(事実)
第1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年1月5日07時30分
青森県艫作埼(へしなざき)南西沖合
第2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船すいせん |
総トン数 |
17,329トン |
全長 |
199.45メートル |
幅 |
25.00メートル |
深さ |
9.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
47,660キロワット |
第3 事実の経過
1 すいせん
(1)来歴
すいせんは、平成7年10月石川島播磨重工業株式会社東京第1工場で進水し、同8年6月北海道小樽港と福井県敦賀港間の定期航路に就航した、旅客定員507人の船首船橋中央機関室型鋼製旅客船兼車両航送船で、同航路で6年余り使用されたのち、同14年9月から航路が北海道苫小牧港と敦賀港間に変更され、同型船のすずらんとともに片道20時間半の標準航行時間で運航されていた。
(2)一般配置
主船体は、2層の全通甲板で構成され、その上方に2層の船楼と最上層に甲板室があり、船楼及び全通の各甲板を上から順にA、B、C、D甲板と呼称し、甲板室の前部が船橋、後部が船室とされ、A、B両甲板には船室、C、D両甲板には車両積載区画がそれぞれ設けられていた。
D甲板下は、全長199.45メートルのうち、船首から後方約80メートル間が主にタンク区画とされ、フォアピークタンク、清水タンク、燃料油タンク、バラストタンクが配置されていたほか、フォアピークタンク後方にバウスラスター室などがあり、同区画の後方約75メートル間が機関室で、最前部の補機室から順に主機室、発電機室、減速機室、第1軸室、第2軸室に区分され、機関室の後方にバラストタンク、スターンスラスター室などが設けられ、船尾が操舵機室となっていた。
主機室は、船体中央部にあり、D甲板の下方3.7メートルのところに、機関甲板と呼称される機関室全体にわたる中段が設けられていた。
(3)推進装置
すいせんは、主機室中央部両舷に据え付けた出力23,830キロワット(以下「キロ」という。)の4サイクル18シリンダ・V型ディーゼル機関2機を主機(以下、左舷側を「左舷主機」、右舷側を「右舷主機」という。)とし、各々の主機が減速機を介して可変ピッチプロペラを駆動する、いわゆる2機2軸船で、片舷主機のみでも航行することが可能であった。
(4)主機冷却清水管系統
主機の冷却清水管系統は、清水冷却器で海水により冷却された清水が、主機冷却清水ポンプで吸引・加圧され、左舷主機系統と右舷主機系統とに分岐して両主機を冷却したのち、再び清水冷却器に戻って循環するようになっていたほか、暖機ポンプと清水加熱器を直列に組み込んだ暖機用の配管が、冷却清水ポンプの入口側から出口側に接続されていて、清水冷却器への海水の通水を止めて清水加熱器に蒸気を通し、主機冷却清水ポンプの代わりに暖機ポンプを運転することにより、停泊中等に主機を暖機することができるようにもなっていた。
なお、主機冷却清水ポンプは、容量110キロの電動機で駆動される竪型の渦巻ポンプ2台で、それぞれ1号及び2号主機冷却清水ポンプと呼称され、そのうちの1台が常時運転される一方、他の1台が運転機に異常が発生した場合に自動始動するスタンバイ機になっていた。また、暖機ポンプは、容量2.2キロの電動機で駆動されるようになっていた。
したがって、万一主機冷却清水ポンプが2台とも使用できなくなった場合でも、清水加熱器の加熱蒸気を遮断したまま清水冷却器に海水を通水して暖機ポンプを運転すれば、主機に冷却水を供給できるので、清水の流量は主機冷却清水ポンプを運転するのに比べれば大幅に減少するものの、片舷主機を低負荷であれば運転できる可能性があった。
(5)主機室の通風装置
主機室は、給気通風機及び排気通風機各2台による機動通風方式とされ、1号、2号給気通風機が、風量毎分2,000立方メートル、静圧490パスカル、電動機容量37キロ、1号、2号排気通風機が、風量毎分1,200立方メートル、静圧294パスカル、電動機容量15キロで、各1号通風機が主として右舷側の給排気を、各2号通風機が左舷側の給排気をそれぞれ受け持つように給気及び排気ダクトが設けられていた。
(6)給気ダクト
ア 全体構造
給気ダクトは、肋骨番号139番から同147番にかけて両舷対称に位置し、外板を構成部材の一部とする船体付鋼製ダクトであり、C甲板上の外気取入口から機関甲板上の給気通風機までの間に導設され、その垂直断面がL字型で、B甲板下2.5メートルからD甲板間の部分(以下「給気ダクト上部」という。)が、長さ6メートル、幅0.6メートル、深さ7.8メートル、D甲板から機関甲板間の部分(以下「給気ダクト下部」という。)が、長さ6メートル、幅1.3メートル、深さ3.7メートルで、同ダクト下部は主機室と補機室にまたがって設けられており、一方給気通風機の出口側の通風ダクトは補機室側に設けられたメインダクトから分岐して主機室の各所に導かれ、2号給気通風機においては、そこから約5メートル船尾方に離れて導設された通風ダクトの吹出口が、機関甲板上に装備された1、2号主機冷却清水ポンプ直上に開口していた。
そして、給気ダクト上部、下部とも内面に防錆のためタールエポキシ樹脂塗料が塗装され、点検、整備用として垂直梯子が、船首側、船尾側及びその中間に外板に沿って取り付けられていたほか、車両積載区画に隣接する同ダクトの天井と壁面には断熱材が張られていた。
イ 給気ダクト上部の構造
給気ダクト上部には、高さ1.45メートル、幅0.75メートルの外気取入口が、舷側に沿って等間隔に水平に4個設けられ、同取入口の下縁が計画満載喫水線上から約8メートルに位置し、開口部には鋼板製の羽根板が水平に多数取り付けられており、各外気取入口内側に火災制御などの目的で鋼製の水密ダンパーが装備されていた。
ウ 給気ダクト下部の構造
給気ダクト下部は、補機室と主機室を隔てる肋骨番号143番の水密隔壁(以下「水密隔壁」という。)によって前後の区画に区切られ、さらに両区画が、舷側から0.6メートル離れて船縦方向に設けられたウォータセパレータによって左右に区切られ、併せて4区画からなっており、同ウォータセパレータは給気ダクト底部にあたる機関甲板上約0.47メートルのところから給気ダクト下部の天井まで取り付けられ、その船体中心線側にあたる、ウォータセパレータ出口側の区画(以下「ウォータセパレータ出口側」、及びその反対側を「ウォータセパレータ入口側」という。)には、給気ダクト底部上約0.32メートルのところに鋼板製の上床が設けられていた。
補機室側ウォータセパレータ出口側には、その側壁に、給気通風機を内蔵した直径約1.8メートルの円筒型鋼製ダクト(以下「円筒ダクト」という。)が、給気ダクト底部から1.14メートルの高さを下縁として船横方向に水平に取り付けられ、水密隔壁には、主機室側ウォータセパレータ出口側と連絡する給気ダクト底部からの敷居高さ約0.47メートルの交通口が、主機室側ウォータセパレータ出口側の側壁には、給気通風機の手入れ及び両区画の点検整備のためのマンホールがそれぞれ設けられていた。
一方、ウォータセパレータ入口側には、前後の区画の点検、手入れのために補機室側前壁にマンホールが設けられ、主機室側ウォータセパレータ入口側へは、中間の垂直梯子により水密隔壁を乗り越えて出入りするようになっていた。
(7)給気ダクト底部の排水機構
ア ウォータセパレータ及び外気の経路
ウォータセパレータは、くの字型断面の軽合金製板を約2センチメートル(以下「センチ」という。)の間隔で垂直に配列した格子状のパネルで、外気取入口から吸引された外気が、降下してウォータセパレータ入口側に達したのち、同パネルに当たり、この間隙を通過する過程で、波しぶきや雨雪などの水分が分離して給気ダクト底部に落下し、ほとんど外気のみがウォータセパレータ出口側に達して給気通風機に吸入されるようになっていた。
一方、分離した水分は、ウォータセパレータが非水密であるので、水密隔壁の交通口の敷居高さまでは補機室側と主機室側に二分されて溜まるようになっていた。
イ ドレン排出管
主機室側ウォータセパレータ入口側の底部には、スウェット等の自然排水の目的で、主機室底部のビルジウェルに導かれる直径40ミリメートル(以下「ミリ」という。)のU字型シール付きのドレン排出管が設けられており、右舷側給気ダクトの同管はビルジウェルまで単独で導設され、管端においてドレンの排出状況を確かめることができたものの、左舷側のものは他のドレン管と途中で合流する様式となっているため、給気ダクトのドレンが排出されているかどうかを確認することができなかった。
ウ エゼクタ吸入口
ウォータセパレータ出口側の底部には、直径約30センチのホッパーが主機室側と補機室側に各一個設けられており、ホッパー頂部には直径約8ミリの穴が多数開けられた目皿が付いていた。
なお、目皿は、上床の下にあり、主機室側のマンホールを開放しても見ることができないため、補機室側のマンホールを開放してウォータセパレータ入口側から点検する必要があった。
エ エゼクタ吸入ライン
エゼクタ吸入ラインは、直径80ミリの鋼管で、各ホッパーの直下にバタフライ弁が取り付けられ、左右の給気ダクト底部からのラインが途中で合流したのち、中間弁、逆止弁を経て主機室左舷後部に設けられたエゼクタに導設されていた。一方エゼクタの駆動水ラインには消防兼ビルジバラストポンプから約5キログラム毎平方センチの圧力海水が供給されるようになっており、同駆動水圧力におけるエゼクタの滞留水吸入量は毎時12.8立方メートルであった。
このほか、エゼクタ吸入ラインには、排ガスエコノマイザー洗浄水タンクの滞留水を排出するためのラインが逆止弁とエゼクタの間に分岐して設けられ、同ラインにもバタフライ弁と逆止弁が取り付けられていた。
オ エゼクタの使用要領
エゼクタは、夏季の航海では荒天のときのみ、冬季では毎航海それぞれ使用しており、出港後に運転し、入港前に停止するようにしていた。
カ エゼクタ吸入ラインの作動確認方法
エゼクタによる排水機構が正常に作動しているかどうかの判定は、排ガスエコノマイザー洗浄水タンクからの排出ラインを使用して行われ、出港時取扱担当者が、同ラインのバタフライ弁を開け、消防兼ビルジバラストポンプを運転し、同タンク頂部から滞留水の水位が下がるのを視認することで、エゼクタ等に詰まりなどの異常がないことを確認するという方法がとられていた。
そして、取扱担当者は、排ガスエコノマイザー洗浄水タンクの排水を済ませたのち排出ラインのバタフライ弁を閉め、エゼクタ吸入ラインの中間弁を開け、各ホッパー直下のバタフライ弁を常に開とした状態で運転していたが、給気ダクト底部には液面検出装置等が装備されていなかったので、航海中に同ダクト底部の滞留水の有無を確かめることが困難であった。
2 指定海難関係人B株式会社
(1)来歴
指定海難関係人B株式会社(以下「B」という。)は、昭和44年6月に設立され、北海道と関西間の日本海航路に長距離フェリー9隻を就航させて一般旅客定期航路事業を営む、従業員数約600人の会社で、本店を小樽市、本社を大阪市、支店を苫小牧市、秋田市及び敦賀市等にそれぞれ置き、本社には総務部、営業部、営業企画部、経理部、海務部、船員部、関連事業部及びシステム室を設けていた。
(2)給気ダクト採用の経緯
Bは、海務部長を運航管理者として、本社及び各支店に配置された副運航管理者らを介して運航管理にあたらせるほか、船舶の建造及び保船業務を海務部に担当させていた。
海務部は、平成7年にほぼ同時に着工したすいせん及びすずらんの建造にあたり、主機室の給気について、それまでの所有船では最上層の暴露甲板のベンチレーターから船室区画を貫通して導いていたのを止め、自社船以外で既に数十隻の実績があるウォータセパレータを用いる方式を採用し、船室配置と騒音防止に有利になるよう、外気取入口を船室区画より下方の舷側に設けることとし、造船所と打合せの過程で、当初給気ダクト底部に溜まる水分の排除をドレン排出管のみによっていたものを、排出能力を強化するためエゼクタ吸入ラインを加えることにした。
(3)整備の管理模様
Bは、すいせんとすずらんを同時に就航させたのち、他の所有船も含めて、整備を海務部に統括させ、船体及び諸機器に関する詳細な整備項目及び整備間隔の立案については、乗組員に任せ、毎年受検を兼ねた入渠時には、工務監督を派遣するなどして各船の整備状況を把握するようにしていた。
Bは、すいせんの給気ダクトの整備に関し、2年毎に行われる給気通風機の開放整備の際、その周辺に手入れを必要とする発錆があり、錆打ち塗装を実施していることを出渠後に造船所から提出される修繕工事の明細を記した書類などを通して把握していたが、給気ダクト内部全体について点検、整備が必要かどうか関心を持たなかった。
Bは、建造段階からのいきさつで、給気ダクトの構造等については船側よりも熟知した立場にあり、給気通風機周辺の発錆が2年毎に手入れを必要とする状態であって、これよりも外気取入口側のダクト内部の部材や艤装金物が、塩分を含んだ外気に曝されて乾湿を繰り返す厳しい環境下にあって腐食が予測される状況であったにもかかわらず、工務監督もしくは乗組員に対し、給気ダクト内部の十分な点検を行うよう指導していなかった。
3 受審人A
(1)乗船履歴
A受審人は、昭和48年8月Bに入社し、しばらく機関士として乗船したのち、平成4年から機関長職を執るようになり、同8年5月すいせんの艤装員として派遣され、引き続き機関長として乗船した。
(2)給気ダクトの船内整備区分
引渡後A受審人は、甲板部と機関部の整備担当範囲について船内で協議し、通風装置に関してはそれまでの自社船の整備区分の例に倣い、機関室内及び可動部のある給・排気通風機等は機関部、それ以外の場所のものは甲板部との認識があったが、給気ダクト上部と下部の様式がこれまでにない船体付きの様式であるうえ、給気ダクト上部が車両積載区画まで及んでおり、通風機を除く同ダクト内部の整備は甲板部の担当ではないかと思っていたこともあって、いずれの所掌とするか明確に取り決めないまま整備にあたっていた。
(3)給気ダクトの整備
A受審人は、主機室の給・排気通風機の整備を三等機関士に担当させ、2年毎に給気通風機の玉軸受交換のため、入渠時主機室側のマンホールを開け、本件発生までに3回の整備を実施しており、平成10年2月の第1回整備のときから2号給気通風機の電動機を円筒ダクト内で支える部材及び同ダクト内面などの周辺部材に発錆が認められ、錆打ち塗装を行ったことを担当機関士からの報告で知り、その後は出渠後に造船所から提出される修繕工事の明細を記した書類などを通して、毎回錆打ち塗装を実施していることを把握していた。
A受審人は、給気通風機周辺に手入れを必要とする発錆があることを把握した際、給気ダクト内部の整備区分が曖昧であったとはいえ、同ダクト底部に設けられた目皿からエゼクタに至る排水機構の整備は機関部が所掌しており、同ダクト内部の発錆などによって同排水機構に影響が生じることが予測されたが、同ダクト内部には防錆塗装が施してあるから大丈夫と思い、担当機関士に対して同ダクト内部のうち、底部の目皿などを含む排水機構などを重点的に点検するよう指示しなかった。
こうして6年余り給気ダクト内部に対する十分な点検整備が行われないでいるうち、同ダクト内部の部材や垂直梯子等から剥離した錆片などの異物により、左舷給気ダクト補機室側の目皿がいつしか閉塞する状態となっており、両舷のドレン排出管も同様であった。
4 気象及び海象
平成15年1月4日21時における東北地方北部沖合の日本海及び津軽海峡は、三陸沖、北海道西部沖及び北見沖のオホーツク海にある3個の低気圧の後方に入り、986ヘクトパスカルのオホーツク海の低気圧が発達中で、同低気圧がほとんど停滞したまま翌5日03時には984ヘクトパスカル、09時には982ヘクトパスカルと勢力を強める状況にあり、この間日高沖では海上暴風警報、津軽海峡では海上強風警報、檜山・津軽沖では海上暴風警報、秋田沖では海上強風警報がそれぞれ発表され、日本海のうち檜山・津軽沖から秋田沖にかけて、同4日に4メートルであった波高が翌5日09時には5メートル以上となり、津軽海峡では2ないし3メートルの波高が続き、一方この間、苫小牧から津軽海峡東口に至る海域は、風速毎秒10メートル前後の西寄りの風で、波高が3メートルであった。
5 事件発生に至った経緯
すいせんは、平成15年1月4日出港に先立って気象情報を入手し、予定航路における風速及び波浪が、運航管理規程に基づく発航中止の基準値である、風速毎秒25メートル、波高5メートルを超えない警報値であったので、船長O及びA受審人ほか、甲板部11人、機関部6人、事務部及びサービス部15人が乗り組み、旅客456人を乗せ、車両253台を積載し、船首6.85メートル船尾6.90メートルの喫水をもって、同日23時55分苫小牧港第四区を発し、敦賀港に向かった。
A受審人は、発電機室にある機関制御室で出航配置に就き、機関が航海全速力となった翌5日00時24分、主機室の給・排気通風機を始動させるとともに、機関部員にエゼクタの運転を指示し、その後自室に退いた。
機関部員は、前航海の敦賀出港時排ガスエコノマイザー洗浄水タンクの滞留水を排出してエゼクタに異常のないことを確認しており、同タンクを覗いて滞留水がなかったので、直ちに給気ダクトのエゼクタ吸入ラインにバルブを切り替え、消防兼ビルジバラストポンプを始動した。
02時15分O船長は、恵山岬の東方約6海里のところで昇橋して操船指揮にあたり、津軽海峡に入って向かい波となったので機関出力を80パーセントに下げ、約3ノットの東流に抗して24.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で同海峡を通過した。
05時00分O船長は、津軽海峡を出て竜飛埼灯台から265度(真方位、以下同じ。)13.6海里の地点に達したとき、通常であれば青森県艫作埼と同県久六島の中間を通る基準航路に沿う針路に転針する予定であったが、西北西の風が強かったので、右舷方からの風によって陸岸寄りに圧流されることを考慮し、沖出しして久六島の西側を通ることとし、針路を220度に定め、機関の出力を75パーセントに下げ、左方に5度圧流されながら24.5ノットの速力で自動操舵により進行した。
04時から機関室当直に就いていた二等機関士は、06時50分ごろ機関室内を巡視したが、主機冷却清水ポンプ付近に異常は認めなかった。
07時00分O船長は、久六島灯台から299度4海里の地点に達したところで、針路を210度に転じるとともに、波浪が高まってきたので機関の出力を70パーセントに下げ、左方に10度圧流されながら18.6ノットの速力で続航した。
すいせんは、フィンスタビライザーを作動させていたが、次第に増勢する風力8の西北西の風と波高5メートルとなった波浪中を、船体が左舷に約5度ヒールした状態で、最大約4度の横揺れと3ないし4メートルの振幅の縦揺れを繰り返すとともに、船首で立ち上がった波しぶきが舷側沿いに飛来して外気取入口から頻繁に吸引され、右舷側では、時折波が舷側に打ち当たった勢いで一部が舷側に沿って立ち上がり、外気取入口の下縁を超える状況で進行していたところ、有義波高の2倍近い波が出現するとともに左舷側に約9度の傾斜が重なり、左舷側では、波頂が外気取入口の下縁を超え、多量の海水が給気ダクトに浸入した。
このため、左舷側の給気ダクトでは、同ダクト下部の補機室側に設けられたホッパーの目皿が、以前から錆片などで詰まっていたので、浸入した波しぶきが排除されないまま滞留していたところに、一時に多量の海水の打ち込みが加わり、水位が水密隔壁の交通口を超える状態となった。
そして目皿の詰まりがなかった主機室側ホッパーからのエゼクタによる排水が続けられていたものの、繰り返される船体の動揺によって補機室側の滞留水の水位が前後左右に大きく変動し、2号給気通風機の円筒ダクトの下縁付近に水位が達したとき、滞留水の一部が同通風機に吸引され、外気とともに出口側ダクトに移動し、分岐ダクトを経て主機冷却清水ポンプ直上の吹出口から同ポンプの駆動電動機に降りかかった。
機関制御室で当直にあたっていた二等機関士は、07時12分1号主機冷却清水ポンプが停止したことを示す警報を認めるとともに、運転表示灯で2号主機冷却清水ポンプが自動起動していることを確認し、直ちに現場に赴いたところ、両ポンプ駆動電動機上部の吹出口から水が噴出しているのを認めたので、同吹出口のダンパーを閉止しようと試みたものの、同ダンパーが固着していて閉止できず、2号給気通風機を停止するとともに、ビニールシートを2号主機冷却清水ポンプ駆動電動機に被せようとしているうちに同ポンプも停止したことから、主機の運転は不可能と判断し、同時27分両舷主機を停止したのち、事態を船橋当直者及びA受審人に報告した。
07時30分すいせんは、久六島灯台から228度8.8海里の地点において、舵効がなくなり航行不能となった。
当時、天候は曇で風力8の西北西の風が吹き、波高は5メートルであった。
6 事件発生後の措置
当直機関士から報告を受けたA受審人は、主機を運転する方法として、焼損した電動機を他の電動機と取り替えれば主機の通常運転が可能であること、及び主機の冷却清水系統の配管状況から、暖機ポンプを運転すれば清水を循環させることができるので片舷主機ぐらいは運転することが可能かも知れないことの2つの方法を考えたが、暖機ポンプの容量が主機冷却清水ポンプに比べて余りにも小さいこと、すいせんが陸岸から離れていて差し迫った危険がなかったこと、及び機関部員が自分を含めて7人しかいないことから、暖機ポンプによる主機の運転は最後の非常手段として、電動機の取替え作業を優先することにし、その旨をO船長に連絡した。
このように、A受審人は、荒天下の漂流という旅客及び船舶の安全に関わる非常事態であり、気象、海象がさらに悪化するなどの最悪の事態を考えれば推進力の確保が優先される状況であったにもかかわらず、機関部員7人で作業することだけを考え、甲板部から必要な人数の応援を得れば電動機の取替え作業と暖機ポンプによる片舷主機の運転確認作業が並行して行えることに考えが及ばなかった。
O船長は、機関部から機関の復旧には時間が掛かるとの報告を受けたので、運航管理者に連絡し、最寄りの秋田支店に引船の手配を依頼したのち、第二管区海上保安本部に事故発生の報告を行った。
O船長は、秋田支店から引船が荒天により出港できない旨通知されるとともに、巡視船3隻が出動した旨の連絡を秋田海上保安部から受け、その間バラストタンクへの注水、両舷錨鎖約3節の垂下、船首尾のスラスター使用などにより圧流速度を少しでも遅くすることを試みながら部下に曳航索の準備を行わせ、船体が秋田県能代市付近の海岸に向けゆっくりと流される中、巡視船の到着と機関の復旧を待った。
一方、A受審人は、船内に焼損した電動機と同じ大きさの電動機がなかったことから、補機室内に設置された容量が75キロで焼損した電動機と形状が一番近い消防ポンプの電動機を使用することにし、機関部員6人を3人ずつに分けて各々の電動機の取外し作業に取り掛からせ、自身は機関室内の監視及び作業状況の監督にあたった。
A受審人は、両電動機の取外し作業が終わったのち、5人を取り外した消防ポンプ駆動電動機の主機室内への搬入作業にあたらせ、同電動機を主機冷却清水ポンプに取り付けるにはカップリングの間隔片等の金具が必要であったことから、操機長にそれらの作製作業を行わせ、主機冷却清水ポンプへの電動機の取付け作業が終わった1月5日14時00分同ポンプを試運転したが、電動機が過電流になって使用できないことが判明したので、直ちに暖機ポンプによる主機の運転確認作業を行うことにした。
A受審人は、暖機ポンプに近い左舷主機を運転することにし、必要な弁の開閉作業を行って各部に要員を配置したのち、無負荷で左舷主機を始動し、シリンダ出口の冷却清水温度等に注意しながら14時09分微速力前進に、次いで同時37分半速力前進にそれぞれ上昇させ、左舷主機の運転が可能であることを確認できたので、15時15分同機を停止した。
その後O船長は、15時39分入道埼灯台から356度9.3海里の地点において、来援した巡視船の伴走を受けながら航行を再開し、左舷主機を半速力前進にかけ、約6ノットの速力で秋田船川港に向かい、21時15分同港船川区沖に至って錨泊した。
翌6日O船長は、秋田船川港岸壁に接岸し、乗員乗客に負傷はなく、積載車両にも損傷等がなかったが、乗客と車両を一部下ろし、主機冷却清水ポンプの駆動電動機を換装したのち、敦賀港に向け出港し、翌々7日同港に入港した。
7 改善措置
本件後、Bは、すいせん及び同型船に対して次の主な改善措置を採った。
(1)毎月1度、給気ダクトの補機室側及び主機室側の各マンホールを開放し、乗組員による同ダクト底部の点検を実施する
(2)両舷給気ダクト下部に高水位警報装置を設置
(3)エゼクタが不調の際に給気ダクト下部の滞留水を、消防兼ビルジバラストポンプにより直接排水できるラインを増設
(4)1、2号主機冷却清水ポンプ直上の通風ダクトの吹出口を移設
(原因に対する考察)
本件は、荒天下の日本海を航行中に主機室の通風ダクトから海水が噴き出し、主機冷却清水ポンプに降りかかって駆動電動機が焼損し、主機が使用できなくなったものであるが、以下その原因について考察する。
1 目皿が閉塞した理由とその時期
本件発生2日後の敦賀港接岸中の調査で、左舷給気ダクト補機室側底部に取り付けられた目皿が完全に閉塞していたのが確認され、加えて両舷のドレン排出管が詰まっていたことも判明している。
以下の理由により、当該目皿を詰まらせた異物としては、給気ダクト内部で生じた錆片が主なものと認められる。
(1)岸理事官及び宮川副理事官作成の主機室左舷給気ダクトなど船体状況についての検査調書中、「本件発生から3日後の苫小牧港接岸中に左舷給気ダクト底部の補機室側を検査したところ、目皿付近に錆片などが数多く認められたほか、通風機を内蔵する円筒ダクト下の床面、すなわち上床面に最大で2センチの錆片が堆積していた。」旨の記載
(2)同検査調書添付の左舷給気ダクトの写真中、主として外気取入口の羽根板、ダンパー、垂直梯子及び肋骨、縦通材等の構造部材に発錆が見られ、錆が膨隆している部分が随所に認められること
(3)A受審人に対する質問調書中、「本件発生2日後の敦賀港接岸中に左舷給気ダクト補機室側のマンホールを開けたところ、底部に深さ30センチほどの滞留水を認めた。その後の調査で補機室側の目皿が錆片で完全に詰まっているのを確認し、右舷側は左舷側ほどではないが底部隅に錆片が結構存在していた。」旨の供述記載
また、当該目皿が閉塞した時期については、長期にわたって給気ダクト内部全体の点検がなされておらず、膨隆した発錆部からの剥離片や塵埃等が堆積していくには時間がかかることから、目詰まりは次第に進展してゆき、今航海で突然閉塞が生じたものとは考え難く、以前から閉塞していたものと認められる。
2 滞留水が生じた経緯
左舷給気ダクト補機室側底部に滞留水が生じたのは、以下の理由によるものと認められる。
(1)補機室側の目皿が今航海以前から閉塞していたため、波しぶき、雨雪、内部の結露などによる水分が次第に溜まっていったと考えられること
(2)気象庁総務部の気象資料中に、1月4日21時の沿岸波浪図の久六島付近における波高が4メートルであったものが、翌5日09時には5メートルに増勢している記載があり、かつ、この間における北海道松前沖の波浪観測資料で、同日07時に約2倍の最大波高が出現していることから、同時期の久六島付近海域もほぼ同様な波の出現傾向にあったものと考えられ、このことから、最大波高約10メートルの波の出現、9度の左舷傾斜、外気取入口付近の静止時の喫水約6.9メートル、同取入口下縁が静止時喫水面上約8メートルであることを併せ考えると、波頂が同取入口下縁を超えることになり、一時に多量の海水が左舷給気ダクトの補機室側と主機室側に流入したと考えられること
3 滞留水が2号給気通風機を経て分岐ダクトまで流されたのは以下の理由によるものと認められる。
(1)給気ダクト浸水等に関する実証実験報告書中、「本船が入渠時、左舷給気ダクトにおいて給気通風機を作動させ、目皿及びドレン排出管を閉鎖して同給気ダクトに清水を注入していったところ、水位が給気通風機を内蔵する円筒ダクトの下縁あたりまで達すると滞留水の一部が同通風機に吸引され、分岐ダクトまで運ばれて同ダクトの吹出口から噴出することが確かめられた。」旨の記載
(2)本件時左舷給気ダクトにおいて、前第2項で示したとおり、以前から同ダクト補機室側底部に滞留水が存在していたところに、最大波高による海水の打ち込みが加わり、水位が水密隔壁の交通口を超える状態となり、目皿の詰まりがなかった主機室側ホッパーからのエゼクタによる排水が続けられていたものの、繰り返される船体の動揺によって補機室側の滞留水の水位が前後左右に大きく変動し、2号給気通風機の円筒ダクトの下縁に達する状態が出現したと考えられること
なお、右舷給気ダクトの滞留水については、本件時同ダクトにおいても海水の浸入が相当にあったことが考えられるが、目皿の詰まりがなく、エゼクタによる排水が十分に機能していたので、滞留水の水位が給気ダクト底部の上床の高さまで達せず、1号給気通風機に吸引される状態には至らなかったものと認められる。
このことは、A受審人に対する質問調書中、「本件発生後、秋田船川港外において左舷給気ダクトの主機室側マンホールを開けたところ、上床に約5センチの滞留水があり、その後敦賀港に入港して他の箇所も調査した結果、左舷給気ダクト補機室側底部には30センチ程度の滞留水があったが、主機室側底部にはなく、右舷給気ダクトにも滞留水はなかった。」旨の供述記載があることと、上床に達した水は排水装置が設けられていないので滞留したままになることを併せ考えれば明らかである。
また、以上のことからも、エゼクタは航海中正常に作動していたものと認められる。
なお、両舷給気ダクト下部の囲壁に沿って、給気ダクト底部から円筒ダクト下縁付近までの範囲に塗膜の湿潤した跡が見られ、その境界を水線痕と称しているが、右舷給気ダクト下部における水線痕については、仮にそれが滞留水の水位が変動した最高位置を示すものであったとしても、前述したとおり、同ダクト下部の滞留水の水位が上床に達することはなかったのであるから、本件時に生じたものとは認められない。
4 考察の統括
給気ダクトは、外気取入口から外気とともに波しぶきや雨雪が吸引されることが避けられない構造で、就航以来6年余りの間に、波高5メートル未満の海象下の荒天航行をこれまで何度となく経験しており、波浪が外気取入口に達することもあったものと考えられるが、本件以前に同種の事故が発生していないということは、エゼクタによる排水機構が十分に機能していたことを示すものである。
したがって、本件は、目皿の詰まりを除去しておれば予防できたものであり、給気ダクト内部の点検が十分でなかったことが本件発生の原因であると認められる。
A受審人は、機関部整備を指揮するにあたり、主機室給気ダクトに関し、給気通風機を除き船内の整備担当区分が曖昧で、同ダクトの内部部材や艤装金物に対して甲板部、機関部のいずれもが点検に注意を払わないまま入渠時の整備が行われてきたという背景要因があったとはいえ、同ダクト底部に設けられたホッパーの目皿からエゼクタに至る排水機構の整備は機関部が所掌しており、2年毎に同通風機の整備を行わせた機関士を介して通風機周辺に手入れを必要とする発錆があることを、就航後最初の整備のときから報告されていたのであるから、ダクト内部の発錆などによって同排水機構に影響が生じることを予測することができる状況であったにもかかわらず、担当機関士に対して、同ダクト内部のうち、底部の目皿を含む排水機構などを重点的に点検するよう指示しなかった。このことは本件発生の原因となる。
一方、Bは、船体及び諸機器に関する詳細な整備項目及び整備間隔の立案については乗組員に任せているものの、整備を統括する立場にあり、主機室給気ダクトにおいて、2年毎に行われる給気通風機の整備の都度その周辺の錆打ち塗装を実施していることを把握した際、同給気ダクトの構造などについては船側よりも熟知していて、同通風機よりさらに厳しい環境下にあるウォータセパレータ入口側のダクト内部の部材や艤装金物においても、腐食の可能性があることを予測することができる状況であったにもかかわらず、工務監督もしくは乗組員に対して給気ダクト内部の十分な点検を行うよう指導していなかった。このことは本件発生の原因となる。
(原因)
本件遭難は、主機室の給気ダクト内部の点検が不十分で、左舷補機室側給気ダクト底部の排水用の目皿が閉塞したまま運航が続けられ、荒天下の日本海を航行中、外気取入口から浸入して同ダクト底部に滞留した海水が、船体動揺時に給気通風機に吸引され、主機室内の通風ダクトの吹出口から主機冷却清水ポンプ駆動電動機に降りかかり、同電動機が焼損して主機の運転が不能になったことによって発生したものである。
船舶所有者が、入渠整備の際、工務監督もしくは乗組員に対し、主機室の給気ダクト内部の点検を十分に行うよう指導していなかったことは、本件発生の原因となる。
漂流が長時間に及んだのは、乗組員による復旧措置が適切でなかったことによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、機関部整備の指揮にあたり、入渠時に主機室の給気ダクトに装備された給気通風機の整備を行わせ、担当機関士を介してその周辺に手入れを必要とする発錆があったことを把握した場合、給気ダクト内部の整備に関して甲板部との担当区分が曖昧であったとはいえ、同ダクト底部に設けられたホッパーの目皿からエゼクタに至る排水機構の整備は機関部が所掌しており、ダクト内部の発錆などによって同排水機構に影響が生じることが予測できたから、担当機関士に対して、同ダクト内部のうち、底部の目皿を含む排水機構などを重点的に点検するよう指示すべき注意義務があった。しかるに同人は、同ダクト内部は防錆塗装が施してあるから大丈夫と思い、同ダクト内部のうち、底部の目皿を含む排水機構などを重点的に点検するよう指示しなかった職務上の過失により、就航以来6年余りにわたって給気ダクト底部の点検がなされず、左舷給気ダクト補機室側の目皿が閉塞していることに気付かないまま運航を続け、荒天航行中に同ダクト底部に浸入し滞留した海水が通風機に吸引され、通風ダクトの吹出口から主機室の主機冷却清水ポンプ駆動電動機に降り注いで同機を焼損させ、機関の運転が不能となり漂流を招くに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
Bが、所有船の整備を統括するにあたり、主機室の給気ダクトに関して、2年毎に行われる給気通風機の整備の都度その周辺の錆打ち塗装を実施していることを把握した際、同給気ダクトの構造などについては船側よりも熟知した立場にあり、同通風機よりさらに厳しい環境下にあるウォータセパレータ入口側のダクト内部の部材や艤装金物などに腐食が予測される状況であったにもかかわらず、工務監督もしくは乗組員に対し、給気ダクト内部の十分な点検を行うよう指導していなかったことは、本件発生の原因となる。
Bに対しては、本件後、給気ダクト内部の点検を強化し、同ダクトの滞留水の検知装置を装備するなど再発防止策を講じている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。