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平成14年第二審第30号
件名

油送船コスモ ビーナス乗組員死傷事件〔原審神戸〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年12月18日

審判庁区分
高等海難審判庁(上野延之、東 晴二、雲林院信行、山本哲也、山田豊三郎、黒田 勲、加藤正義)

理事官
伊藤 實

受審人
A 職名:コスモ ビーナス船長 海技免許:一級海技士(航海)

損害
救命艇・・・大破
一等航海士及び三等機関士が全身打撲で死亡、ほか乗組員2名が脊椎圧迫骨折等及び1名が右足首捻挫

原因
救命艇離脱装置の点検整備及び乗組員に対する同装置取扱いについての教育・訓練不十分、救命艇を揚収する際の同装置復旧状態の確認不十分

二審請求者
理事官小寺俊秋

主文

 本件乗組員死傷は、救命艇離脱装置の点検整備及び乗組員に対する同装置取扱いについての教育・訓練がいずれも十分でなかったばかりか、救命艇を揚収する際、同装置復旧状態の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年11月14日13時48分(現地時間)
 オマーン国ミナ アル ファハル港沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 油送船コスモビーナス
総トン数 136,688トン
全長 319.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 15,857キロワット

3 事実の経過
(1)コスモ ビーナス
 コスモ ビーナス(以下「コ号」という。)は、昭和61年11月25日に竣工した、専ら原油輸送に従事する船尾船橋型油送船で、甲板下には、船首方から順に船首タンク、錨鎖庫、1番から5番までの各貨物槽、スロップ槽、貨物ポンプ室、機関室及び操舵機室がそれぞれ配置され、機関室の上部に船尾楼が設けられていた。
 船尾楼上には、上からコンパス船橋甲板、中央制御室甲板、第3船橋甲板、第2船橋甲板、第1船橋甲板及び第1下甲板があり、第1船橋甲板両舷に救命艇を格納する各ボートダビットがそれぞれ設けられていた。
(2)コ号の運航
 コ号は、A受審人ほか日本国籍船員(以下「日本人船員」という。)7人及びフィリピン共和国国籍船員(以下「フィリピン人船員」という。)16人が乗り組み、原油105,072キロトンを載せ、更に、原油を積載する目的で、船首13.80メートル船尾14.79メートルの喫水をもって、平成13年11月13日11時00分(現地時間、以下同じ。)アラブ首長国連邦フジャイラ港を発し、オマーン国ミナ アル ファハル港に向かい、22時00分同港沖合に至り、積み荷待ちのために錨泊した。
(3)救命艇
 救命艇は、昭和61年8月にアイ エイチ アイ クラフト株式会社(現在、株式会社アイ エイチ アイ アムテック、以下「アムテック」という。)が製造したGT75F型と称する、長さ7.5メートル幅2.8メートル深さ1.2メートル、定員35人のFRP製全閉囲式耐火救命艇で、出力22キロワットのディーゼル機関を装備し、両舷中央に乗艇用出入口並びに艇首側と艇尾側に縦横共40センチメートル(以下「センチ」という。)の窓をそれぞれ設けていた。
(4)救命艇の格納
 救命艇は、第1船橋甲板上に設置してあるボートダビットに格納されており、同艇の降下及び揚収は、同艇の艇首及び艇尾に装備されている離脱用フック(以下「フック」という。)にボートフォール先端のリングを掛けたうえ、同甲板上に装備してあるボートウインチで行われていた。
(5)救命艇の離脱装置
 離脱装置は、救命艇が海上に速やかに離脱するための装置で、フック部、コントロールケーブル及びリリースレバーから構成され、リリースレバーを艇尾側に引くと、コントロールケーブルを介して艇首側と艇尾側のフックが倒れ、海上に離脱する機構となっていた。
 また、K株式会社(以下「会社」という。)所属の船舶において、離脱装置のコントロールケーブルが切れる等の事故が発生し、その対策でコ号も同ケーブル接続ボルト等を改造した。
ア フック部
 フック部は、艇首側及び艇尾側の窓から約50センチ離れた甲板にそれぞれ取り付けられ、フック、ロックピース及びカムレバーピンで構成されていた。
(ア)フック
 フックは、フックピンを回転軸にして起倒できるようになっており、垂直に起こしてボートフォール先端のリングに掛けた際、フック下部がロックピース上部の溝に嵌合する構造となっていた。
(イ)ロックピース
 ロックピースは、フック下方に取り付けられ、同ピース上部にフック下部と嵌合する溝があり、回転軸となるロックピースピンが同ピースの片端に偏して設置され、同ピンから最も離れた同ピース端(以下「可動端」という。)が上下に可動し、可動端が上方に位置しているとき、フック下部がロックピース上部の溝に嵌合し、フックが垂直に起きた状態となり、可動端が下方に位置するとき、フック下部が同溝から外れ、フックが倒れる機構となっていた。
(ウ)カムレバーピン
 カムレバーピンは、ロックピース面に対して直角に取り付けられ、長さ15センチ直径3センチの円柱軸で、同ピン片端にコントロールケーブルに接続するアームがあり、その軸中央部分4センチが半円形の断面形状となっており、可動端が上方に位置して同ピンの弧の部分に掛かることにより、フック下部がロックピース上部の溝に嵌合する状態になり、同ケーブルを船尾側に引くことにより、同ピンが回転し、可動端が弧の部分から外れると下方に落ち、ロックピース上部の溝からフック下部が外れる構造となっていた。
イ コントロールケーブル
 コントロールケーブルは、一端がカムレバーピンのアームに、他端がリリースレバーに取り付けられており、同レバーの操作に応じてカムレバーピンのアームを上下させ、同ピンを90度の範囲で回転させる機構となっていた。
ウ リリースレバー
 リリースレバーは、操縦席の右側下方に設けられており、艇尾側に引くと離脱する状態になり、離脱装置復旧状態のとき、誤って操作することのないよう、同レバーに安全ピンを挿入する機構となっていた。
(6)救命艇の離脱装置復旧
 揚収準備の離脱装置復旧は、艇首側及び艇尾側の各フックを垂直に起こし、この状態を保持したまま、リリースレバーを艇首側に戻して安全ピンを挿入する手順で行うものであった。
(7)救命艇の離脱装置復旧状態の確認
 離脱装置復旧状態の確認は、窓から上半身を乗り出してカムレバーピンが正常な位置まで回転しているかどうかを目視で確かめることが非常に困難であったので、リリースレバーを艇首側に戻して同レバーに安全ピンを挿入し、その後フックをハンマーで叩くこと及び救命艇を巻き揚げて海上から離れたとき、巻揚げを一旦停止して衝撃を与え、フックが外れないかを確かめることによって行われていた。
(8)A受審人
 同人は、コ号で一等航海士職を約1年間及び船長職を約7箇月間それぞれ執った履歴があり、本件発生前の平成13年7月16日にシンガポール共和国シンガポール港で船長として再び乗船した。
(9)本件発生に至る経緯
 平成13年11月14日朝、A受審人は、前から計画していた救命艇の降下及び航走(以下「救命艇テスト」という。)を実施することとし、一等航海士Mにその旨を指示した。
 ところで、A受審人は、竣工時からボートダビットにアイプレートが取り付けられていなかったので、平素、救命艇をボートダビットに格納したまま目視で点検し、離脱装置作動部の点検整備が十分に行われなかったことを危惧していたが、規則が改訂され、救命艇を降下して離脱装置を作動させる機会が増えたので作動部に不具合が発生すればわかるものと思い、フックを支える部分の両側アイプレートにボートフォール先端のリングからワイヤを取り付けることも、会社に要請してボートダビットにアイプレートを取り付けることもしないで、救命艇を格納したまま、作動部の点検整備を十分に行うことなく、目視による点検を続けていた。また、M一等航海士は、甲板部の保守管理責任者であったが、同様に救命艇を格納したまま、作動部の点検整備を十分に行わなかった。
 一方、乗組員に対する教育・訓練については、国際安全管理(ISM)コードに基づく安全管理システム(以下「SMS」という。)船上マニュアル(以下「船上マニュアル」という。)及び同コードに基づくSMS陸上手順書(以下「陸上手順書」という。)により実施されていたものの、A受審人がコ号竣工時に離脱装置説明書を一度読んだきりで、カムレバーピンの構造をよく理解しなかったことから、平素、乗組員に対して救命離脱装置取扱いの教育・訓練を十分に行うことなく、救命艇テストの作業前にM一等航海士を通じて乗組員に対して一般的な注意を行っていた。
 09時00分M一等航海士は、操舵室に二等航海士O、員外航海士K、機関長Y及び一等機関士Tを集め、救命艇テストを行う旨を説明して指示し、フィリピン人船員の甲板長Sに同旨のことを指示した。
 13時00分A受審人は、第1船橋甲板左舷側に乗組員を集め、最初に左舷側の2号救命艇から降下させることとし、M一等航海士を艇指揮として三等航海士P、三等機関士E、甲板員F及びK員外航海士をそれぞれ2号救命艇に乗艇させ、O二等航海士を補佐に、S甲板長をボートウインチ操作に、他の乗組員を補助にそれぞれ当てて自ら総指揮を執った。
 M一等航海士は、救命艇が海上に降下するとともに離脱したのち、13時15分左舷側付近海域の航走を開始し、その後第1船橋甲板直下の左舷側に救命艇右舷側を接舷させ、揚収準備のため、離脱装置の復旧作業に取り掛かった。
 M一等航海士は、E三等機関士を艇尾付近に装備されている機関後方に位置させ、P三等航海士及びK員外航海士を艇尾側フックの復旧作業に、F甲板員をリリースレバー操作にそれぞれ当たらせ、自らが、艇首側フックの復旧作業を行うこととし、艇首側の窓から上半身を乗り出し、フックをほぼ垂直に起こし、F甲板員にリリースレバーを艇首側に戻すように指示した。
 ところが、離脱装置作動部は、点検整備が十分でなく、錆のためにフック下部がロックピース上部の溝に完全に嵌合せず、可動端が上方より少し下方の位置に停止した。
 そこへF甲板員が、指示を受けてリリースレバーを艇首側に戻そうと操作したので、カムレバーピンが回転し、可動端が同ピンの平面部分と接触して止まった状態となったが、M一等航海士は、カムレバーピンの状態を見ることが構造上難しいので、このことを確認できなかった。
 F甲板員は、リリースレバーを艇首側に戻そうと試みていたが、固くて動かなかったので、M一等航海士にリリースレバーが艇首側に戻らないことを報告したものの、返事が得られず、加勢にきたE三等機関士と2人で同レバーを約1分間引いたり押したりしていたところ、同甲板員が知らないうちにコントロールケーブルが曲損し、同レバーが艇首側に戻ったので安全ピンを同レバーに挿入し、この旨を同航海士に報告した。
 M一等航海士は、F甲板員から安全ピン挿入の報告を受け、自ら安全ピンがリリースレバーに挿入されたことを確認し、再び窓から上半身を乗り出してフックをハンマーで叩き、その後トランシーバーでリリースレバーに安全ピンを挿入した旨をA受審人に報告した。
 13時40分A受審人は、報告を受け、S甲板長に人差し指をゆっくり回しながら指示して巻揚げを開始させ、救命艇が海上から離れたとき、巻揚げ停止を手で指示せず、口頭により指示しただけで、一旦巻揚げを停止させて離脱装置復旧状態の確認を十分に行わなかった。
 S甲板長は、A受審人の人差し指を注視していたことから、ボートウインチの作動音にまぎれて口頭の指示を聞き逃し、一旦停止しないでゆっくり巻揚げ操作を続けた。
 13時48分救命艇は、第1下甲板付近まで巻き揚がったとき、ボートウインチのドラムに巻かれたボートフォールの重なった部分が戻り、その衝撃で艇首側離脱装置のロックピースの可動端とカムレバーピンの平面部分との接触が開放されて可動端が下がり、フック下部がロックピース上部の溝から外れてフックを倒し、ボートフォール先端のリングからフックが外れ、艇尾側フックのみの片吊り状態になって振れ、その後間もなく同フック取付け部が破損し、海上約15メートルの高さから落下した。
 当時、天候は晴で風力2の北西風が吹き、海上は静穏であった。
 その結果、救命艇が大破したほか、M一等航海士(昭和36年2月6日生)及びE三等機関士(西暦1956年11月28日生)が全身打撲で死亡し、K員外航海士及びP三等航海士が脊椎圧迫骨折等並びにF甲板員が右足首捻挫を負った。

(主張に対する判断)
1 M証人が当廷において、救命艇製作会社が救命艇離脱装置説明書を分かりやすく書かなかったことが、本件発生の原因の一つであると主張しているので、これについて検討する。
 Y証人の当廷における、「救命艇納入の際に手渡した保守点検手引書の中で離脱装置について説明している。」旨の供述及びA受審人の当廷のおける、「以前、コ号で一等航海士職を約1年間及び船長職を約7箇月間それぞれ執っていたが、コ号竣工時に説明書を読んだだけであった。この事故が起きるまでカムレバーピンの構造について知らなかった。」旨の供述からコ号に離脱装置の説明書があったが、A受審人がそれを読んで理解していないことは明らかであることから、救命艇製作会社が救命艇離脱装置の説明書を分かりやすく書くべきであったが、これを本件発生に直接関わる原因とするまでもない。
2 F甲板員の供述調書写中、「私が10回経験している会社所属船舶の救命艇操練では、総員退船警報を吹鳴し、救命艇の甲板上に乗組員が整列、点呼して救命胴衣装着の確認のうえ、船長に報告して救命艇を降下していた。また、誰がどこを担当するのか具体的な指示を受けて実施していたが、今回初めてのコ号の操練では、甲板長から担当する具体的な作業の指示のないまま、13時から救命艇訓練を実施する旨を指示され、甲板上に集まったところ、救命艇に一等航海士、三等航海士、員外航海士、三等機関士が乗り込んだのち、突然私に乗艇するように一等航海士から指示されて乗艇した。これらのことからコ号は会社所属船舶で実施されている操練を行っていない。」旨の記載があり、コ号の今回実施した操練は、会社所属船舶が実施している規定どおりの操練と違い、いい加減な操練を実施しているとの主張があるので、これについて検討する。
 船上マニュアルの操練・船上訓練手順書写中、「操練・船上訓練実施頻度表で、各救命艇は少なくとも、進水・操船以外を1箇月1回、進水・操船を3箇月に1回実施する。」旨の記載、A受審人に対する質問調書中、「救命設備の保守点検は、1週間毎に点検し、1箇月間毎に点検して保守点検簿に記録している。本件発生前の平成13年10月7日に操練を実施していた。」旨の供述記載及びA受審人の乗組員に対する救命艇テスト前の指示についての事実認定から、A受審人が今回は操練を実施するつもりではなく、救命艇テストを甲板作業として実施したものである。それ故、F甲板員に操練の実施と誤解されないように指示すべきであったものの、F甲板員の主張を認めることはできない。

(原因に対する考察)
 本件は、救命艇揚収中、高所から同艇が海上に落下し、乗艇員が死傷したものである。以下、その原因について考察する。
1 救命艇離脱装置の点検整備について
 同点検整備について及び離脱装置についての事実認定から明らかなように、救命艇離脱装置の点検整備が十分に行われていなかったと認めるのが相当であり、また、船上マニュアルの保全業務規定写中、「船長は、本船の最高責任者として各部主任者及び保守整備管理責任者を指導監督し、自船の保全業務(保守整備、修理、定期的点検、運転管理)に責任を有する。また、一等航海士は甲板部の保守整備管理責任者で、管掌する諸設備、諸機械及び装置の保全管理に責任を有する。」との記載及び同マニュアルの職務分掌(一等航海士)写中、「一等航海士は甲板関係装置及び機器の摺動部の潤滑、グリースアップを甲板部員に命じて実施させ、良好な状態であることを確認しなければならない。」との記載により、A受審人及び甲板部の保守整備管理責任者であるM一等航海士が点検整備を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
2 教育・訓練について
 教育・訓練についての事実認定から明らかなように、船上マニュアルにおける船上教育手順書写中の記載に則り、新乗船者及び全乗組員に対する一般的な教育・訓練が実施されていた。しかし、乗組員に対する救命艇離脱装置取扱いについては、同事実認定から明らかなように、A受審人が、その教育・訓練を十分に行っていたとは認められず、このことは本件発生の原因となる。
3 A受審人の乗組員に対する救命艇テスト前の一般的な指示について
 同指示についての事実認定から明らかなように、A受審人の乗組員に対する救命艇離脱装置取扱いの教育・訓練を除けば、同人は救命艇テスト前に作業内容を説明して指示していたと認められる。
4 A受審人の救命艇離脱装置復旧状態の確認について
 救命艇復旧状態の確認方法及びA受審人の巻揚げ中における指示についての各事実認定から明らかなように、A受審人は救命艇の巻揚げ中、巻揚げを口頭で指示して一瞬止めたと述べているが、S甲板長、N甲板手及びF甲板員は巻揚げの一瞬停止を認めていない。また、S甲板長はA受審人の人差し指を見ながらボートウインチを操作し、一方A受審人の口頭での指示を聞いていないことから、巻揚げ中、ボートウインチが一度も停止しなかったと認めるのが相当である。
 よって、A受審人が、救命艇を巻揚げ中、離脱装置復旧状態の確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
5 M一等航海士の救命艇離脱装置復旧の確認について
 救命艇離脱装置復旧についての事実認定から明らかなように、M一等航海士がリリースレバーに安全ピンが挿入されたことを確かめ、フックをハンマーで叩いて離脱装置復旧状態を確認していることから、この点についての同人の所為は、本件発生の原因とならない。
6 ロックピースの材質について
 救命艇製作会社のロックピース材質は、救命艇吊り索フック離脱事故の原因推定とその対策(案)写中、「ロックピースの材質をSS41ZnメッキからSUS304に変更する。」旨の記載からSUS304に変更されたが、前橋工科大学建設学科教授松島巖著の平成3年7月15日発行「錆と防食のはなし(第2版)」中、「SUS304は、ステンレス鋼で、一般に発錆しにくいと考えられているが、塩化物イオンを含む環境中では、孔食を生じやすく、付着物が付くとすきま腐食及び異種金属と接触すると異種金属腐食が起こる。」旨の記載及びフック下部とロックピース上部の溝が嵌合するところには飛沫がかかり、フック下部及びロックピース上部の溝とも腐食が発生する環境であったことから、救命艇製作会社が錆びにくい材質を用いるなど腐食対策を講じるべきであったが、離脱装置作動部の点検整備が十分に行われていたなら、本件発生がなかったと思われ、ロックピースの材質をSUS304に変更したことは、本件発生の原因とならない。 

(原因)
 本件乗組員死傷は、救命艇離脱装置の点検整備及び乗組員に対する同装置取扱いについての教育・訓練がいずれも十分でなかったばかりか、ミナ アル ファハル港沖合において、救命艇を揚収する際、同装置復旧状態の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、ミナ アル ファハル港沖合において、救命艇を揚収する場合、救命艇が高所から落下することのないよう、海上近くの低い位置で一旦巻揚げを停止させて離脱装置復旧状態の確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、ボートウインチの作動音にまぎれて口頭の指示が聞き取りにくいなか、巻揚げ停止を口頭で指示しただけで、離脱装置復旧状態の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、巻揚げが続けられて救命艇が高所から落下する事態を招き、同艇を大破させたほか、M一等航海士及びE三等機関士を全身打撲で死亡させ、K員外航海士及びP三等航海士に脊椎圧迫骨折等並びにF甲板員に右足首捻挫を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文 平成14年7月25日神審言渡
 本件乗組員死傷は、救命艇揚収時、瞬間離脱装置の復旧状態の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図1

参考図2

参考図3

参考図4





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