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平成15年横審第20号
件名

貨物船神正丸・漁船第15共和丸漁船第17共和丸漁具衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成15年11月27日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(大本直宏、黒田 均、西山烝一)

理事官
織戸孝治

受審人
A 職名:神正丸船長 海技免許:一級海技士(航海)
B 職名:第15共和丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
C 職名:太陽丸船団漁ろう長

損害
神正丸・・・擦過傷
両共和丸・・・漁網破断と各えい索の切断とを生じて、転覆、船長が腰椎横突起骨折及び腰部打撲、甲板員1名が海中転落後に溺死、甲板員1名が両上肢打撲

原因
神正丸・・・船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
第15共和丸・・・警告信号不履行(一因)
太陽丸・・・警告信号不履行

主文

 本件漁具衝突は、北上中の神正丸が、2そう引き網で操業中の第15共和丸及び第17共和丸が所属する船団を大幅に避けず、両船の漁具へ向首進行したことによって発生したが、第15共和丸が、汽笛不装備で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 船団の漁ろう長が、汽笛不装備で、警告信号を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aの一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年8月8日07時25分
 伊勢湾北部
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船神正丸  
総トン数 6,165トン  
全長 139.72メートル  
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 8,826キロワット  
船種船名 漁船第15共和丸 漁船第17共和丸
総トン数 16トン 16トン
登録長 16.20メートル 16.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 120 120

3 事実の経過
 神正丸は、可変ピッチプロペラを装備したロールオンロールオフの船首船橋型の鋼製貨物船で、A受審人ほか14人が乗り組み、車両19台を載せ、船首5.38メートル船尾6.52メートルの喫水をもって、平成14年8月7日15時45分京浜港東京区を発し、名古屋港に向かった。
 翌8日早朝、A受審人は、伊良湖水道航路を通過後いったん降橋して伊勢湾を北上中、07時00分ごろ再び昇橋して操船の指揮を執り、一等航海士を操船補佐に、三等航海士を主機操作盤に、四等航海士をレーダー監視に、操舵手を手動操舵にそれぞれ就け、同時12分伊勢湾灯標から206度(真方位、以下同じ。)2.1海里の地点に達したとき、針路を353度に定め、機関をほぼ全速力前進にかけ、14.7ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で進行した。
 07時15分少し前、A受審人は、伊勢湾灯標から219度1.6海里の地点で、針路を000度に転じて間もなく、左舷前方0.8海里付近に認めていた北上中のほぼ同型の他船(以下「第三船」という。)との距離が0.3海里に縮まったことと、前路に多数の漁船が存在していることを認め、同時16分伊勢湾灯標から228度1.4海里の地点で、機関を港内全速力前進の10.0ノットに落とし、第三船の右転模様に合わせ、右舵をとり緩やかな右旋回惰力をつけて続航した。
 07時18分A受審人は、伊勢湾灯標から238度1.1海里の地点に達したとき、第三船との距離を勘案して速力を半速力前進の8.0ノットに減じ、第三船の左転を期待しながら続航した。
 07時20分A受審人は、伊勢湾灯標から239度1,550メートルの地点に至り、ほぼ同灯標に向首して針路が060度のとき、左舷船首39度1,400メートルに、2そう引き網で操業中の第15共和丸第17共和丸(以下「両共和丸」という。)の漁具を示すオレンジ色の大型標識(以下「大ボンデン」という。)を初めて認めたが、その右方の両共和丸が大ボンデン付の網を引いていることにも、大ボンデン付近にいた第10、第12両太陽丸(以下、両共和丸と両太陽丸を「太陽丸船団」という。)にも気付かず、いずれ大ボンデンの西方を航過できると思い、同航中の第三船が左舷前方近くに存在して、同船との距離が縮まってくる状況が続くと、左転時機を失することになるから、直ちに減速して第三船との距離をとり、大幅に左転するなど、太陽丸船団を大幅に避けることなく、そのころ同灯標の南方に10メートル等深線が延びているので浅所への接近を懸念し、適宜左舵をとり右旋回惰力を抑え直進模様で続航した。
 こうして、A受審人は、いつしか第三船が視野から消え、太陽丸船団などが赤色旗を振っている状況下、左転による太陽丸船団の避航時機を失し、大ボンデンの東方を通過することにし、023度に向首して進行中、07時25分伊勢湾灯標から287度740メートルの地点において、神正丸は、原針路原速力のまま、その船底部が第17共和丸のえい索に、前方から68度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期であった。
 また、第15共和丸及び第17共和丸は、前者が主船として後者が従船として、いずれも2そう引き網漁のえい網に従事する太陽丸船団に所属のFRP製漁船で、船首尾0.3メートル等喫水の第15共和丸にB受審人(昭和57年8月4日三級小型船舶操縦士免状取得)ほか2人、船首0.5メートル船尾1.8メートル喫水の第17共和丸に3人がそれぞれ乗り組み、操業の目的で、ほか2隻の僚船とともに、同月8日04時30分三重県白塚漁港を発し、伊勢湾の漁場に向かった。
 僚船は、総トン数10.33トン登録長13.22メートルの第10太陽丸と、総トン数11.54トン登録長12.97メートルの第12太陽丸で、前者がえい網中の警戒及び魚群探索等に、後者が主として漁獲物運搬にそれぞれ従事し、C指定海難関係人が、船団長兼漁ろう長として第10太陽丸に1人で乗り組み、操業の指揮を執っていた。
 ところで、漁具は、長さ約200メートルの手網と、長さ約100メートルの袋網とからなる網に、直径12ミリメートル長さ約100メートルのワイヤであるえい索を連結したもので、えい網中、袋網入口付近の海面に、ドラム缶大の発泡スチロール製の大ボンデンを浮かせ、袋網入口上端を垂直方向へ広げ、袋網のコッドエンド付近の海面に、ラグビーボール大の発泡スチロール製のオレンジ色の小ボンデンを浮かせて、袋網の入口及び末端の各目安とし、袋網と各ボンデン間を結ぶロープの長さは、袋網入口付近で5ないし6メートル、末端付近で約18メートルであった。
 C指定海難関係人は、白塚漁港東方沖合で操業の後、漁場移動の目的で伊勢湾北東部に向け進行し、07時05分伊勢湾灯標から304度1,420メートルの地点で、大ボンデン付近に位置し、第15共和丸と、同船の右舷側約200メートルに占位した第17共和丸とに、針路ほぼ135度1.0ノットのえい網状況となるよう指示し、4隻ともに所定の形象物を表示して、操業を再開した。
 C指定海難関係人は、大ボンデン付近で警戒と漁模様の監視に当たり、第12太陽丸を小ボンデン付近で警戒に当たらせ操業中、07時12分伊勢湾灯標から303度1,230メートルの地点において、自船の南方約2.3海里に北上中の神正丸を初めて視認したが、いつものように赤色旗を利用して注意喚起をすればよいと考え、第12太陽丸に同旗を振るように指示して操業を続けた。
 そのころ、太陽丸船団の南側近くにやま伊丸船団が、北側近くに勢宝丸船団が位置し、太陽丸船団とほぼ同様の針路速力をもってえい網中で、同船団の大ボンデンは、3船団の最西端に位置していた。
 07時20分C指定海難関係人は、伊勢湾灯標から299度980メートルの地点で、自船の南南西方1,400メートル付近に、両共和丸の漁具と衝突のおそれがある右転模様の態勢で接近中の神正丸を認めたが、同船が避航するものと考え、汽笛不装備で、警告信号を行わずに操業を続けた。
 同時刻にB受審人は、神正丸の前示の接近模様を認めたが、C指定海難関係人の指示で僚船が適宜赤色旗を振り、注意喚起が行われるので大丈夫と思い、汽笛不装備で、警告信号を行わず、えい網作業を続けた。
 こうして、07時24分ごろC指定海難関係人は、神正丸が両共和丸の漁具に迫ったのを認め、ようやく漁具衝突の危険を感じ、自らも赤色旗を振り、両共和丸に機関回転数を上げるよう指示したが効なく、第15共和丸は伊勢湾灯標から298度540メートルのところに、大ボンデンは同灯標から296度830メートルのところに、それぞれ占位しているとき、同灯標から279度620メートルに位置していた第17共和丸の135度に向いたえい索に、前示のとおり衝突した。
 漁具衝突の結果、神正丸は軽度の擦過傷を生じ、両共和丸は漁網破断と各えい索の切断とを生じて、両船が相次いで転覆したが、のちいずれも修理され、B受審人は腰椎横突起骨折及び腰部打撲を、第17共和丸甲板員Dは両上肢打撲をそれぞれ負い、第15共和丸甲板員E(昭和5年1月27日生)は海中転落後に溺死した。
 また、本件漁具衝突の少し前、太陽丸船団の南側近くでほぼ同様に操業中の、やま伊丸船団の漁網破断事実がのち判明した。

(航法の適用)
 本件漁具衝突は、伊勢湾北部の海域で発生したが、同海域に港則法の適用はなく、海上交通安全法の適用海域であっても、同法に適用すべき航法はないので、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)により律することになる。
 両共和丸は、いずれも所定の形象物を表示して2そう引き網で操業中であったが、本件は、次の2点を合わせると、予防法第18条(各種船舶間の航法)第1項の規定のうち、第3号の規定により「神正丸を航行中の動力船、両共和丸を漁ろうに従事している船舶とし、神正丸が漁ろうに従事している両共和丸の進路を避けなければならない。」として律することはできない。
1 神正丸は北上中の動力船であるが、左舷船首方に第三船が同航しており、左転するなど避航操船の自由が一部制限される状況であった点
2 太陽丸船団は、同船の南側近くにやま伊丸船団が、北側近くに勢宝丸船団が位置して、太陽丸船団とほぼ同様にえい網中で、3船団の大ボンデンのうち、太陽丸船団の大ボンデンが最西端となる相対位置関係で存在しており、特殊な操業模様であった点
 したがって、本件は、特殊な状況下で発生しており、他に適用する航法規定がないので、予防法第38条及び同39条を適用し、船員の常務で律するのが相当である。

(原因の考察等)
 本件は、船員の常務をもって律するのであるが、「操縦性能の優れている船舶が、操縦性能の劣っている船舶の進路を避ける。」とする海上交通ルールの原則まで否定するものではない。
 すなわち、本件の場合、神正丸は、避航操船の一部が制限されていたが、速やかに減速して第三船との距離をとり、大幅に左転して、太陽丸船団の西側を通過する衝突回避の操船は可能である。
 一方、太陽丸船団は、2隻のえい網船の後方約400メートルに及ぶ網を1.0ノットの速力でえい網中であって、衝突回避の操船余地はないに等しく、警告信号を行っていれば、早めに神正丸に対し避航を促す可能性が残されているに過ぎない。
 したがって、本件は、神正丸の避航措置不十分を主因とし、太陽丸船団の警告信号不実施を一因として律したものである。
 ところで、太陽丸船団の各船は、いずれも全長が12メートル以上で、予防法第33条の規定により、汽笛装備の必要性があったにもかかわらず、汽笛不装備であった。その所以をたどると、総トン数20トン未満で本邦12海里以内において従業する漁船は、船舶安全法第32条の「施設強制の規定の不適用」規定により、同法第2条の「船舶の所用施設」の適用がない点を挙げることはできる。
 しかしながら、ここでは、C指定海難関係人に対し、汽笛を装備するよう勧告しないものの、同装備によって警告信号を行えば衝突回避可能性の向上が望める以上、同種海難を防止する見地から、予防法第33条及び同34条の規定により、関係漁業協同組合の協力等を得ながら、早期に汽笛装備の実現機運の高まることを期待する。 

(原因)
 本件漁具衝突は、伊勢湾北部において、北上中の神正丸が、2そう引き網で操業中の両共和丸が所属する太陽丸船団を大幅に避けず、両共和丸の漁具へ向首進行したことによって発生したが、第15共和丸が、汽笛不装備で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 太陽丸船団の漁ろう長が、汽笛不装備で、警告信号を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、操船の指揮を執り、伊勢湾北部を北上中、前路に多数の漁船が存在していた状況下、左舷船首方に2そう引き網で操業中の両共和丸の漁具を示す大ボンデンを認めた場合、同航中の第三船が左舷前方近くに存在して、同船との距離が縮まってくる状況が続くと、左転時機を失することになるから、直ちに減速して第三船との距離をとり、大幅に左転するなど、2そう引き網で操業中の両共和丸が所属する太陽丸船団を大幅に避けるべき注意義務があった。しかし、同人は、いずれ大ボンデンの西方を航過できると思い、左転時機を失したまま大ボンデンと両共和丸との間に向かい、太陽丸船団を大幅に避けずに進行して、漁具との衝突を招き、神正丸に擦過傷を、両共和丸の漁網破断と各えい索の切断とを生じさせ、両共和丸を相次いで転覆させ、B受審人に腰椎横突起骨折などを、第17共和丸D甲板員に両上肢打撲をそれぞれ負わせ、第15共和丸E甲板員を溺死させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 B受審人は、伊勢湾北部において、2そう引き網で操業中、北上中の神正丸が漁具に衝突のおそれがある態勢のまま接近するのを認めた場合、速やかに警告信号を行うべき注意義務があった。しかし、同人は、C指定海難関係人の指示で僚船が適宜赤色旗を振り、注意喚起が行われるので大丈夫と思い、汽笛不装備で、警告信号を行わなかった職務上の過失により、神正丸と漁具との衝突を招き、前示の損傷と乗組員の負傷及び溺死を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C指定海難関係人は、伊勢湾北部において、太陽丸船団の2そう引き網で操業の指揮を執り、警戒と漁模様監視の目的をもって第10太陽丸の操舵操船に当たり、南南西方に、両共和丸の漁具と衝突のおそれがある態勢で接近中の神正丸を認めた際、汽笛不装備で、警告信号を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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