(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年1月22日12時32分
愛知県伊良湖港
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船フラワーライン |
総トン数 |
971トン |
全長 |
60.56メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,942キロワット |
3 事実の経過
フラワーラインは、平成6年2月に就航し、船体中央部に機関室を配した船首船橋型の旅客船兼自動車航送船で、M株式会社(以下「M」という。)が初めて機関室区画に機関制御室(以下「制御室」という。)を設けた船舶で、機関当直者が出入航スタンバイ時などに同室において、制御盤などの監視に当たり、愛知県師崎港と同県伊良湖港とを結ぶ定期航路に従事していた。
主機は、株式会社新潟鉄工所が平成5年9月に製造した、6MG26HLX型と称する連続最大回転数毎分750の単動4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を2機2軸で装備し、また、主機の制御系統は、就航時、操縦位置を機側と遠隔、及び制御室と操舵室の2段階の切替え用スイッチを選択することによって、操舵室、制御室及び機側のいずれからも制御ができるようになっていたが、いつしか制御室内での制御は行われないようになっていた。
通常、主機の制御は、出航スタンバイ時に機関室でトライエンジンを行ったうえ、制御室外壁にあるテレグラフ受信機の機側と遠隔の切替え用スイッチ(以下「切替スイッチ」という。)で操縦位置を操舵室へ移したのちは、同室に設けられた遠隔操縦レバーにより制御されていたが、操舵室操縦盤及び制御室監視盤の各テレグラフには機関終了の表示(以下「テレグラフの機関終了表示」という。)が設けられていなかった。
ところで、フラワーラインは、師崎、伊良湖両港を1日5往復の10便が運航されており、その日の最終便を係船する際のほか、11時55分師崎港を発航し、12時30分伊良湖港に入航する便が、次の13時50分同港を発航するまで、燃料節約と乗組員休息のため、機関を停止して終了する作業が行われていた。
B受審人は、本船就航時から専任機関長として乗り組み、有給休暇以外、その職務に当たり、平素、着岸後に機関を停止して終了する作業を行うときを、テレグラフの機関終了表示がないので入港着岸完了直後に、操舵室の船長から乗客に対して行われる、「着岸が完了したので下船してよい。」旨のマイクロフォンによる船内放送(以下「下船案内放送」という。)を制御室内右舷後部にあるスピーカーで聴いて、同作業を行う時期を判断していた。
一方、C指定海難関係人は、平成2年にMの運航管理補助者に、同11年には運航管理者に選任されて、月に1度本船を訪船して運航管理に当たり、本船新造時の機関部担当の艤装監督(ぎそうかんとく)で、テレグラフの機関終了表示がないことを承知していたが、専任船長及び同機関長が休暇時に数人の予備船長及び同機関長と交代してその職務に当たる状況下、機関終了の連絡方法が曖昧な方法で行われていたことに気付かず、機関終了の時期を操舵室から制御室へ船内電話による連絡方法で徹底して行うなど、両室間の機関終了の時期における連絡方法についての指導を十分に行っていなかった。
平成15年1月22日11時58分フラワーラインは、A、B両受審人のほか5人が乗り組み、乗客5人を乗せ、積載車両のないまま、船首2.20メートル船尾2.95メートルの喫水をもって、師崎港を発し、伊良湖港に向かった。
伊良湖港は、渥美半島の伊良湖岬西端の北側にあって、港口が北方に開かれて伊勢湾東方の中山水道に面し、西側の防波堤と伊良湖港防砂堤灯台(以下「防砂堤灯台」という。)が西端部に設置されている防砂堤に囲まれ、両堤出入り口(以下「防波堤出入り口」という。)から名鉄海上観光の発着所岸壁(以下「発着所岸壁」という。)がある港奥まで、約400メートルであった。
12時28分A受審人は、防砂堤灯台から344度(真方位、以下同じ。)540メートルの地点において、入航操船に就き、一等航海士を操舵に当たらせ、針路を160度に定め、機関を両舷微速力前進にかけ、10.5ノットの速力(対地速力、以下同じ。)として進行し、間もなく、自ら操縦盤の主機遠隔操縦装置で徐々に主機の回転数を下げ、速力を減じながら続航した。
A受審人は、12時29分わずか過ぎ防砂堤灯台から354度153メートルの地点で、7.0ノットの速力となったとき、針路を防波堤出入り口の中央部に向かう194度に転じて、入航スタンバイを令し、B受審人を制御室、2人の航海士を船首、機関員を船尾にそれぞれ配置し、同時29分半機関を両舷機停止として惰力で前進した。
A受審人は、防波堤出入り口を通過して間もなく、12時30分少し過ぎ防砂堤灯台から232度80メートルの地点に達し、針路を発着所岸壁に向かう180度に転じた。
ところで、A受審人は、1週間前にMの高速船の船長から予備船長として転任したもので、着岸直前に船内放送を行ってはならない規則や取り決めなどはなく、また、乗客も少なく、車両の積載もないので、12時30分半わずか前乗客に対し、マイクロフォンにより「間もなく伊良湖港に入港するので、下船準備をしてほしい。」旨の船内放送を行った。
一方、B受審人は、制御室で入航スタンバイの当直に当たったが、下船案内放送により機関を停止して終了すればよいものと思い、監視盤や五感で、機関使用状態の監視を十分に行うことなく、同盤の左舷側に移動式簡易ベッドを持ち出して腰を降ろし、部品注文書に購入品を書き込む作業を行っていたところ、スピーカーから船内放送が聞こえたので、下船案内放送と速断した。
こうして、B受審人は、まだ入航中で、着岸直前に使用する機関後進の発令もないことに気付かず、監視盤を見たところ、機関が両舷機とも中立となっていたので、着岸したと判断し、制御室から出て切替スイッチで操縦位置を操舵室から機側へ移して、12時31分わずか過ぎ左舷主機前部にある燃料油ハンドルを停止の位置にした。
12時31分少し過ぎA受審人は、防砂堤灯台から195.5度245メートルの地点にあたる、発着所岸壁から130メートル手前に達したとき、船内放送を終え、いつものように船首部を同岸壁の15メートル手前で止めるため、機関を後進にかけようとしたところ、操縦盤の主機遠隔操縦装置の操縦位置が操舵室から機側に切り替わっていることに気付き、その旨をB受審人に電話で伝えているうちに同岸壁に接近し、乗客に座るよう船内放送を行い、バウスラスタを右一杯とした。
B受審人は、右舷主機も停止しようとしたところ、A受審人から左舷機を始動して操縦位置を操舵室へ切り替るよう緊急電話連絡を受け、始動空気の準備から始めて、その作業に取りかかった。
しかしながら、フラワーラインは、操舵室での主機の制御が不能となり、行きあしが減殺されないまま進行し、12時32分防砂堤灯台から189度370メートルの地点において、船首を190度に向け、約4ノットの行きあしで、その船首下部が発着所岸壁に衝突した。
当時、天候は曇で、風力2の北西風が吹き、視界は良好で、潮候は下げ潮の中央期であった。
その結果、フラワーラインは、バルバスバウに凹傷を生じ、発着所岸壁は、破損を生じたが、のちいずれも修理された。
C指定海難関係人は、本件発生の報を受け、事態の対応に当たり、その後、船長らと協議し、次のような措置をとった。
(1)機関終了に当たっては、船長から制御室へ電話連絡で行うなど入港(着岸後)時の心得を作成し、甲板部及び機関部各職員に対して周知徹底を図った。
(2)海難事故再発防止策を作成し、中部運輸局へ提出した。
(原因の考察)
本件は、フラワーラインが、愛知県伊良湖港に着岸時、主機の操縦位置が機側に切り替えられて停止され、操舵室での主機の制御が不能となり、行きあしが減殺されないまま進行し、船首下部が発着所岸壁に衝突したものである。
1 B受審人の所為
本件時、B受審人は、制御室で当直に当たったが、下船案内放送により機関を停止して終了すればよいものと思い、監視盤の左舷側に移動式簡易ベットを持ち出して腰を降ろし、部品注文書に購入品を書き込む作業中、スピーカーからの船内放送が聞こえた。
B受審人は、当廷において「下を向いて部品注文書に購入品を書き込む作業を行っていたのでスピーカーからの船内放送の内容は分からなかった。同放送があったので着岸終了したと速断した。」旨述べている。
したがって、B受審人は、通常、機関当直者が入航スタンバイ中に制御室で行うであろう、監視盤や五感で機関使用状態の監視を十分に行っていたならば、着岸していないことが分かり、着岸時、機関を停止することはなかったのであるから、同監視を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
2 C指定海難関係人の所為
C指定海難関係人は、月に1度本船を訪船して運航管理に当たっており、しかも、本船新造時の機関部担当の艤装監督で、テレグラフの機関終了表示がないことを承知していたにもかかわらず、専任船長及び同機関長が休暇時に数人の予備船長及び同機関長と交代してその職務に当たる状況下、操舵室から制御室への機関終了の連絡方法が徹底されないまま、曖昧な方法で行われていたことに気付かなかった。
C指定海難関係人は、運航管理者として、旅客船である本船の安全運航を図るうえから、機関終了の時期を操舵室から制御室へ船内電話による連絡方法で徹底して行うなど、両室間の機関終了の時期における連絡方法についての指導を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
3 A受審人の所為
A受審人は、発着所岸壁に衝突するまで、適切に操船をしており、その点については、本件発生の原因とならない。
ただし、A受審人は、着岸直前に「間もなく伊良湖港に入港するので、下船準備をしてほしい。」旨の船内放送を行っているので、そのことが本件発生の原因となるか否かであるが、以下の点を総合すれば、同人の所為は、本件発生の原因とならない。
(1)A受審人が着岸直前に船内放送を行ってはならない規則や取り決めなどはないこと
(2)B受審人がA受審人の行った船内放送の内容を聴いていたならば、下船案内放送ではないことが明確に分かること
(3)B受審人が監視盤や五感で機関使用状態を十分に監視していたならば、着岸直前にかかる機関後進がかかっていないので、着岸未完了であることが容易に判断できたこと
(原因)
本件岸壁衝突は、愛知県伊良湖港に着岸時、制御室における機関使用状態の監視が不十分で、主機の操縦位置が操舵室から機側に切り替えられて停止され、操舵室での主機の制御が不能となり、行きあしが減殺されないまま進行したことによって発生したものである。
運航管理者が、機関終了の時期を操舵室から制御室へ船内電話による連絡方法で徹底して行うなど、両室間の機関終了の時期における連絡方法についての指導が十分でなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
B受審人は、愛知県伊良湖港に着岸時、制御室で当直に当たる場合、監視盤や五感で機関使用状態を十分に監視すべき注意義務があった。しかるに、同人は、下船案内放送により機関を停止して終了すればよいものと思い、部品注文書に購入品を書き込むなどの作業を行い、機関使用状態を十分に監視しなかった職務上の過失により、スピーカーからの船内放送を聞き、下船案内放送と速断し、まだ着岸していないことに気付かないまま主機の操縦位置を操舵室から機側へ移して、主機を停止したため、操舵室での主機の制御が不能となり、行きあしが減殺されないまま進行して岸壁衝突を招き、フラワーラインの船首下部に凹傷を生じ、発着所岸壁に破損を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の二級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
C指定海難関係人が、機関終了の時期を操舵室から機関室へ船内電話による連絡方法で徹底して行うよう指導するなど、運航管理を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、本件発生の報を受け、事態の対応に当たり、その後、船長らと協議し、機関終了の時期を操舵室から機関室へ船内電話による連絡方法で徹底して行うなど、入港(着岸後)時の心得を作成し、甲板部及び機関部各職員に対して周知徹底を図り、同種海難防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。