網が船尾舷縁に繋がれないまま船尾のやぐらで吊り上げられ、頭部過重となった船体が波浪の影響で動揺して漁網が舷外に振れ、クラッチを外して漁網を下ろすことができないうち、傾斜が増大して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、赤穂港沖合において、落ちがき漁の揚網中、多量のかきが入った漁網を船尾のやぐらで吊り上げる場合、頭部過重気味となった船体が波浪等の影響で動揺しやすく、漁網が舷外に振れ、傾斜が増大して復原力を喪失するおそれがあったから、漁網の周囲にロープを回してその両端を船尾舷側に係止するなど、漁網の横振れ防止に対して十分に配慮すべき注意義務があった。しかし、同人は、いつもは吊り上げる前に生じる船体傾斜が現れていないから漁網が大きく振れることはないものと思い、漁網の横振れ防止に対して十分に配慮しなかった職務上の過失により、吊り上げた漁網が折からの波浪による船体の動揺を受けて左舷側の舷外に振れ、これを下ろすことに手間取るうちに傾斜が増大し、復原力を喪失して転覆を招き、マストに曲損を生じたほか、機関及び航海計器等が濡損を被り、甲板員が溺水により死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。