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平成15年横審第58号
件名

旅客船第三十冨士見遊漁船内田丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成15年10月9日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(大本直宏、黒田 均、西山烝一)

理事官
米原健一

受審人
A 職名:第三十冨士見船長 海技免許:六級海技士(航海)(旧就業範囲)

損害
冨士見・・・起倒式船首飾り、ヒンジ式屈曲部が曲損、旅客1名が頭部を打撲、頭蓋骨陥没骨折及び脳挫傷等の負傷
内田丸・・・損傷なし

原因
冨士見・・・走錨に対する配慮不十分

主文

 本件衝突は、両船が東京湾大華火祭の観覧エリア内に錨泊中、第三十冨士見が、走錨に対する配慮不十分で、風下の内田丸へ圧流されたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年8月10日19時10分
 京浜港東京区
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船第三十冨士見 遊漁船内田丸
総トン数 33トン 12トン
全長 22.89メートル 17.35メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 235キロワット 536キロワット

3 事実の経過
 第三十冨士見(以下「冨士見」という。)は、京浜港東京区で港内遊覧などの屋形船業務に従事する、ステム上端部から延長部分となる弓状の船首飾りと、船尾端から3メートルのところに操船位置(以下、関係船舶の船位は操船位置をもって示す。)とを有するFRP製旅客船で、A受審人ほか5人が乗り組み、旅客96人を乗せ、東京湾大華火祭(以下「花火大会」という。)観覧の目的で、船首0.7メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、平成14年8月10日18時10分東京都江東区越中島の浜園橋付近の係留地を発し、晴海ふ頭南方沖合に向かった。
 ところで、花火大会は、晴海ふ頭南西岸至近に配置された台船数隻及び岸壁上からの打上・仕掛花火によるもので、次のイ点からチ点までを結ぶ直線及び陸岸に囲まれた海面を花火大会保安エリア(以下「保安エリア」という。)とし、ロ点からト点の各地点ほか適宜、区域表示浮標が設けられていた。
イ点 晴海ふ頭北西端
ロ点 イ点から276度(真方位、以下同じ。)282メートルの地点
ハ点 ロ点から229度220メートルの地点
ニ点 ハ点から179度227メートルの地点
ホ点 ニ点から139度495メートルの地点(以下「基点」という。)
ヘ点 ホ点から094度206メートルの地点
ト点 ヘ点から041度230メートルの地点
チ点 ト点から004度264メートルの地点
 保安エリア南側には、次のタ点、ル点、レ点及び前示のト点を結ぶ各直線、タ点からの000度の方位線が保安エリアに至る直線並びに保安エリア南側境界線とによって囲まれた海面が観覧エリアC(以下「Cエリア」という。)として指定されていた。
タ点 基点から190度580メートルの地点
ル点 基点から164.5度700メートルの地点
レ点 基点から147度720メートルの地点
 発航に先立ち、A受審人は、船首部と船尾部に、いずれも重さ30キログラム(以下「キロ」という。)のストックアンカー(以下順に「船首錨」、「船尾錨」という。)を備え、船尾錨に直径20ミリメートル(以下「ミリ」という。)の合成繊維製の錨索45メートルを繋いでいたが、これまで花火大会観覧への参加経験が十数回あり走錨したことがないので大丈夫と思い、南寄りの風が強い状況下、Cエリア内で北方に向首し船尾錨を投じ錨泊するのであるから、風圧に耐える把駐力を増強出来るよう、走錨に対する配慮を十分に行わなかったので、予備索を準備しておき船尾錨索を長めに延出するなど、把駐力の増強措置をとることに気付かなかった。
 こうして、A受審人は、折からの強い南西風による船体動揺を勘案し、いったん海面が穏やかなお台場海浜公園内の海域に入り、旅客への夕食提供を終え、日没後の薄明のなか、所定の灯火を表示して操船位置で手動操舵にあたり、Cエリアに向け北上した。
 やがてA受審人は、Cエリア内に入り投錨に備えて順次速力を減じながら北上を続け、19時00分基点から192度114メートルの地点に達したとき、針路を007度に保ち、機関を中立状態のままわずかな前進行きあしをもって、水深8メートル底質泥の海底に、船尾錨を投じて錨泊を始め、船尾錨索を順次約40メートル延出し、同時03分基点から193.5度71メートルの地点で、停止して船首錨を振れ止めとして投じ、009度に向首して船体が静止した。
 間もなく、A受審人が旅客を客室から客室上部甲板に移動させている状況を見守るうち、至近の錨泊船との相対位置関係が変化しているので、走錨していることを知り、甲板員に指示して振れ止め錨を揚げ、次いで同甲板員を船尾に行かせ船尾錨の揚収作業を終えたころ、基点から192度41メートルの地点まで圧流され、19時10分晴海信号所から231度680メートルの地点に相当する、基点から192度23メートルの地点において、冨士見は、012度に向首しわずかな前進行きあしをもって、その船首部が内田丸の船首部に前方から平行に衝突した。
 当時、天候は晴で風力5の南南西風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、日没は18時37分で、視界は良好であった。
 また、内田丸は、船尾端から7メートルのところに操船位置を有するFRP製遊漁船で、船長Uが1人で乗り組み、旅客40人を乗せ、花火大会観覧の目的で、船首1.0メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、同日17時30分東京都品川区東大井鮫州橋付近の係留地を発し、Cエリアに向った。
 U船長は、17時45分Cエリア北西部の海域の前示衝突地点付近に至り、折からの風に船首を立て、水深8メートル底質泥の海底に、船首から重さ40キロのストックアンカーを投じ、海面との角度が約30度となるように、直径30ミリの合成繊維製の錨索を延出して船首部に係止し、機関を停止して錨泊を始めた。
 ところで、内田丸付近では、右舷側約15メートルに、船尾を南方に向けた冨士見と同型の屋形船である甲丸1隻、左舷側ほぼ同じ距離に遊漁船1隻、同船の船首方約40メートルにも遊漁船1隻、これら両遊漁船の東側に別の遊漁船2隻が、いずれも船首を南方に向けて並列・縦列状況となり錨泊していた。
 U船長は、操船位置付近で周囲の見張り等に従事中、19時03分南方に向首していたとき、ほぼ正船首60メートルに冨士見を初認し、同船が船首から振れ止め錨を投じて停止したのち、同時08分再び接近し始めたのを認めたが、どうすることもできず、内田丸は、192度に向首したとき前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、冨士見は起倒式船首飾りを固定していたボルト・ナットが外れて抜け落ち、ヒンジ式屈曲部の上部が後方に倒れたが、のち修復された。また、内田丸に損傷はなく、冨士見の旅客Iは倒れた船首飾りで頭部を打撲し、頭蓋骨陥没骨折及び脳挫傷などを負った。

(原因の考察)
 本件は、晴海ふ頭南西方至近の花火大会の観覧エリアにおいて、両船が錨泊中、冨士見が走錨して内田丸に衝突したものであるが、以下、衝突の原因を考察する。
1 航法の適用
 本件衝突は、東京湾内での花火大会観覧という特殊な状況下で発生しており、港則法及び海上交通安全法に適用すべき規定はなく、海上衝突予防法の定型航法に属さないので、いわゆる船員の常務をもって律することになる。
2 冨士見の運航状態
 事実認定のとおり、冨士見の運航状態は、錨泊開始から走錨するまで5分間の経過時間があり、走錨するまでは錨泊中であった。
3 冨士見の走錨開始から衝突するまでの衝突回避可能性
 冨士見の走錨開始から衝突までの2分間に、機関を後進にかければ衝突だけの回避可能性は残るが、機関を後進にかけると、プロペラに船尾錨の錨索を絡める危険性があり、花火大会観覧船が密集しているなか、操船の自由を失うと周囲の関係船舶に別の支障を与える。よって、本件の発生原因には相当しない。
4 冨士見の走錨回避可能性
(1) 錨泊法
 冨士見は、船尾を風上にして船尾錨を用いて錨泊したので、船首錨による投錨状態より風圧力が大きく、船首投錨法を行っていれば、走錨しなかった可能性は残る。しかしながら、屋形船の旅客室後方の見通しが遮られていて、いつも船尾投錨法により花火大会観覧を行っており、現に同型船である甲丸も船尾投錨法により錨泊していたことから、船首投錨法により錨泊することは現実性に乏しい。
(2) 錨及び錨索の装備増強
 錨の種類はストックアンカーと把駐力の大きいものではあるが、これを内田丸のように、40キロ級にひとまわり大きくするなり、錨索の長さを長くするなり、風圧力に耐えられる装備をしていれば走錨しない。
 現に本件後、A受審人は、錨索45メートルを70メートルに変更する対応措置を講じている。
5 内田丸の衝突回避可能性
 本件において、内田丸が観覧船密集のなか錨泊中、冨士見が走錨開始から衝突までの2分間に、衝突回避可能性がなかったのは明らかである。
 以上を総合すると、前示の4(2)錨及び錨索の装備増強を原因として摘示するのが妥当なところで、同増強策は、走錨に対する警戒心から生まれるものである。
 したがって、本件は、走錨に対する配慮不十分を排除要因に摘示して律するのが相当である。 

(原因)
 本件衝突は、夜間、京浜港東京区晴海ふ頭南西至近沖合において、両船が花火大会の観覧エリア内に錨泊中、冨士見が、走錨に対する配慮不十分で、風下の内田丸へ圧流されたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、京浜港東京区の係留地を花火大会観覧目的で発航する場合、南寄りの風が強い状況下、Cエリア内で北方に向首し船尾錨を投じ錨泊するのであるから、風圧に耐える把駐力を増強できるよう、走錨に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、これまで花火大会観覧への参加経験が十数回あり走錨したことがないので大丈夫と思い、走錨に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、予備索を準備しておき船尾錨索を長めに延出するなど、把駐力の増強措置をとることに気付かず、走錨して風下の内田丸へ圧流され、両船船首部の衝突を招き、冨士見の起倒式船首飾りを固定していたボルト・ナットが外れて抜け落ち、ヒンジ式屈曲部の上部が後方に倒れ、旅客の頭部を打撲し、頭蓋骨陥没骨折及び脳挫傷などを負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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