(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月8日21時30分
瀬戸内海安芸灘
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船敬和丸 |
漁船琴白丸 |
総トン数 |
335トン |
4.98トン |
全長 |
52.76メートル |
11.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
55キロワット |
3 事実の経過
敬和丸は、船尾船橋型の貨物船で、A受審人ほか2人が乗り組み、水酸化マグネシウム635トンを積載し、船首3.00メートル船尾4.05メートルの喫水をもって、平成15年5月8日11時10分山口県宇部港を出港し、岡山県水島港に向かった。
A受審人は、17時00分平郡水道に差し掛かるころ、前直者と交替して単独の船橋当直に就き、引き継いだまま機関を全速力前進にかけ、日没後は航行中の動力船の灯火を掲げて安芸灘に至り、21時05分来島梶取鼻灯台から250度(真方位、以下同じ。)6.4海里の地点で、針路を自動操舵により来島海峡の西口に向首する050度に定め、折からの北東風に抗し、9.0ノットの対地速力で進行し、間もなく、操舵室左舷側後部の海図台上に会社に提出する報告書類を広げ、海図台と操舵スタンドとの間を行き来して、同書類作成の傍ら見張りにあたった。
21時14分半A受審人は、船首方2.5海里あたりに琴白丸が掲げる紅灯1個を、しばらくして同灯の下方に白灯1個をそれぞれ視認し、いつもこの付近を通航するたびに多数見掛けるさわら流し網漁に従事する漁船であることを認め、これらの漁船が投網や揚網を終えて網から離れたところで待機しているときでも、紅白2灯を掲げたままであることを知っていたことから、琴白丸が漁ろうに従事しているものか、衝突のおそれがあるのか、もう少し近づいてから様子を見ることとし、同時20分同船が左舷船首2度1.6海里となったころ、中断していた書類の作成に再び取り掛かった。
21時27分少し前A受審人は、来島梶取鼻灯台から267度3.5海里の地点に達したとき、左舷船首2度1,000メートルに琴白丸の紅白2灯のほか右舷灯も視認でき、作業灯が点灯していないことや接近模様などから、同船が漁ろうに従事しないで漂泊しており、北東風を受けて自船の前路に圧流され、その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近することを認め得る状況であったが、書類の作成に気をとられ、琴白丸に対する動静監視を十分に行わなかったので、この状況に気付かず、同船を避けることなく続航した。
21時30分わずか前A受審人は、海図台から前方を振り返り、船首至近に琴白丸の灯火を視認し、急ぎ操舵スタンド後方に移って自動操舵の針路設定つまみを左に回すも、時すでに遅く、21時30分来島梶取鼻灯台から273度3.1海里の地点において、敬和丸は、原針路、原速力で、その船首が琴白丸の右舷船尾部に直角に衝突した。
当時、天候は晴で風力3の北東風が吹き、潮流はほぼ転流時であった。
また、琴白丸は、船体の中央部に操舵室とその前方に船室を設け、モーターホーンを備えたFRP製漁船で、B受審人(昭和50年8月四級小型船舶操縦士免許取得)が1人で乗り組み、さわら流し網漁の目的で、船首0.30メートル船尾0.45メートルの喫水をもって、同日18時15分愛媛県岡村港を出港し、同時45分安芸灘の漁場に着き、日没を待って南北方向に投網し、漂泊して待機した。
B受審人は、舷灯のほか、トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す紅白2灯を操舵室上方のマストに掲げ、21時10分漁網南端部付近を発進し、漁網に沿って北上して、同時14分半衝突地点の北東方350メートルを経て同北端部の標識灯を左舷側に付け回し、同時18分同地点の北北東方250メートルにあたる、来島梶取鼻灯台から276度3.1海里の地点に至り、船首を南東方に向けて再び漂泊し、マストの紅白2灯を依然として点灯したまま、折からの北東風を左舷正横少し後方から受け、南南西方に0.7ノットで圧流されながら、待機した。
再び漂泊したころ、B受審人は、右舷正横わずか前1.9海里に敬和丸のマスト灯2個と左舷灯を初めて視認し、右舷灯が見えないことから、船室に入って床に敷いた蒲団に腰を下ろし、雑誌を読んだり、時折は船室前面と側面のガラス窓越しに近くの通航船舶や漁網北端部の標識灯を見たりして、間もなく開始する揚網までの時間を過ごした。
21時27分少し前B受審人は、来島梶取鼻灯台から274度3.1海里の地点で、船首が140度に向いていたとき、右舷船首88度1,000メートルに敬和丸のマスト灯2個と左舷灯を視認でき、自船が同船の前路に圧流され、その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近することを認め得る状況であったが、敬和丸の舷灯が紅灯しか見えなかったから替わってゆくものと思い、同船に対する動静監視を十分に行わなかったので、この状況に気付かず、同船に避航の気配が見られなかったものの、警告信号を行うことも、更に間近に接近しても速やかに機関を使用して衝突を避けるための措置をとることもなく漂泊を続け、琴白丸は、140度に向首して、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、敬和丸は、右舷船首部に擦過傷を生じ、琴白丸は、右舷船尾部船底外板に破口と同部舷縁及び操舵室右舷側壁に亀裂を生じたほか、推進器翼が曲損し、B受審人が34日間の入院とその後の加療を要する頚椎、腰椎捻挫を負った。
(原因)
本件衝突は、夜間、安芸灘において、北東進中の敬和丸が、動静監視不十分で、前路で漂泊中の琴白丸を避けなかったことによって発生したが、琴白丸が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、安芸灘を北東進中、正船首わずか左に琴白丸の灯火を視認した場合、衝突のおそれがあるかどうか判断できるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、もう少し近づいてから様子を見ることとして会社に提出する書類を海図台で作成するうちこれに気をとられ、琴白丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、漂泊して自船の前路に圧流されている同船と衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、敬和丸が右舷船首部に擦過傷を生じ、琴白丸が右舷船尾部船底外板に破口と同部舷縁及び操舵室右舷側壁に亀裂を生じたほか、推進器翼が曲損し、B受審人が入院とその後の加療を要する頚椎、腰椎捻挫を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、夜間、安芸灘で漂泊中、右舷正横わずか前に敬和丸の灯火を視認した場合、衝突のおそれがあるかどうか判断できるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、舷灯が紅灯しか見えないから替わってゆくものと思い、敬和丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船の前路に圧流されて衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、避航の気配が見られない同船に警告信号を行うことも、更に間近に接近しても速やかに機関を使用して衝突を避けるための措置をとることもなく漂泊を続けて衝突を招き、前示のとおり両船に損傷を生じ、自らも負傷するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。